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46.夜中のパーティー

 正直、疲れて何も食べたくないし飲みたくない。





 今現在、序列決めを終えた日の二十時。



 顔に違和感がないほど厚塗り化粧をしたアヤネは

 深い青を基調としたフィッシュテールのスカートと

 黒いレースがふんだんに使われたハイネックの七分袖ドレスを身にまとい

 椅子に座ってにこにこと笑い続ける。




 今日は雯麟(ウェンリン)の誕生日。

 出る気がなかったアヤネと黎冥は序列一位と二位という事で強制出席とされ、黎冥は未だ来ないしセリョアに放り出されたアヤネは一人で淡々と大人の相手をしている。





 どうやら各分校の校長、副校長や良家のいい立場の人達らしいが、全く知らないので返事に困る。


 しかも話の内容がほとんど、黎冥の元を離れてこちらにおいでという勧誘なので断るのに飽きてきた。




 半年間知らなかったんだからこれからも知らねぇよという言葉は腹の底の底の上の方に留めておき、やんわりと今の立場を変える気はないということを伝える。





 十八時から二時間、ずっと座りっぱなしのせいでいい加減全身が痛くなってきた。




 雯麟が来るのは二十一時だと言うし二十一時からは大人の時間だと言うし、本当に来る意味はあるのだろうか。




 ウェイターも酔わせる気なのかワインやシャンパンを勧めてくる。

 正直、理科室でアルコールの匂いは嗅ぎ慣れているので酒だと一瞬で分かるのだ。



 酔わせて休んでいるうちに襲われる気はない。




 ようやく長蛇の列が途切れ、目ざとく隙を見ては寄ってきた女子を見付けて先に立ち上がり、空のグラスをウェイターの盆の上に乗せると開放されているテラスへ移動した。





 テラスには一つのミニテーブルと椅子が二つ置かれているだけで特に何もなく、ようやく一人になれたと柵に手を突いて大きな溜め息を吐いた。








「人気者は疲れるだろう」



 そんな声が聞こえ、はっとそちらを見ると、ちょうど柵と壁が繋がるところに五十代前後のおじさんが立っていた。



 暗い角なので顔は見えないが、黒いスーツに良い革靴を履き、柵にもたれて煙草を吸っている。




「すみません、邪魔でしたか」

「いやぁいいよ。騒がしい女じゃないならね」

「それなら良かったです。では」




 アヤネが一人になりたいのでテラスを出ようとした時、またおじさんに引き留められた。




「嬢さん、左隣のテラスから階段が伸びてる。そこを降りたら小さな池の邊にベンチがあってな。俺の特等席だ。疲れてる別嬪に座られるなら構わない」

「ありがとうございます。……見に行ってみますね」




 アヤネは軽く会釈をするとテラスを出て、左側に歩き出した。




 このホールには前後左右対象に四つのテラスがある。

 初めは左隣のテラスに行ってキョロキョロと見渡し、反対だったかと悔しながら反対に行く。




 しかし反対のテラスにも階段らしきものは見えず、残り一つのテラスに行くと左側に螺旋階段が見えた。




 何が左隣のテラスだ。




 と半分嘘つき呼ばわりしながら階段を降りていると、ちょうど階段から満月が見えた。



 そう言えばおじさんはテラスの中心側に体を向けていて、おじさんから見てアヤネが一番目に行ったテラスは後ろ側だったはずだ。



 そう考えると、おじさんから見た左だったのか。


 とんだ面倒臭い酔っ払いに捕まったと思いながらも石のタイルで続く小道を歩いていると、本当に小さな池が見えてきた。






 また辺りを見回し、二人用の木造ベンチの端に一人腰掛ける。



 嘘つき酔っ払いじゃなくて良かった。



 そんな事を考えながら、ベンチにもたれ掛かる。









 今年の四月に合格出来た高校を中退し、死ぬ気満々だった自分がまさか海外にやってくるとは。


 今思えばあの黎冥の「弟子にしよう」が始まりだったのかもしれない。




 始まりの場所はこんな地を踏み締めるベンチではなく、足が空を切る屋上だったなと振り返る。




 編入数日目からロッカーは荒らされ、ここでもいじめかと諦めていたが、今は知らぬ間に停学や中退が相次いで平和に過ごせている。


 委が南に飛ばされると同時に早津は補習をくらっていたし奪に至っては停学中のはずだ。



 船の中で会わなかったのはそれのせい。





 初めて行った祈りも電車と船で、黎冥が七日間不眠不休で祈ったせいで前の奉仕祭では全て押し付けられた。


 別に困ることはないが十時間目に交代してくれた時は本当に神かと思った。


 食べるのもそこそこに即寝たのを覚えている。






 こう考えたら、結構初めの方の行いが影響してるなーと。

 やはり何事も始まりが大事だ。


 あんな家庭環境に生まれなければこんな悲惨な体にはなっていなかったのだろうか。



 右手首も前ほど力は入らないし、左目の視力も低下した。


 船で吐き続けたせいで食べる量も減ったし、左手首は化膿してグズグズなのを放置している。



 ドレスを選ぶ時も骨を隠すようこれにしたし、セリョアもなんとも言えないような顔をしていた。


 何も言ってこなかったのでいいが、病人にとって何より辛いのは周囲の理解を得られないことだ。



 癌や白血病のように知れ渡った病気なら皆も可哀想、辛そう、応援しようで支えられる。


 しかし精神疾患はまだまだ甘えという人が多いのも事実。


 鬱に理解があっても双極性を知らず、テンション高いなら大丈夫!的な勢いで抑鬱中も無理難題を押し付けてくる。



 摂食障害も理解が少ない病気の一つだ。

 吐きたくないのに吐いてしまう。どうしても抵抗感が消えない。

 太るのが怖く、吐かないとどうしようもなくなる。

 そんな拒食症もそうだし


 食べたくないのに食べてしまう。

 食欲が抑えられない。

 食べる事でしかストレス発散が出来ない。

 こういった過食症にも、ただの食いしん坊というレッテルを貼って理解をしようともしない。




 自分の意思に反したことをしてしまって、自分でも後悔しているのに理解もしていない周囲から文句を言われる。


 それが苦痛で、苦しんでいるのは自分なのに責められる理由が分からない。

 何故なったこともない人が知ったような口を聞くのか。


 甘えと言うならこれを治す方法を教えてくれと。




 心の中で何度も叫ぶがそれを口に出せない人がほとんどだ。


 それは自分でも甘えなんじゃないかと不安があって、

 後悔をするなら止められるんじゃないかとどこかで淡い希望を抱いているからこそ口に出せない。



 きっと病気を患う人々の中で、私は病人で他人の人とは違うから文句を言うなと、相手にそう強く言える人は少ないと思う。




 本人が言えない以上、周囲が理解して支えてあげるしかないのに何故それをしてくれないのか。

 せめて放置でいいのに、何故抉ってくるのか。






 人とは残酷なものだ。


 同族を殺し、必ずどちらかを悪とし、悪を殺して善でその場を収める。


 ではその悪の気持ちはどうなるのか。




 犯罪者を擁護する気はないが、なりなくてなった病気じゃないのに悪とされる人たちの気持ちは。


 自分も普通になりたいのに、希望があるのにそれを土足で踏みにじられる私達の気持ちは。




 必ずしも善が正しいわけではない。


 そして、その場に必ず善悪が必要かと聞かれればそれは否。




 別に病人を善にしたいわけじゃない。


 ただ、いつも悪とされるこちら側の気持ちを理解してほしい。

 理解して、病気を理由に怠惰と迷惑を生むならそれは悪でいい。



 しかし、辞めたくても出来ないことや自分ではどうしようもならないことがあるのだ。それが病気なのだ。



 病気の存在を知っているなら病気とセットの人も理解して、その人の気持ちを救ってあげてほしい。










 疲れているからこんな事を考えてしまうのだろうか。



 無意識に寝転がっていた体を起こし、骨ばった手で濡れたまつ毛に触れる。




「せっかくマシな顔になったのにこんな日にまで泣くなよ」


 後ろから腕を掴まれ、そのまま抱き締められた。



 顔を逸らすと舌打ちをする。



「カップルじゃねぇんだからくっ付くなよ」

「つれねぇなぁ」

「遅い」

「寝てた」

「そこに池があるんだけどさ。水中で寝たら楽しそうじゃない?」

「溺死しろと、なるほどね?」





 珍しく髪をセットし、テールの長い燕尾服を着た黎冥は後ろから背もたれに腰掛け、嫌そうに顔を逸らすアヤネを見下ろした。




「こんなベンチ、よく見付けたな」

「教えてもらった。……左側のテラスに行けって言われて全部のテラス回った」

「左側って言われてんだろ。そんなベンチ求める?」

「相手から見て左は私から見て正面なんだよ……!」





 アヤネは仰け反り、顔を腕で覆った。

 黎冥はその腕を剥がすと自分の方に寄せ、アヤネの顔を覗き込む。




「化粧で化けるって本当だな」

「自分のこと言ってんの」

「お互い様だろ」

「顔見ただけじゃ誰か分かんないし」

「いい加減覚えろよ……」

「変わりすぎて別人って言ってんのアホ」



 相変わらず口は達者らしい。



 素直なアヤネは面白味がないのでこれでいいが。






「さ、あと十五分前後だけ頑張れ」

「もう疲れたんだけど」

「俺も早く帰りたい」

「来たばっかだろ」

「何を言うか」




 黎冥は別室にて五時から三十分の商談を終えた後、さっさと着替えて軽食だけ食べると六時からのパーティーにずっと出ていた。



 ちなみに一階と二階でやっているので二階はアヤネに任せて一階にいた。

 二階は学校関係、一階は会社関係だ。


 全員信徒関係者なので知っているには知っているが、会社の取引を重役でもなんなら社員でもない黎冥に聞かれても困るので全て受け流していた。


 あと酔わそうとしてくるメイドや変な薬が入ったジュースを持ってくる奴も擦り寄ってくる令嬢も、全て黎冥一人で捌き切った。




「あー早く帰りたいなぁ!」

「ごめんじゃん」

「分かればいい」

「酔ってんのか……」

「酔えるまで飲めねぇよ。……行くぞ」




 手を差し出し、アヤネを見下ろすと無視して一人で立ち上がられた。




「男を立てろよ」

「自分で立てるだけのルックスはあるだろ。……え、もしかして一緒に行動すんの?」

「そんな嫌?」

「うわぁ見劣りするなぁ……」

「俺の顔がいいって?」

「顔だけな。低身長のクズ」

「心に刺さるなぁ……」




 今のアヤネなら全くもって問題ないだろう。


 美人大賞にも選ばれている黎冥の母よりよっぽど美人で万人受けする顔だ。



 今のアヤネをブスと言うならただの僻みか妬みか、目が腐ってるか。






「言い過ぎ」

「いやお世辞なしに今すぐ街に出てこい。十人に告られるぞ」

「……男避けには男が最適だわ」

「女避けには女だろ」

「それはクズ発言では?」

「寄ってくる女全員に手出すって言えばいい?……逃げんなよ。ただの冗談だろ」

「冗談に聞こえない」

「お前の耳が腐ってんの」

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