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39.船旅、その二

 黎冥の部屋にて、アヤネが袖の血抜きをしていると食堂から甲高い悲鳴が聞こえてきた。









 二人で早足に食堂に向かうと、食堂の入口付近には人が集まっていた。

 中には倒れた人とたぶん養護教諭的な医者っぽい人が箱を漁っている。







「アナフィラキシーだ」

「やぶ医者だ」





 アヤネは人と人の間から倒れた患者を眺め、黎冥は右往左往している医者を眺める。





 倒れているのは赤の女子生徒で、傍には医者と看護師らしき女性もいるが二人とも応急処置もしていない。

 船の医者だろうか。医者免許を持って船に乗り、船医と言うだけで儲かるのだから笑える。





 黎冥は壁に寄りかかって腕を組み、アヤネは眠気であくびをする。





「そんな五月蝿かったのか」

「たぶん酒盛りでもやってたんだろうね」

「教師が平日に飲むなよ……」





 聞こえてきた会話を全てさらけ出して黎冥が笑っていると、どこからか委と早津の声が聞こえてきた。




世撫(せな)ちゃん!」

「世撫……!……アレルギー反応だ……!」





 友人か。


 仲のいい友人なら応急処置の仕方も知っているかなと思ったがそうもいかなかったらしい。

 医者を急かすだけで何もしていない。






 入口付近にいても異音が聞こえる呼吸に全身の発疹、発疹に隠れて分かりにくいが青白い肌と紫色の指先。


 呼吸器が発疹で塞がり血圧が下がり、体内酸素濃度が減ってチアノーゼになっている証拠だ。




 あの体勢のままだと嘔吐物で窒息してもおかしくないしアレルギー物質によってはさらに広がり、呼吸が止まってもおかしくない。






 適当なところで助けようと思ったがあの二人の友人なら話は別、ろくな奴じゃない気がするので放置でいいか。








 アヤネに釣られ、黎冥もあくびをしているともう一つ隣の通路から嫁陣(よめじん)が来るのが見えた。

 後ろから墓千(ほち)鳴嬪(なひめ)も、何故か稔想も顔を出す。





「あ、まずい……」



 ここにいるのがバレたら確実に怒られる。





 黎冥が体の向きを変えて逃げようとした瞬間、背の服を掴まれた。





「黎冥さん?」


 墓千のドス黒い笑顔に押され、冷や汗が滝のように流れる。





「……ハイ」

「医者ですよね? 生物の神様ですもんね?」

「チガ、イ、マス……」

「そうなんですよ。そうじゃなくても教師ですよね。研究者ですよね、医者の兄ですよね? 応急処置の方法ぐらい常識ですよね?」

「黎冥君いるなら手伝って!」






 嫁陣の声に皆がこちらを注目し、黎冥は隠すことなく面倒臭い顔をしながらアヤネを連れて中央に寄った。





「誰ですかこれ」

「知らないけど手伝ってくれ。てか指揮取ってよ」

「だってこの二人の知り合いでしょう。絶対ろくな奴じゃありませんよ。この二人、アヤネに無理やり食べさせて吐かせてますし」





 しゃがむ黎冥の後ろに立っていたアヤネは黎冥の背を蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた黎冥は慌てて手を突いて背をさする。




「蹴んなよ」

「無駄口叩く暇があるならさっさと処置して帰らせろ。なんなら私だけでも帰らせろ」

「手伝え」







 例の病気の集会にいたのだ、最低限の知識ぐらいはあるだろう。





 アヤネは吐瀉で窒息しないよう回復体位を取らせ、やぶ医者の薬箱の中を漁る。



 その間に黎冥は自身の医療箱を持ってきた。

 両手で抱えるよりも大きな白い箱だ。





「……無いんだけど」

「じゃあ俺のでいいや。校長か親に請求する」

「医者にやれよ」

「どうせ校長が慰謝料取るんだし」





 黎冥はエペピンの入った注射器を揺らして気泡を集め、未使用消毒済みの布に軽く出すと女子生徒の外側広筋に注射した。





 その間にアヤネが喉の腫れを診て、手をかざして呼吸を確認する。



「気管支拡張薬が必要」

「抗ヒスタミン薬とステロイド用意しろ」

「点滴は」

「あるかな」




 アヤネは黎冥の医療箱を漁って新たな注射器と言われた通りの薬品、未使用消毒済みの布とアルコールが染み込んだコットンも用意する。

 あとゴム手袋と注射用の絆創膏も。






「僕、点滴あるか確認してくる。電解質輸液でいいんですよね」

「はい」



 墓千は駆け足で去っていき、黎冥は色々と注射してアナフィラキシーの症状を抑える。






 アヤネは確認することしか出来ないので脈を測りながら血圧と、チアノーゼや呼吸の確認も続ける。






「……呼吸音が戻った。血圧上昇、チアノーゼはない」

「脈測って。喉は?」

「ある程度広がってる。多少腫れてるけど……問題ないと思う」

「黎冥さん、点滴はありませんでした……」

「アヤネ、俺の部屋の薬剤箱取ってこい」

「お前なんでもあるじゃん」




 鍵を掴んで肩に掛かったままのローブを抑えながら黎冥の一等室に向かう。






 先程と同じ箱が二つあり、片方には器具、片方には薬剤二と書かれてあったので薬剤の方を持っていく。






 今頃になって左手首が痛くなってきて、ようやく血が止まった腕を庇いながら箱を黎冥の傍に置いた。





「えーと」

「重い……!」

「液体と瓶が多いからな。あったあった」





 羽鄽作成、超小型式折り畳みガートル台を伸ばし、前腕静脈に静脈に針を刺してから点滴を吊り下げさせる。






「そのガートル台便利だね」

「お前ら仲良いなぁ」

「ご存知羽鄽作成ですよ。多少不安定ですけどストッパーがあるので十分使えます」





これは黎冥の箱の大きさに合わせて作ってもらったガートル台だ。



 縮めたら二十センチほどになり、キャスター付き四足も畳んで縮めた台の中に収納出来るようになっている。

 ちなみに点滴を掛ける部分は後付けだ。





「羽鄽君も凄いなぁ!」

「言えばだいたい作ります」

「タダ働きさせてんのか」



 そんなことを言う鳴嬪に、アヤネを介せば一発だと言えば俺にも頼めと言ってきた。




 アヤネは面倒臭そうに顔を逸らす。





「じゃ、嫁陣さん。あとは任せました」

「え?」

「ではまた」




 二人がアヤネに気を取られている間に着々と片付けをして、別れを告げると箱を一つアヤネに持たせて部屋に帰った。









「アヤネ、こっち来い」

「何?」

「手首手当する。その深さじゃ化膿する……だろうし」





 一瞬息を詰まらせた黎冥に腕を差し出し、消毒をして薬を塗られてから、たぶんガーゼでは剥がれるからと包帯を巻かれた。

 親指と人差し指の間を通してある程度固定され、手の内側で縛られてそれを中に入れる。




「……厨二病みたい」

「お前に一番似合わない言葉だろそれは」

「厨二病ってダサいじゃん。ガーゼに替えて」

「我慢しろ」





 顔をしかめるアヤネを無視して片付け、鍵を掛けた。




 危険な薬品や副作用の強いもの、手術用の器具もある程度揃っているのでイタズラ目的で飲んだり触ったりすると危険なので、一応だ。

 健康な人には劇薬だったり副作用で死にかけることも充分有り得る。





「ご飯食べ損ねたし。ソファ借りる」

「いいけど」




 何をする気だと振り返ると、アヤネは自身のローブにくるまって眠り始めていた。




 そう言えば騒音で眠れていないと言っていた。




 アヤネはいつも一人だが、性格や体質的に一人や少人数行動の方が合っているのかもしれない。

 それを本人も理解し、他人から離れている。



 嫌でも人が寄ってくるアヤネと黎冥には最も合わない性格だ。

 寄ってくるからこそこの性格になった、か。











 十三時を過ぎ、まだ四時間しか経っていないが低血糖で動けなくなると元も子もないので寝ているアヤネを覗き込んだ。


 肩を揺すろうとした時、アヤネが目を覚ました。





「……寝起きよすぎだろ」

「眠い……」

「十三時過ぎたけど」

「人少なくなったかな」





 体を起こし、大きなあくびをする。



 それから少し思考を停止させ、また寝転がった。



「おい」

「眠い」

「食べたら覚めるだろ」

「食べるまでが辛い……」




 黎冥に無理矢理起こされ、髪を軽く梳いた。


 元々寝相はいい方なので、寝方にさえ気を付ければ寝癖は付かない。






 起きてスカートとローブを整える。





「……そういえばさ」

「ん?」



 仕事を片付けていた黎冥は振り返り、書類をクリップで挟んだ。






「前に神官が着た時、二人とも色付きに神服来てたけど、あれ意味あんの?」

「あーあれ?」





 色付きの神服は序列内の全員が持っているものだ。


 基本的には白だが、自身の色を見せる神事であったり権力を示す場合は色付きの神服を着用する。




 ご存知の通り普通の神服には白以外が使われておらず、刺繍で色を入れる事しか出来ない。


 各色の序列内に入るとその色の神服が贈呈され、それにも刺繍必須となってくる。が、色付きは白と違い滅多に使わない。


 ちなみに祈願祭典は序列に入った二年目以降は色付き必須だ。

 序列決めの際に自身の色を示すのに着用する。






 アヤネはまだ序列入りしていないため持っていないが、序列入りした日かその翌日にでも渡されるだろう。





「……黒に黒の刺繍って意味なくない?」

「黒に黒の場合は他の色で縁取る事が多いけど。混ぜたり他の色でベース作ってから黒をアクセントに入れてもいい」

「お任せします」

「任されます」






 ちなみに黎冥は二枚持っているが、アイデアガス欠中にやったため二枚とも同じ柄となっている。

 正直一枚は変えるか、もう一枚作りたい気持ちが山々だ。



 アヤネが貰う時に一枚と交換してもらおう。

 流出や闇取引予防で、貰えるのは最高三枚まで、変える時はどれだけ破れていても汚れていても交換でしか貰えない。





 変える理由に規則はないので自由だ。










「私の部屋の隣って誰?」

「知らん」




 アヤネは十枚切りの薄い食パンにレタスとハムとトマトを乗せ、黎冥は六枚切りの無味無糖トーストを一枚食べる。





「そんなに五月蝿いなら言えばいいじゃん」

「教師との仲まで裂きたくないんですけど」

「……じゃあ俺の部屋で寝れば?」

「それは本能が拒否する」




 初めて聞いた。



 生理的に無理は、まぁ嫌われてるのはいい加減自覚しているし、

 気持ち的に抵抗感や嫌悪感があるのも、思春期なので仕方がない。



 が、本能的に拒否されるとは。

 初めて聞いたが結構傷つくものだ。






「悪口言われた気分」

「あ?」

「お前がキレんなよ」

「人を悪者扱いすんな」




 そんな暴論な。





 黎冥は不満な顔をしながらトーストの最後を食べ終わった。

化膿する可能性

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