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9.船の部屋

 神守十二家の集会が終わったのは予定よりも三時間をすぎた午後四時過ぎで、昼食も取れずほぼ頭の回っていない状態で終わった。




「お嬢様、軽食を用意しましたが……」

「頂こう。皆もお腹が空いているだろう」




 黎冥がアヤネを見下ろせばアヤネは小さく俯き、微かに震えている気がした。気だけ。




「俺とアヤネは結構です。そこまで空いていませんし」

「だが……」

「仕事が溜まっているので失礼します」




 黎冥が断っている間にアヤネは立ち上がり、黎冥に背を押され部屋を出た。



 長居する気もないし、元々終わった日に帰ると伝えていたのでさっさと荷物を片付け制服に戻る。






「アヤネって人前で食事しないの」

「うーん……店とか他の人の家で食べるのはしない。この歳で残したら嫌な目で見られるじゃん」

「好きな量だけ取る食堂は大丈夫なんだ」

「処理係がいるし」

「お前俺の事どんな認識してんの?」




 二人で少ない荷物を持ち、さっさと館を出ると予約で滑り込んだ船に乗った。


 元々日を跨ぐつもりはなかったが、毎回、本当に何故予め遅い時間に設定しないと疑うほど毎回、時間を超えるので一番遅い船の一等ダブルを取った。







「……ねぇ、さっき真っ赤になってたけど」

「聞くな」

「教えろよ」



 絶対茶化してくる気だ。


 黎冥は顔を逸らし、アヤネは黎冥の背をつついてしつこく聞き続ける。




 黎冥は窓辺の椅子に座り、アヤネは窓辺に座る。




「……ねぇ」

「何」

「なんで同室なわけ? 配慮って知ってる?」

「最近物騒なんだから個室で襲われるよりいいだろ」




 本当に、黎冥はずっと自分を脅してアヤネを誘き出そうとした奴を警戒している。



 何故か分からないが、また襲われる気がするとずっと警笛がなっているのだ。


 なんせ不安なのでなるべく傍から離したくない。





「対して身代わりになんねぇじゃん……」

「一人でいんのが危ないって言ってんの」

「納得いかない」

「おとなしく従っとけ。弟子」




 より高い位置に座っていたアヤネに腕を蹴られ、腕を押さえてそちらを見るとアヤネはベッドに座わり後ろに倒れた。




「疲れたー……」

「なんもしてないくせに」

「お互い様だろ。零の拒否とえーと……リリス様だっけ。あの人の頷けって圧で疲れた」

「別に拒否しなくても良かったけど」

「私が嫌って分かったから代弁して拒否したんだろ」

「せいかーい」




 馬鹿にするように覗き込んできた黎冥は、アヤネを見下ろすと目元を撫でた。




 思考が固まり、その場を飛び退く。



「何!? 気持ち悪い!」

「隈酷くなってんじゃん」

「……最近寝たままでクリーム塗れてないからかも」

「あぁ」



 と言うか塗らなかったら戻るのか。

 それは一生必需品になるのでは。




「あとはここ数日間の船旅のせいかな」

「帰って寝ろ」



 在日した日数より船旅の方が圧倒的に長い。


 中心校に近いこの場所では仕方がないが、それでも辛いものは辛い。




 仕方がないで辛いものが消えたらどれほど楽か。






 アヤネが頬を擦り、特に黎冥に触られた方を擦っているとベッドに座った黎冥がそれを下ろした。




「色素沈着するぞ。……赤くなってるし」

「お前のせい」

「なんでだよ」



 何故こんなにも反抗するのか。




「顔洗ってこい。ビタミン剤あるから」

「……はぁい」




 少し不服そうなままメイク落としを持って出て行ったアヤネを見送り、仕組んでいたように手紙を取り出した黎冥はそれを読み始めた。






 それから十分ほどして、アヤネが戻ってきたので手紙を閉じて荷物の方に置く。




「こっちこい」

「貸して」

「なんで」

「自分で塗る」



 おとなしく塗られておけばいいものを。







 アヤネは黎冥からクリームを受け取ると片目ずつ瞑ってそれを塗り、返してから軽くまつ毛を整えた。




「まつ毛長いよなぁ」

「自画自賛?」

「俺ってそんな自己肯定感高いっけ」




 自分の自己肯定感を他人に聞くな。





 が、アヤネが小さく首を横に振ると、もう一回言ってみろと促された。





「……生まれつきだよ」

「美形に生まれたのも分かる」

「なんかさぁ」




 睨んでくるアヤネに首を傾げると、アヤネはベッドを降りて黎冥の鞄の上に置いてあった手紙を取った。




「おい!」

「……彼女?」

「違う」

「赤くなってた原因?」

「違う」

「関係は?」

「幼馴染」

「うーわベター」





 あんな隙間時間で読んでいたのだから、相当大切にしているものの気がする。

 どうでもいいが。





 手紙全てに目を通し、裏表を見ると黎冥に手を差し出した。




「封筒は?」

「は?」

「封筒」

「何する気だよ」

「ふーうーとーおー」




 何を企んでいるのか、アヤネに封筒を渡すと差出人の名前を見た。





 八月朔日(ほずみ)悆絢(そはる)


 少なくとも、信徒関係者ではなさそうだ。

 現代史にも歴史にも、神話著者にも本人も載っていなかった名前。



 黎冥の第六彼女予定者か。





「八月朔日って珍しい」

「その苗字読めたのはお前が初めて」

「読めるだろ」

「さすが天才ちゃん」



 黎冥の足を蹴り飛ばし、封筒の中身を見ると残り二枚も取り出して読み始めた。







 黎冥は何かまずいことがあるのか、アヤネの手元をずっと覗き込んでいる。






 内容的には、黎冥の研究内容を聞いたり親子関係、兄弟関係のこと、相手側の近状報告も。





「つまんな」

「失礼すぎる」

「密会の約束の一つ二つしとけばいいのに」





 アヤネは手紙を折り目通りに畳むと黎冥に渡し、右側のベッドに上がった。



 アヤネは基本左を向いて寝るので右側だ。



 目覚めから寝落ちまでこれの顔を眺めたくはない。






紑蝶(ふうちょう)は男遊びが酷いんでしょ。稔想は女っ気ないし。黎冥家の跡継ぎは絶望的だな」

「いや紑蝶が一人か二人か産んでるはず」

「……絶縁してんでしょ」

「まぁ下にハルがいるし。適当に見合いでもさせて跡継ぎだけ産ませるだろ」

「嫌な家」

「権力のある家系はどこもそう」





 紑蝶は子供を元旦那達に渡したし、黎冥は結婚欲が微塵もない。

 稔想はアヤネを狙っているようだが羽鄽とシュルトはどうか分からないが、たぶん羽鄽と黎冥がいる限りアヤネに手出しは出来ない。


 昦瓈(そらり)は基本馬鹿なのでまともな女に好かれないだろう。

 唯一の希望が春纚(はるり)だが、春纚は男を怖がるのでどうなるか。




 元々感情の一部が欠落した一族なので、二人に恋愛感情があるかどうかすら怪しい。




 今年か、来年ぐらいには婿候補の身繕いが始まるか。








「ねぇ着替えるから出てって」

「何分?」

「五分ぐらい」

「ん」











 帰ってくるとアヤネは既に寝息を立てており、枕元には本が置いてあった。




 本のそばに手が置かれているあたり、読もうとして即寝落ちしたか。







 船旅とはそれほど不快なものだろうか。


 アヤネの言う磯臭さも潮の匂いも、そこまで酷くはないと思う。

 揺れも多少あるが気にならない程度。



 喧騒や団欒の声が聞こえてくることもない。




 何が不快なのだろうか。






 黎冥の膝やソファで眠れたのだから枕にこだわりがあるわけでもなさそうだし、気温調整は自分でやっている。




 特に何かがあるわけでもなさそうだが、やはり船だからだろうか。

 ストレスに弱いアヤネは一般人が感じ取れないような音や揺れも感じてしまうのかもしれない。





 今から騒がしくなる時間帯だが、また眠りを妨げられるとストレスが掛かりそうだ。

 不機嫌にならないことを願う。













 ふと目を覚ませば、時計は真夜中二時半を指していた。



 二時半は夜中、三時半は明け方の感覚。






 隣のベッドで黎冥は寝ているし、アヤネは足りない睡眠を補っただけで今日の睡眠はまだだ。寝よう。





 せっかく起こした体をまた倒すと、そのまま眠りに落ちた。











「アヤネー」




 名を呼ばれ、薄く目を開けると黎冥が正面に見えた。




 思ったよりの眩しさに目を閉じ、亀のようにまるまるとそのまま目を慣らす。





「……みず……」

「師匠を召使い扱いすんなよ」




 黎冥の言葉を無視し、それでも渡してくれる水を飲み干した。






「何時?」

「十三時」

「うっそ」

「ほんと」



 吃驚。寝すぎた。





 アヤネは目を擦り、小さくあくびをした。

 まだ眠い。寝すぎただろうか。






「昼食どうする」

「どっちでも」

「んじゃ着替えろ」

「出てけ」








 あの国発の船なので制服でいいらしい。

 ほとんどが信徒だし、ローブを着なければ普通の制服と言い張れるらしいので制服だ。


 普通の制服と言い張る場合、何故生徒と教師が一緒に乗っているのかということになるがそれは信徒だからと、面倒議論に発展しそうな返しをされたので黙った。









 部屋を出て鍵をかけ、向かいで本を読んでいた黎冥とともに食堂に向かう。




 寝違えっただろうか。首が痛い。






「寝れた?」

「うん。行きよりは寝やすかった」

「お前の寝心地感覚は何基準なの?」

「えー…………機械音……?」




 船の重低音や、逆に高すぎる高音が響くとそちらに気を取られるのであまり寝付けていない気がする。



 揺れや人の足音、波の抵抗や寝具の音もあるのだろうが、多くは機械音だろうか。





「そんな機械音なんかするか?」

「零の耳がおかしいんでしょ」

「一般人並みに正常ですけど」







 顔と制服で注目が集まる中昼食を食べ終わり、部屋に帰るとソファに座った。




 黎冥はベッドに座り、特に会話をしないままお互い本を読み始める。









 いつの間にか寝落ちしていたようで、目が覚めるとまた黎冥が覗き込んできた。




「寝すぎ」

「なんで毎回覗き込んでくんの?」

「起きたかなーと」

「そこら辺行っとけよ」




 アヤネに顔を押された黎冥は顔をしかめながら体を反らす。






「……ねぇ回復薬ちょうだい」

「力の?」

「うん」





 アヤネの頬を掴み、背もたれ側から無理やり覗き込んだ。




「何もやってないよな?」

「痛い……」

「なんで回復薬?」

「女神様降ろした後の感覚に近い」

「なんで?」





 なんでと聞かれても。


 アヤネも何故力が減ったのか、何故寝るほど少なくなったのか分からない。



 とりあえず感覚が近いのでその薬で治ったらいいな程度だ。





「平常時に飲んでも問題はないんでしょ」

「……誰とも接触してないよな」

「うん」

「夢は?」

「視て……ない、と、思う。記憶の中では」




 神は無意味に人に接触しない。


 アヤネの場合は分からないが、それでも接触時は何かと意味があり、役目があるので接触する。


 交わったのに記憶を残さないなど意味がない。





「体に傷は? 誰かとぶつかったとか」

「ない。……はず」




 アヤネは自分の袖をめくり、やたら切り傷やら打撲跡の多い腕を裏表確認してから、ソファに足を乗せて問題ないかを確認した。






 起きている時に異常がなく、かつ夢を見ていないなら寝ている間に誰かに取られた可能性がある。




 聖なる力を取るのはそう簡単なことではない。


 特殊な器具が、それこそ聖杯のような物が必要で、移す容器も特殊な必要がある。

 意図して多量に取ったか。






 黎冥を脅した奴らだろうか。


 敵が目に見えないだけで思っていた倍より多い気がするので、他の可能性も十分有り得る。











 鬼ごっこの始まりか。

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