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7.花弁

 アヤネ、黎冥(れいめい)(ふい)兎童(とどう)の四人で黎冥達の過去を話していると、食堂に入ってきた男がアヤネと黎冥が座り、二人が囲んでいた机を強く叩いた。


 持っていた紙がぐしゃぐしゃだ。





「君! 名前は!?」

羽鄽(ばぐら)五月蝿い」

「あ、黎冥。大反響だったな。またマウスの内臓溶かしたのか」

「生きたまま硫酸に入れた」

「……サイコパスめ」





 羽鄽は平然とした顔で水を飲む黎冥を呆れた目で見下ろし、そんなことはどうでもいいと目を輝かせて黎冥の向かいに座っている女子の方を見た。




「君、名前は?」

「……(つずみ)

「噂の助手の子か! アヤネちゃんだっけ」

「書類上の弟子の間違い」

「黎冥、この子ちょうだい。超タイプ」

「同じ顔の同じ性格なんて五万といるぞ」

「いーやこの子がいい」




 羽鄽は昔から性癖の塊で、低身長やせ細った色白蒼白の目付きが少し悪く不健康そうな女の子、いや条件さえ満たしていれば男でも大好きな変態のお手本だ。



 昔、幼馴染の黎冥でさて襲われかけたことがある。

 正直あれはトラウマだ。




「アヤネ、あ……」

「私彼氏いるって言ってなかったっけ」

「うっそ本当!?」



 黎冥と羽鄽が机を叩き、黎冥が勢いよく立ち上がるとアヤネが黎冥を睨んだ。



「五月蝿い」

「物好きもいるもんだなぁ……」

「まぁ今朝別れたけど」



 あ、だから泣いていたのか。

 振られたか、二股か。



「乗り換え?」

「八股」

「……それに気付かないお前も馬鹿だろ」

「まさか出来婚とはね」

「いや気付けよ」

「一人は知ってたけど誰が八股と思うか」

「気付いた時点で別れりゃいいのに」

「一種の依存」





 黎冥は仰け反って椅子を揺らす。



 なんの躊躇いもなく嫌な話をする二人に慧と兎童が引いていると、間にもっと馬鹿な子がいた。




「別れたって事はフリー?」

「私、歳上苦手」

「嫌いじゃないなら好きになれるよ」

「無理です」

「諦めないからね」





 鬱陶しい。



 羽鄽が持ってきた紙を読んで我関せずな黎冥の代わりに慧達を見上げると、見上げた途端に二人で反対側の端に行ってしまった。


 置いて行かないで。





「なんで私……」

「それは条件満たしたら老若男女関係なし」

「……お前が満たして代わりになれよ」

「一回未遂されてるんで」

「そのままやればよかったのに……」




 アヤネは小さく呟くと溜め息を吐いて目を輝かせ見つめてくる羽鄽に視線を移す。




「鬱陶しい人は嫌い」

「引いたらいい?」

「まぁ……」

「絶対振り向かせます」

「どうぞ頑張って……」




 アヤネが小さく頷くと羽鄽は明るく笑った。




「黎冥、覚悟しとけよ」

「関係ないだろ……」

「じゃ、それの修正頼んだ」

「……は……!?」



 黎冥が言葉を理解して羽鄽を見た時には既に吹き抜けから下に飛び降りており、走って逃げて行った。





「アイツ……」

「変な人が多い……」

「変人の集まりみたいなもんだからな」



 黎冥はグシャグシャになった紙を丁寧に整えるとそれをまとめた。





「寝よ……」

「お好きにどうぞ」



 アヤネは立ち上がると颯爽と寮に帰った。












 羽鄽というストーカー、黎冥という狂師、輝莉(かがり)といういじめっ子から引っ張りだこにされ、ストレスが溜まっていたある日の夜。



 いつも通り皆が寮で眠り、静まり返った学校に歌が流れた。







 目が覚めたアヤネはその歌に耳を済ませ、一緒に口ずさむ。

 この歌、結構好きなので聞いたら歌いたくなってしまう。






 五分間もすればやがて歌は消え、アヤネもまた眠り始めた。








 翌朝、アヤネが寮から出ると校内は大騒ぎで教師が近寄ろうとする生徒を止め、黎冥と羽鄽が道の中心にしゃがみ込んで何かを観察しているのが見えた。



 邪魔をする気は無いし、何より目立ちたくないので少し遠回りになるが端の細い道を通って裏から更衣室に回ろう。




 かなり遠回りになるが授業は行かないし多少時間がかかっても問題ない。







 通路という名の迷路を通って更衣室で制服に着替え、羽鄽避けに隈を隠した。



 今日は何をしようかなと考えながら外に出ると、真正面にいる黎冥に呼び止められた。




「アヤネ! 手伝え」

「嫌」

「拒否権なし」




 二人が睨み合い、周囲の生徒がざわめいていると黎冥が隣にいた羽鄽を指さした。



「指輪渡す」







 少し睨み合った後、アヤネは項垂れおとなしく黎冥の隣に立った。



「なんで私が……」

「助手だろ」

「書類上の弟子だって言ってんだろ」

「書類上でも弟子なら手伝え」



 アヤネは溜め息を吐くと隣にしゃがんだ。





「何がどうなってんのこれ」







 入口から続くT字路の直線上に薄桃色の花弁が数枚、試着室側の道まで続いていた。



「これも神様のなんか?」

「少なくとも科学的物質ではないはず」

「ふーん?」



 アヤネが試しに花弁をつまみ上げると、少し萎れ始めていたその花弁は黄色の光をまとって元に戻った。




「やっぱ神様の……何」



 驚いた様子でこちらを見てくる黎冥と羽鄽に眉を寄せると、黎冥がアヤネを見たまま誰かを呼んだ。



(ひら)、これ触ってみろ」

「僕……?」





 人混みの中から出てきた男か女か分からない中性的なその子、ズボンなのでたぶん男の子。

 その子は人二人分ほど離れたところに膝を突くとそれをつまみ上げた。




 何も起きない。


「……決定。兎童、掃除しとけ」

「わ、分かったんですか!?」

「アヤネ行くぞ」

「帰っていい?」

「諦めろ」




 黎冥に手を掴まれ、観衆の視線が集まる中実験室にまで連行された。







 黎冥がどこかに行ったあと、入れ違いで羽鄽と兎童、慧も知らない人もやってきた。




「黎冥どこ行った」

「どっか行きました」



 顎髭に短髪のガタイのいい男の教師が眉を寄せ、アヤネが帰りたいと切望していると本やファイルを持った黎冥が戻ってきた。





「なんで来てんの」

「説明しろ黎冥。あと弟子の扱いを変えろ」

「不確かなものを口にする気はないし弟子の扱い方を変える気もない。文句言うなら出て行け。言わなくても出てけ」

「せめて改善して」

「お前が俺を慧と同等にあつ……」

「無理。お前が中身を変えろ」

「……知ってた」





 黎冥は羽鄽諸共追い出し、鍵を閉めるとアヤネと向かい合って座る。




「で、何あれ」

「たぶん花の女神の加護か……まぁ花の女神が関わってるのは確定。複数加護のあるアヤネは花の加護があったから花弁に触れたし黒だから花弁が戻った。水色の攤は持てたけど何も起こらなかった。それだけ」

「なんでいきなり花弁? 初めてのことなんでしょ」

「俺は花の加護がないから触れないしなんでこんな事が起こったのかも調べられない。加護がないから」





 そんな恨めしそうな目で見られても困る。



 アヤネはつい先日信徒になったばかりなのでその加護とやらがどれほど重要なのか分からないのだ。




 今分かったのは、加護がないということは狂師にストレスを与えるということだけ。




「とりあえず花の女神の神話を調べる」

「なんで?」

「話に降臨とか操りとかが出てきたらそれになった可能性が高いから」

「あぁ、なんだっけ、木の女神が太陽の神を虐めて太陽が昇らなくなったから人間にお告げを出して御神木を木を切り倒したって」

「……覚えてる?」

「覚えるの必須って言ったじゃん」

「広く捉えたなぁ……!」




 聞かれた時、黎冥は神の名前を覚えるのが必須という意味で答えた。

 が、真面目ちゃんのアヤネには神話も全て覚えろと言うことに聞こえていたらしい。



 資料を持ってきた意味がなかった。

 次からはアヤネ一個で済みそうだ。便利。





「人間に告げたところ詳しく」

「えーと……」



 頬杖を突いてこめかみを押える。





 確か、美しい花の女神に嫉妬していた木の女神は、気が弱く花の女神と仲のいい太陽の神を虐めて太陽の神が引き篭ってしまった。



 太陽も月も昇らぬ空で、木々は生き長らえていたが花は早々に枯れてきた。


 太陽の神に話を聞きに行き、木の女神の仕打ちを知った花の女神が大激怒。




 太陽の神を慰めた後、木の神に復讐を始める。



 花の加護の強い少女にお告げを出して、人々に木の女神の御神木が病を振りまくと教え半年間かけて伐採された。




 その結果、木の女神は倒れ、地の神と眷属神によって何とか御神木を移したはず。



 ちなみにこの病は花粉症と言われているとかいないとか。

 本に書いてあった。





「お告げは夢だった気がする。夢でぼわーっと伝えて」

「夢……加護持ち全員集めるか……」

「害がないならいいんじゃないの」

「強すぎる加護は力無しに害がある。体調不良とか過敏症とか」

「へぇ」




 花の女神の結晶である花弁が連日現れたら体調不良が出てくる可能性があるらしい。

 そもそも神の力自体が人間に強すぎる。そのため力持ち信徒が少ない。


 内部からの影響があるなら外部からの影響があるのは当然だ。





「加護ってそんな分かるもん?」

「加護持ちはだいたい同じ加護持ちへのお告げとか。後は導かれて迷い込むこともあるけど」

「ふーん」

「とりあえず次の情報がいるから、まぁ二度とない方がいいんだけど……」

「お告げだったら一回だけなんじゃないの」

「伝わらなかったら二回目もある」




 お告げは伝えるためのものだ。

 伝わらなかったら例えその人間が加護に(あた)ったとしてもお告げは続く。



「何回も言うけどさ。神様って鬼畜」

「何回も言う。この学校は神様中心だ」

「まぁ死んでも関係ないけど。お告げがある時に外に出て会えばいいってことでしょ」

「会えばいいけど花の加護がある奴じゃないと意味がない。本人が覚えてるのが一番だけど……」




 そもそもお告げかすら怪しいのだ。


 花の加護を最も強く持つアヤネが接触して確かめた方が早い。




「いつ出るか分からないでしょ」

「うーん……」



 徹夜するにしても限界があるし、そもそも次が来るのかも危うい。



 花の女神の目的が分かったら分かりやすいのだが、なんせ接触の期間も分からないので難しい。




 目的を知るには接触の必要がある。

 接触するには目的から日時を絞らなければならない。

 日時を絞るには目的または接触を要する。



「ループ……」

「昨日の夜……」




 黎冥が突っ伏し、アヤネは頬杖を突いて何かあっただろうかと考える。



「……昨日、なんかしたんだけど」

「何?」

「なんだったかなぁ……」



 夜中に起き、何かをしたはずだ。

 寮からは出ていないのに何故起きた記憶があるのだろうか。



「うーん……」

「思い出せ」

「なんか……ちょっと待って」




 昨日の夜は寝て起きて、体を起こした気がする。


 起こして、何をした。



 食事か、メイクか、ヘアセットか。なんだ。




「……また寝て起きたら思い出す?」

「寝れるか」

「子守唄でも歌うか」

「聞きた……あ!」

「思い出したか」



 そうだ。起きた。

 起きて、歌って、泥のように眠った。



「なんで歌ってんの……」

「外から歌が聞こえてきて……聞き馴染みのある歌だったから……普段は歌わないのに……」

「……図書館行くぞ」






 その後、図書館で花の女神、木の女神、太陽の神、歌の神について死ぬ気で調べまくった。

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