表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/150

28.低血糖

 七月半ば。



 静蘭(しずらん)蜂馬(ばちま)が来て、まだ一週間も経たない日。








 いつも通り足の甲に点滴を繋がれたアヤネは、椅子に足を抱えたまま本を読む。



 ベッドには黎冥が寝ている。






 昨日の夜は徹夜だったそうで、朝方にアヤネが訪ねると点滴を刺すまで起きると瞑想していた。

 否、座ったまま寝ていた。





 アヤネが肩を叩くと起きたが、眠い目をして刺された点滴ほど怖い針はない。



 今は特に問題もなく過ごせている。







 昼の十一時前。



 最初に図書館に入り浸っていたおかげで体内時計が備わり、何時だと思って時計を確認するとおおよそ合っていることが多々。



 今は黎冥が腕時計を置いて寝ているのでそれで確認した。





 ブランドにも会社にも世界情勢にも興味がないアヤネでも知っている高級ブランドの良い時計。


 青みがかった黒と白銀の時計だ。



 タンザナイトとパライバトルマリンが使われたと言っていただろうか。

 金属のベルト部分には花が彫られている。



 なんの花だろうか。


 六枚の細長く反った花びらと長い雌しべが特徴的な花。











 机に突っ伏し、時計に触れるか触れないかのところで指を止めていると、部屋にノックが鳴った。



 この部屋にまともなノックがなるなど珍しい。




 扉を開けて顔を覗かせると、最近ずっと授業に出て見かけていなかった蘆黎(ろくろ)兄が立っていた。




「どうしたの」

「寮にいなくて、ここにいるって聞いて。ね、暇だったら勉強会やらない? 月末テストなんでしょ?」

「簡単だよ。科学と神話だけ馬鹿みたいにムズいけど」

「神話覚えんの面倒臭いね」

「神様の名前だけでいいらしいよ。全部覚えて損したもん。まぁ使われてるけど」

「覚えてた方が後が楽だよね〜」







 扉を閉めて鍵を掛け、二人で図書館に向かう。





 首席で入学出来た蘆黎なら大丈夫。

 理科と神話だけ異様に難しいが、理科は点数取らなくても問題ないし神話なら蘆黎の得意分野に入るだろう。


 頑張れ文系。









「そう言えば師匠って誰になったの」

「生咲先生! 文系らしいから」



 色は赤、師匠は生咲。


 授業や祈りで関わることは少なそうだ。





 そもそもアヤネが関わること自体珍しくなってきているのだが。


 祈りに関しては完全危険物扱いされるようになった。








「あやは黎冥さ、黎冥先生の弟子なんでしょ? 楽しいの? 実験三昧!?」

「え、いや別に。やるとしても薬品の補充とか放置の経過観察とか。後は授業で使うプリント作ることもあるけどこれは私だけじゃないかな」




 黎冥とアヤネはかなり特殊なので、教えるどころか例外しか知らないので何も言えない。





 ただ一つ言えるのは、生咲先生の弟子なら絶対楽。







「生咲先生は神話学の先生だからちょうどいいんじゃない?」

「そうなの? あやは授業いつ受けてるの?」

「受けてないよ。教科書読んだだけで分かるでしょ」

「えぇ出なくていいの!?」

「成績さえ優秀ならね」

「そうなんだ!? えーじゃあやめよ」




 アヤネほどとはいかずとも、教科書を読んだだけである程度は理解出来るので授業には出なくても問題ない。

 実際暇だったし。




 分からないところはアヤネに聞こう。


 一番分かりやすい説明をしてくれる。











「あやがさっきいた部屋は?」

「零の寮」

「零……?」

「黎冥圜鑒さんの自室」

「な、なんで零……」

「顔面性格全てにおいて零点だから。零点男から零点、零で零になった」

「顔面零点……!? あの美貌だよ!?」



 残念なことに、アヤネの脳内では黎冥の顔は変装後のあの顔と言う意識が根付いているため、アヤネの中で黎冥の顔面は永遠の零だ。



 ちなみに性格も、どれだけ信用して優しくされても零。人使いが荒かったから。

 改善しても猫被りと同じなので零のまま。




 零として生まれたなら一になることはない。

 あるとしたらマイナス一だけ。





「……あやって不思議だよね」

「今更ですか」

「いや前から思ってたけどさ」

「人並外れた育ち方することこうなるよ」

「親の離婚?」

「それは普通。恋人の裏切りと母親の相手からの虐待と親の夜逃げ」

「思った以上に過酷」






















 蘆黎の空腹の限界とやる気の限界が来たところで勉強会を終え、二人とも手早く荷物を片付けた。




「生の苗木って何年だっけ」

「二百四」

「星の枝が四百二だよね。こんがらがりそう」

「頑張れ」




 二人で本を四冊ずつ借り、アヤネは単語帳を眺めながら男の蘆黎に本を渡した。




「自分で持ちなよ……」

「頑張れ」

「それしか言わないじゃん!」

「応援してる」

「あやー」

「筋肉付けたいんでしょ」

「……重いよ」





 口を尖らせ顔を逸らし、おとなしく寮まで運んでくれたので単語帳を返す。




「蘆黎君の寮は?」

「奥行った左側だよー」

「ふーん。じゃあね」

「聞いただけか!」




 寮に本を置くと蘆黎に手を振りながら黎冥の部屋に戻った。






 終わった点滴を放置して、それを抜いて来たのでまだ置かれているはず。



 片付け方は聞いたので片付けよう。




 やり方に関しては、教えたら絶対自分でやるからと教えてもらえなかった。


 見透かされていたか。









 部屋では黎冥がまだ寝ており、案の定放置だった点滴とガートル台を片付ける。







 この物音でも起きないのだから、起こさない限り夕方頃まで熟睡していそうだ。




 片付けの終わったアヤネは、ブランケットにくるまって寝ている黎冥の肩に触れた。




「零、お昼だけど」




 揺さぶっても叩いても声を掛けてもうんともすんとも言わない。起きろよ。





 深い眠りの最中に起こされるほど不快なものはないのはアヤネも知っているので、もう三十分待っておくことにする。


 だいたい声をかけた三十分から一時間で睡眠が浅くなってくるので、その時にもう一度かければいい。








 本を読んでいると、黎冥が呻きながら寝返りをした。


 波が上がってきたか。






 もう五分ほど放置してから、黎冥に声をかける。




「零、もう昼だけど」



 丸まった黎冥の肩を譲れば、微かにまぶたが動いた。



 顔の前で重なった手に触れ、何度も小さく叩く。







「ぜろー」



 四度目か、五度目か。



 ようやく黎冥が反応し、いつも通り亀のように丸まった。


 意地でも布団を離す気はないらしい。





 二、三回呻いてから静まり返ったと思えば、数分してから一気に脱力する。




「二度寝すんな!」

「……おき……た……」

「起きてない」

「コーヒー……」

「寝起き一時間以内のコーヒーは依存性が高まるって言ったろ」

「ねむーい……」




 黎冥が手を差し出してきたので、その手を取って体を起こすのを手伝う。


 本気で眠そうだ。

 七時から寝始めて、今は一時すぎ。



 黎冥の普段の睡眠から言えば二時間足りていないがそんなことを気にする体ではないだろう。後で昼寝でも補える。





 黎冥の顔を上げさせ、顔色を確認してから脈を測り、指先に触れる。




「昨日の昼から食べてないでしょ」

「うん……」

「低血糖になってる。今はコーヒーより砂糖が必要」

「甘いの嫌い」

「駄々こねんな」





 立てた膝に顔を乗せてまた寝ようとする黎冥に布団を巻き、動くなと警告してから部屋を出る。





 職員室にいる兎童が飴を持っているはずだ。

 兎童が何も持っていない時などない。







「兎童先生」

「アヤネちゃん、どうしたの?」

「飴を一つくれませんか」

「飴? いいわよ。何味がいい? なんでもあるわよ」

「なるべく甘みがないものを」

「じゃありんご飴あげる。美味しいわよ」

「ありがとうございます」





 飴を一つ受け取り、黎冥の自室に戻った。





 微動だにしていない黎冥に飴を渡し、返されたので袋を開けて無理やり口に突っ込んだ。




 顔をしかめて吐き出そうとするのでベッドに膝を突いて黎冥の口を抑え、バランス的に肩にも手を置く。





 黎冥はアヤネの手を退かそうと必死だ。

 が、数十秒して脱力した。


 目が死んでいるが、関係ない。





 もう大丈夫かと手を離した。

 と同時に黎冥は飴を噛み砕き、ものの一分で飴玉一つを完食する。




 黎冥の心に備わっていないものの一つ。

 罪悪感。








「あまーい……」

「数分もすれば眠気も治るでしょ」

「いい助手だ」

「関係ねぇだろ」

「まぁ」




 黎冥は大きく寝転がって両腕を頭上に上げ、眠たくないあくびをする。



 今日は絶不調の日だと頭が警笛を鳴らしているが、低血糖が収まれば調子も戻るだろう。

 それまでは我慢。







 黎冥が茫然と天井を眺めていると、アヤネが覗き込んできた。


 小さく眉を上げる。




「女っぽい」

「は?」

「零って髭生えないよね」

「あー……剃ったことないかも」

「ふーん」

「興味無さそうだなおい」

「女装メイクしたら似合うなーと」




 嫌だ。

 黒歴史は作らないし、作ったとしても他人には言わないし見せない。


 記憶から抹消する。




「稔想も薄いよね」

「知らん。血筋的なものかな」

「朝十分で出かけられるわけだ」

「いや髪があるから」





 いつもしていないくせにこんな時だけ出してくるな。





 黎冥が髪をセットするのはだいたい出掛ける時だけ。


 たまに練習だと言って何もない日にもやっているが、そういう日は基本引き篭っているので目にする機会はない。






 アヤネが呆れた目で見下ろせば、黎冥は不服そうに眉を寄せ口を尖らせる。



「十分で出掛けるとか言ったら寝坊常習犯みたいじゃん」

「事実自分では起きられないだろ。今までどうやって生活してたか気になるわ」




 それは単純なこと。



 九時に寝て、一時間寝坊してもいいように五時に起きる。

 でも七日に五日は六時起き。



 あとは時計の目覚まし。





「お規則正しいことで」

「仕事に遅刻する気はない」

「約束にも遅刻すんなよ」

「黎冥なんで」

「意味分からん言い訳すんな」




 すっかり体調の戻った黎冥は体を起こし、髪を軽く整えた。



 後頭部が跳ねている。


 それはもう手で分かるほどに。







 寝癖は付きやすいが押さえておけばだいたい直るので、しばらくはこのままだ。




「昼食は?」

「まだ」

「行くか。倒れたくないし」

「倒れられたら困る」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ