35.グループと時間
奉仕祭のグループが発表されたらしい。
これは教師含めランダムなのでグループ人数も黒がいるか水色だけかも、何時間連続で祈るか全く祈らないかも誰も知らない。
人が少なくなった隙を見て表を見上げたアヤネは真顔になり、静かに胃を押えた。
第三グループメンバー。
アヤネ、奪、委、早津、生咲。
本人、嫌い、嫌、苦手、教師。
しかも五人だけ。
三グループにランダムにで振られるのに、五人だけ。
ある意味奇跡だ。
しかも黎冥と兎童が属するグループが一番多いし。
なんだろうか、本当に神に虐められている気がする。
そう言えば欛虂はどうなったのだろうか。
短期だが参加するのか、しないのか。
もう名前を探すのも面倒臭い。
どうしよう、また胃に穴が空いたら。
せっかく治りかけていた拒食症が逆戻りしたら。
怖いなぁ。
アヤネが溜め息を吐きながら歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「鼓ー! 待て鼓ー!」
三人の足音とともに委と奪の怒声に近い叫び声が聞こえ、アヤネは足を止めると明らか不機嫌な顔で振り返った。
「なんですか。また何か失礼なことしましたか。すみませんね気付かなくて」
「お前の今のその態度が失礼だよ。……じゃなくて! たった五人で十九時間もどう回す!?」
「十九時間……?」
「は? お前まさか予定表見てないとか言わないよな?」
そう言えば名簿だけ見てスケジュールを見るのを忘れていた。
「見てきます」
「いや待てもういい。俺が教えるから」
「私こんなやつと一緒にいのりたくないんだけど! あんたらも誰よ!?」
「慧先生か黎冥先生と同じグループが良かったなぁ。よりによってこれと同じなんて」
ずいぶんな言われようだが、この四人で話し合ってもいいのだろうか。
グループには生咲もいたはずだ。
「生咲先生は?」
「あの人は放置でいいでしょ。言えば動くし」
「気が弱いから人の前では話せないのよ。紺色らしいけどそれも怪しい、みたいな」
「力だけがある人だから。特に気にしなくていい。この四人で話し合ったのを伝えればいい」
いやいやいや。
人には散々「師に対する態度ではない」、「歳下なら口の利き方には気をつけろ」、と言っていたくせに自分は教師を無下にするのか。
たとえ話せなかったとしても呼ぶだけ呼んで誤解がないようにしておいた方がいいだろうに。
それに生咲は確か、前に黎冥が引きこもった時にアヤネを呼びに来た人だ。
一人か二人の前でなら話せる。
たぶんコイツらの気が強すぎて押されるだけだ。それはこっちが悪い。
「じゃあ三時間半ずつ交代するってこと?」
「そのぐらいなら耐えられるだろ」
「はぁ!? 嫌よ! そもそもこいつ黒なんでしょ! 七日間祈り続けられたならたった十九時間なんて簡単じゃないの!? あんた一人でやりなさいよ!」
奪の金切り声に委は耳を塞ぎ、早津は合掌した。
「そーじゃん! 私赤色だし三時間半も持つか分かんないしさ! アヤネ一人でやればいいよね!」
残念な事にアヤネは黎冥が不眠不休で祈っていた七日間、昏睡状態で水も飲んでいなかったので無理だ。
黎冥が出来たのも命の神の圧と今際の際の根性があったから。
神が降りてくるかも分からない、ただ祈り続ける十九時間など苦行に等しい。
最近、ようやく隈が薄くなってきた気がしているだけで実際はあんまりなっていないのに、これ以上睡眠を減らしたくない。
「無理。私も出来るか知らないし」
「大丈夫だって〜! 七日間黎冥先生と祈ってたんでしょ? 一日未満なんて瞬きする間だよー!」
早津に背を叩かれ、舌打ちをする。
この早津に対して、奪はともかく委も何も言わないのはおかしくないだろうか。
信心深そうだが、案外黎冥信者なだけで力があるから仕方なくと言った感じなのかもしれない。
力がないにも関わらず毎日祈っている力なしの信徒に全てあげればいいのに。
黎冥信者など、それこそ力なしでも出来ると言うのに。
「ね、ね!」
「うるさ」
肩を叩いてくる手を払い、踵を返すと広間にスケジュールを見に向かった。
後ろから怒鳴ってくる委は無視だ。
どうせこれ以上続けたとて、どうやってアヤネになすり付けるかだろう。
広間に着いたアヤネがそれを見上げて、十九時間ではなく二十時間だと五度目の確認をしていると生咲がやって来た。
「あ、鼓さん……」
「こんにちは」
アヤネは早々に二十時間はアヤネが任された事を報告し、三時間後の四時間にも出るようにすると伝えると小さく頷いた生咲を見てそのまま通り過ぎた。
三日間。
一日目の零時から始まり、アヤネは午前二時から午後十九時まで。
その三時間後の二十三時から二日目の午前二時まで。
二日後の午前十一時から十五時、飛んで十七時から一時間。
二日目の二十二時から三日目の午前六時まで。
ややこしい。
何度もそれを復唱し、頭に叩き込む。
あの三人の様子だと来ない可能性もあるので絶対にアヤネは行かなくては。
これは入院と退学の理由が分かるかもしれない。
合わない人と少人数グループの長期は最悪だ。
何故慧はあの二人を弟子に置いているのだろうか。
猫を被っているか、慧がおかしいか。
ここにはおかしい人しかいない。
最近、関わってまともと思っているのは譜迫と匡火、藥止司書ぐらいだ。
黎冥も稔想も兎童も羽鄽もおかしいし、そこに比較的まともだと思っていた慧が入ってしまうともう誰も信用出来なくなる。
羽耶や霈霸に相談するにしても絶対心配されるしそもそも会えないし、他に相談出来るほど親しい人はないいし、もう自分が変わっているのではないかとさえ思えてきた。
どうしよう、末期だ。
アヤネが俯いたまま頭の中で普通の概念を自問自答していると、頭に手が乗った。
「どうした」
「……別に」
最近はもう素顔が当たり前になった黎冥が視界に入り、さらにテンションが下がった。
もう底を超えて奈落だ。
「グループ発表されてたけど。話し合えた?」
「ある程度は」
「結構詰まってたけど」
「うん」
アヤネの明らかに低い声色に黎冥は首を傾げ、頭から手を離した。
「なんかあったら呼べよ。勝負事じゃないし不公平がないようにしてるだけだから。ちゃんと寝て休め」
「うん……」
「テンション低いなぁ」
ついに返事もしなくなったアヤネは俯いたままゆっくり歩き、時々大きな溜め息を吐く。
これはまた委と奪と一悶着あったのかもしれない。
奪は言わずもがな。
委は他人に言って自分はやらない、責任転嫁が酷い性格なので、アヤネの無得に動じずとは相性最悪だろう。
そもそも責任転嫁を上手く受け流す人は相当な苦労人で、その苦労人はそこらじゅうにいるわけではない。
加えてその委に便乗するのが早津で、悪気がない風に言ってくるので余計に反発しずらい。
アヤネなら堂々と言えるかもしれないがそれすら否定してくるので、結局は面倒臭い事になると悟るアヤネが折れて終わるのだ。
「……アヤネ、時間振りどうなった?」
「えーと……適当」
「は?」
「じゃ」
いつの間にか寮に戻ってきていたアヤネは靴を履いたまま寮にあがり、すぐに扉を閉めた。
いよいよ心配になってきた黎冥は口を押え、早足に慧の所に行く。
「慧」
「どうしたんだい」
「お前の弟子呼べ」
「え、うん……?……どこにいるかな」
二人で少しの間弟子二人を探し回り、委の寮付近でようやく見付けた。
「委、早津」
「あ、慧先生! 黎冥先生も! お疲れ様です!」
「お疲れ様です慧先生、黎冥先生。どうかしましたか」
ケロッとした様子の二人を見下ろし、これは隠し通す気だと直感的に悟る。
「いや、今回の時間配分聞いとこうと思って。二人とも二十時間も持つか?」
「二十……?……三時間半ずつやる予定です。それぞれローテーションで」
「ふーん……三時間半も持つか見ものだな」
「頑張りますよ」
「慧先生応援して下さいね!」
これは馬鹿で口の緩い奪に聞いた方がいいかもしれない。
それか生咲か。
生咲は聞いているだろうか。
生咲の性格上、周囲が賛成すると一人反対するのが怖くなってたとえ押し付けられても頷いてしまうので何も聞いていないか、全て聞いて頷いている可能性がある。
確か兎童の二、三下だったはずだ。
一体一だったら比較的喋るので奪より生咲の方がいいか。
「あの、黎冥先生」
「何?」
「鼓さんを知りませんか? 話し合ってる途中でどこかへ行ってしまって」
「知らん。自分で探せ」
自分の用事が終わっていきなりぶっきらぼうになった黎冥は委の話の途中で歩き出し、生咲を探し始めた。
「あ、黎冥せん……」
「生咲知らない?」
「え、さ、さぁ……」
「あそ」
「えちょ!? 私の用件!」
「知るか」
途中すれ違った兎童に一瞬足を止めたがまたすぐに歩き出し、稔想にも引き留められたがこいつが知るはずがないと無視。
どこに行ったと探し回っていると羽鄽がやって来た。
「黎冥! アヤネちゃんは!?」
「生咲見た?」
「さっきアヤネちゃんと広間で話してるのは見たけど……」
「広間……」
スケジュールとグループが貼ってあるところか。
「ちょ、アヤネちゃんは!」
「寮」
「了解!」
唯一嬉々として別れ、黎冥が広間を覗き込むと薄暗い雰囲気の生咲が広間でぐるぐると歩き回っていた。
「生咲先生」
「あ、れ、黎冥先生……」
「アヤネからスケジュールは聞きましたか」
「はい。あの、鼓さんが二十時間を一人でやると……」
まさかその発想には至らなかった。
あの二人、三人か。
徹底的にアヤネを潰す気だろうか。
そちらがその気ならこちらも潰させてもらうが、慧と仲を悪くする気はあまりないしアヤネも目立つ事は嫌がるだろう。
生咲は紺だし黎冥も比較的短いので何とかカバーするか。
「生咲先生、三時間置きに手伝いに来てくれますか。別に三時間じゃなくてもいいですけど」
「あ、はい。もちろんです……。今、悩んでいたところなので……」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
三時間おきに入ってもらってアヤネに休憩を取らせ、十時間過ぎたところで黎冥が交代すれば問題ないか。
その後一時間、自分の時間が続くが別に十一間程度なら余裕で祈れる。
これは七日間不眠不休で祈れた黎冥の根性論だ。
「よし、死ぬ気でやろう」
「え、あ、は、はい!」
「じゃあ頼みましたよ。それでは」
「また……」
お互い頭を下げると、それぞれ行動に移った。




