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41.腐蝕

 神石の腐蝕(ふしょく)に気付いた黎冥とアヤネが雯麟(ウェンリン)の部屋に行くと、既に雯麟は部屋の外でシュルトとセリョアと話していた。


 三人とも、手にはケースに入った神石と腐蝕対策に組編を巻いたり、組編に使われる札を貼ったりしている。






「あ、圜鑒さん! アヤネ様も……!」

「二人の神石は?」

「俺のものは腐蝕が始まっています。アヤネのものは特殊な箱に入っているのでたぶん大丈夫でしょう」

「……雯麟様、離れた御二方の石もこうなっているのです。やはり見に行きましょう?」

「あぁ」






 黎冥は組編を解くと海の神石を出した。





「ルイ君」

「腐蝕が強くなっています。早く行きましょう」

「……助かる」




 黎冥の持つ神石が腐蝕され始め、たぶん消えた頃には紺以下に圧がかかり始める。


 それまでに食い止めなければ。







「あぁ……神石で混乱が起こっています」



「ねぇ、建物は腐蝕しないの」

「建物自体は神に守られてるからな。腐蝕が神の力を超えた時に腐蝕し始める」

「源泉がなくっても?」

「腐蝕源であろう神石より建物の方が強い」




 建物の腐蝕が始まる前に神石が全て尽きればいいが、たぶん一際大きな星と時の石が半分を超えるところで建物の腐蝕が始まる。


 そうなれば止める方法は腐蝕済みの壊れた校舎を全て崩して残りを力で覆うしかない。

 ただ、覆う間にも腐蝕は止まらないので不可能に近いだろう。




 壊せるのは腐蝕で崩壊した部分だけであって、進行中のところは無理だ。

 進行中のところだけを壊す技術は今の世にはない。







「神石の管理って誰がしてんの?」

「大神官三人。最高峰の神石が腐蝕した時点で入れ替えは確定だろうな」

「ふーん」





 神石は持ち主を離れ、聖なる力が完全に隔離された時に起きる現象だ。



 たとえ持ち主を離れたとしても大神官が管理していたのならそんな場には滅多に有り得ない。

 そしてたとえ一瞬隔離されたとして、そんな数時間も放置されない限り大丈夫なはず。


 こんな事になるまで放置されるわけがない。




 しかも今は祈願祭典の準備中で人目の触れるところにあるはず。

 たとえ腐蝕していたら校長でも大神官でも気付くだろう。











 五人が大神官がいる星の棟に移動しようとしているとアヤネが足を止めた。


 黎冥も足を止め、ずっと一方向を見ているアヤネに声をかける。




「アヤネ」

「向こうにいる」

「は?」

「たぶん向こうにいる気がする」






 黎冥は怪訝な目を向けてくる三人を見るとアヤネの方に寄った。




「先に行っといて下さい。迷子にならないよう見ておきます」

「圜鑒さん、今はそれどころじゃ……」

「いい。行くぞ」



 雯麟は何故か黎冥に寄ってきて、従うしかない二人も不安と不満の顔で付いてきた。






 アヤネは躊躇うことなく歩き、知らないはずの神像のある聖光祈祷室へ向かう。




 いつも祈願祭典の際にここで祈り、時々神が降りてきていたとされる場所。







「ルイ君、アヤネちゃんに教えていたのかい」

「校内のことは何も教えていませんよ。勝手に行動されると困るので」

「なんでここに」

「……加護関係かもしれません」






 骨折以来、右手に上手く力の入っていないアヤネを手伝って扉を押し開けた。






 瞬間セリョアは座り込み、シュルトも口を押えながら慌ててセリョアを支える。





「なんっ……!?」



 さすがの黎冥も絶句し、雯麟も愕然とする。





 何故か室内には、閉じ込める組編とは逆の効果を持つ網縄(あみなわ)が神石のケースを中心に円を書いて置かれていた。



 人の太もも程の太さがある網縄の半分は腐蝕され、円に型どられた天井も腐蝕がかなり進んでいる。







 結界がギリギリ壁内に収まり、網縄もまだ耐えているので壁は大丈夫だが、もし一部の天井が抜けたら腐蝕がほぼ終わっている腐った天井は全て落ちてくるだろう。


 神石の中には硬度が限りなく低く、脆い石もあるのだ。

 そんな事になったら、いくらガラスのケースに入っているとはいえ落下の衝撃と重さで絶対に壊れる。





「……死の神石が……!」

「シュルト、大神官と校長を呼んでこい! 組編も!」

「はい」

「セリョア、離れていろ」

「……大丈夫です、セリョアも黒の一人です」

「無理するな」





 雯麟はセリョアの頭を撫でるとすぐに網縄に触れた。



 しかしそれを黎冥が止める。






「今網縄を解くと我々の神石とこの辺りの校舎も全て腐蝕されます」

「じゃあどうやって……! 最高峰の神石だぞ!?」

「では神石と人命、どちらを取るか選んで下さい。今壊すと神石と校舎、赤以下も危険です。校舎の崩壊に巻き込まれてもおかしくありません」

「どうにかして止める方法は……!?」

「神頼みですよ」







 死の神石の持ち主はセリョアだ。


 セリョア溺愛中の雯麟にとっては信じ難いものだろう。




 逸話として、死の神石を狙われていたセリョアに雯麟が学校なら安全だと言って預けさせたという噂か逸話がある。


 本当かどうか知らないが、違うくても雯麟にとっては相当悔しい事だと思う。







「神頼みって事は祈ったらいいんじゃないの。神様に見つけてもらうための石でしょ」

「……あそっか。アヤネだから」

「いや私じゃなくてもよ」




 黎冥は雯麟に箱を渡す。





「セリョア様を連れてかなり遠くに行っといて下さい」

「なんで……」

「これの祈りはバケモノなので」




 黎冥は無理矢理二人を遠ざけるとアヤネの隣に立った。




「祈りは?」

「降臨のやつでいい」

「死の女神?」

「えーと……なるべく時の女神で」

「ならなかったらごめん」





 もうこの際なので誰でもいい。



 二人は互いに視線を交わすと指を組み、俯いた。









 我ら、時の女神に思はれし信徒なり。


 時の女神ミシェル。我ら人に救ひの手を。




 時を刻むこの世に時の御加護あべく。


 窮地に立ちし我らに偉大なる叡智と恩恵に溢れし慈悲の手を。










 途端、祈祷室の奥に佇んでいた神像が強く光り、建物が崩壊を始めた。




 黎冥達のいる扉を越えた天井までヒビが入り、黎冥はアヤネの頭を庇いながら後ろに下がる。







「……お呼びでないのが来た」

『……あぁ、お前か』




 本体丸ごと降りてきた青髪に赤い目をした生の神は振り返り、黎冥を見て目を細めた。







 空間が区切られているはずの網縄を飄々と超えこちらに近寄ってきた。




 黎冥が一般以下に見えるほど端正な、黄金比で左右一寸のズレもないような顔で黎冥に血の気の引いた顔に顔を近付ける。








『生き返ってるか。……まぁいい』



 神はアヤネの頭に手を置くと軽く髪を梳いた。




 上機嫌になったところで再度黎冥に目を向ける。





『我が愛し子よ、何を望む』

「……ま……」

「魔の女神に魅入られし数多の神石を救って頂きたいのです」

『……俺の神石はないな。何故持ち主がいない?』

「神事のために拝借致しました。持ち主は校内にいます」

『で、結界を使ったと? 馬鹿か?』





 お怒りだ。



 ケースを開けて死の神石があったはずの場所に触れ、そこを撫でた。



 今までの神々しい雰囲気ではなく、重く痛い圧が全身に乗る。





「大神官が管理していたそうです。我々も詳細は……」





 黎冥が口を開くことも出来ない間、アヤネが手を震わせながら説明した。





 生の神は命と氣の神石を手に取り、八重歯を見せるように笑う。





『ウィル』



 セリョアの声が聞こえ、アヤネが視線だけ移すと明らかに人の雰囲気ではなくなったセリョアが網縄の中に入った。




 腐蝕することなく、平然としているのは()()が違うからか。




『…………お嬢様……?』

『降臨のみなら出来ました。イタズラは駄目ですよ』

『……おかえりなさい』

『まだ寝てますけどね。……死の加護が弱い子なので長くは留まっていられません。その子に降りれたら良かったのですが、ウィルがその子の力を使っていますから。……力を使って呼ばれたなら使命を果たしなさい』

『はい』

『ではまた、すぐに会えると思いますよ』





 体は結界の外に出た瞬間倒れ、生の神は神石を置くとそこに並んでいた神石の上に手をかざし、ゆっくりと動かした。





 神石だけでなく、同時に天井や網縄の腐蝕も右手に集まり、それは手のひらほどのドス黒い球へ変わった。





『……次お嬢様の神石を傷付けたら持ち主を中心に親しい者の寿命を奪う。今回はお嬢様に感謝しろ』

「はい。……寿命が尽き、死の時を刻むまで尊き神々に誠心誠意仕えます」

『罪人には相応しい罰を与えよ』






 生の神は球にかざす右手を握り、球を消すとそのまま姿を消した。





 それと同時に網縄が弾けるように切れ、天井のヒビが薄くなっていく。







 ようやくまともに呼吸出来るようになった黎冥は大きく息を吸い、少し咳き込んで全身に酸素を行き渡らせた。





 こんな圧を受けて平気にしているアヤネはどんなものだと、見上げると同時にアヤネは膝から崩れ落ちた。






 顔面蒼白で目を見開き、空気の吸えない口に手を当てる。




 圧と緊張からの解放に加え、力の使いすぎで手足が震え、喉が締まって意識的に開けることが出来ない。




 黎冥はアヤネの口に当てられた手を無理矢理おろし、呼吸が出来ていない事を確認すると喉仏の少し下当たりを一瞬強く押した。




 かなり深く押すとアヤネは咳き込み始め、黎冥が手で支えて背をさする。



 ようやくやって来た他の教師も不安そうに寄ってきて、黎冥はアヤネに吐き続けるよう言い聞かせる。




 人間、意識的に吐くことさえすれば無意識に吸うものだ。

 それが咳き込んでいたり体内の酸素がないなら尚更。







 黎冥の荒療治で息を吸えたアヤネは次第に呼吸が落ち着き、と同時に黎冥に寄り掛かるように気絶した。




「アヤネちゃん……」

「神を二人も降臨させたんだ。ただの力切れだろうから大丈夫」





 アヤネを縦抱っこか担ぎかの中間ぐらいの格好で抱き上げ、そのままスタスタと歩き始めた。

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