33.両親の動き
奉仕祭とは、年に一度、秋の収穫を願って行われる神事である。
古くから生贄を捧げ、その質と量の分だけ収穫を行う。
過去に病気の黒の双子を捧げると、その年は枯れる葉も落ちる実もなく秋を越し、冬の間も飢えることは無かったそう。
「え、生徒から出すの?」
「いや今はハウス栽培とか充実して冬も飢えることなんて滅多にないし」
今は生徒が三日間、祈り続けるだけ。
生きるか死ぬかは、三日間でどれだけ割り当てられるか。
三組で一時間毎に交代するのだが、その組の人数もスケジュールもルーレットの完全ランダム。
ルーレットの運も神任せ、みたいな。
一度も祈らず終わった組もあればまる一日祈った組もある。
神に必要とされているから選ばれるのか、神が不必要だから搾り取られるのか、そこも思考の分かれ目だ。
ちなみに去年は二人倒れて一人は休学中、一人は精神病で入院中。
「ねぇ親から訴えられないの?」
「親も信徒だったら神に仕えた結果として処理されるから何にも。親が信徒じゃなかったらこんな怪しい学校には来ないだろうし」
「私の時は?」
「親が馬鹿っぽかったから取り込もうかと」
「あながち間違ってはないけど」
馬鹿だが母は大の宗教嫌いだ。
父の影響もあるのだろうが、目に見えないものに縋って金を尽くすことを嫌う。
まぁ目に見える男には尽くすのだが、本当にそれだけなのだ。
見える見た目と男には尽くし、見えない神と性格には全く関心を持たない。
結果、尻軽が出来上がる。
「三人と浮気させればトッピング完了」
「お前が惨めに見えてきた」
「私が惨めに見えるお前の目は正常だよ」
アヤネは寮に入り、扉を挟んで話しながら神服に着替える。
刺繍の出来具合を見るらしい。
最近は研究欲がないそうで、仕事以外は刺繍に没頭していることが多い。
おかげでベストを渡してから一週間で一枚仕上げてきた。
仕上がりを確認してからまた制服に着替え、適当に歩き出した。
「更衣室で着替えればいいのに」
「稔想に言われて。零点怒るでしょ」
「なんで?」
「だから怒るって」
「言えよ」
圜鑒に頬を挟まれ、嫌悪感と不快感で顔を逸らししかめていると、曲がり角に差し掛かった時突然圜鑒の片腕に誰かが抱き着いた。
「るいが先生! 彼女いるってほんとぉ?」
奪に捕まった圜鑒は盛大な溜め息を吐き、アヤネの肩に腕を乗せた。
「なぁなぁなぁ……」
「五月蝿い」
「永遠に言い続けるぞ」
「……ロッカーが壊れてんの」
「言えば直すのに」
「他の人と一緒に着替えたくない」
奪は顔をしかめ、圜鑒の袖を引く。
「るいが先生ー!」
「何が壊れてんの」
「ほっとけ」
圜鑒がアヤネに突っかかり、奪が圜鑒の気を引こうとしていると、どこからか稔想が降ってきた。
上から、目の前に。
上には穴も階もない。
上にあるのは灯りをともす壁にかかったランプと高く積み上げられたテーブルだけ。
「あ、輝莉ちゃーん。まーたそっちに突っかかってんの?」
「弟に興味はないんだけど」
「えぇ? こっち狙ってるんやったら俺とは仲良くしようや!」
稔想は嫌がる輝莉の頭を掴み、雑に腕を引く。
「なぁ?」
「痛い! 邪魔しないでよクズ!」
輝莉は稔想から離れると腕を擦りながら去っていった。
稔想は踵を返すと圜鑒とは反対の、アヤネの右側に立ち無理矢理肩を組む。
両方を塞がれたアヤネは溜め息を吐き、足を止める。
「重い」
「だって稔想」
「兄さんやろ」
「二人とも。退いて」
異様に付きまとってくる稔想と負けじと寄ってくる圜鑒に嫌気がさし、二人の腕を払うとまた歩き出した。
「そういやアヤネのロッカーの話聞いた?」
「あれ、言ったん? 怒る言うたのに」
「言わなかったら私がノイローゼになるところだった」
「何やったん……」
稔想に呆れて目で見られた圜鑒が笑って誤魔化すと、アヤネが舌打ちをした。
暇な三人が歩いていると、後ろからアヤネを呼ぶ声が聞こえてきた。
「アヤネさん! お手紙でーす!」
ここの生徒になると、届けられる手紙は一度別の家に届けられる。
その後、係の生徒が回収して皆に配るのだ。
出入りの関係で暇な力持ちしか出来ない。
「ありがとうございます」
「今日は二通でーすよー」
アヤネは手紙を受け取ると差出人を確認する。
一通は羽耶から、一通は父からだった。
「ちょっと持って」
羽耶からのものを圜鑒に押し付け、手紙を開く。
三枚ある手紙に目を通し、三枚とも二回読んだ。
頭の理解が追いつかず、しゃがみ込むとまた見つめる。
内容的には元妻、アヤネの母と再婚するよというもので、また家族三人で暮らそうというもの。
今は父のマンションに二人とも住んでいて、そこにアヤネもおいで、と。
母が宗教を理解してくれたし金銭面も会社が成功して問題がなくなったから、編入して別の学校でもいいなら通わせてあげられる。だから、書いてある住所においで。
「アヤネ、どうした」
「……親が再婚するらしい」
「とりあえず部屋行くぞ」
「うん……」
圜鑒に手を借りて立ち上がり、稔想は駄目だと悟ったのか消えて二人で寮に向かう。
「私の母親と父親で再婚だって」
「離婚した二人がまたくっつくってこと?」
「た、ぶん……」
「で?」
「マンションに住んでるから帰ってこいって」
アヤネはベッドに座り、圜鑒は椅子に座って足を組む。
「お前がどう思ってるかどういう気か知らないから絶対とは言えないけど」
自身に口を出すやつには暴力を振るい、自分が捨てた相手に自分の子供を擦り付ける父親。
自分の子供よりも暴力恋人を優先し、子供を捨てて夜逃げする母親。
そんな奴らの元に戻ったとして、アヤネが無事でいれる気がしない。
アヤネの意思を尊重するしアヤネが帰ると言うなら別に引き止めはしないが、一人の人間として、安全地帯がありながらも自ら危ない地帯に踏み入る必要はないと思う。
「……そう、だよねぇ……」
「家族間の話だし俺は殴られたくないからアヤネの父親を洗脳する気もない。殴られたくないから」
「二回も言うなよ。……私も嫌」
アヤネは溜め息を吐き、ベッドに寝転がると手紙を開けたり閉じたりを繰り返す。
猛勉強してこの学校以外行く意味が無いとそれ一本で受けた超難関校、滑り止めなしの受験生で、学年で二人だけが受かれたというのに中退してしまった。
小中では避けられていたが、場所は違えと仲のいい友達が出来た集会も解散した。
一ヶ月にも満たなかった家庭内暴力と約五年間続いた浮気三昧で両親に愛想は尽きたし今更会いたいとも思わない。
今にこやかに、優しく受け入れられたとしてもそれが化けの皮だと嫌でも理解してしまう。
アヤネの性格的に、熱しやすく冷めやすい。
父に殴られないよう嫌われないよう、母に大切にされるよう必死にいい子を演じ、離婚した後の六年間で、結局は別れたのに何故いい子を演じるのだろうかと自問自答を繰り返した結果、冷めた。
人は自分が思っている以上に無駄な時間を過ごしている。
それ等をふと振り返った時に、原動力にするか後悔で馬鹿にするか。
前者はポジティブ、後者はネガティブ。
ポジティブは新たな一歩を踏み出し、ネガティブはまた無駄をしたくないと引きこもり、結果それを繰り返す。
アヤネは典型的後者であり、得もないまま自分の無意味な感情で動くぐらいなら少しでも満足出来ているこの環境にいる方が得だと思っている。
「手紙……どうしよっかな」
「断れるなら断ったらいいし躊躇うなら無視でいいだろ。ここがバレることはないんだし」
「……うん」
アヤネは起き上がると手紙を丸めてゴミ箱に捨て、次は羽耶の手紙を開けた。
差出人は羽耶だが字は悠海ので、近状報告と次の報告会をいつにするか、それと新しい人格が出来たことも書かれていた。
中で軽く話したところ、十八歳の男の子で名前は不明。
たぶんあるが混乱して聞き出せなかったらしい。
交代するには一番時間がかかる子で、まだ外には出れず話せないようだ。
ただ、皆が受け入れられるタイプの子なので問題はなさそう、と。
少しの間は外出を控えた方がいいか。
両親が住んでいるらしいマンションも遠いというわけではないし、アヤネが元々住んでいた家と近いので探しに来てもおかしくない。
「……零点、レターセットとペンある?」
「シンプルなのなら」
引き出しを開け、隙間なく並んだ書類の中からレターセットを出すとアヤネに渡した。
白にグレーと細い赤色で模様がついている。
ペンも借り、机で返事を書いた。
圜鑒も協力はしてくれるらしいので、しばらくは平穏に過ごせそうだ。
その翌日、アヤネが図書館帰りに廊下を歩いていると後ろから兎童に呼び止められた。
「アヤネちゃん! 黎冥先生知らない? 研究室にもいなくって」
「寮なんじゃないですか」
「声を掛けても返事がなくて……」
「また体調不良かもしれませんね。お大事にと伝えて下さい」
「いや、いやいやいや!」
歩こうとして引き止められ、わざと不満な顔をする。
「……そんな顔しないで」
「鍵貸しますから」
「ドアノブが動かなくなったら終わりよ?」
「開けたら動きますよ」
「開いてもアヤネちゃんがいなかったら出てこないのよぉ!」
兎童に手を引かれ、重い溜め息を隠しながら仕方なく、渋々ついて行く。
と言うか昨日の夜に出掛けていたが帰ってきたのだろうか。
何故出掛けていたのかは知らないが、研究関係で朝まで話し合っていたならまだ寝ている可能性も無きにしも非ず。
圜鑒は意外と朝が弱い。
二人が行くといつも通り他の教師が集まっており、皆アヤネ待ちだった。
「お、希望の星が来た」
「毎回集まってますね」
「あれが担ってる仕事は多いからね。自然と探されるんだよ」
「ふーん」
あまり興味のなさそうなアヤネはドアノブを動かし、開かないことを確認する。
「ぜろー」
「ついに点もなくなったのか」
「マイナスー」
アヤネがノックをすると、壁を叩く音が二度返ってきた。
皆が目を瞬くと、アヤネはキーリングだけが付いた鍵を取り出し、慧に見せた。
先日、アヤネは圜鑒に内緒で羽鄽と部屋に侵入している。
設計作成開発マニアの羽鄽に頼んで鍵を開けたら自動でドアノブロックが外れるものに改良してもらった。
ちなみに本人は今だ気付いていない。
そもそも圜鑒が外にいる時にロックはかけないので当然か。
「アヤネちゃん……鍵持ってるのか……」
「私だけ入られるのは不公平じゃないですか」
「いや……それはそうだけど……彼女持ち……」
「彼女持ちを弟子の教え子の女子の年下の未成年が襲うとでも?」
「うんなんかごめん」
アヤネが入ると同時に起き上がっていた圜鑒が睨んできた。
「なんで解除されんの」
「羽鄽優秀」
「お前らそのままくっつけよ……」
見た感じ普通の圜鑒は溜め息を吐きながらクッションが重ねられたベッドに寝転がった。
上手い具合に体が斜めになるよう重ねられている。
「……ちょ兎童入ってくんな!」
「アヤネちゃんはいいんですよね?」
「帰れ!」
「お邪魔しまーす」
「帰れ不法侵入者!」
圜鑒が絶叫マシン並に叫び、布団から出て扉で押し合いっ子をしているとアヤネに腕を引かれてベッドに戻され、慧が扉を開けた。
「入らないから見せろ」
「入るのと変わんねぇだろ。入んな見んな帰れ」
「そうケチケチするな」
圜鑒は椅子に座り、アヤネはベッドに座る。
手に持っていた本を読み始めると圜鑒に取り上げられて頭を叩かれ、扉の指をさされる。
「帰れ」
「体調いいなら引き込もんな」
「研究者はそういうもん。出てけ出てけ」
「黎冥先生、本当に体調大丈夫なんですか?」
「良くても悪くても休暇が通るわけでもないし仕事が消えるわけでも群がる女子が消えるわけでもないだろ。仕事は俺の机に置いとけ。緊急ならアヤネに渡せ」
圜鑒はアヤネ諸共部屋から放り出すと、振り返ることもせず階段を下りて行ったアヤネを見送って瞬間扉を閉めた。




