43.イタズラ
アヤネが回復したのは雯麟の生誕パーティーが開かれる日の真昼間で、朝方からまた眠り始めたアヤネの額に手の甲を当て熱が下がったのを確認する。
先程、慧が軽食を届けてくれたので黎冥は先に食べた。
ちなみに到着して部屋に行くのに解散した以来、稔想と欛虂を見ていない。
一応短期生として連れてきたのだが、またしごかれているのだろう。
迷惑にならないなら好きに遊べと言ったので遊んでいるはず。
ちなみに朝方の会話、慧と兎童と羽鄽に扉を挟んで聞かれていた。
ニヤニヤしてくる二人と嫉妬の目を向けてくる一人に、数年の付き合いの師弟よりも出来が良くて恋愛以外の関係の方が上手く行くと言ったら頭と腹と脛が被害に遭った。
正直、頭はまだ痛い。
ちょうど十二時の鐘でアヤネが目を覚まし、片腕で目を隠しながら服を整える。
「何時?」
「ちょうど正午」
水を渡し、体調を聞いて異常がないことを確認する。
藥止開発の力回復促進薬を、即効性効果副作用強で黎冥が改良したのだが、あれは本当に便利だ。
藥止が必死にバランスの取れた薬を作ったのに手を加えたのは悪いが、副作用も死に至るようなものではないし黎冥はこちらを多用している。
漢方的な方面で生姜入りなので多用は危険だが。
「軽食あるけど」
「……いらないかもしれない」
「いるかもしれない。食え」
ソファ前の机に、木の弁当箱を置いて箸を渡す。
「食べれるだけでいいから」
「うん」
吐かれても困るので食べれるだけ食べたらいい。と、思ったら酢豚の人参一つと白米三口を食べて終わった。
弁当と箸を置き、静かに手を合わせる。
「少なすぎ」
「後で慣れてから食べる」
「低血糖になる前に言えよ」
「はい」
胃の痛みが収まるまで本を読み、黎冥は仕事をする。
例の国際研究が徐々に進んできたので、それの指揮と確認だ。
あと副業四つの確認。
「……神石ってどうなったの」
「見に行くか」
アヤネの部屋に戻って別の神服に着替え、教職服だった黎冥も黒の神服に着替えて部屋の前で合流する。
「神石持ってる?」
「部屋の中」
「持ってった方がいい。誰が入るか分からないし」
鍵を見た限り、そんな複雑な構造の鍵穴ではないはずだ。
複製か針金で開けられたら溜まったものではない。
まぁ強さ的には箱を開けた瞬間にセリョアなら倒れるだろうが。
アヤネは小さく頷くと部屋に戻って黒い箱と鍵を持って出てきた。
「零の神石って腐蝕されてたよね」
「俺はすぐに組編で覆ったし生の神石が吸い取ったから。まぁ……生の神石持ってない人は腐蝕に飲まれただろうな」
「私の大丈夫かな……」
「後で組編貸すからその中で確認して……あいや俺の組編じゃ防ぎ切れないかも」
「どうしよ」
「……後で確認しよう」
二人で歩き、聖光祈祷室に向かう。
「こんなタペストリーあったっけ」
「うん」
「あの窓は? あったか。一日じゃ取り付けられないもんね」
「何も覚えてないのか」
「道は……だい、たい……?」
不安だ。
やはり一人行動させなくてよかった。連続で問題を起こされたら黎冥もぶっ倒れる自信があるから。
二人が聖光祈祷室に続く道に差し掛かると、すっかり元気になったセリョアと雯麟がやってきた。
「アヤネ様! 圜鑒さんも……!」
「ルイ君、アヤネちゃん、もう大丈夫なのか?」
アヤネは寄ってきたセリョアに頬を包まれ、冷たいなと思いながらニコリと笑う。
「大丈夫です。セリョア様はもうよろしいのですか?」
「セリョアは降臨だけなので……少し違和感はありますが大丈夫です」
「今年の夏頃に回復促進薬が完成したので良ければ譲りますよ」
「ありがとうございます! ついに完成したのですね」
後で譲ると約束してからさっさと会話を切り上げ、祈祷室の中にいる自校の教員に声を掛ける。
「兎童、慧、どうなった?」
「黎冥先生! アヤネちゃんも、もう大丈夫なんですか?」
「問題があったら出てこない」
「……そうですよね。会話の切り出しって難しい」
「だからどうなったって聞いただろ」
真顔になる兎童の頭に手刀を落とし、慧に視線を移した。
「死と稔の神石は完全に腐蝕して消えたよ。……祈願祭典に稔の神石と死の神石がないのはかなりまずいから大騒ぎ」
「なんでまずいの」
「稔の感謝を捧げて冬の間に死なないための願いを祈るから」
祈願祭典には、死、稔、地、太陽、月、雨、風の神石、またはその加護が強く付いた黒が必要となってくる。
その神々に感謝し、冬を越せるよう祈るためだ。
祈ったのに気付きませんでした、ではただの祈り損なので意味がない。
神に気付かれるよう強い加護か神石が必須。
「……持ってる?」
「私、なんの神石があるのかいまいち分かってないんだけど」
「まぁ感覚だし……」
黎冥は眉を寄せ、少し困った様子でアヤネを見下ろした。
アヤネは箱を軽く振り、石が入っていることを確認する。
組編で結界を作ったとして、アヤネが判別を付けられない限り何が何の神石か分からない。
最もアヤネに近いであろう黎冥も箱を開けただけで冷や汗が出るし、小さく囲われた力の逃げ場のない結界内に入ると倒れる気がする。
見分け方にしても、人によって直感と言う人もいれば色が見えるという人も、繋がりで分かる人もいるという。
全ての神石を幼少期に手に入れ、父親が管理していたアヤネはその区別の仕方も分からないし今から教えるにしても時間が掛かりすぎる。
「……ねぇ、私は死の加護があるんでしょ。稔の加護はないの?」
「あぁ!……今判明してる十八種の中にはなかったけど絡まってた二十か三十の加護の中にはあるかも。先に序列済ませるか」
「でもまだシュルト様は回復してませんよ」
「回復薬飲ませる」
黎冥は踵を返すとアヤネを連れてセリョア達に声を掛け、一度部屋に戻った。
「何すんの?」
「工作。お湯沸かして」
「うん?」
元々実験で引きこもる気満々だったので基礎実験セットは持っている。
バーナーの上にビーカーを乗せて湯を沸かす。
その間に未開封のペットボトルの上を切り取り、湯が沸いたらそこに切り取ったペットボトルのキャップを入れた。
黎冥はその間にカプセルに詰める前の回復薬を五グラムほど入れる。
カプセル一つ約零点三グラムに約一グラムの薬を入れるため、実質薬五つ分。
もちろん黎冥作成の即効性かつ効果と副作用は強めのものを。
「三分経ったけど」
「取り出して下からキャップ押して丸ごと外す。火傷すんなよ」
「何やんの……」
火を止め、雑巾の上にキャップを取り出すとガラス棒とトングで本体側から未開封のキャップを押し、それを外した。
ゴム手袋を付けている黎冥はたぶん八十度近いキャップを、ゴム越しとは言え手で掴んで変形しないよう開封済みで、キャップの残りもなくなったペットボトルに乗せた。
軽く押して下までハマったのを確認する。
「よし」
「くっだらね」
「一口飲めば速攻効くはず」
「片付けるぞ」
黎冥はキャップを氷嚢で冷やし、冷えたら縮む性質を使って自ら未開封のペットボトルを作り出した。
未開封だが、中には薬が溶け込んでいる不思議な水。
アヤネは呆れ、バーナーとビーカーを片付けた。
「……よし、漏れなくなったし成功」
「小学生ですか」
「研究者です。……行くぞ」
アヤネを連れて上機嫌のまま医務室に向かい、医務室に入った瞬間いつも通りの無表情に変わった。
閉まっていたカーテンを開けるとシュルトが見知らぬ女子生徒を膝に座らせており、四人とも目を瞬く。
「る……」
「恋人持ちだったんですか。あ、差し入れです。失礼しました」
真っ黒な笑みを浮かべた黎冥は机に置かれたペットボトルを取ると自分の持っていたペットボトルを差し出した。
カーテンを閉じるとアヤネの頭に手を置く。
「求婚は断っとけ」
「端からそのつもり」
このクズ。
カーテンを閉めてわざと聞こえるところで求婚をバラした。
黎冥が言わなかったらアヤネから言う気でいたが。
二人が医務室の扉を開けると同時に心地良いほど清々しい平手打ちの音が聞こえ、それを遮るように罵倒が聞こえると女子生徒がカーテンから出てきた。
二人は逃げるように外に出る。
「……あは、あははは! あーおもろ! クズの鏡!」
「笑ってる姿は弟とそっくりだよ」
「稔想はずっと笑ってるしな」
黎冥は壁に手を突いて人がいないのをいいことに大笑いし、アヤネは呆れてしゃがみ込んだ黎冥を見下ろす。
「面白すぎ……!」
「笑いすぎ。序列決めのやつ言わなくてよかったの」
「回復したらすぐ来るだろ。雯麟信者だし」
黎冥はどこからか常備の採点用赤ペンを出すと、ボトルに大きく『シュルトの水』と書いた。
それを廊下の角に置き、ペンを片付ける。
我ながら上手く書けたのではなかろうか。
「クズ男」
「クズにはクズだろ。夜に見に来よ〜」
久しぶりに工作とイタズラと大笑いをして気分の良くなった黎冥はアヤネの背を押し、黒の序列決めに使われる星の礼拝堂に向かった。
ちなみに上機嫌すぎるが故に笑顔で、その顔を見た女子生徒が頬を赤らめるのは当然のお話。
あの水どうなると思いますか。




