32.神話界の序列
今日は朝から騒がしく、その騒音でアヤネは目を覚ました。
昨日の夕方、友人と別れてから圜鑒と夕食を共にするまで記憶がないが、何故か特に気にすることもなくいつも通り制服に着替えた。
圜鑒が隈を消すためのクリームを作ってくれたおかげで最近隈が薄くなった気がする。
気がするだけで化粧はするが。
髪を結い上げ、寮に出ると廊下は変な緊張感に包まれていた。
入口前で圜鑒と誰かが外人、ここにいるということは信徒なのだろう。
ヒールで同じ背丈になった女性と圜鑒が睨み合い、女性の後ろには神服を着てフードで顔を隠した信徒が、圜鑒の後ろ側には教師達が立っている。
キツい顔立ちだが綺麗な顔をした女性は紺というか藍色っぽい色の神服を着ており、圜鑒は黒い神服を着ている。
これは関わると目立つやつだと脳内警告が働いたので扉も閉めていなかった寮に足を踏み入れた時、ドアノブを掴んでいた腕を強く掴まれた。
「フリレィ様、これです」
「連れてこい」
アヤネは圜鑒に視線を移し、小さく頷かれたので手を振り払った。
寮を足で閉めて圜鑒の元へ歩く。
「問題が起こるなら事前に言えよ」
「事前に言えるなら防いでる。出すぎるなよ」
圜鑒の手が肩に回され、隣まで下がる。
「貴方が鼓アヤネですか」
「確信したから連れてこいと言ったんですよね」
「……アヤネ、貴方の持つ神石を全て譲って頂きたい。あれはいっぱ……」
「アヤネは一般人じゃないし神石は持ち主の傍を離れていいものじゃない。アヤネの神石はアヤネに託されたものだしいくら大神官様だからってそれを取るのは神の怒りを買うことになる」
圜鑒が言葉を遮ると、フリレィと呼ばれた女性は圜鑒を睨んだ。
「彼女は本校で保護します。このような薄汚く野蛮人の多い分校などに置いていていい人物ではありません。分校にいていいのは最下位の貴方だけですよ、黎冥圜鑒」
「アヤネは俺の弟子だ。それはお前の上司も承認してるし契約書もある。お前のどうこうでアヤネを本校に移せるわけがない」
ちゃんと契約書にも細工してある。
こうなることを全て想定していたのだ。問題ない。
「これは校長直々のお言葉です。このような紺以下しかいないような場所に神石を複数個所有していては必ず被害が出ます」
「神石の管理に関してはそっちの神力ダダ漏れのケースより確りしてるけどな。お前、神石がどこにあるか分かってないだろ」
圜鑒がフリレィを見下すとフリレィは微かに眉を動かした。
「口の利き方を覚えなさい」
「お前紺色か。黒のトップは本校から離れたらしいな?」
「それは処罰の対象になると承知の上での発言ですか」
「体罰でも謹慎処分でも受けてやるよ。お前がその気でも上は無理だろうけど」
現在、黒色はアヤネ含めた五人。
上位三人を凌駕するアヤネは置いといて、圜鑒除く三人は元々中心校に籍を置いていた。
一人は学生で二人は成人。
中心校からの指示で各地に飛び回れるよう、中心校に籍を置いていた。
が、先日、事態が急変したのだ。
アヤネが神石の蓋を開けた事
アヤネが花の女神、海の神と接触した事
神の使いから二人がお気に入りだと明言された事により、中心校の立場が危うく、分校の方に注目が集まり始めた。
結果、黒は全員中心校から離れ分校に移籍した。
中心校が唯一動かせる人間と言えば最下位の圜鑒だけで、それでも圧をかけて無理やり動かすことしか出来ない。
が、最強のアヤネを弟子に置き続ける限り、中心校は反発の恐怖で下手に触れないのだろう。
うちの校長のように自分で圧をかけて反発に怯えるよりはいいが、そんな現状なので圜鑒とアヤネに処罰を科すことは非常に難しいと思う。
何が引き金となって反発が起こるのか分からない。
もし中心校がその反発に耐えられず負けてしまうと、現在在籍している三千人近い信徒は全員中心校を離れた黒側に付くだろう。
今の校長は神のお告げを初めて聞いた黒の子孫で、ただの赤色だ。
神が中心のこの世界ならより神に愛されている黒、特にアヤネと圜鑒側に付く可能性しかない。
更に駄目押しと言うようにアヤネの加護数。
圜鑒も旧黒の中では最多なので、神を中心に考えるこの世界で中心校が圜鑒とアヤネ、と言うかアヤネ一人に勝つことはまず無理。
「……私が大神官でありクロルレル家の当主であることを忘れるな」
「ルルべリアに縋ってる出来損ないだろ。黎冥家に楯突く意味を調べとけ」
「…………失礼しよう。鼓アヤネと神石を中心校に移す準備をしておきなさい」
「帰れ帰れ。二度と来んな」
圜鑒が手を振って追い払うと、フリレィは顔をしかめて出て行った。
圜鑒は鼻で笑うと踵を返す。
「零点、あれ誰」
「中心校の第三大神官。縦の関係は覚えてるだろ」
「うん」
秘学神話学校の縦の関係は、常に黒が頂点に立つ。
学校の劣等も黒の有無、家の序列も黒の有無。
元々黒が三人在籍していた中心校、英國校。
校長のルクソウが第一大信徒。
副校長が第二信徒管理官。
フリレィ含めた三人で第三大神官一立、二立、三立。
校長のさらにその上に、黒の序列一、二、三がいてルクソウの下、副校長の上に圜鑒がいる。
立場的にはそんな感じで、ただ、それもアヤネが来る前の序列。
アヤネが現れた事により師匠の圜鑒の立場はさらに上がり、今は一と二の間辺りらしい。
アヤネは一よりもさらに上。
色々とややこしいが、とりあえずアヤネが頂点に立つことは間違いない。
そこだけ覚えておけば問題なし。
「絶対目立つよね?」
「十一月に秋の感謝と冬の到来に向けて中心校で祈りがある。その時に黒内で序列を決めるんだけど」
その際、お互いが加護を確かめ合って加護と祈りの量で序列を決める。
加護に比例して増える力に対し、加護が最も多い圜鑒が最下位と言うのはそこで細工をしているから。
普段は離している星の神石を身に付け、祈りを捧げる。
最下位になりかつ違和感のない量で祈りを捧げるのだが、もし体内に力が残っていても神石で誤魔化されるためただ量の少ない奴で済むのだ。
圜鑒も目立ちたくないため、二度目の参加の際に考案したもの。
ちなみに一度目は皆が自分以下だったので不安になって止め、後から競っているのを見て「あ、これは目立つやつだ」と悟った。
子供の頃は歳の差で、今は顔と神石で誤魔化している。
「ずる賢い」
「目立ちたくないならこれが最善」
「あの神石……」
「アヤネの神石は絶対に持っていくな。俺のを貸すから絶対に」
たぶん、あれを持っていったら祈った瞬間、もしかすると祈祷室に入った瞬間に神が降りてくる可能性がある。
それでなくとも、圜鑒でも気分が悪くなったのだ。
圜鑒以下、特に三番目が倒れる可能性がある。
それか、中心校に盗られるか。
「……まぁ一回は一番になっといた方がいいんだけど。嫌だろ」
「目立ちたくない」
アヤネが頂点に立って中心校勧誘を断るか、圜鑒が立ってアヤネを離す気はないと断言するか。
後者の方が安全ではある。
アヤネを頂点に押し出すと何に巻き込まれるか分からない。
信徒にとって神に授かった力というのは人生の救いであり、黒というのは同じ人間の中でも神のような存在だ。
女で小柄で非力、騙されやすく体格のないアヤネが男数人に襲われた場合、圜鑒が助けれたらいいが無理な場合は何が起こるか分からない。
紺の稔想は一緒にはいれないし、名家の黎冥家の圜鑒もずっと一緒に行動するというのはたぶん無理だ。
やはり圜鑒が頂点に立った方がいいか。
「どうしたの」
急に黙り込んだ圜鑒を覗き込むと、黎冥は緩く首を振った。
「俺の神石貸すからあれは持ち出すな。お前が関連する騒ぎはいつも俺の管轄外にまで広がる」
「私も広がらせたくはないんだけど」
二人が同時に溜め息を吐くと、後ろから稔想がやってきた。
「兄さんアヤネちゃん! 大神官来たって……!」
「追い返した」
「やっぱりアヤネちゃん関連……?」
「そう。アヤネと神石を中心校に寄越せだと。笑わせる」
アヤネの頬をつねる圜鑒を見て顔をひきつらせた。
こんなに怒っているのはいつ以来だろうか。
稔想よりも執念深く、一度囲うと死ぬまで、いや死んでも離さない圜鑒の所有物を奪うと、稔想も姉もその所有物でさえ止められない。
いったい次の暴走はいつになるのやら。
「……あ、アヤネちゃん奉仕祭頑張ってな! じゃ!」
そう言って、稔想は逃げるように去っていった。




