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12.雑談

「そーいやさぁ」




 黎冥の寮にて、ベッドの上に座って壁にもたれながら読書中のアヤネは小さく呟いた。



 自身の黒の神服に刺繍をしていた黎冥は顔を上げる。





「何?」

「ここに来て一年以上経つけどつ……」

「もう一年か。早いな」

「そんなことはどうでもいい。私、一日のパーティーに出たことないんだけど」

「そっちの方がどうでもいい」

「どっちもどっちだ」




 なんせ寮が広間の目の前なので開かれているのは知っていたが、まだ一度も参加したことはない。





「なんで急に」

「え、いやもうすぐ一日じゃん?」

「出る?」

「……えぇ」

「出ないな。俺は出ない」




 甘いものが嫌いな黎冥にスイーツパーティーに出ろなど、苦行の他ならない。



 兎童がほぼ砂糖の塊のようなものを食べているのを見ているだけでコーヒーが欲しくなるのに。




「寝起き一時間以内のコーヒーは依存性が高まる」

「ナツメグを静脈注射するとかなり有毒」

「白くまは全員左利き」

「えそうなん?」

「うん」

「くまに利き手ってあるんだ……」




 ラクダは多くが三重。

 カタツムリの歯は二万五千本。

 カンガルーは後ろにジャンプ出来ない。

 金魚の記憶時間は三秒。

 ダチョウの脳は目玉より小さい。

 最大のミミズは三メートル。

 ミミズは五つの心臓を持つ。





「何その生き物雑学は」

「月は一年に三点八センチずつ遠ざかっている」

「火星にある山は世界最高の山の三倍」

「え、でっか」

「ちなみに一年よりも一日が長い星もある」

「……どういうこと?」

「一日と二年は等号で繋げるって事」






 ほへぇと、素直に感心していると、黎冥が何か言いたげな表情でこちらを見てきた。






 アヤネの足には点滴が繋がれ、アヤネは本を読んでいる。



 拒食で食べても吐いてしまうため、今は足に点滴を繋げて一日を過ごすことが多い。


 黎冥の部屋に入り浸っている理由はそれが多くだ。




 本当は腕の方が動きやすいのだが、連続で刺すことは出来ないので右腕、左腕、右足、右腕、と繰り返し刺している。


 左腕は現在腫れて、血管炎が出てしまっている。







「何」

「何の本?」

「世界雑学集」

「あぁん……」



 だから雑学が山のように出てきたのか。




「面白いよ」

「刺繍してるからいい」

「貸しません」

「なんなん……」








 二人がお互いの雑学やら豆知識やらを披露していると、扉から微かに音が聞こえてきた。



 手をかざしてアヤネを黙らせ、またかとそちらを見る。





「四人」

「一人歩いてった」

「五人か」





 黎冥が呆れた目で扉を開けると、既に全員が逃げた後だった。

 逃げ足だけは一流だ。





 扉を閉めてまた椅子に座り、刺繍を再開する。





「なんの刺繍?」

「俺の神服。新しく貰ってたのをずっと放置だったから」

「確かにずっと同じ模様だったね」

「元々二枚しか持ってなかったし」



 持ってなかったのに、二枚とも同じデザインで刺繍してしまった。しかもよく分からない不思議な模様で。


 慣れたので気にしていなかったが、たぶんこれからあれを着ることはない。




 アヤネと似ても似ない模様なので気分も上がるだろう。



 基本面倒臭がりの黎冥は、黒の神服を着るような事態に直面すると気分が下がって動きたくなくなる。

 引きこもりを発動するのだ。





 腕のいい科学者ほど何らかの問題を抱えている。
















「君らって自然にイチャつくよね」




 そんなことを言われたのは夕食の時で、今はアヤネも向かいにいる。



 さすがに胃が空だと本人も嫌なようで、黎冥が食べるのに一口か二口だけ分けている。






「何、慧」



 いつも通り威圧的に腕を組んだ慧を見上げ、アヤネに一口食べさせた後ににんじんを頬張る。





「君らっ……」

「聞こえたから。どういうことか聞いてんの」

「黎冥が食べさせてただろ」

「うん」

「ほら」

「うん?」





 不可解そうに首を傾げる黎冥の脛を蹴ると、右から嫁陣と墓千がやってきた。





 ちなみにアヤネ大好き三人衆は奥の奥の奥に監禁中。







「やぁ黎冥君」

「こんにちは黎冥さん……」

「こんばんは。この時間にお二人がいるのは珍しいですね」




 自分の腕時計を見て、最後の玉ねぎを頬張ると箸を置いた。





「鳴嬪君を探してるんだけど……」

「あぁ、稔想と遊んでましたよ」

「どこにいた?」

「奥の奥です」

「何やってるんでしょう……」

「知らないよ……」





 呆れた目で視線を通わせる二人を無視して、本を読んでいるアヤネに声を掛ける。




「アヤネ、慧の言葉翻訳して」

「あんだけ噛み砕いて言われて分かってないなら私は何も言わない」

「えぇ?」

「慧先生、勘違いしないでください。これがこれの自然体です」

「それに応じるアヤネちゃんもアヤネちゃんだよ……」

「ははは」




 アヤネは据わった目で笑いなのかなんなのか、口角だけを上げると本を閉じた。



 昼間の本とは変わって、古語文字の一覧と説明だ。

 これが読む本は少々独特と言うか、そんな本があるのと言うようなものが多い。






「で、お二人は昼からずっと鳴嬪さんを探してるんですか」

「いや……そんなことはない」

「いなかったら僕達だけで帰りますよ……」

「では何故ここに?」

「夕食食べていこうかと思って」

「ここって案外自由ですね」







 黎冥は頬杖を突いてあくびをした。



 少々尖った八重歯が特徴的な口元だ。


 平均より僅かに尖っている程度だが、甘い系の顔のくせに八重歯が尖っているので、かなり印象が強い。







「関係者じゃなくても食べれんの?」

「言えば稔想も羽鄽も無関係だからな……」

「……もう区切りが分からなくなってきた」

「教職員生徒かそれ以外」

「いや分かってるけど」




 アヤネは額を押え、大きな溜め息を吐いた。






 そんなアヤネの姿を見て、黎冥は小さく手を打った。




「女神様でも降臨させるか」

「なんで?」

「暇じゃん?」

「遊び感覚で降臨させんなよ」




 数ヶ月間眠るのは、眠りに関してはいいがその後の状況の変動を飲み込むのが辛い。








「あそうだ慧先生。八月朔日(ほずみ)悆絢(そはる)って知ってますか?」

「あーおい!」

「私は知らないね」

「八月朔日さんって僕と同期の子だよ。黎冥さん経由で会ったことあるけど」

「……幼馴染って」

「年齢差あっても成り立つだろ」

「まさかの歳上か」

「待ってお前何想像してんの?」





 墓千と同期ということは十六離れているということになる。

 十六で、幼馴染になる、と。




「一緒にいた期間短くない?」

「九年を短いと捉えるか長いと捉えるか」

「長いね」

「八月朔日さんがどうかしたの?」

「これと文通してて」

「幼馴染……え、黎冥さんの家って都心じゃ……!?」

「一人の家は都心ですけど実家は南西側です」






 だから稔想は上方語だし、黎冥も時々上方が出る。

 紑蝶は完全標準語のフリをしているが、三人とも南西出身だ。




 だから黎冥社の本部も本工場も南西にある。





「ご実家南西なんですか……!」

「一人暮しの家持ってんの?」

「だから稔想君の喋り方……なるほどね?」

「あれ、実家って引っ越してなかったかい」




 慧が思い出したように呟くと、黎冥は少し考えるように口元に手を当てた。





「あぁ……ん…………。引っ越しと言うより、引っ越しなんだけど。本家と分家を行ったり来たりしてるからそれの事かも。えーと……」



 確か三十幾つあったはず。

 どこにあっただろうか。






 黎冥が思い出そうとして悩んでいると、どうやってか抜け出してきた稔想が階段を駆け上がってきた。


 一人一人別で縛っててよかった。






「兄さん!」

「稔想、分家ってどこにあったっけ」

「え、東北に六家と中部に九家、南部に五つと島にも五つぐらいなかったっけ?」

「あれ、そんなもん?」

「姉さんが国外に三家と国内に二家だけ持っとるけど」

「稔想は?」

「えー……そんなん覚えてないわ……」

「あそ。……らしい」




 黎冥が慧を見ると稔想もつられたように慧を見た。




 顔を引きつらせていた慧をよそに、アヤネはどこからか出したファイルを開く。


 本当に、どこに持っていた。





「これ?」

「……なんでまとめてんの?」

「本に載ってた」

「個人情報ダダ漏れー」




 黎冥はアヤネから分厚いファイルを受け取り、皆はそれを覗き込む。




 東北に六家、中部に九家、南部に五家、島に五家。


 近年になって島に二家と国外に一家分家が見つかり、現在東北にも一家査定中。





 黎冥紑蝶は自身の家を国内外に五家保有、黎冥稔想は八家、零は十七家保有。零に関しては自身の家も持っているため、総十九家。





「あ、こんなにあったんだ」

「兄さん二つ持ってんの?」

「一軒はお気に入りだけど住所割れたから放置。一軒は実験道具とか資料置いてる。何年も行ってないけど」

「俺ほぼ家なき子やねんけど」

「八家持ってるだろう?」



 慧が不可解そうに見下ろせば、稔想は緩く首を振った。








 稔想が所有しているのは黎冥家次男の分であり、黎冥稔想の分ではない。



 女子は家督も家も継げないため零、長男は十七、次男は八、三男は三。


 当主は二十家、当主伴侶は八。






 代々続く神守の家系なので分家も多い。


 黎冥の血を引くということは信徒として十分にやって行ける素質があるということだ。


 そして、波に乗れば家を一つ買うのも結構容易くなってくる。




 黎冥家が住んだ家は普通に売り払うことは不可能なので、こうして代々引き継がれることになっている。







「なんで売れないの?」

「黎冥家、と言うか神守の家系が長く住んだ家には聖なる力が宿ってるから一般人が住んだら当てられる可能性が高い」

「ここは一般人と普通の人が住んでるけど」

「神の箱庭だからな。多少の例外はある」




 ここは特殊な寮、いわゆる結界だ。

 信徒用なら組編系の抑える結界が、一般生徒なら守る網縄系の結界が、ドアノブを付けた瞬間に完成する。







「この箱庭って案外からくりチックだよね」

「創造主がカラクリ大好きだからな」

「誰?」

「創造主。えーと……なんかの神話に……」

「命と想いの喧嘩物語だ」

「お前の記憶力どうなってんのか調べさせろ」





 最難関高を二位入学、力試し試験で一位を取った記憶力を馬鹿にするな。




「二位? 一位は?」

「聞くな……!」

「え、何。ケアレスミス?」




 呻き始めたアヤネの頭を押さえ、適当に髪を荒らす。



「やめろクズ」

「ばーかー」

「お前より偏差値高いはずなんだけど」

「俺天才科学者って言われてるし」

「嫁陣さんも墓千さんもだろ」

「えーいや……二人はどうだろ」




 本人が真上にいるのにいいのだろうか。








 アヤネが見上げた時にはもう遅い。




 二人は黎冥の後ろに立つと、静かにそれを殴った。

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