47.いつもの朝を、今日この場所で
驚いた事に、黎冥が神服の刺繍を三日で終わらせた。
色付きの神服は詰まった首に大きなボックス型の襟がついており、袖の開いた五分袖に肩に大きく切れ込みがある。
女子は膝丈プリーツスカート、男子は足首まであるプリーツガウチョだ。
大きなフード付きマントを右肩から左脇に掛けてリボンかチェーンで止める。
本人曰く基礎のキだけの刺繍らしいが、いったいどこまでこだわる気か。
金と白をベースに刺繍されており、問題の黒は赤と金と混ぜて使われている。これなら分かりやすい。
気のせいか、いや気のせいではない。
黎冥のものと少しばかり似ているのは、たぶんこれの機嫌が良いせいだろう。
三着目の悪夢再来を防ぐために暴走を止めなければ。
「かっこいいけどあんまり派手にしないでよ。あとそっくりにも」
「案が潰されたんだけど」
「調子乗りすぎ」
「……はい」
とりあえず、今日のところはこれで過ごす。
後々、スカートにも襟にも袖にも入れるらしい。
ちなみに黎冥は中は同じ服装に、マントはオフショルダー的な感じの、二の腕あたりから巻いてチェーンで留めている。
このチェーンは制服も神服も統一して純銀だ。
ヒ素と反応させるため、わざわざ銀を使っているそうだ。
「祈願祭典の祈りはどんくらいで終わる予定?」
「だいたい一から二週間ぐらいの予定。ちょっとやりたい事もあるし」
「また問題起こす気」
「言っとくけど毎回問題起こしてんのはお前だかんな?」
アヤネは肩を竦め、着替えるために脱いだ靴を履き直す。
これも色付きで、黒に赤いラインが入ったローファーだ。
赤は黎冥の弟子の証らしい。
別に履かなくても顔は割れているが、念の為だと笑っていた。
「……何」
「いやデザインどうしようかと」
「もしかして本気でお揃いにしようとしてた?」
「あ、別にいいって?」
「鼓膜破るからこっちこい」
「こっち来んな」
セリョアもそうだが、信徒には極端な人しかいない気がする。
アヤネ含めそうだが、依存気質だったりいじめっ子体質だったり溺愛したり軽蔑したり。
普通に付かず離れずの関係を保てないものか。
「あ、そだ。薬の検査結果ってどうなったの」
「引っかかるわけない。本当のことしか言ってないし」
「ならいいや。お腹空いた」
「気付けば六時過ぎ。食べに行くか」
ソファにあぐらをかいていた黎冥は足を解くと黒と赤のスニーカーを履き、マントを羽織った。
引きずるギリギリの長さの大きな黒いマントがはためく。
「行くぞ」
「あんま食べない気がする」
「お腹空いたって言ったの誰だよ」
「行くって言ったのはそっち」
「屁理屈だろ」
部屋の鍵を閉めるアヤネの頬をつねり、二人で少し離れた食堂に向かう。
建物の構造や雰囲気は違えど、規則や使用方法は全て中心校に合わせてある。
「最近、稔想を全く見ないんだけど」
「あとで見に行くか」
「知ってんの?」
「まぁ」
毎朝稔想のノックで叩き起されるのだから、知ってるも何も。
稔想と欛虂も祈願祭典の協力者だ。
「なんかさぁ」
「何?」
「河豚食べたい」
「勝手に食ってこいよ……」
この金持ちが。
アヤネは呆れ、黎冥はアヤネのマントを眺めながら本気でデザインを悩む。
お揃いを拒否られるとは思っていたが、まさかこの段階で嫌がられるとは思っていなかったので困った。
既に何かが書いてあるものに模様を付け足すのは初めてかもしれない。
なんなら似た模様を違うタイプで刺繍しようか。それがいい。そうしよう。じゃないとやる気が出ない。
「河豚の免許持ってないの」
「大体の時は食い飽きてるから解剖だけして終わり。どんな高級食材だって慣れたら普通なんよ」
「黙れ金持ち」
「今度どっか連れてってやろうか」
「こっちから願い下げ」
食堂に着いた二人はそれぞれ本当に少ない軽食を取り、いつもの角の二人席に座った。
ちなみに席どころか朝食の内容もほとんど変わらない。
黎冥はたまに気分で変わるが、それでも同じ料理の味違いだ。
アヤネに関しては全く変わらない。というか変わる料理がない。
黎冥は食に飽きているので定まったものしか食べず、アヤネは食べれるものがないのでそれしか食べない。
「稔想って今何してんの?」
「欛虂しごいてる。毎朝促進剤ねだりに来るし」
「ノックが五月蝿いのはそれか」
「……聞こえてた?」
「丸聞こえ」
あとで行った時にやめさせよう。
黎冥は朝が弱いので叩き起されると不愉快極まりない。
それを知った上でさらに起こしてくるのだから余計にだ。
「結構真面目になってるらしい」
「稔想に怯えておとなしくしてるだけでしょ。たぶん稔想が消えたら愚痴る。たぶんと言うか絶対」
「何々、面白い話してるやん。俺も入れてーや」
噂の張本人。
長い髪を目の高さで括り、三つ編みか、いや四つ編みか。
編んでまとめた稔想は机に手を突いて話に割り込んできた。
「稔想、毎朝四時に叩き起しにくんのやめろ。死ぬほど迷惑」
「じゃあ死んでみぃや」
「お前が殺せよ。殺されてやるから」
「……俺にも作り方教えてや。そしたら自分で作れるし」
「あれは誰にも教えん」
アヤネはさっさと食べ終わり、水を飲む。
ここの珈琲は薄かったのがトラウマで一回目以来飲んでいない。
「なぁアヤネちゃん、教えてや」
「知らない」
「誰にも教えてないって」
「じゃあ三時に行くからな!」
「来いよ。朝方五時まで放置するから」
「意地悪!」
兄弟喧嘩では兄が勝って弟が負けるタイプか。
ちなみに兄弟のような関係だったアヤネと欛虂はいつもアヤネの圧勝だった。
主に俊敏さと口で。
「にーいーさーんー! 鍵貸すでもいいからぁ!」
「そんな量産できるもんじゃないんだし無理。お前のせいで在庫尽きかけてんだからな? そんな回復させたいなら精神鍛えて回復する方法でも見付けろ」
「出来るかそんなもん! お兄ちゃーん!」
「五月蝿い……」
アヤネが仲良いなぁと、兄の肩を揺さぶる兄弟を眺めているとセリョアがやってきた。
「アヤネ様〜!」
「……セリョア様、おはようございます」
「おはようございます! セリョア、アヤネ様とご飯を食べるために早起きしました!」
「す、凄いですねぇ……」
セリョアの胸に抱き寄せられたアヤネと弟に振られている圜鑒は真顔になり、視線を通わせた。
圜鑒は稔想の腕を掴むと右側に集め、前に引っ張ると首に腕を掛ける。
「そんなに言うなら自分で作れるよう研究しろよ。研究者の弟だろ? 兄が弟の技術求められんだから弟が兄の技術求められてもおかしくないよな? 稔想君?」
「……コワイデス」
「はいか諦めるか」
「……諦めます」
「脅されて諦めんなら初めからねだんな。せめて研究して挫折してから来い」
「ハイ」
こっわ。
稔想は溜め息を吐くと背もたれに腕を突き、圜鑒の頭に手を乗せる。
「兄さんは髪伸ばさんの? 昔は伸ばしとったやん」
「邪魔じゃん。お前が伸ばしてんだからいいだろ」
「オソロー!」
「兄弟とオソロは中学生まで」
「精神年齢十五歳!」
「精神年齢低いもんな。九歳ぐらいだろ」
「傷付くー……」
稔想は胸を押さえて項垂れた。
何故かセリョアに睨まれるのを無視し、黎冥の髪をいじる。
サラサラで、たぶんすぐに寝癖のつくタイプ。
「……アヤネちゃんとセリョア様は何をやってはるん?」
「変に気に入られてんの。アヤネ、行くぞ」
「はい」
「またね〜」
「またお昼にここで待ってます!」
セリョアに絡まれた昼食を終え、アヤネと黎冥が廊下で駄弁っていると突然稔想の悲鳴が聞こえた。
二人が肩を震わせ、そちらを見ると稔想が全力疾走でこちらに走ってくる。
「兄さんー! もう嫌や〜!」
「何!? お前何歳だよ!」
「何歳でも嫌なもんは嫌やん! 暴力女!」
稔想が黎冥の背に抱き着いてすすり泣き、アヤネが顔を引きつらせて黎冥が聞き覚えのある単語に反応すると同時にどこからか久しぶりに聞いた高笑いが聞こえてきた。
「あはは! あいっかわらず泣き虫な子供ね!」
「うっさいババア!」
「黙れクソガキ。だいたい二十一にまでなって泣くんじゃないわよダサいわね。あら、るいちゃ〜ん、相変わらずちっさいのね〜! かっこいいマントしてるじゃない。彼女出来た〜? あ、もしかして振られたばっか? ごめんね〜! 女って見た目で第一に選ぶからさぁ、おチビは見向きもされないのよ〜! 可哀想にねぇ!」
頭をバンバンと叩いてくるその女に嫌気が差し、買い物袋を山のように持った片手を見て顔をしかめた。
手を払って何も言わず、アヤネの背を押して歩き出す。
「お? おぉ!? るいちゃん女の子に触れたんだねぇ! ちょーっと前まで真っ赤になってたのにねぇ!」
「ねー、時が経つのは早い。貴方もずいぶん老けたようで」
「ほんとにー! 三十路になっても結婚出来ない男の姉ってだけで恥だわ! お前顔良いのに性格クズだからすーぐ振られるんでしょ? ついにまだ恋のこの字も知らない子供に手出したわけ? クズにも程があるわよボンボン」
「黎冥の名を背負って生まれたくせに赤の出来損ないに言われたくないな。こっちは遊んで暮らしてんじゃねぇんだよ」
首に掛けられた腕を払うと同時に片腕を掴まれ、横腹を蹴られた。
「ちょい姉さん! 学校で問題起こさんといてや! 兄さんに迷惑かかる! てかなんで来たん!? 金なら送ってるやろ!?」
「うっさいわね私が金でしか動かないとでも思ってんの!? 最年少の黒やら二十の加護やらが出て神話界が混乱してんの! 黒が分校に行って数十年間変わらなかった序列の一位が元最下位よ!? 二位が最年少! 私が直々に様子見に来てあげたんでしょ!? おとなしく挨拶も出来ないの!? そんなんだから出来損ないにも天才にも慣れず周囲に期待させるだけさせてガッカリさせる迷惑な生き物になんの! 自分の存在の意味確かめたことある!?」
横腹を抱えていた黎冥圜鑒の額に青筋が立ち、横腹を抱えながらアヤネを支えに立ち上がる。
「随分な言い様だけどさぁ。才能ないくせに努力もせず成り下がったお前よりマシだろ? たかが歳上ってだけで威張って歳下いじめて男には媚びへつらうただのゴミ。お前こそ生きてる意味確かめろよ。お前の価値は見た目だけ。知恵も力もある俺らとは立場が違うって、いい加減自覚して立場弁えろよ。弟に金縋って恥ずかしくねぇの」
圜鑒は俯く稔想の腕を掴み、アヤネの肩を借りながら部屋へ戻った。
部屋に戻ると稔想はソファに座ってアヤネを抱えて肩に顔を埋め、黎冥は脇腹を冷やす。
脱臼のせいで肩の周りが痣だらけだと言うのに、横腹にまで痣が出来たらどうしよう。
「稔想、アヤネをハンカチ代わりにすんな」
「泣いてないもん……」
「だから餓鬼だって言われんの」
「まぁまぁ……いいじゃん」
稔想の頭を撫で、横腹を冷やす黎冥を落ち着かせる。
本人の心の傷は周囲がどうこう言えるものではない。
「……子供やなぁ」
「うっさいわ。兄さんよりマシやし」
「俺は子供じゃないし精神年齢も低くない」
「どっちもどっちですけど」
圜鑒は上機嫌になると子供のような雰囲気を醸し出すし、稔想は今のように泣いたら子供のようになるらしいし。
よく似た兄弟だ。
「子供の方が女の子にモテるんやで。可愛がってもらえるもん。俺の髪もよく編んでもらえるもん」
「そーゆーところがゲスって言われんねんアホ!」
「アホ言うなや! ゲスなんか言われてへんし!」




