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10.訃報

 船旅を終えて約一週間。




 今年の土地の祈りは冬なので、今の時期は特に大きなことが起こることもなく進んでいる。


 ただ一つ、明らかにアヤネの様子がおかしいことを除いては。






 ずっと寮に閉じ篭っているし、黎冥はともかく稔想にも慧に対しても反応が薄いというか、ほとんど反応がない。


 絶対に何かあったのだろうが、黎冥は何もしていないし羽鄽がやらかした様子もないのでたぶん他のこと。




 ただ、誰にも何も、それらしきことは全くない。




 最近であったことと言えばなんだろうか。



 いつも通り手紙は届いていたし、一度だけ制服で出掛けていたが特に変わった様子もなく帰ってきていた。




 様子が変わってきたのはその二、三日後。


 食欲が確実に落ちているのは目に見えて分かる。が、吐かれるとアヤネ本人もこちらも嫌なので無理矢理食べさせることは出来ていない。




 何か大きなストレスを抱えている気がするが、全く分からないのだ。

 本当に、今回ばかりは何かやらかしたのではと心配になってきた。







「黎冥、大丈夫か」

「大丈夫……じゃない」

「アヤネちゃんの事だろ」

「なんかやったかなぁ……?」

「……見たところ何にもやってない。それに」



 それに、アヤネは黎冥に何かやられた場合、慧や稔想に対してまで嫌な態度や不快感を示すことはない。



 似ている稔想はともかく、慧には愚痴ることの方が圧倒的に多いのだ。




 今回ばかりは黎冥が何かやらかしたわけではなさそう。





「俺愚痴られてんの?」

「盛大にね。気持ち悪いとか人使いが荒いとか人の心がないとか」

「……直接言われてることしか言われてない」

「私に愚痴る意味……」




 そんなことはどうでもいい。




 黎冥が何もやっていないなら他か。



 友人関係、アヤネの場合は男関係か。


 だが男関係は保身だと言っていた。



 アヤネに来た手紙はある程度把握しているが男からの手紙はないし、最近は手紙も来ていない。



 男関係でおかしくなったならまず友人が止めているだろう。

 友人思いなアヤネが友人の止めを完全無視し続けるとは思えない。





 それに、最近は羽耶(はや)と言っただろうか。

 三日に一度は届いていたあの子からの手紙が途絶えている。



 多感な時期なので喧嘩か、最近はアヤネが音信不通になることが多かったのでそれ関係なのだろうか。




 いや、あの凹みようならアヤネ本人から謝る気がする。


 アヤネの性格からしてそんな謝るのに躊躇ったり、恥ずかしがったりすることはないだろう。




 からかってくると分かりきっている黎冥は例外として。





 仲のいいあの子となら上手くやれるはず。




 やはり男関係か、関係に変化でもあったのだろうか。



 委が帰ってきたし、奪も相変わらずなのでいじめか。

 だが今までもいじめられていたらしいしその度に罰してきたが、こんなに凹むことがなかった。










 考えれば考えるほど候補が減っていき、ますます分からなくなってきた。




 いったい何がどうなってあんな状態になるのか。









 黎冥が職員室で呻き、慧も心配そうにしていると稔想がひょっこりと顔を出した。




「あれ、兄さん? なんでここいるん」

「いたら悪いか」

「いやええけど。部屋にいると思ってたんやけど」

「ずっとここにいましたよ」




 何の用だと、今忙しいと黎冥が稔想を睨むと、稔想は不思議そうに首を傾げた。




「アヤネちゃんが兄さんの部屋入ってったん見たから……」

「なんであそこにいたんだよ」

「……羽鄽君追っかけて!」







 稔想の腹部を殴ってから急ぎ足で部屋に戻ると、鍵の開いた部屋に本当にアヤネがいた。



 床に座り込んでベッドに突っ伏し、微動だにしない。





「アヤネ」




 何をしていると聞こうとした時、ふとアヤネの頭の下で組まれた腕の下敷きになっている手紙に目がいった。



 いつもの薄緑と水色のフレームではなく、特に模様もなさそうな紙。





 ゆっくり近付いて、アヤネの背に触れる。





「アヤネ……?」




 声掛けても反応せず、さすがに対応に困るので軽く肩を揺らしてみる。






 と言ってもこんな状況初めてなので、とりあえずもう一度だけ声を掛けようとした瞬間、アヤネが微かに動いた。




「アヤネ」




 もう一度声を掛けてみれば数秒した後にゆっくり体を起こし、真っ赤に泣き腫らした目で黎冥を見上げた。



 一回でこんなことになるかと思うほど、たぶん目の下は擦り切れているのだろう。

 微かに出血が見える。





 元々綺麗な二重だった目が腫れぼったく腫れて一重になり、目の下の隈は船の時より明らか濃くなっている。





「ひっどい顔」




 そう素で呟くとアヤネは顔をしかめた。





 向かいにしゃがみ、擦り切れた頬とまぶたが痛そうだと指でやるべく力を抜いて涙を拭ってやる。




「なんで泣いてんの」



 本能が、ここで茶化すなと警笛を鳴らすのでいらないことは言わない。





「……なんか言えよ」

「べっ……と……」

「え、何」




 アヤネは黎冥の手を弱い力で無理矢理下ろすと、自分の袖で擦ってベッドに這い上がった。否、這い上がろうとして、やめた。




 膝立ちになりかけたところで力が抜けたのかまた座り込み、黎冥のベッドを掴む。





 アヤネの情緒と行動が掴めないのはいつもの事なのでとりあえず手を貸してやろうと手を掴んだ時、妙に熱い気がした。



 いや、妙にじゃない。

 明らかに熱いし、手首で測る脈も早い。




 また熱か。虚弱体質め。





「アヤネ」

「…………」




 何かを小さく呟き、しかしそれを聞き取れず眉を寄せる。



「何?」

「……しに、たい……」

「……は?」




 馬鹿になった。

 頭がイカれた。

 ネジが飛んだ。

 熱でやられた。






 そんな言葉が無限に浮かび、とりあえずアヤネの手を掴むとなるがままに動くアヤネをベッドに上がらせた。




「熱が治ってからもっかい言ってみろ」



 また泣き出し、やっぱり狂ったかと、座るアヤネのローブを脱がせてそのまま寝転がらせた。



 たぶん暑がる気がするので薄いブランケットだけかけて、アヤネの顔を上に向けさせた。





 意識があるのかないのか、泣いたままの目を茫然と開けてまったく自我も光もない目をする。






 唇、肌の乾燥。

 涙で濡れていて分かりにくいが、目の横や汗をかいていない耳裏等は粉をふくほど乾燥している。


 指先は徐々に冷たくなってきて、脈がかなり早い。




 本人の意識があるのかないのか分からないので詳しくは聞けないが、確実な脱水症状。

 栄養失調もあるだろうか。微かに目元に影がある。





「アヤネ、ご飯は? なんか飲めるか」




 黎冥が覗き込むと、一瞬視線が動いた。



 と、同時に起き上がろうとして起き上がれていないので手伝うと、足元にあった掛け布団にくるまった。



 本当にこれの行動予定表が欲しい。






 とりあえず何も飲めなさそうなので二種の点滴を用意して、脱水症状改善と栄養失調改善を目指す。


 話はそれから。







 救急箱を漁って、一面クローゼットからガードル台を出すとそれを両方かけた。




 気泡を抜いて、アヤネの布団を剥がす。

 と、本当に力が出ないのだろう。



 何もしていないかと思うほど簡単に布団がはがれる。




「アヤネ、腕出せ」

「死にたい……」

「はいはい」




 腕を抱えてうずくまるアヤネの腕を引っ張り、腕に針を刺そうと一旦手を離した。瞬間、また腕を抱える。





 それを無理矢理解き、両腕をベッドに押さえ付ける。




「お前が生きようが死のうが止める気は無いけど死ぬ寸前まで迷惑はかけんな。せめて一年間分の恩返ししてから死ね」

「……いた、い……」

「生きてんだから当たり前だろ。死にたいなら死の女神にでも祈っとけ」





 アヤネの手足をベッドに縛り付け、腕に点滴の針を刺すとテープで止める。




「血管破れるから動かすなよ」




 もう返事もしなくなったアヤネに布団を掛け、 塗り薬を出すと頬と下まぶたの出血しているところに薬を塗った。


 タオルで涙を拭って、目に手を当てる。





「寝て頭冷やせ」




 微かに目を閉じる感覚がして、それから少ししてから手を離すと床に落ちた手紙を拾い上げた。




 模様どころか罫線もない手紙に、筆か何かで書かれた文字。





 羽耶の死による後追いで首吊り自殺。




 元々病気を患った子の集まりだと言っていたはずだ。


 アヤネも、理解のない人間は嫌いだと言っていた。

 黎冥や稔想が科学者で、医者でよかったと。





 確か、アヤネと羽耶とともに新しい名前を考えていた、霈霸(はいら)だったはず。




 羽耶の後追いということは、その子が亡くなったことがアヤネの変化の発端であり、最近届いたこれで死にたくなったような感じか。




 ぐしゃぐしゃに握られ、濡れて乾いた跡のある手紙を畳むと机の上に置いた。



 ベッドに座り、アヤネのまぶたを軽く撫でる。



 気が付かなかったが、まつ毛の生え際からもガッツリ出血している。



 ここは粘膜に近いので薬が塗れない。



 膿まなければいいが。






頬を撫で、また流れてきた涙を拭っていると、ノックが鳴って扉が小さく開いた。



 視線を飛ばせば慧と稔想が立っており、後ろから羽鄽もやって来た。





「兄さん……」

「原因はだいたい分かった。本人が寝てるからまた後で説明……していいならやる。嫌がる可能性も高い」

「大丈夫そうなん?」

「……なんとも」



 三人は心配そうに黎冥を見つめ、黎冥は小さく肩を竦めた。




「アヤネの情緒と行動は永遠に予測出来ないからなんとも言えない。起きてから聞いとくから今は出てけ」

「絶対教えてや……?」

「くどい」




 黎冥は三人を追い出すと、またベッドに座ってアヤネの目に手を置く。




 失敗。

 稔想か誰かにお湯を頼めば良かった。




 このまま手を置いておくとたぶん嫌がる気がするので、タオルを蒸して当ててあげよう。


 少しすれば目の腫れも治るはず。









 そう思って立ち上がろうとした時、アヤネが目を覚ました。




 黎冥の腕を掴み、何を考えているのか茫然と見上げる。






「……何?」

「腕……いたい……」

「点滴?」

「……ん……?」




 点滴の針を抜き、止血してから別の場所に刺し変える。





「今は休んどけ。話はそれから」







 と言ってまた立ち上がろうとして、今度はがっしり掴まれる。



 なんだろうか。

 アヤネは体調を崩すと甘えるというか、幼児化というか、寂しがり屋というか、普段よりも幼い印象になる。そういった行動が多い。






「何?」

「……どこ行くの……」

「蒸しタオル持ってくるだけ。目腫れてるだろ」

「……いらない」

「あぁ?」





 体をひねり、アヤネを見下ろすとまた泣き始めた。



 親しい友人が二人同時に亡くなって悲しいし弱っているのは分かるが、情緒不安定すぎやしないだろうか。


 情緒も行動も不安定。







「ひと、り…………や……だ……」





 思えば、黎冥は身近な人が亡くなったことがない気がする。


 数年前に母方の祖父が亡くなっているが、ほぼ記憶にないほど昔に一度会っただけの人だったので特に近しいというわけでもなかった。





 今は一人にしない方がいいか。

 一人にしたら何をしでかすか分からない。






「分かったからとりあえず寝転がれ」

「一人……」

「一人じゃないだろ。羽鄽呼ぶぞ」

「……なり……た、く……ない……」

「……大丈夫だから。皆いるだろ」




 アヤネの頭を撫でて、大丈夫だと、一人じゃないと言い聞かせる。





 アヤネは一人じゃない。


 黎冥も、稔想も慧も羽鄽も藥止も鳴嬪も、皆アヤネを見捨てるようなことはしない。



 もし皆がいなくなったとしても、黎冥は絶対に、アヤネを一人にはしない。

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