17.氣の神
「今回はちょっと遅かったねぇ」
「人にも人の都合があります故。ご理解下さい」
「いいよぅ。手伝ってもらってる立場だからねぇ」
時の使者に連れられ、また時の狭間にやってきた。
既に神は出揃っており、今回は想いの神と氣の神もいた。
想いの神は時の女神、ミシェルよりは大人だが、アヤネよりは子供っぽい。
『本当にあの時の娘だな』
「あれ、知り合い?」
「土地の祈りの時にアーネスト様に殺されかけたのを止めて頂きました」
『殺そうとはしていませんよ』
『確実に殺す持ち方だっただろ』
首を掴まれて足を地面から離されたのだ。
窒息寸前のところを止めて、助けて頂いた、命の神からの命の恩人。
「何やってんのぉ」
『いや本当に。驚いただけであって殺そうとはしてない』
『驚いてあの持ち方するなよ』
『失礼致しました』
狐というか猫と言うか、化けを彷彿とさせる顔でにこりと笑ったアーネストに皆が呆れ、アヤネは一瞬めまいがするのをミシェルに支えられる。
『だ、大丈夫ですか……?』
「あ、はい……」
泣きそうな顔で見上げられたので思わず目を丸くすると、肩に誰かの手が触れた。
見上げると、相変わらず大きなローブを着ている星の神ルーメルウスが立っている。
『伯爵とノエルが来たから力の消費が激しいんだねぇ。早く本題に移ろう』
「お願いします」
端的に言うと、組編を創り上げた犯人はまだ分かっていない。
しかしその経路は分かったそうで、接触した人間も分かった。
『神來社巫砢々。知ってるかな?』
いや、知ってるも何も。
今神話界を生きる信徒なら、絶対に、常識として頭に刻み込まれている名前だ。
「神話界の……裏切り者です……」
神話界から永久追放された六人目の黒。
その力は黎冥以上で、代々黒を輩出する黎冥家と上質な力を持つメルス家の血を引いたと言われる伝説に近い男だ。
今はどこにいるのか、何をしているのか、そもそも生きているのかすら定かになっていないような人物。
『……なんでこいつが接触したかは知らないけど。気を付けた方がいいよ』
「は、い……」
不安そうにするミシェルの頭を震える手で撫で、自分も落ち着けと深く深呼吸をする。
『君ら、命の契約結んだでしょ』
「はい」
『僕の下で管理するからそう簡単にやられる気はないけど』
神と人間が手を組み、同時に暴れている場合。
星の神が殺されて時点で星の契約書は全て無効化する。
死の女神が死んだ時点でも同じだ。
死の女神がどんな仕掛けをしているか知らないが、いくら守っていたとしても本人が寝たきりでは何も作動しないだろう。
師弟契約を死の契約にしているのなら、被契約者側も死ぬ気で守らなければ今の状況下で契約が最強かと聞かれれば答えを躊躇ってしまう。
契約はそれほど強く、それほど脆い。
『まぁここでそんなに脅しても意味ないから滅茶苦茶は言わないけど。ちょっとは気を付けた方がいいよ』
「……わかり……ま、した……」
アヤネが躊躇ったように頷くと、皆がルーメルウスを睨んだ。
『さて、今日はこの……』
『アヤネ様、私から一ついいですか』
『私からも一つ』
ルーメルウスの言葉を遮って手を挙げたのは氣の神ノエルで、それに続くようにウィリアムも手を挙げた。
アヤネが小さく頷くと、ノエルはアヤネの方に近付いて握った手を出す。
手のひらを上に向けると、そこには神石が置かれた。
『貴方のコレクションに加えて下さい』
「神石……」
透明のガラスのような宝石がピンポン玉程の大きさで一つ。
この大きさにしては重い。
「あ、そうだ。私、神石とか加護の種類? が分からないんです。どうやったら分かるようになりますか」
『種類……ですか……?』
ノエルは小さく首を傾げ、ルーメルウスの方に振り返った。
腕を組んで俯き立っていたルーメルウスは顔を上げ、早足でアヤネに近付いてくる。
『……アヤネは面白い体質をしてるね』
「え、は、はぁ……」
病気の事だろうか。加護の事か、また別の何かがあるのか。
アヤネがわけも分からず小さく頷くと、ルーメルウスのアヤネの頭に手を置いた。
『困ったらノエルを呼ぶといいよ』
『おい俺の所有物だぞ』
『エリック様の所有物では……』
『黙れお前は俺の道具だ』
『申し子に頼りなさい。私からも告げておくので』
ウィリアムに頬を撫でられ、小さく頷くと同時にアーネストがウィリアムを蹴り飛ばした。
記憶はそこで途切れている。
全身が痛い体を起こし、床に座ってベッドに伏している黎冥を見下ろした。
黎冥の部屋ということはそう長くは寝ていなかったはず。
自分が 力の使いすぎで、一瞬めまいがして視界が真っ白に飛ぶと、肩が優しく支えられた。
視界が戻ってから体を戻す。
「大丈夫か」
「めまいしただけ」
「体調不良?」
「力使いすぎただけだと思う。人数多かったし……」
つまり神が増えていたと。もう何も言うまい。
アヤネに薬を飲ませ、その間に足の甲に繋がっている点滴を抜いた。
腕だと寝返りで危険だと思って足にしたのだ。
結果、二日で起きてくれたので特に問題もなかった。
アヤネの足の甲は血管が浮いているので点滴が刺しやすい。
「あや……」
「刺身が食べたい」
「刺身……?」
「赤みの刺身が食べたい」
いきなりそんなことを言われ、戸惑っているとアヤネがベッドから滑り降りた。否、落ちた。
慌てて支え、立ち上がらせる。
「もうちょっとゆっくりしてろ。言ってくるから」
「食べながら話す」
「……組編?」
「うん」
それは人に聞かせてもいい話かと聞かれ、少し息詰まると持ってくると言われた。
髪をまとめて浮腫を取っていると、黎冥と荷物持ちの稔想が戻ってきた。
大皿には何種類かの刺身が盛られ、稔想は醤油やらわさびやらを手早く準備する。
「お酢は?」
「いらん」
「美味しいで」
「いらん」
酢醤油が美味しいのも酢醤油とツマの相性が抜群なのも知っているが、いらない。
今日はわさび醤油の気分。
アヤネは椅子に座り食べ始め、黎冥は稔想を追い出すと鍵を掛けた。
「さて、じゃあ聞くか」
「組編が神様のものだってのは言ったよね」
今回聞けたのは人の名前だけ。
しかしその名前がとても重要で、今回の問題点だ。
神來社巫砢々。
「……アヤネ、嘘つくな」
「嘘じゃない」
「嘘……だって言え……!」
「無理」
黎冥は頭を抱え、アヤネは意識を逸らすために刺身を頬張る。美味し。
「神來社……あいつ…………!」
「知り合い?」
「まぁ黒同士だったし。俺は生まれた頃から黒だったから幼少期から他の黒との面識があんの。……言うても俺が幼少期の黒は神來社とまた別の人だったけど」
「……どうすんの」
「今は攻めより守りに振った方が得策だろ。アヤネ取られたら終わりだし」
神來社が追放された原因。
人体実験にて聖なる力を人工的に生み出したから。
発覚し、見つけた時には既に出来上がっていたのだ。
本人が言うには既に二人は作り出した。この世の理はいずれ崩れる、と。
神來社の言う被験者は未だ行方不明。
神來社は拷問されても被験者を吐かず、結局は力を奪われて神話界から追放された。
「力奪うってどうやんの」
「知らん。ルルべリアの当主しか知らないらしいし」
「力作れるようになったのに奪っても意味ないでしょ」
「そこまで頭が回ってなかったんだろ。馬鹿だから」
「案外単純な事だけど」
八枚三種しかなかった刺身を五枚残したアヤネは黎冥に箸を渡し、黎冥はそれを平らげた。
「そもそも力の作り方すら分からなかったから自分の力が必要なのか別の何かで作り出せるのか。何も分かってない」
「ふーん」
「ルルべリアって案外無能なんよ」
それは口にしていいやつか。
色々と反感を買う気がする。
アヤネが呆れ目になると、黎冥はアヤネの向かいにしゃがんで頬を挟んだ。
「とりあえずアヤネは自分の命第一に動け」
「無理かもしれない」
知ってる。
アヤネが責任感が強いのも、それに逆らえないのも、誰かを見捨てて逃げられないのも、自分より他人を優先することも。
ただ、黎冥がこうでも言っておかないと、もしもの時にアヤネは逃げを恐れて動けないだろう。
その結果師弟関係を切られました、どちらかの命が危うくなりました、大きなトラウマになりました。ではアヤネも辛いし当人たちも辛いだけ。
そんなことになるよりかは、覚えているかは知らないが少しでも逃げ道を広く長くしてあげた方がいい。
それが庇護者の役目だ。
黎冥の真剣な目に押されたアヤネは少し息を詰まらせ、ぎこちないまま小さく頷いた。
「犠牲なんて誰でもいいから自分を守れよ」
「……うん……」
「返事したからな? それで死んだとか洒落にならんぞ?」
「くどい」
数日後の夕食。
今日は黎冥が国際研究会で帰りは夜中らしいので昼食は一人で食べている。
朝食は明朝に黎冥に叩き起されたせいで寝坊して食べ損ねた。
本を読みながら椅子を揺らしながら食べていると、視界の端に誰かが止まった。
見ると慧と、後ろには問題児三人もいる。
奪、委、早津。
二文字三人組。
「こんにちは慧先生」
「こんにちは。黎冥がいないのは珍しいね」
「例の研究会に行ってます」
「引っ張りだこなのは相変わらずか」
慧は三人を置いてアヤネの向かいに座り、アヤネは本を閉じると椅子の前足を付けた。
「この三人は?」
「奪は私の弟子になったよ。よっぽどの理由がない限り師が弟子入りを断ることは出来ないからね」
「零は毎月断ってますけど。てか私が断りの書類作ってますけど」
「どこまでも弟子任せな……!」
黎冥の場合、本人が一言断れば家柄の強さと黒という立場、校長に無視され続けている人物というのもあり、そう簡単に弟子入りは出来ない。
過去に二人だけ弟子入りしたが、
黎冥の弟子使いの荒さと
本人の無関心な性格
雑な指示
まともに教えてくれない神事
天才と平凡では違いすぎる頭
器量のよすぎる黎冥と一般人
赤と黒
黎冥と一般人
圜鑒と一般人
と言う不満の積み重ねで三日と持たず全員が音を上げ、受理される前に解消されている。
「アヤネちゃんは黎冥にもしっかり反発出来るだろう。それが長続きの秘訣かもしれないよ」
「他人に使い潰される気はないので」
「辛かったら私のところにおいで」
「今のところ困ってません」
最近と言うか、当初からか。
慧はずっと勧誘してくる。
黎冥の性格をかなり理解しているというのもあるのだろう。
普通の人なら逃げ出すところで逃げ道を示されるので正直、助かると言うよりもなめんなみくびんな、と言う感情の方が出てくる。アヤネ的には。
負けず嫌いで逃げるほどには達していないアヤネならではの感情だろうが。
何気に勧誘を断ったのは初めてかもしれない。
本を開いていたアヤネが断ると、慧は目を瞬いたあと、ふと真剣な顔をした。
アヤネを見つめ、見つめられたアヤネは顔を上げる。
「何か」
「アヤネちゃんってさ」
「はい」
「黎冥のお見合い話を聞いてどう思う?」




