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42.夢と熱の信用

 夢を見た。




 真っ赤な真紅の長い髪の少女が中で眠り、自分はそれを眺めている夢。




「不細工な子でしょう」



 声が聞こえてきて、振り返ると誰だという疑問も持たず首を横に振った。



「お世辞はいいですよ」


 お世辞じゃないよと、また首を振ると声の主はくすくすと笑った。




 眠っている少女と瓜二つの子は少女を挟んだ向かい側に立ち、少女の頬をつねる。





「皆に迷惑を掛ける迷惑っ子です」



 皆、生きている間は誰かしらに迷惑をかけるものだ。


 子供は大人や友人に迷惑をかけて、大人になってからそれを返すように自分の子供に迷惑をかけられる。





 自らの経験で、この時母はこういう事をしてくれたと理解し、大変な子を育ててくれたと感謝する。


 それの繰り返しで命の輪廻は回るのだ。





「とても……嬉しいことを言ってくれますね」


 皆同じだ。

 誰も迷惑な子なんていなくて、その子の個性と性格。


 周囲は受け入れて、受け入れられた先で他の子の我儘を聞いたり返したりすれば誰も怒らない。





「貴方のその考え方好きですよ。凄く素敵です。……前は操ってしまってごめんなさい。行って帰ってをしていたらとても危険な状態になると思って……。貴方の力があったおかげで助かりました。浩然(ハオラン)とそのお友達をよろしく頼みますね。皆に無理をしないでと伝えて下さい」






 少女はそれだけを言うと、薄く微笑みながら白い光に消えていった。




 やがてアヤネの意識も浮上し、額に冷たい何かが当てられているのに気が付いた。






 額に手を当てると冷たい氷嚢が乗っており、それを手で落とす。


 そう言えば明日は雯麟(ウェンリン)の誕生日だ。






 暑いので布団を剥がし、寝返りを打つと打ち終わったあとに布団が動いたのが分かった。




 頭に疑問符が浮かび、そちらを見れば何故か黎冥が寝ている。



 シングルベッドに何故か二人。





「……せま」



 布団から這い出ると、何故か刺さっている点滴を引き抜いてソファに寝転がった。




 そして、そのまま眠り始めた。













 額に冷たい何かが当たり、身を震わせると同時に目を覚ます。




「そんな不機嫌そうな顔すんなよ」




 寝起き一番にこれの顔を見るとテンションが下がるのかもしれない。


 眉を寄せ、顔を逸らすとうつ伏せのまま背を丸めて起きる。




「水は?」

「……ん……」

「どっちだよ」




 眠い。

 物凄く眠い。



 物凄く眠くて今すぐ寝たいのを我慢して水を受け取り、痛む喉を我慢して水を飲んだ。



 唇が乾燥して痛い。





「……状況……」

「降臨後に倒れて発熱、女性陣は片付けと無知で却下、男は襲う可能性がある奴しか関わりがなかったから俺が指名された」

「……一人という選択肢は……」

「力切れの窒息しかけた後だぞ。しかも四十度の発熱。放置は出来ないだろ」





 今は朝方の四時。


 額を触るとまだ熱かったので氷嚢を乗せた瞬間起きた。



 夜に何故かソファに移動していたし、氷嚢も点滴も全て放置だったので点滴は片付け、氷嚢は作り直した。



 点滴は脱水症状改善のためだったのでもういらない。




「頭痛い……」

「吐き気、腹痛、不快感は?」

「……ない」

「口開けて」



 いつの間にかゴム手袋を付けていた黎冥に言われるがまま口を開け、鉄の舌圧子で舌を押さえられながら小型の懐中電灯で照らされ、喉の奥を覗き込む。




「……ちょっと扁桃腺が腫れてる。耳痛い?」

「ん〜ん……」

「いい加減目覚ませよ」



 眩しいし痛いしだるいし暑いし、今すぐ寝転がりたい。



 黎冥が舌圧子を抜くと同時に後ろに寝転がった。





「……幼児化?」

「眠いぃ……」

「先になんか食べた方がいい。起きろ」




 背を押して無理矢理起こし、クッションを抱かせるとソファの背もたれにもたれさせた。


 そのまま仰け反り、呻き始める。





「五月蝿いなぁ」

「……そーいやパーティーってやんの?」

「やっても出ないだろ」

「出なくていいなら出ない」

「先に熱下げろ。お前が動けないと序列が決まらないから祈りが始まらない」




 アヤネの頬に冷えた経口補水液を当てるとそれに縋るようにそちらを向く。





「飲めるか」

「喉痛い……」

「無理なら点滴な」




 ペットボトルにストローを差してアヤネの口元に持っていく。



 これじゃ看病じゃなくて介護だなと思っていると、アヤネはそれを受け取ってストローを抜くと一気に飲み始めた。



 これの情緒と行動が分からないのだがどうすればいいだろうか。






「……不味い」

「水と塩と砂糖でもいいけど」

「面倒臭い」




 それを一本飲み干し、黎冥に渡すとクッションに顔を埋める。





「なんか……ふわふわする……」

「……あぁ、力が回復してないからかも。眠いのもそれのせいだ」

「変な感じ……」




 頭にモヤがかかったような、起きているのに寝ているような、呼吸を忘れそうな感じ。







 アヤネが口を開けるだけの欠伸をしていると黎冥が薬を渡してきた。



「聖なる力回復促進薬。即効性で効果と副作用は強め」

「吐きたくない……」

「だいたいは浮腫とか悪寒とか食欲不振。たまに高血圧にもなるけど嘔吐系はないはず」

「……水」




 カプセルをひとつ受け取り、水を口に溜めるとカプセルを含んで飲み込んだ。



「変な飲み方」

「癖」

「あそ」






 それから十分ほど呻いていたが、やがて呻きが収まりスッキリした様子で顔を上げた。




「治った」

「そりゃよかった」

「力って作れるもんなの?」

「力を作るというか」




 神の力が強い土地で育てた生薬に少量の聖水を加え、練ってカプセルに詰めて完成。




 凍らせたシャーベットに粘度を付けたようなものをカプセルに詰められるのは黎冥だけで、他の皆にも作り方は共有したが誰も詰められなかった。



 詰めて、棒から離す段階でカプセルが割れるのだ。


 規定の量をピッタリで入れようと思ったら、それこそ無駄に器用な黎冥しか出来なかった。




 世にも珍しい中が粒子状ではなく固形に近いカプセル薬剤だ。




 ちなみに同じく鍛えられた器用な慧も出来なかった。





「そういや引き抜き防止の実験は?」

「中止。今回、アヤネが神を二人呼べたから学校側は引っ込んだ。黒だけなら俺が抑えられるし」

「引っ込んだんだ?」

「神様を味方に付けられたらなんも出来ないから」





 アヤネが納得していると、黎冥が色々と入ったトレーを持ってきた。


 瓶と太いコットンの付いた器具、舌圧子が乗っている。




 二枚重なっていたトレーをバラし、瓶を開けると茶色い液体をコットンに染み込ませた。




「何それ……」

「ヨウ素液とグリセリン。喉の炎症抑えんの」

「……鼻の奥に入れるやつ?」

「舌の奥に塗るだけ」




 そう言うとアヤネはおとなしく口を開け、黎冥は舌圧子で抑えながらそれを喉の奥と口蓋垂の手前に塗る。





「不味い……」

「美味い薬があってたまるか。良薬は口に苦し」

「甘いんだけど」

「市販のやつだから無理矢理甘くされてんの」





 アヤネは顔をしかめ、水に手を伸ばすと黎冥に阻止された。



「五分以上は放置」

「えぇ」



 駄々をこねるアヤネを黙らせ、器具を片付ける。




「頭痛は?」

「力が回復し始めてから結構マシになったかな」

「次」




 水銀体温計を差し出され、それを受け取る。



「……口?」

「五分間咥えるか十分間挟むか」

「……咥えます」

「口開けて」



 その前に水を飲み、口を開けると舌の裏にそれを突っ込まれた。




「動かすなよ」

「んー」



 手で支え、話せないし暇なので本を読む。




 それからしばらくしてから黎冥が時計を見て近付いてきた。



「口開けて」



 口の方がより正確に、水銀の方が更に正確に測れるため持っている体温計は全てこれだ。


 一つだけ、口がどうしても無理な人用に脇の水銀もあったが割れたので捨てた。





「三十八度三部」

「下がった」

「下がってねぇわ」

「四十度近かったんでしょ」

「三十八度以上はほとんど一緒」




 眉を寄せ口を尖らせるアヤネを見下ろし、精神年齢が下がったなと思いながら体温計を拭き、消毒をして片付けた。

 後は使う前にもう一度拭くだけだ。




「お腹すいた。なんか食べた?」

「俺は何も食べてない」

「今日……昨日? 何も食べてないじゃん」

「お前は半分寝てたろ。俺ずっと動いてたのに」





 神石の選別から

 中てられた人の処置から

 神の力が宿った網縄の処理から

 大神官の処分から

 校長の罰則まで


 とにかく仕事が多かった。





 早く五時にならないかなと待っていると、ふと聞きたいことを思い出した。



「アヤネ、昨日の昼間に聖光祈祷室に行くの道、なんで分かった?」

「……直感」

「聞いたわけじゃない?」

「うん」



 やはりここは神の力が強いのかもしれない。





 アヤネもなにか特殊なのかもしれないし、今度実験させてもらおうと久しぶりの研究欲が湧いているとアヤネが小さく声を零した。




「そういや……夢見た」

「夢?」

「赤い髪に紫の目の女の子が出てくる夢」

「……それ死の女神じゃ」




 血に染まり炎に燃えた髪は腰の長さまで伸び、宝石を負かすほど輝いた大きな紫の目。


 色白の花びらのような肌と美しいくびれの目立つ細さ。



 小鳥がさえずるよりも美しい声とどんな名楽器よりも艶やかな歌声。





 死の女神は全てが完璧とほとんどの神話に表記されている。







 生の神と死の女神が降りた後だ。お告げがあってもおかしくない。





「内容は?」

「えーと……死の女神が寝てて、私がそれを見てる。で、もう一人死の女神が出てきて皆に無理しないでって伝えてって……」

「皆……五大神か」





 アヤネと最も近い黎冥は死の加護がないので、皆は神に対するものだろう。


 気になるのは寝ている死の女神。




 何故夢に二人出てきたのだろうか。





「操ってごめんなさいって言ってたから、祈祷室の直感がそれかもしれない」

「……その夢、誰にも言うなよ」

「なんで? 言わないけど……」






 黒一位を凌駕する聖なる力

 神を二体呼べる力量

 降りた神と対等に話せる精神力

 最高峰の神石

 神の操り人形

 死の女神が直々にお告げ、謝りに来る


 そして、まだ神話界の詳しいことを知らない子供。





 誰がどうやって取り込みに来るか分からない。


 アヤネの情報は既に世界に共有されているし、普通の男に襲われただけでも抵抗出来ないほど非力なのだ。


 頭も体も騙されたら黎冥でも助けられるか分からない。





 終わった後に加害者を罰するのは簡単だが、終わった後に被害者を助けるのはほぼ不可能。

 被害者を助けられるのは事件が起こる前だけだ。






「ストレスを抱え込みやすい性格ならストレスの元凶は少ない方がいいだろ」

「……会って数秒で信じる気はないけど半年は信用するから。裏切んなよ」




 クッションを抱えて寝転がり、黎冥に背を向けたアヤネはクッションに顔を埋めた。





 ソファの斜め向かいの台で作業をしていた黎冥は軽く眉を上げ、アヤネを鼻で笑う。






「神が敵に回っても助けてやるよ」

「絶対待ってるからな。…………照れんな気持ち悪い」

「それはお前が悪い」




 赤い耳のままそっぽ向いた黎冥に舌打ちをし、アヤネは更にクッションと膝を抱えて丸くなった。

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