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48.迷推理

 数日後の昼間は特に騒がしかった。否、騒がしくなった。






 昨日の夜以来黎冥圜鑒の姿が見えず、アヤネが仕事か何かかと放置していると他の教師や研究者が探し始めたのだ。



 最初は皆一人でアヤネのところに聞きに来たのだが、アヤネが知らないと言うと大騒ぎになり始めた。


 中心校で黎冥がアヤネを放置するはずがないと言い、今は探されている最中。






 アヤネはセリョアに連れてこられた図書館で一人悠々自適に読書中だが。





 黎冥が作った回復促進薬に生薬が入っていると聞き、少し興味が出たので普通の漢方と、神の土地で育った草花を比較しながら読んでいる。読んでいたのに。







「アヤネちゃん! 兄さんの部屋の鍵持ってない?」

「あるけど。そんないないの」

「どこにもおらん」

「来れで部屋に引きこもってるとかだったら面白いね。私責めないでよ」

「誰も責めんわ」




 稔想は黒の神服を着たアヤネの頭に手を置き、二人で黎冥の部屋に向かう。





 ちなみに例の問題である黎冥長女は別室にて雯麟と酒盛りをし、長男と同様下戸なくせにワインを飲んで二日酔いで動けないらしい。


 長男程は弱くはないが、一般人ほど強くもない、と。






「にしてもよう兄さんが鍵渡したな。俺はどんなねだってもくれんのに」

「お互いの鍵渡し合ってるし。こっちに入ったらお前の方にも入るからなって意味で」

「……それを出来る時点で鍵の交換意味なくない?」

「お互いに入れた方が便利だし。零の不法侵入阻止出来るのは大きいよ」

「……そっか」




 アヤネが黎冥を一番信用していると言ったそうだが、こういうところが従順だからではなかろうか。

 正直、我が兄としていくら暴走癖があっても弟子の部屋に無断で入るのは少々引く。


 少々というかかなり。





「てか兄さんに鍵渡さんかったらいいんちゃうの?」

「こういう時のために便利でしょ。体調不良の時とか実験で出てこない時とか」

「暴走の予防ってこと……?」

「そうとも言う」









 アヤネの部屋から鍵の束を取り、ふと違和感を覚えた。



 神石が入った箱の鍵がなくなっている。




「稔想、これで開けといて」

「え、アヤネちゃんは?」

「ちょっと捜し物」



 鞄と引き出しを漁り、どこにも箱がないことを確認する。





 アヤネの部屋の鍵を持っているのはアヤネと黎冥だけで、アヤネは持っているので黎冥が開けたことになる。

 窓は開いていないし間違いないだろう。



 そして、鍵と箱が盗まれた。


 鍵を取られるほどなのだから、黎冥の身が安全な方がおかしいか。







 黎冥の部屋を開けた稔想と集まっていた教師や研究者達がざわめき、稔想が部屋から出てきたアヤネの手を掴んで黎冥の部屋を指さした。




「アヤネちゃん! 兄さんの部屋が……!」

「……荒らされてんのね」



 引き出しが漁られ、棚や荷物もごった返されている。

 机や椅子はひっくり返り、絶対に泥棒が入りましたという事実を教えてくれる部屋だ。






 黎冥の荷物を漁り、箱も引き出しもファイルも全て確認する。





「アヤネちゃん、なんかなくなってんの?」

「神石がなくなった」

「……兄さんの逆鱗に触れた気がすんのは俺だけ?」

「奇遇だね、私も今しがた関わりたくなくなったよ」



 慧の他に、兎童も嫁陣も同意した。




 他の研究者や教師は不思議そうだが、付き合いの長い兎童と嫁陣、先日黎冥の怒りに出くわした慧と稔想は身震いをする。



 何度も言うが、圜鑒が怒ると稔想も姉も、逆鱗本人も止められない。







「なんでわざわざ絡むかなぁ……!」

「私は急ぎのようでもないし退散しようかな」

「私も他の用事がありますし……」

「ほ、墓千君にでも頼めるかな……」

「ちょい三人とも。俺だけ犠牲にせんといて下さいよ。全員巻き添えですから」




 稔想は三人を捕らえ、ずっと黙り込んでるアヤネに視線を移した。








 類は友を呼ぶと言うのか、子は親に似るというのか。



 全てを許す天使のような微笑みのまま、紙が散乱したカウンターに手を置いて一枚の紙を撫でた。






『lf trc』











 やはり黒序列一位になった男が消えたとなれば学校全体が騒ぐもので、皆が手当り次第黎冥を探している。


 アヤネは食堂のいつもの席で『lf trc』と睨めっこだ。





 黎冥の事なのでこちらの言葉の略しのはず。

 普段以上に字が汚いのは慌てて書いたからか、たぶんそっぽ向いて書いたから。


 ただ、この文字が何を表すのかが分からない。







 アヤネが足を振り、硬水の紅茶片手に紙を見つめているといつも通りセリョアがやってきた。





「アヤネ様! 圜鑒さんがいなくなられたって……」

「えぇ」

「セリョアがお傍におります!」



 そう言って、アヤネの向かいに座る。





「何が書かれているんですか?」

「これです。読めますか」



 アヤネが紙を渡すとセリョアは目を点にして、眉を寄せながら首を傾げた。



「えっ……と……。……ら……り、ふ……たっ……く……? りふたっく!」

「存在しない言葉が生まれましたね」




 紙を返してもらい、凹むセリョアを眺める。




「セリョアの国はセリョアの国しか使わない文字を使います。セリョアはずっとそれを読んで書いていたので他の言語は読めないです……」

「……元ここにいたんですよね?」

「同じ国の教師が担任でした!」




 つまり母国語でも問題なかったと、なるほど。





 言葉だけ流暢なのは母国語を話せない雯麟(ウェンリン)とシュルトとずっと一緒にいたからか。



「リフ……ラフ……ルフ……レフ……ロフ……」



 リフレッシュ、ラフマ、レフト、ロフト。





「……レフト……」



 レフト。左。対義語はたぶんライト。

 レフト、ライト、センター、バック。



 ロフト、最上階。対義語はベースメント。

 ロフト、ベースメント、レフト、ライト、センター、バック。






 とりあえず最上階に行ってみるか。



「セリョア様、最上階は何階ですか」

「四階です。先日のパーティーが行われたホールの二階が最上階です」

「分かりました」




 セリョアが付いてくるのを無視しながら階段を上がる。





 ホールに着き、閉められていない扉をくぐって中に入ると右側の階段を上がった。





 もう五日間近くも経てばすっかり片付いたもので、白と黒のタイルの床が磨かれ天井のシャンデリアも明かりが灯っている。




 キョロキョロと辺りを見回し、ヒントになりそうなものは何もないと確認してから階段に足を向けた時、ふと正面のテラスが目に入った。







 あの日の夜、面倒臭いおじさんに教えてもらった階段。


 おじさんから見て左のテラス。




 terrace on The left.



 leftの略はlf、terraceの略はterだが専門用語やその他の言語との混合を避けて全く別の略に変えた可能性はある。


 水酸化ナトリウムの聞き取り混合を避けて苛性ソーダと呼ぶ黎冥なら十分に考えられる理由だ。






 あの日の夜、アヤネは黎冥におじさんのことは言っていないが左側のテラスは会話内の単語に出した。



 何も聞かずあそこに来た黎冥ならあの辺の事は知っているかもしれないし、もしかしたら相手が馬鹿ならそこに何かがあると喋ったのかもしれない。





「セリョア様は日光に長くは当たれないんですよね。危険なのでここで待っていて下さい」

「えっだ、大丈夫です! フードを被れば……!」

「無理しないで下さい。すぐ戻ってきますよ」









 テラスの階段を降りたアヤネは石のタイルを歩き、五日前に訪れて以来のベンチにやってきた。


 月が池に映る夜と木々の溢れ日で照らされる昼ではかなり雰囲気が変わり、全く別の場所のようだ。






 タイルの周辺や木々の周り、池の邊を調べている時に気が付いた。


 ベンチが少しズレて、よく見れば押し潰された草とベンチの足がある部分が違う。




 反対側は場所はズレておらず、右が押されたのでそれにつられて動いたような感じだ。





 という事はベンチの右側を通って移動したか。



 黎冥が抵抗して蹴ったなら移動の仕方が気になる。




 袋に入れて持ち運ぶにも成人男性一人が入った袋を人が担ぐのは無理があるし、袋越しにベンチを蹴ったら張りで分かると思う。

 袋に入っていたとして、人が入っている袋を担ぎながらわざわざそんなベンチのスレスレを通るだろうか。





 黎冥の部屋の部屋がある場所は、人目が少ないとは言い難い。


 時間帯にもよるが、抵抗する人を生身のまま連れて行ったら叫ばれるか抵抗されて誰かが気付くだろう。

 人間の仕組みを理解し、縄抜け術も口が塞がった状態でも叫ぶ方法を知っている黎冥なら尚のこと。





 校内の全てを理解しているわけではないが、部屋を出て右に行ったとすれば嫁陣や鳴嬪の部屋が、左に行けばアヤネの部屋がある。



 隙を突いてドアを叩くでも、メモを落とすでも出来るだろう。

 このメモを残せたのなら、歩きながら書いて落として踏むように歩けばバレないはず。



 相手は黎冥を人質として取ったはずだ。

 わざわざ騒ぎを起こして殴るはずもないしましてや殺すなど。






 廊下に争った形跡はなかったしこの辺りも荒れた様子はなかったし、抵抗して暴れた様子もなければ自ら助けを呼ぶこともしなかった。



 となれば黎冥が自らついて行った可能性が高い。




 アヤネの神石が盗られたため、脅されたか死の際に立たせて抵抗出来ないようにしていたか。







 なんにせよ、ここを通ると判明してからメモを書くわずかな時間はあって、ベンチを僅かに動かせるほどの行動は出来たということだ。

 やはり自ら動いた可能性が高い。








 とりあえず、一人で進むと危ないので一度戻って稔想に報告しよう。



 黎冥が人質になってまでアヤネを庇ったのに単体行動で襲われたら意味が無い。












 アヤネがホールに戻り、セリョアとともに皆が集まっているはずの黎冥の部屋に行くと、皆が廊下に溜まっていた。


 ずっと部屋の方を眺めている。




「慧先生」

「アヤネちゃん! 何か分かったかい」

「解決に繋がりそうなものは何も。メモはだいたい分かりました」

「本当かい? 稔想君と紑蝶(ふうちょう)様が中にいるよ」

「ふうちょう……」




 どうやら姉は紑蝶と言うらしい。






 いじめ関係だった二人はベッドにあぐらをかき、地図を挟んで指をさしながら怪しい場所を探していた。

 紑蝶に関しては二日酔いで動けなかったはずだが治ったのか。




「あ、アヤネちゃん。なんか分かった?」

「メモはたぶん」

「貴方がるいの弟子のアヤネちゃん? 弟が世話になってるわね」

「いえ、こちらこそ」




 アヤネはベッドの下に膝を突くと自分の予測を二人に伝える。









 黎冥が自らついて行った可能性が高いこと

 被害者が従っている状態で池に行ったのならその方向に何かがある可能性が高いこと


 それと、誰もアヤネの神石を感じていないなら神関係の建物か組編を持っている可能性が高いこと。





「盗んだら書面はともかく箱は中身があるか確認するでしょ。それが微塵もないなら抑えられてる可能性が高い」

「離れてたら感じないんじゃない?」

「いや本校で開けたらここの大神官が感じ取ったほどやで。しかも一分間も開けてへん」

「……そんな神石が集まってるのに箱一つで防げるの?」

「特殊な箱やねんて」

「まぁ箱は詳しくないから何も言えないけど、それだけの神石を抑えられる組編って何? そんなもん存在すんの?」






 三人とも首を傾げ、とりあえずそれに関しては黎冥が関与しているとして、先に場所を絞り始めた。

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