7.リリスとの対談
思ったよりも着る機会の多かった黒の神服を着て、顔を作ってから与えられた一室を出る。
言っても荷物を置いて着替えるだけなので小さな部屋だ。
「アヤネ、行くぞ」
「変なことに巻き込まれませんように」
「本気で祈っとけ」
珍しく髪をセットし、最近は当たり前になった素顔の黎冥はアヤネの背に手を添えて歩き出す。
「化けなくていいの」
「嫌な言い方すんなよ」
今日はいつも通り細縁ボストン眼鏡だけだ。
化ける時は黒縁が多かったが、素顔では印象が強すぎて合わないので細縁が多い。
「なーんか知らんけど薬品使ったら瞼が炎症起こすようになって。稔想に止められた」
「さすが元眼科医。てか皮膚薄いところに腫れるぐらい強力なの使ってんだから当たり前だろ」
「まぁアヤネがその顔だし見劣りしなくていいわ」
「私が劣る」
「お前が劣るような顔は存在しない」
アヤネは自身の価値を低く見すぎだ。
あれだけ男に囲まれるのだからもっと自惚れてもいいと思うが、自己肯定感が低い証だろうか。
これは心配になるほど自己肯定感が低い。と言うか皆無だ。
「もっと自信持てばいいのに」
「お前は調子乗りすぎ」
「……すみませんね。……痛っ!」
脇腹をつねられた黎冥は患部を押え、アヤネを睨む。
謝ったんだから許せよ。
いつまで神服の刺繍案で馬鹿にされなければならないのか。
黎冥が不服なまま歩いていると、向かいからセリョアとその姉が見えた。
「アヤネ様! こんにちは!」
「こん……」
「セリョア、ここは黒の集会ではありません。立場を弁えなさい」
「あ、はい!」
厳格そうな姉、ハン家当主のスヒェナはアヤネに突っ込もうとするセリョアを止めて挨拶をさせた。
「失礼致しました黎冥圜鑒様。お久しぶりです」
「お久しぶりです。相変わらず元気な妹ですね」
「申し訳ありません。最近はアヤネ様と聞くと誰彼構わず突っ込むようになってしまって」
今までアヤネを裏切った男もそうだが、アヤネには人を狂わせる才能があると思う。いい意味でも悪い意味でも。
「大丈夫ですよ。慣れたので」
黎冥はそれだけ言うとまたアヤネの背を押して歩き出す。
「どこ行くの」
「客間」
「……まだ三十分近くあるけど。そんな遠いわけじゃないでしょ」
「準備というか……ちょっと用事みたいなもん。面倒事には巻き込まれたくないだろ」
「うん」
面倒事という単語を出せば躊躇いなく歩き出すのだからこれは。気持ちは分からんでもないが。と言うか分かるから準備するのだが。
二人が客間に行くと数人の使用人が準備を進めており、黎冥を見ると部屋の隅にはけて行った。
「リリス様」
「……圜鑒。早くないか」
「先に話をつけておこうと思いまして」
上座の豪華な椅子に座って本を読んでいたリリス、まだ九歳の少女だ。
顔を上げ、本を閉じると傍に控えていた使用人に渡した。
クルクルに巻かれたツインテールが揺れる。
「集会で聞くつもりだったんだが」
「何せ目立つのが大嫌いなもので」
「既に目立ってると自覚しろ」
「これ以上目立ちたくないんです」
リリスは呆れたように溜め息を吐きながらも体を黎冥達のいる斜め向かいに向けてくれた。
悪い人ではなさそうだ。
悪い人なら黎冥が引きずり下ろしているか。
「アヤネが開く神の集会は私も感じている。お告げにて土地の祈りや使者の来訪も知らされている」
「それについて一つだけ」
「何かあったか」
アヤネが開く神の集会。
これの内容として、アヤネから聞いるものは
黎冥を縛ってきた組編を作った神の捜索
魂が死んだ死の女神の状態と蘇生。
この二点が大まかな議題だ。
組編は報告の言っている通りアヤネ、稔想は触れられず、降臨した死の女神が切ったもの。
死の女神曰く、人の子が出来る組編ではないため神の代物の可能性が高い、と。
これに関しては神側も、死の女神もアヤネも何も分かっていない。
二つ目。
死の女神の現状について。
現在死の女神は肉体は生き、魂は死んだ状態にある。
アヤネは数回、時の狭間に行っているが、狭間ですら死とその他の神は会えない。
そして別れた神々が意思疎通を図るにはアヤネを介す必要があり、それもアヤネが一回一回どちらかを降臨させなければならない。
「……圜鑒、それは私に言った時のリスクを考えての発言か。それを公開すればアヤネはどうなるか分からないぞ」
「公開する気はありません。リリス様のみにお伝えします」
「何?」
「この話はお告げや神話というわけではなく、神側もあくまでアヤネに手伝ってもらっている意識です。命の神と死の女神を思えば分かるでしょう」
これを公表して神を信じる信徒からアヤネが批判され、降臨出来なくなると死の女神と意思疎通が取れなくなる。
そうなると困るのは神側であり、アヤネは神の意思疎通に関しては全くもって関係ない。
そんな危険な綱渡りを、死んででも死の女神を手に入れようとする聡明な命の神が渡るだろうか。
答えは否、どんな安全な綱渡りだろうと綱を渡ることはしない。
橋がないなら自分で掛けろと言わんばかりに橋をかけるだろう。
そして、橋をかける方法が見当たらない今は危ない綱は全て切っていくはず。
これは死の女神に酔い狂った命の神だけでなく、死の女神を溺愛し忠誠を誓い命の神を蹴り落とす気満々の生の神も賛成している。
だからアヤネが死なずに多くの神と接触出来ているのだ。
「……ぼかさず断言しろ」
「アヤネが黒になったあと、アヤネを誘き出すような事件が連発して起きています」
黎冥の誘拐もそうだが、パーティーの誘いもセリョアの来校も、大神官五人の訪問も。
全てアヤネを取り込もうとした上が動かした事だ。
大神官三立の顔合わせはリリスが仕込んだ事だが、たぶん三立がアヤネに手を出さないよう黎冥の威厳示しのため。
セリョアがアヤネを気に入っているのは紛れもない事実。
だが、その姉はどうだろうか。母親は、兄は。
妹の好意とアヤネの押しに弱い性格を利用してハン家に引き入れようとしている。
妹もまた、それを知った上で接触を計ってくる。
雯麟もそうだ。
本人の意思は関係ないとでも言うように、黎冥にばかりアヤネを渡せと言ってくる。
黎冥が雯麟を抑えるため一位になった事は全員が察しているだろう。
だが雯麟はそれすら気にせずアヤネを渡せと、毎日手紙を送るほど言ってくるのだ。
あれは富と名誉に目がない。
黎冥も弟子にするという発言も、本人的には冗談ではないはず。
黎冥を脅しアヤネの神石を盗った犯人は足すら付いていない。
中心校が無能だと言うこともリリスが関与したがらないことも知っているが、黎冥ですら証拠をぼかされていまいち分かっていない。
序列二位の飯遜よりも富地位名誉人脈が上の黎冥ですら、だ。
今後どう出てくるのか、勢力を拡大するのか殺してでも手に入れるのか、神石が目的かアヤネが目的かも分からない。
そんな中で黎冥がアヤネを野晒にすると思うか。
「思いますか?」
「……どこまで手を回す気だ」
「中心校、第三分校、黎冥家、寝丈家、ラク様。あとはリリス様だけですよ」
「……まるでうさぎのようだな」
「これよりマシですよ」
アヤネの頭に手を置くとそれを叩き落とされ、鋭いと言うよりは軽蔑するような目で睨まれた。
肩を竦め、リリスを見下ろす。
「頼みましたよ」
「三」
「千?」
「億」
「……俺を破産させる気ですか」
「お前の家の貯金を尽かして借金地獄にしてやる」
「出来るものならどうぞ。やろうと思えば月一億稼げるんですから。その代わり裏切ったら引きずり落としますよ」
「私が敵う相手ならいくらでも協力してやる」
「敵わなくても頼みましたよ」
勢いよく立ち上がって断る前に黎冥とアヤネは部屋を出て行き、リリスは深く大きな溜め息を吐いた。
黎冥に肩を抱かれたままのアヤネはそれを払い落としながら、黎冥を見上げる。
「あんな大口叩いたけど」
「国が誇る天才科学者に不可能はない」
「自分で言うんだ」
「……まぁ科学系じゃなくても俳優業に戻ったりしたら即稼げるし」
「元々名が売れてるっていいね」
「面倒臭いけどな。……お前は芸能界に入んなよ」
「そんな気微塵もない」
アヤネの頭を撫でては払われ、小さく笑えば奇妙な、軽蔑するような、虫を見るような目で見られたので頬をつねった。




