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44.加護の表れ

 シュルトの元へ行った後、星の礼拝堂に着いたアヤネと黎冥が中に入ると、既に雯麟(ウェンリン)とセリョアが立っていた。




 入って右の角には移動式クローゼットが置かれている。





「あ、来ました」

「シュルトは?」

「準備してから来るそうです。恋人と一緒でしたし」

「……こ……?」



 セリョアは呆然とし、雯麟はアヤネに気遣わしげな視線を向けた。





 当のアヤネは雯麟の視線に気付く事なく、礼拝堂を見回している。




 大理石の床に、漆喰で出来た丸い柱が左右に三本ずつ、柱と少し離れて同じく漆喰だろうか。白い壁がある。




 アーチ状の天井は柱の部分で区切られ、斜めの部分には蝋燭が立て掛けられていた。


 その他、柱や壁にランタンが掛かっている。


 相変わらず窓はないようだ。



 一番奥には祭壇らしき台もある。

 よく生贄が寝ていそうな。






 やはり北校に近いなーと眺めていると、突然二の腕を強く掴まれた。

 ハッとして正面を見ると涙目のセリョアが膝を突いてアヤネに迫る。





「アヤネ様! 殿方はやはり騙してくるのです! セリョアはアヤネ様が心配です! とても辛い思いをされたでしょう!?」

「え、えぇと……?」

「男には散々騙されてるだろ」

「まぁ!? やはり殿方はセリョア達のようなまだ子供の女子(おなご)を狙って騙すのです! きっと遊ばれているのです! アヤネ様、セリョアと一緒に……」

「セリョア様、どさくさに紛れて誘拐宣言しないでくれますか」






 黎冥はアヤネの肩に腕を置き、セリョアを見下ろす。




 セリョアは目を瞬くとハッとする。

 つい本音が。





「そ、そんなつもりは! セリョアはアヤネ様が心配なのです! 圜鑒さんもセリョアで遊びますし……」

「俺が遊んでるんじゃなくてセリョア様がパニクってるだけです」




 アヤネに軽蔑した目を向けられた黎冥はアヤネを睨み、そのままセリョアを見下ろした。




 黎冥はセリョアで遊んだことは一度もない。


 ただ、専門的知識を聞かれたので答えるとセリョアが混乱して勝手にパンクするだけ。




「そんなつもりはなくてもその気はあったから口が滑ったんでしょう。アヤネを渡す気はありませんよ」

「うぅ……。……セリョアはアヤネ様を妹のように可愛がります。もしアヤネ様を騙したらセリョアは圜鑒さんを後ろから刺します」

「いや、やりませんけど……怖すぎます」



 セリョアは立ち上がると膝を払った。




「良かったな、可愛がってもらえるってよ」



 これは気に入られた方が良い奴だと言われた気がしたアヤネは小さく頷くと黎冥の腕を払い、セリョアの手を握った。




 払われた黎冥はまだ姿を見せないシュルトを探しに礼拝堂を出ていく。









 しばらく歩いていると、道端でしゃがんでいるシュルトを見つけた。



「あ、いた」

「るい……が……!」

「雯麟様が星の礼拝堂で待ってますよ。早く来てください」

「待てお前ゴラァ! あれ絶対わざとやっただろ!?」

「うるさっ……」




 反響する廊下で耳を塞ぎ、大股で付いてくるシュルトを連れて礼拝堂に戻る。と、アヤネがセリョアに抱き着かれて頭を撫でられていた。




「可愛い! セリョア、死んでも可愛がります! この子は天使です!」

「セリョア、二人が来たからそろそろ離してやれ」

「駄目です! 殿方は騙します!」


「気に入られすぎ」

「アヤネ様はセリョアの両手を握って花の女神の如く微笑んだのです! それから優しい声で心配してくれてありがとうございます、と! 圜鑒さんは言われた事ありますか!? セリョアのか……」

「今朝方、一番信用していると言われたばかりです」









 セリョアは膝から崩れ落ち、アヤネは黎冥の隣で乱れた髪を整える。



 シュルトも柱の影で塞ぎ込んでいるし、雯麟もなんとも言えないような顔をしている。




 かつて、黒の集会でこんな暗い雰囲気を漂わせたことはあっただろうか。



 アヤネはずっと髪を整えているし黎冥も無表情だし、これからどうやってまとめろと。





「……やるか」

「はい」

「セリョア、アヤネちゃんの神服を選ぶんだろう」

「あ、は、はい! セリョアにお任せを!」

「え? 刺繍は俺が入れるんですから俺が選びますよ」

「え?」



 座り込んだセリョアがぽかんと黎冥を見上げ、黎冥が何を言うかとセリョアを見下ろして徐々に二人の間に火花が散らされると、アヤネは飽きたのか黎冥の背を殴った。



「いちいち喧嘩すんな。私のものは私が選ぶ」

「殴んなよ……」

「言っても聞かないじゃん」

「言ってからやれよ」

「言われる前にやめろ」





 黎冥は大きな溜め息を吐くと、静かに表情を切り替えた。

 それを見てアヤネも切り替える。





「では例年通り雯麟様から」

「あ……あぁ……」



 加護の確認は、

 雯麟をシュルトが

 シュルトをセリョアが

 セリョアを黎冥が

 黎冥を雯麟が

 確認するらしい。

 今年は雯麟がアヤネの確認をする。



 力量に関しては特殊な器具を使うそうなのでまた後で。





「台に寝転がってやるんだっけ」

「そう。来年からはアヤネもやるから見とけよ」

「はい」


 何故かセリョアに手を繋がれているアヤネは、三人でクローゼット付近に並ぶ。




 雯麟は神像の代わりとでも言うように前の真ん中に置かれたベッドほどの台に寝転がり、シュルトはそこから四メートルほど離れた、ほぼ部屋の中心に膝を突いて指を組む。






 神よ、我ら信徒の問ひに応へよ。



 彼の者守り、導き、誘ひ、惑はす神々のお力示し給へ。







 他のものより断然短い祈りを言い終わると同時に雯麟の胸元が光り始め、天井に気持ち悪い模様が映し出された。




「わぁ……」

「どれがなんの神か分かるか」

「……えぇ……?」



 眉を寄せ、首を捻る。



「えぇ……。……えぇ……?」

「直感で」

「直感も何も」

「……時と想いと風な。覚えれないならメモしとけ」

「うん」





 アヤネは黎冥からペンを借りるとまだ痺れが残る右の手の甲に神の種類を書いた。



「なんかボヤっと感じるだろ」

「え、いや何にも」

「……一回外出てまた戻ってこい」




 そう言われ、扉を開けて外に出てからまた戻ってきた。


 無表情で黎冥を見上げると真顔で見下ろされる。




「変化は」

「ない」

「……まぁいいや。来年までにある程度感じれればいいし」

「微塵も感じませんけど」

「そのうち分かるだろ」



 雯麟の加護に変化なし。





 シュルトが手を離すと雯麟は目を覚まし、台から降りると黎冥の方に寄ってきた。



「増えたか?」

「変化なしです」

「減ってないならいい」



 次はシュルト。


 シュルトは珍しく、黒の中で唯一五大神の加護を受けていない者だ。



 受けているのは花と雪。


 セリョアは死と太陽。



 黎冥は生、時、海、月、歌、氷。






 黎冥は体を起こすと台から降りた。


 この感覚はいつになっても慣れないのが嫌だ。




「……さて、問題の次だ」

「これって目立つやつじゃない?」

「もう目立ってるから諦めろ。ここで桁違いだって見せ付けといた方がいじめには遭わない」

「じゃあいいや」



 アヤネは台に上がると座り、髪を抑えながら寝転がった。




 さて、問題が起こらないといいが。






 雯麟が祈り始め、それと同時にアヤネの胸元が強く光った。



 全員が目を閉じて顔を逸らし、徐々に収まる光の方に顔を向ける。





「セリョア様、弟を呼んできてくれますか」

「は……は、い……」





 まただ。


 アヤネの体が中に浮き、重力に反したような、髪も服も腕も下に垂れず、台に寝た形のまま浮き上がる。




 雯麟もシュルトと唖然とし、眠るアヤネを見つめる。




 他の人はこんな事にはならないのだ。

 浮かないし、重力にも反しない。



 何より、三十近い糸で編まれた組編が体を縛るなど。


 足首から体を縛り巻き、首が軽く凹むほど縛っている。




 これは本当に加護なのだろうか。

 もう、何か呪いの類に思えてきた。


 呪いがあるかは知らないが、本当にアヤネを縛っているように感じられるのだ。




 こんな加護の表れ方はアヤネの他に見た事がないし、神話にも逸話にも乗っていなかった。






「雯麟様、一度終わって下さい」

「……え、あ、あぁ……」



 本人に負荷があるのか、何か夢を見ているのか聞いてみよう。




 雯麟は手を解き、それと同時ににアヤネは台へ降りた。





 数秒して、目を覚ますと体を起こす。



「……どう?」

「降りなくていい。もう一回やるから」

「なんで」

「ちょっと実験」

「人を実験体にするってこと?」

「人生二度目の人体実験」

「二回目……」




 顔を引きつらせるアヤネに笑って誤魔化し、それとなく寝ている感想を聞き出した。



 本人が普通を望む以上、変に特殊だったと言ってストレスを与えるよりは普通を装う方がいい。





「なんか苦しいとかは?」

「やっぱりなんか起こったの」



 眉を寄せ、黎冥を睨んだアヤネに対して軽く眉を上げ首を傾げる。


 これは稔想に任せた方がいいかもしれない。





「相当な加護が掛かってるって言ったろ。加護を調べるのに圧がかかってもおかしくない」

「別に隠さなくてもいいけど。セリョア様がいない時点でおかしいし」

「……まぁなんでもいい。もう一回」

「うん」




 アヤネはまた寝転がり、雯麟が祈り始めるとまた強く光り始める。



 光が完全に消えてから数秒後、稔想と兎童と慧、中心校の教師や校長と副校長までやってきた。






「……皆さんお揃いで」

「に、い、さん……なん…………これ……?」

「アヤネちゃん……」

「稔想、お前色で見えるだろ。判別出来る?」

「う、ん?」





 稔想は目を瞬くと雯麟を越えてアヤネに近付いた。


 台の周りをぐるぐると歩き、本当に、冗談抜きで不思議そうに首を傾げる。



「色ないで。全部白」

「……は? 死の加護ぐらい分かるだろ」

「いやホンマに。なんでなん……? 紺も赤も全員見てきたけどこんなことなかったで?」




 黎冥も近付き、アヤネを縛る組編を眺める。



 組編というところも気になる。


 本人の体を縛るだけでなく、そのロープ自体が力を抑える編み方だ。

 紐や糸で出てくる子は複数人いるが、組編と言うのは初めてだ。





「……あ、ここにうっすら見えるわ」

「どこ」

「ほら、縄の切れ目の」

「どういう感じ」

「えーと……中心にうっすい色があってその周りが真っ白」



 うっすい色、と言うよりかは真っ白が表面に掛かっているせいで薄くなっていると言った方が正しいか。




 見えるのは濃い色の五大神色と太陽の黄色、月の濃い灰色、風の深緑だけ。

 後は紫や桃色、他の色もあるのだろうがほとんど分からない。





「これって触ったらどうなるっけ」

「知らん。弾かれるんちゃう?」

「降りてくるかな。厄介は御免やけど」

「好奇心抑えぇや。取り返しつかんことなっても知らんで。アヤネちゃんに嫌われるからな」

「え、やってみたいんやけど。やってや」

「自分でやれや!」




 稔想は擦り付けてくる黎冥に怒鳴り、アヤネに伸ばした腕を掴むとそのまま入口まで引きずった。



「離せ」

「ほんま何するか分からんやっちゃの。弟子のためにぐらい抑えぇや。嫌われんで? 信用されたらしいけど裏切らんといてって言われたんちゃうんか」

「……ま、いいや。そのうちお告げでも来るだろうし気長に待っとこ」



 黎冥は稔想が掴む腕を無理矢理離すと雯麟に声をかけ、降りたアヤネを覗き込んだ。




 首に絞められたような痕はない。

 あの縄は限りなく神に近いという証拠か。






「……はよ起きろ」

「寝起き一番にお前の顔見たらテンション下がるから退け」

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