49.失せ物
「本当にここであってるの?」
「知らん。でもここが一番怪しいんやろ?」
「違ったら第二候補に行くだけ。さっさと行こ」
各色の神服を着た三人は、古びた白い教会を見上げ、稔想が扉に手を掛けた。
錆びて古くなった扉がギギギと鳴りながら開き、奥に人の影が見えた。
ステンドグラスの手前にある十字架に女の子の双子が座り、扉が開いたことに気付くと三人を見下ろす。
全く同じ顔に真っ白な服も白い髪も真っ白な目も、全て同じの、本当に生き写しのような双子だ。
「本当に来た」
「アヤネ様だ」
「似てないね」
「似てるよ」
「似てるかも」
「でも違う」
十字架に腰かけ、中心の棒に寄り掛かっていた八歳程の少女達は互いの手を合わせると姿を消した。
混乱で乱れる前に大男や銃器を構えた女性が数人出てきて、紑蝶と稔想はアヤネを庇うように立つ。
「アヤネちゃん、二階行って兄さんいるか見てきて。下で留めとくから」
「留めるも何も気絶させたらいいんでしょ。稔想、合図したらアヤネ連れて階段に走りなさい」
「まともに動いてへんやろ」
「二週間前に全国大会のエキシビションに呼ばれて一位倒してきました」
「わぉ」
稔想は軽く眉を上げるとアヤネを抱き上げた。
アヤネは目を見張り、慌てて稔想の肩に掴まる。
「歩けるけど!?」
「飛べへんやろ。俺と姉さんは兄さんと違って動けるからな」
「るいは知識に全振りしすぎてんのよ。昔っから勉強だけで動かなかったもの」
「必要最低限の護身術は身に付けてるらしいし許したってや」
「こういう時に守れなかったら意味ないでしょ」
紑蝶は稔想を下がらせると、左足を一歩引いて不敵に笑った。
「殺しちゃっらごめんなさぁ〜い」
稔想がアヤネを抱き上げたまま古びた椅子の背もたれに飛び乗り、壁の古びて空いた穴や天井を駆使して弾丸から逃げながら左奥にあった階段に飛び乗った。
アヤネは落ちないようにずっとしがみついているだけ。
この人怖い。
「姉さんはよ!」
「先行ってなさい」
「はよしてや」
アヤネを下ろすと階段を駆け上がり、階段の上にあった扉を開けた。
「にぃ……さん!?」
両手足首を縛られ倒れた体勢のまま、ドーム状の結界内に神石と一緒に入れられ、さらにその上から網縄で空間を遮断されている。
組編内に閉じ込められた神石は黎冥、というか人間には強すぎる力で、黎冥も完全に中てられほぼ瀕死状態だ。
意識がない。
たぶん、組編だけならすぐに破れたのを網縄が外を覆ったことで逃げる外すら無くし、全てを組編の内側に閉じ込めている。
「これ開けていいよな!?」
「早く切らないと中てられてる!」
しかし稔想が網縄に手を伸ばすと、手は弾かれ、指先が火傷のように赤く爛れた。
「いっ……! なんの加護やこれ!? 死の加護ちゃうん!?」
「私も触れない……!」
稔想は無理やり触れようとするが網縄すぐに限界が来て手を離した。
無理やり掴んだせいで皮膚が爛れ、血が出て肉が見えている。
アヤネはマントで手を庇いながら手を伸ばすが、膿瘍が破裂した傷跡と痺れで言うことを聞かない手では激痛に耐えられず、すぐに弾かれる。
「稔想! どうだった」
「姉さん! 網縄に触られへん」
「祈りなさいよ! 黒と紺でしょ!?」
あ、なるほど。
二人は既にただれて血まみれになった手を組み、揃って降臨の祈りを捧げる。
我ら、死の女神に思はれし信徒なり。
死の女神ヴァイオレット。我ら人に救ひの手を。
死迎うこの世に時の御加護あべく。
窮地に立ちし我らに偉大なる叡智と恩恵に溢れし慈悲の手を。
その場に重く、吐きそうなほど強い圧が掛かり、稔想と紑蝶はその場に倒れ込む。
慌てたアヤネが稔想に手を伸ばすと、その手を止められた。
見上げると、前の夢に出てきた少女が立っている。
『死ぬような圧ではないので心配しないで』
「……死の……」
『こんにちは。こちらで会うのは二回目ですね』
頭に小さな手が置かれ、真っ赤な髪に紫の大きな目をした少女は稔想とは反対のアヤネの横にしゃがむと、組編に手を伸ばした。
『とても強い結界ですね。人の子が作るものではありませんよ』
「どういう……」
『神関連かもしれません。私は皆に伝える事が出来ませんから、伝言を頼みましたよ。……あとこの方には生の神石を当てて下さい。神の力で治すと体に負担がかかりますから』
バチりと弾かれると同時に網縄がはち切れ、女神のただれた肌は瞬間治った。
『頑張って下さいね』
「あ……りがとうございます……」
頬を撫でられ、女神はしゃがんだまま姿を消した。
突然稔想が咳き込み始め、紑蝶は過呼吸に陥る。
稔想は何とか呼吸をしているし過呼吸で死んだ例はないので大丈夫だ。
網縄とは比にならない程簡単に触れられた組編を開けた途端、まともに呼吸が出来ていなかった二人がまた姿勢を低くし呼吸を詰まらせた。
アヤネは慌てて箱を閉め、二人が瀕死になるのを放置して黎冥の顔を覗く。
本当に死人のように真っ白だった顔が徐々に青くなり、呼吸が深くなり始める。
アヤネが腕を縛る縄を解こうとして、ロープの括り目を見付けるが痛みで力が抜けて全く動かない。
アヤネが必死に縄を解こうと力を入れていると、まだ息が荒い稔想がアヤネの後ろから腕を回し、血まみれの手で縄を解いた。
後ろから紑蝶も這ってやってきて、足の縄を解く。
「兄さん……!……兄さん起きぃや朝やで! ほらほら!」
アヤネの耳元で叫び、床をドンドンと叩く。
「ん……うっさ……」
「ほら薬! 薬!」
「……何言ってんの」
「兄さん起こすための謳い文句で決定やな」
「お前起こす時は姉さんって言えばいいか」
「別にええよ」
「おいるい。なんで私の名前なんだよ」
「え、なんでいんの」
黒の神服姿だった黎冥は飛び起き、髪が跳ねている気がする頭を押えた。
顔面蒼白の紑蝶は黎冥を睨み、すっかり普通の顔に戻った黎冥は紑蝶を見下ろす。
「人のために動くとはな」
「弟がさらわれたんだから当たり前でしょ。姉だもの」
「姉さん……」
黎冥は少し頬を緩めると軽く首を傾げた。
「姉って自覚あったんだ」
何故わざわざ感動するシーンにいらないことを言うのだろうか、この馬鹿は。
上手く座れない紑蝶は這ったまま黎冥の頬をつねり、稔想も黎冥の耳を引っ張る。
姉弟三人仲睦まじく遊んでいる間、アヤネは犯人の手掛かりを探す。
箱も神石も鍵もあったし黎冥も見付かったが、犯人が不明なら安全とは言い切れない。
「アヤネ、どうした?」
「犯人の顔見た?」
「そんな間抜けな犯人がいるなら見てみたい」
黎冥は紑蝶と稔想の手を叩き落とすと身軽に立ち上がった。
「探して炙ろう」
「物騒すぎ」
もし、契約の内容を知らずにいて。
黎冥をさらってアヤネを脅しに使い、師弟契約を解消させようとしていたのなら。
二人の師弟契約に、二人の意思であれど知らないところであれど、少しでも関わった時点で死の契約に触れたことになる。
死の契約に触れた場合はアヤネの独断で制裁が加えられるが、黎冥の逆鱗に触れた場合は黎冥の暴走で制裁が加えられる。
アヤネの制裁は神の名に誓って絶対。
黎冥の制裁は黎冥の名で出来る所まで。
「アヤネー、あの文字の意味分かった?」
「分かったから来てんだろ」
「アヤネの力試しに囮になったけど。まさか死にかけるとはね」
「そういや死の女神が生の神石当てといてって言ってたけど」
「あー……腐蝕してる可能性があるからかも。別に問題ないしいいだろ」
四人は裏路地を通り学校に向かうのだが、黎冥はアヤネに腕を置いてアヤネはなんの表情も見せず歩く。
右を見れば大通りが、大通りを挟んでもう一つ向こうの路地には逢瀬の男女が、左には腐乱死体と死体に群がる動物や虫が見える。
そんな所を躊躇いもせず歩く二人の三歩後ろを、怯えた紑蝶と稔想が歩く。
「なぁ兄さん大通り歩こうやぁ……」
「別に襲われても太刀打ち出来るだろ」
「絶対なんか出る!」
「真昼間の大通り横で出るなら見てみたいもんだ」
「兄さん〜……」
稔想は眉尻を下げ、紑蝶は黎冥のマントを鷲掴みにして離さないし離れない。
「姉さんシワになるんだけど……」
「表歩けばいいじゃん! なんで裏なの!?」
「二人は表に行きゃいいじゃん。俺とアヤネは出ると即囲まれんの」
「見捨てないでよるい〜」
「餓鬼じゃねぇんだから……!」
黎冥はマントを叩いて手から離し、呆れた様子で足を止めた。
「別になんも出ないだろ。真昼間で一つ隣は人で賑わってんだぞ?」
「反対には死体やで!? 怖いやん!」
「幽霊とか出てきたらどうすんのよ!」
「真昼間から出てくるかぁ!?」
黎冥は呆れ、稔想は黎冥の左腕に、紑蝶はアヤネの右腕にくっ付いた。
二人並んで歩くのが精一杯の幅なので男女で前後に別れ、二人の泣き言を背景音楽に学校へ戻った。
裏路地を出た瞬間から二人は満面の笑みに戻り、前の仲の悪さはどこへ行ったのやら二人で会話に花を咲かせている。
「黎冥先生! 大丈夫だったんですか!?」
「黎冥君、何があったんだ」
「ご心配をお掛けしました。また詳細が分かってから説明します。今は目的も犯人も不明なので」
黎冥の部屋にやってきた男は面を付けていたし、何が目的だったのかも聞いていない。
ただ、黎冥は人質で目的はアヤネという事だけ。
「……そうだ。夜中の二時前後、俺の部屋付近に誰かいませんでしたか」
「二時か……」
「あ、私、三時頃まで仕事してましたけど二時半過ぎぐらいに足音が一つだけ……。ヒールの音でしたよ。慧ちゃんかもしれないけど……」
「確認頼んだ」
「は、はい」
兎童と嫁陣と別れ、黎冥は荒れてる自室に戻った。
自室は本当に無惨な光景で、綺麗好きの黎冥には非常に耐え難く抵抗感のある部屋に変わっていた。
書類は棚どころか床にまで散乱し、引き出しに片付けてあったペン、神服と職服がかかっているクローゼットもシューズケースも、全て荒らされている。
「汚い……! 俺がアヤネの神石持ってるわけない! てかこんなんしたら余計に見付からんやろ! 最悪!」
黎冥は叫びながら中に入り、どこから手を付けていいか分からないほどに散らかった部屋に入った。
アヤネは扉付近の書類を集める。
とりあえずアヤネは書類を、黎冥は小物やクローゼットを整えて、二人で三十分かけて書類の仕分けまで終わらせた。
「はぁ疲れた!」
「犯人の手掛かりはなし?」
「覆面だったからな……。たぶん男のはず。……アヤネ、犯人見つかるまで絶対離れんなよ」
「お前が離れんな」
「……はい」
離れて人質か脅されでもしたら洒落にならない。
黎冥をさらってアヤネをおびき出そうとしたなら、アヤネを盗る気のある奴という事だ。
さぁ、退学か、退職か、非難か、絶望か。




