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13.お手伝い

 本学期が始まって数ヶ月間。






 アヤネが寮にて新しい教科書を読んでいると、誰かに教科書を取られた。



 唯一寮を開けられる人物を睨み、教科書を取り返す。






「取んなよ」

「声掛けたら顔上げろ」

「掛けた?」

「集中しすぎ」




 アヤネに教科書を返し、寮から連れ出す。





「何……」

「授業見に行くぞ」

「また実験?」

「いや、神話の授業」





 神話は生咲(きざき)担当だ。


 何故アヤネが行かなければならないのか。





「助手が優秀だから」

「お前の弟子であって助手じゃない」

「俺の弟子と助手は同じ」

「ちげーよ」




 黎冥に手を引かれ、髪を整えながらついて行く。




 授業中なので誰もいない。

 誰もいないが、なんだろうか。そこら辺から何かが見えている。


 タコの足のような、イカの触手のような、クラゲの触手のような。





「ねぇあのうねうね何……?」

「ん〜? 神の創作物。失敗作な」

「どういう生物……?」

「知らん」




 捕まえるどころか、その全貌を見ることすら難しい。


 見ようと覗けば既におらず、静かに追いかければ道のない方向に逃げていく。




 人とはかけ離れた、この世の生物ではない生物。


 神の箱庭だからと好奇心を必死に抑えた。それでも狙う時は狙うが。





 日に日に増えている気がするが、特に気にしない。









「なんで助手がいんの? そんな特別なことしないでしょ」

「書く量が多いの」




 人を書記扱いするな。









 少し早足で黎冥に連れて行かれたのは行ったことのない教室だった。教室というか、講義室と言うか。



 教壇に向かって斜めになっており、黒板は床から天井まで三枚で入れ替わりではめられている。


 一枚を少し浮かせて、上下を入れ替えると言った感じ。







 入口からのT字路を右に曲がって奥に行き、左に曲がると保健室裏に当たる道を進んだ、さらにその先の右角。



 T字路奥の左側には初めて来た。







「生咲先生、お待たせしました」

「い、いえ……ありがとうございます……」

「あんま迷惑かけんなよ」

「ねぇ私が迷惑かけられてるって知ってる?」

「知らない。じゃ、行ってら」





 背を押され、生徒の視線が集まる中躊躇ったように階段を降りる。






 同い歳の人達だろうか。

 花の女神降臨の歌実験の時に、見た顔がいる気がする。気だけかもしれない。たぶん気だけ。

 人の顔など皆同じだ。






「すみません……」

「いえ、大丈夫です。……何を書けばいいですか」

「あ、今から言うことを……」

「はい」





 黒板を入れ替えて、中段の上辺りから書き始める。

 これより上は身長的に届かない。





「えぇと……それじゃあ続きを。現時の女神は」





 時の女神は三代目。


 一代目は死の女神の教え子、二代目は死の女神の親友が、三代目は女神に仕える幼子が。



 星に返り、星で死に、生まれ、命が誕生し、時を刻み、星に返り、星で死ぬ。



 死の時間とは不思議なもので、それは人によって指すものも、時間も異なる。





 死に際を死の時間と言い、それは生きる時間よりも長いというもの。


 死んだ後を死の時間と言い、それは瞬く間よりも短い時間だというもの。


 星で死んだ時間を死の時間と言い、それは自覚がないほど短いか、はたまた長すぎる時間だというもの。今が死の時間だと自覚しないほどに。





「先生、死んだ後に死の時間と言うのは不可能ですよね」

「だから色々と仮説があるんです」



 一つ目は死んだ後にあれが死の時間だったと自覚するため提唱することは出来ない。


 二つ目は既に死んだ後なのでそれが死の時間だったとは自覚しても伝えられない。


 三つ目はそもそも自覚しないほどと言うのに、何故提唱出来たのか。




 全てが仮説の域を出ず、それは結局は人それぞれだと言われる。


 その結果、これほどの説が出てくる。




 多くが出過ぎて人それぞれだと言われるのに、人それぞれだと言われすぎて多くの仮説が出ているという、なんとも奇妙な話。






「ここまで……」




 生咲がアヤネを見ると、話が止まったアヤネは振り返って手を下ろす。




 中段どころか下段までびっしりと書かれており、生咲が言っていない所まで解説が書き加えられていた。



 アヤネはおもむろに黒板の段を入れ替え、黒板の端に数字を振っていく。



 一と二を最上段と次段に、三を最下段に下ろす。



 そんな床すれすれに書かない限り、しゃがめば普通に書けたので見やすさを優先する。





「アヤネさん……大丈夫そう……?」

「はい」

「そ、それじゃあ次……」






 時と死は女神同士で深い関係があるが、時と命は力同士での関係が深い。



 命が宿った瞬間から時を刻み始め、命が終わるその瞬間、その刻まで時を刻む。


 命が終わると同時に時が終わり、時が始まると同時に命が始まる。






「ちなみに時の女神と命の神の仲は悪いです。生と命が険悪なのはよく知られていることですが、この二人が揃うと時の女神の機嫌が悪くなります」



 一人の時は良いが、二人が揃うと喧嘩が始まるのでそれを牽制する立場が疲れる。

 まだ幼い時の女神には重荷だ。






「あ、あとこれは試験にも出ます。時の女神は星の神を敬愛しており、想いの神と仲良好です。本人にその気はありません」




 この教師、案外お茶目なのだろうか。





 アヤネは重要そうなところに赤線を引き、生咲が待ってくれている間に赤線部分の解説を加えていく。




 後ろで眺めている黎冥にも手伝っていただきたい。




「アヤネさん……解説全部取るね……?」

「え、あ、すみません。消します……?」

「あ、いや大丈夫! 授業が早く進められるから……」

「すみません」




 二人で謝り謝り、授業が止まる間に皆は必死でノートを書き写す。




「アヤネー、手止まってんぞー」

「高みの見物者は黙っとけよ」

「師匠の言うこと聞け」



 アヤネは黎冥にチョークを投げ付け、黎冥はそれを顔面真正面で掴んだ。




「狙いいいなぁ」

「元ソフト部なめんなし」

「お前運動部だったの?」

「兼部部」

「何それ……?」



 足りない部員を補う部。

 結構万能な人が多い。



「なん……まぁいいや。早く進めろ」

「手伝え」

「断る」

「クズ。……す……」


 アヤネが生咲を見上げた瞬間、耳を切り裂くような鐘の音が鳴り響いた。




 アヤネは耳を塞ぎ、黎冥は眉を寄せる。




「アヤネ、次行くぞ」

「まだあんの?」

「次は兎童」

「はぁ?」




 アヤネはチョークを置いて慌てて階段を駆け上がる。



「ねぇ帰りたいんだけど」

「黙れ引きこもり」

「帰らせろ引きこもり」



 お互い引きこもりだ。

 それを悪口とも捉えていないので問題ない。





 アヤネがチョークの粉を払っていると、授業が終わって皆が出てきた。



 黎冥の弟子

 最年少の黒

 黒序列二位

 セリョアのお気に入り

 シュルトの獲物

 ストーカー製造機

 博識女神

 化け女

 降臨必需品




 色々な呼び名で知られているアヤネに好奇と妬みの目が集まり、アヤネはその視線を気にするように少し首をすくめる。



「ねぇ……」

「怯えすぎ」

「またなんかされそう……」

「委がいるのがなぁ……」



 向こうで七ヶ月間、化け皮を被り続けていた。

 その結果無事に帰ってきたのだが、黎冥的には物凄く残念だ。



 たとえ黎冥が突き放したとしてもアヤネへのいじめはなくならないのでそこを対策しなければ。






「とりあえず逐一の報告必須。絶対隠すなよ」

「うん……」



 まだ不安そうな顔をするアヤネの肩を抱き、女子生徒の視線が刺すものに変わったと同時に角を曲がった。





 これだけ入り組んで複雑な道のため、皆は大通りしか使わない。


 細道を使うと最後、ほぼ永遠に見つけてもらえないから。だって教師ですら知らないし覚えてないんだもの。




 ただ、黎冥に関してはある程度は把握しているので迷うことはほぼない。






 細道で人目のなくなったアヤネは自分でも分からないほど小さく詰まっていた息を吐き、黎冥のローブを握った。と同時に黎冥は足を止める。





「何?」

「精神弱ってんな」

「は?」

「寝たか?」

「ね……てない」



 隈が酷くなっている。


 茶隈ではなく、青隈、寝不足や眼精疲労の時に現れる血行不良によって引き起こされる隈が濃い。




「帰ってもいいけど」



 アヤネの向かいにしゃがみ、視線を合わせる。




 これは思った以上の傷だ。


 本人が普通にしているので、本人が思っている以上の傷なのだろう。

 アヤネは自覚している弱った心を隠せるほど強くはないし、それを素で表すことも出来ない。



 気付いていない今だからこその自然体だ。

 逆に変に隠されなくてよかったか。





「別にいい」

「無理すんな」

「大丈夫」

「責任感?」

「え、いや……特に」



 アヤネの冷たい頬を包み、落ち着いた目を確認してから立ち上がった。




「んじゃ次で最後な」

「うん」

「よしよし」

「触んないで」

「傷付く」




 アヤネは撫でてくる黎冥の手を払い、未知の生物が多い細い裏道を通ってから次の教室に移動した。

















 兎童の秘学手伝いを終え、黎冥とともに職員室に戻る。





「六時間目に使うやつ書けた?」

「うん。えーと……」



 アヤネはファイルを開き、綴じられている数十種類の中から目当てのものを見付けた。






 同じ種類が三十枚ほど重ねられた束を黎冥に渡す。





「あいっかわらず寸分のズレも歪みもないプリントだな」

「定規使ってんだから当たり前」

「生真面目め」




 プリントに不備がないか確認していると、職員室に兎童と慧が帰ってきた。


 今から昼食の時間なので荷物を置きに来たのだろう。





「あ、アヤネちゃん! さっきは助かりました!」

「お疲れ様です」

「何かしていたのかい?」





 兎童がアヤネの速筆を力説すると、慧は意外そうに、何故か黎冥を見た。




「他人に弟子を貸すことが出来たのか」

「それは貶しか? 哀れみか? 嘲笑?」

「どちらかと言うと哀れみか嘲笑だね。アヤネちゃん、五時間目は私の……」

「五時間は俺の筆記やらせるから無理」




 アヤネが断る前どころか慧が言い切る前に断ると、慧はつまらなさそうに眉を落として口を尖らせた。




 長机に持たれて威張る黎冥を見下し、小さく舌打ちをする。




「身長も器も小さい奴め」

「お嬢様性格の慧には我慢出来ないかな?」

「私は寛大なお嬢様なんだよ。跪けよ召使い」

「寛大なお嬢様は召使いに跪かせねぇよ。猫被ってる証拠だろ、化け猫」

「五月蝿い化け狸」

「下衆狐」

「鳥頭」

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