31.時の狭間にて
「火光、どうしたの」
いつもの水鏡の傍。
倒れて動かない火光に声を掛けた。
この世界では睡眠や食事を必要としないため、時々自分がなんなのか分からなくなる時がある。
「死んだことを後悔してる」
「皆を守るために死んだんでしょ」
「浩然の妹も後悔してると思うよ。皆に会いたい」
こちらから見えているのに、当然の事ながら会話に入ることはない。
疎外感で押し潰されそうだ。
こんなもの見ているから駄目なのか。やめよう。
指輪のハマった方の手で水鏡を撫で、水を珠の中に吸い込ませた。
「後悔して帰ってくるならいいよ」
「……たった一人の家族だもんね」
「火光も慕われてるでしょ。それこそ僕より多くの人にさぁ」
フードから覗いた、妹よりも遥かに薄く黄色味の強い髪を撫でた。
火光の元実兄がヴァイオレットと同じ髪に目をしていたらしいが、本来ならヴァイオレットと全く同じ顔をするはずだった子と繋がっていたのだ。別に不思議ではない。
火光は重い体を起き上がらせると、深く溜め息を吐いた。
「火光が忘れられることはないから大丈夫だよぅ。兄妹が覚えてくれてるんでしょ〜」
「浩然は?」
「僕は血の繋がった家族とは家を出る前以来会ってないからねぇ。危ない商家だったしどっかで死んでるか生きるのに必死で僕のことなんて覚えてないと思うよぉ?」
「でも実の息子でしょ」
「実の息子も忘れる時は忘れるよ」
二人で向かい合って重い雰囲気から打って変わって笑い話に腹を抱えながら談笑していると、浩然側を向いていた火光がふっと笑みを消した。
驚いたと言うか、少々呆気に取られたような顔をするので浩然も振り返る。
「どうしたの〜? 自分から来るなんて珍しいねぇ?」
『ミシェルが倒れた。エリック様の指示で時の力を分担する』
「よくアーネストが許したね。ウィリアム」
深い青髪に、まだ百六十に行かないほどの身長をした少年は鋭い目のまま淡々と言葉を紡ぐ。
冷酷と言うのが正しく似合うような目だ。
『他の世界を止めすぎたせいで限界が来た。早く旅を終わらせろ、と』
「……ミシェルが倒れたらここも危ないな」
『時の力が存在する限りここは安全なはずだろ。時の力は永遠になくならない』
「力がある限りは、ね」
今、力の源はミシェルが持っている。
その源が倒れ、他者が担わなければ支えきれないほど弱っている。
力自体がこの空間を望み創っているため本人達が無意識のうちに非常に強い負荷がかかっている。
回復させるためにはこの空間も一度閉じた方がいいかもしれない。
力が暴走して、力が好きなようにいれるミシェルの体に戻って爆発的に回復するならそれはそれで助かるのはこちらだ。
「……問題は火光か」
「僕は生者の前には姿を見せたら駄目なんでしょ」
「ミシェルの状態は?」
『意識はある。問題なく動けるが力だけが不安定な状態だ』
アーネストやウィリアムは人外なのでいいが、浩然も元の世界に帰ればただの人間。
ミシェルも、エリックも人間だ。
死してなお死に嫌われた異界の人間。
こちらとしても行動を制限して知識や技術を塞がれたくない。
「……ウィリアム、何とかならない?」
『無理。お嬢様の管轄から外れた時点で俺もアーネストも手は出せない』
「でも向こうの世界に行ったら向こうに染まるよねぇ?」
『……それもそうだな……』
知識に貪欲というか、貪欲すぎて全世界の本を集めるほど知識欲求が半端ないウィリアムだ。
異界の知識など興味を示さない理由がない。
浩然は何故か離れたところから寄ってこない火光を手招きし、傍に立たせる。が、結局一歩引いた。
「なんで逃げるの」
「僕身長がコンプレックスになりそう」
「は?」
「あとは顔面が良すぎて圧が怖い。国宝とかそんな話じゃないでしょ。黄金比率の見本ですか?」
火光は数歩離れた場所にしゃがみ、膝に頬杖を突いた。
ウィリアムが集中して聞いていなかったのが救いか。
ウィリアムのコンプレックスは正しく身長。
その国を三つ傾ける程の美貌に対し、身長が年齢的にもかなり低い。
加えて敵対するアーネストが長身のため、余計に低身長を嫌がっている。
身長に関してウィリアムの前では禁句だ。
『……向こうの世界に行った途端にお嬢様の管轄に入る可能性は?』
「ないと思うよぅ? 言えばここも管轄内だしウィリアムがいる限り死期は来ないでしょぉ?」
『……人体がなくなってるんだろ。他人の体に移すわけにもいかないしな……』
体と魂の相性が合わなかったら最悪だ。
本当は元の世界から骨自体を持ってきて錬成するか魂から錬成するのがいいのだろうが、なんせ死の女神がいないため『死』に触れられない。
死者蘇生も死体錬成も死の女神の管轄だ。
管轄統治者がいない中でそんなことをすると中が荒れて連鎖的に混乱が起こる可能性が非常に高い。
それを処理するのは起きた後のヴァイオレットだ。
寝起き一発目から迷惑は掛けられない。
『……いや、案外ミシェルとエリック様の行動を縛れば……?』
「それは向こうが許すの?」
『ちょっと聞いてくる』
ウィリアムは踵を返すと同時に姿を消し、火光はようやくかと小さく溜め息を吐いた。
瞬間ウィリアムと、ウィリアムに引きずられたノエルがやってくる。
『これの力でなんとか出来るらしい』
『エリック様の行動が制限されると機嫌取りが面倒臭いので』
『ミシェルと同室に入れとけばいいものを』
『確実に嫌がるでしょうね。あと腕掴むのやめて頂けません? 痛いです』
ウィリアムは今思い出したように二の腕をパッと離し、ノエルは腕をさする。
二人とも形や見た目は違えど燕尾服だ。
お嬢様やらメイドやらの話なので執事か何かだろうか。
これもこれで相変わらず顔はいいが、外人ならではの顔の良さと言ったところか。
日本人とは彫りの深さが違う。
「……じゃあそれでいいよ。問題ないんだね?」
『まぁ……私の興味が尽きないうちは』
『俺の興味が尽きるまで堪えろ』
「二人の興味が尽きる前にミシェルが回復するから」
全く話を聞いていなかった火光を置いてトントン拍子で話が進み、まぁなるがままでいいよなと黙ったまま今更耳を傾ける。
二人の視線が痛い。
あと圧が凄い。
『本当は死と命がより正確に出来るんですが。まぁ短期間なら問題ないでしょう』
「その場合睡眠とかは?」
『必要に決まっているでしょう。不要なのはこれぐらいですよ』
そう言ってウィリアムの額に指を当て、睨んでくる子供を見下す。
ノエルはアーネストほどではないが歳上で平均身長のため普通に親子近い差がある。
『俺だって必要な時は必要だ』
『ほぼ不必要に近いでしょう。寝ているところ見た事ありませんし』
『寝るならお嬢様を眺めていたい!』
『異質者め……』




