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1.鉢合わせ

 先日、()()を身に付け終わった欛虂(へろ)が学校を去った。




 最後の最後に両親の結婚式が開かれることを教えてもらったが、特に興味もないし招待状も来ていないので行く気はない。








 今日は黎冥も朝から引き篭っているのでアヤネは出掛け、久しぶりに羽耶(はや)霈霸(はいら)といつもとは違うカフェに行った。





「ねぇアヤ知ってる? 最近、黎冥社の社長の子供がこの辺りに引っ越してきたって」

「引っ越してきたんだ」

「最近になってよく見かけられるらしいよ」

「黎冥社の子供って何歳だっけ。何年か前に成人でお祝い開かれてたよな」





 最近、信徒関係者に会うと序列一位になった黎冥の話を、無関係者に会うと引っ越しや恋人疑惑、弟の話を聞かされる。


 例の集会で友人は何人かいるのだが、だいたい同じ話題だ。





 正直、飽きた。






「だいぶん前に黎冥社のこと聞いてきたでしょ。興味あるんじゃないかと思って」

「微塵もない。死ぬほど嫌いな奴が殺したいほど嫌いな顔で熱弁してきたから穴見つけようと思ってただけ」

「物凄い美男じゃなかったっけ」

「そう! 私、ファンなんだよね。十一年前から三年間だけ俳優活動してたんだけどさ。そりゃもう憑依型の天才だから引っ張りだこ! しかも顔いいし声いいし、今は研究者だっけ? 恋愛ものだけじゃなくってアクションものとかにも出てたから運動神経もいいの! しかも相棒って呼ばれてる最強ペアの人がこれまた超美男でね」




 羽耶の大興奮説明にアヤネは適当に相槌を打ち、霈霸は色々と質問していく。





 興味のないことには雑を貫くアヤネの性格は知っているので二人とも放置だ。





「そんなイケメンなんだ? 街歩いたら大騒ぎだろうな」

「見る? 見る?」

「あるんだ……」




 羽耶は鞄を漁ると一枚一枚ケースに入った写真を取り出した。





 ドラマの写真から、たぶん盗撮されたであろう写真、全てまとめて八枚がチェーンでまとめられている。





「うっわ顔面偏差値たけぇー!……あ、これ隣に写ってんの弟? 髪長いんだ」

「確かお姉さんもいるはず。えーっとねぇ……いつだったかに弟が妹もいるって公表されてた気がする。なんて名前だったかなぁ」

「妹が弟もなんかやってんの?」

「ううん。普通に名前公開されてるだけ」

「何歳ぐらい?」

「八……九……ぐらい」






 どうやら実名を公表されて塾に行けなかったらしい。


 春纚(はるり)の方に関しては皆が親の事を言ってくるのが嫌だと言っていた。

 親も子供の私生活への影響を考えず公表するとは。



 頭だけ一人前の長男と違って親の頭はそこそこらしい。






「今でも結構看板とかあるよ? もう引退しちゃったから、圜鑒(るいが)って言うんだけど。圜鑒様の写真を使うためだけに看板変えてないところとかあるもん」

「根強いファンがいるんだ。なんで引退したんだろ」

「さぁ。出来るなら私がお小遣いを貰えるようになるまでは引退してほしくなかった……!」

「俺二歳とかだわ」





 羽耶は机に頭を突っ伏し、霈霸は羽耶の頭を撫で、アヤネは店の中を見回す。





 羽耶サーチで初めて来たが、なかなかに良さげだ。


 木の温かみと水の涼しさを使って自然を多く表現している。




 木の壁と手前に張られたガラスの壁の間には細い水路が通り、会話の邪魔にならない程度の水のせせらぎが聞こえてくる。



 レジ隣の大木も、格子状の天井に巻き付いた蔦もいい雰囲気を出している。



 水以外は偽物なので花粉症でもバッチコイだ。





「アヤー! 聞いてる!?」

「全く。最近目撃されてんなら住所特定して活動再開するよう住所つかっ……」

「アヤネ! それ以上は危ない!」

「……そんだけ人気ならグッズぐらいその辺にあるでしょ」

「ないよぅ! グッズもコラボも全部ないの! 本当にドラマのパンフとかドラマのキャラの! グッズとかしかないの……!」



 そんな泣く事だろうか。




 羽耶にあれの中身の残念さを熱弁してあげたい。






「……アヤ、そんな冷めた目で見な……」

「なぁアレその長男じゃないの」






 羽耶の声を遮った霈霸の言葉に羽耶とアヤネどころか隣の聞き耳を立てていたカップルも入口の方を見た。







 羽耶は机を叩いて勢いよく立ち上がり、隣のカップルも身を乗り出し、アヤネは頭を抱えた。




 引き篭るなら一日引き篭っとけよ。



 しかも弟と慧と羽鄽まで連れて来んな。


 慧はともかく羽鄽と稔想は駄目だ。





「アヤ! 見て分かる!? 圧倒的顔面!」

「分かるからちょっと落ち着いて……!」




 それどころではない。


 早くここから出よう。出るか追い出そう。





 あと羽耶はいい加減座ってくれないだろうか。

 黎冥を知らない人達からの視線が痛い。




「羽耶、迷惑になるから座れって」

「私色紙持ってない!」

「いいから座れ!」

「どうしよ!?」

「羽耶、座って。迷惑」



 アヤネが睨むと羽耶はハッとして慌てて座った。




 アヤネは霈霸と並んで黎冥達に背を向けるようにして座っているし、羽耶は面と向かっているがそれはどうでもいい。



 とりあえずアヤネだけでも出るか。

 いや慧なら三人の暴走を止めてくれるかもしれない。そもそも気付いているだろうか。



 最近、アヤネを何かと気遣うようになった稔想なら黙っていてくれるかも。

 羽鄽も外でストーカー的なことはしないはず。













 頭に手が置かれ、羽耶の顔が固まった。




 にこやかなアヤネの額に青筋が浮かび、後ろから慧の小さく注意する声が聞こえる。





「やっぱお前嫌い……!」

「お前俺が座ってても突っかかってこないじゃん」

「見損なった」

「見損なわれるほど評価高かったんだ」



 開き直りやがって。





 頭に置かれた手を払い、振り返って素顔で涼しい笑みを浮かべている黎冥を睨んだ。



「引き篭っとけよ」

「オトモダチの前だろ」

「分かってんなら話し掛けんな! クズ!」

「重々承知の上で信用してんだろ」

「信用なんかしてねーよ! てか窓から見えただろ!」

「稔想がここがいいって」

「兄弟揃ってクズだな」




 アヤネは盛大な溜め息を吐くと、また無表情でコーヒーを飲み始めた。




「ア、ヤ……」

「サイン欲しいらしいよ」

「俳優の奴?」

「腕降ろせ」

「まだファンいたんだ。ありがとね〜」

「私の友達誑かすな」

「誰も誑かしてねぇよ」




 頭に腕を置かれ、アヤネは腹を殴りそうになるのを必死に堪える。


 これは抵抗出来ないことを分かってやって来ているのだが、本当に抵抗出来ないので腹立たしい。





「兄さん、俺に擦り付けんといてや。羽鄽さんやろ」

「これ以上嫌われたら可哀想じゃん」

「お前らいい加減どけよ」

「ごめんねアヤネちゃん。止め切れなくて」

「もういいので関わらないでくれますか……」

「あ、あぁ……」




 慧は無心でアヤネに触ろうとしては黎冥と稔想に阻止されていた羽鄽を連れて奥の席に座った。





「アヤネ……」

「……ごめん帰っていい?」

「ま、まま待って! サイン! サイン貰ってきて!?」

「関わりたくない……!」




 アヤネは肘を突いて額を押え、羽耶はアヤネの肩を掴んで揺さぶる。




 隣のカップルの獲物を狙う視線が怖い。





「アヤ! お願い! 友達でしょ!」

「……分かった。自分で行ってきて」

「む……無理無理無理! 心臓破裂する!」

音弥(おとや)君にでも行ってきてもらえばいいじゃん。ちょっとは知ってるでしょ」

「一秒たりとも無駄にしたくない!」

「自分で行ってこい!」




 霈霸はアヤネと羽耶の口を塞ぎ、二人を落ち着かせた。




 羽耶は机に手を突いて額を机に付け、アヤネは肘を突いて額を押える。



 せっかく完全メイクをして久しぶりにゆっくり出来ると思ったのに。






「アヤネ様……! 今日から一ヶ月奢るから……!」

「金で私の苦労を相殺しようとすんな」

「アヤネさまぁ……!」

「……分かった。……分かったよ……」





 帰って羽鄽にはしっかり無理だと伝えよう。あと迷惑と二度と関わらないでほしいということも。



 黎冥にもやり返す。

 やり返して寮の不法侵入の時と同じように脅して覚え込ませよう。


 そして次はアヤネがやり返してやる。





 紑蝶(ふうちょう)さんに今住んでいる住所は貰ったし手紙を送って黒歴史を教えてもらうか。

 それを彼女の前で暴露してやるか、全校生徒に流すか、本人を縛って読み上げるか、稔想と一緒に嘲笑うか。






 アヤネがそんな事を考えていると、鞄を漁っていた羽耶が自分の母親から貰ったと言っていたメモ帳を出してカバーを外し、アヤネに差し出した。




「これ! お願い!」

「大事なものじゃないんかい」

「死んでも離さないからこそ!」

「……言っとくけど羽耶が思ってるほどいい人じゃないよ」








 アヤネはそれを受け取ると黎冥の元に歩いて行き、メモ帳を渡した。




「顔が良くて良かったね」

「性格悪いみたいに言うなよ」

「実際そうだろ。低身長のクズ」

「まぁそうだけど」





 黎冥はそれを受け取り、表紙の裏にサインをした。




「早いうちに辞めといて良かった」

「今度紑蝶さんにお前の黒歴史聞いとくからな」



 アヤネはメモ帳を受け取るとそう呟き、踵を返した。







 羽耶に渡し、席に座る。




「アヤネ、あんな有名人となんで知り合いなの。しかも仲良さそうだったけど」

「学校の理科の教師。なんか付け回されてんだよね」

「ストーカー……?」

「それはまた別」

「いるにはいるんだ?」




 興奮で何も聞こえていない羽耶を放置で二人は淡々と話す。





「アヤネって実験嫌いじゃなかったっけ」

「まぁ……実験って言うより計算とかの方が多い気がする」

「なんで手伝ってんの?」

「バイト。遊ぶ金がないもんで」





 アヤネが適当な嘘を吐きながら睨んでくる黎冥を睨み返すと慧が黎冥を殴るのが見えた。


 馬鹿め。





「……はぁ。せっかく気分良かったのに」

「場所移す?」

「面倒臭い。……報告会も終わったし解散しますか」

「あ、水族館行こ」

「いいよ」

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