31.遭遇
目を覚ますと、一番に圜鑒が覗き込んできた。
心底安心した顔で頬を緩める。
「気分どう」
「特に……」
「覚えてる?」
「……祈り始めたところまで」
圜鑒に手を借りて起き上がり、水を貰う。
どうやら海の神様に引きずり込まれ、溺水したところを神の使いに助けられた、と。
ここは保健室で二日間起きなかったらしい。
「神……使い……」
「真っ白なローブとフードを被った男の人」
「……赤い髪だった」
「へぇ?」
赤い髪に、綺麗な紫の瞳で、死の女神と同じ色だなと見ていた気がする。
夢だろうか。
見えていたのに死んでいるような感覚で、とても不思議な体験をした気がする。
「……あ」
「どうした」
「あぁ……」
見えたことを思い出し、口を塞いだ。
毛布に潜り込み、呻き声を上げる。
「アヤネ……?」
「……一か二か」
「え、じゃ、じゃあ二で……」
じゃあ大丈夫。
きっと直ではなかったはず。そう思い込むことで精神を保とう。
「……祈りに行くとろくなことがない」
「死の女神のお気に入りらしい」
「加護って言えよ」
「使い様が加護とは言ってなかった」
相変わらず神様中心だ。
まあそれがこの学校なので不自然ではないのだが。
「……二日間……明日出掛ける」
「行ってらっしゃい。今晩には帰れるはず」
「欛虂どうなった?」
「稔想に叩き直されてる」
「稔想の時間が無駄になる」
どうせ矯正しても曲がる性根だ。
叩き直したら直す側が損をする。
アヤネが小さく呟くと、圜鑒は遠い目をして鼻で笑った。
「見ものだな」
翌日の午前、公園の花垣にてアヤネが人を待っていると、何故か顔面偏差値高めの黎冥兄弟がやってきた。
「アヤネちゃーん」
「……羽鄽じゃないのは珍しい」
見ていた手紙を閉じ、鞄に差し込む。
「羽鄽君もいたで。偶然やね」
「偶然じゃなくてストーカーだけどな」
「……昔の兄さんみたいやね!」
「五月蝿い」
いい大人が外で兄弟喧嘩するな。
アヤネは呆れながら鞄を持って立ち上がる。
もう視力も問題ないので先日からは一人行動に慣れている途中だ。
それでもぶつかったりはするが。
「ついてこないでね」
アヤネは手を振りながら男の方に歩いていき、男に声を掛けると腕を組んで歩き始めた。
稔想は眉を上げると圜鑒を見下ろす。
「彼氏?」
「違うだろ。……あ、いやそうかもしれない」
「寝取ろっかなぁ!」
「羽鄽と要相談」
鬼の形相でこちらを睨んでくるのを無視して二人は反対側に歩き出す。
稔想がアヤネを見付けて走り出しただけなので、特に用はない。
本当に、飼い主を見つけた犬に見えた。
我が弟ながら人間味が薄い。
夕方、アヤネが弾き語りに合わせて歌いながらギターを教えていると、また圜鑒がやってきた。
今度は彼女を連れて。
「あ、ほら! やっぱり聞こえてたでしょ?」
小さな身長の正しく小動物系と言うか、そんな雰囲気を醸し出した女性は興味無さそうな圜鑒の手を引いて二人を指さす。
アヤネも圜鑒も他人のフリを決め込むことで満場一致した。
「あ、アヤネの声が綺麗だったんじゃない」
「勝閃が上手だったんでしょ。飲み物買ってくるね。何かいる?」
「……ジュース?」
「いつも通りね」
一刻も早く去りたいので、奢ると言ってその場を後にした。
アヤネよりも身長は高いが一つか二つほど幼そうな顔付きの少年はまたギターを弾き始める。
「お友達同士?」
「集いで知り合った人です」
「仲良いのね。いくつ?」
「アヤネが高一で俺が中二です。でも俺の方が身長高いんですよ」
「高身長イケメン?」
「彼氏さんの方がイケメンじゃないですか」
楽しげに話す彼女と少年を眺めながら、この後会うの気まずいと考えているとアヤネがジュースとコーヒーを持って戻ってきた。
「邪魔したら悪いしそろそろ行こうか」
「あ、そうだね! 女の子も凄かったけど……代わりに褒めといてくれる?」
「はい。ありがとうございました」
「頑張ってね〜」
彼女に抱き着かれ、いつも通り腕を組んで歩き出す。
それを眺めながら勝閃にジュースを渡した。
炭酸が飲めないらしいのでりんごジュースだ。
「はー気まず」
「どうしたの?」
「歌聞かせた後に地声ってちょっと躊躇うんだよ。声が低くなるし作ってないからさ」
「地声でも綺麗な声してるよ」
「優男が」
まぁ圜鑒に対して気遣う必要は微塵もないのだが、この後会うのが気まずい気がする。
いっその事稔想に伝えて全力でからかおうか。
そっちの方がこちらの事情には触れないのでいい気がする。
他人の病気を肉親以外がベラベラと話していいものではないので、あまり聞かれすぎても困る。
常にこちらが有利になれるよう立ち回らなければ。
また二人で弾きながら歌いながらをしているうちにいつの間にか日が落ちていたようで、ハッと空を見上げた時には仄暗い空が星を幾つか浮かべていた。
「わ、な、何時!?」
「……七時過ぎ。やりすぎたね」
「まだギリ大丈夫! 楽しかったからつい!」
勝閃は嬉しそうに笑いながらギターを片付け、それを背負うと太陽のような笑みを浮かべた。
「また歌聞かせてね」
「もちろん。今度手紙出すよ」
「待ってます!」
勝閃は大きく手を振りながら走って駅に向かい、アヤネはそれを見送ると自分の荷物も片付けた。
ここから入口まではさして遠くも近くもないが、ゆっくり歩いても全くもって問題はないのでゆっくり歩く。
そう言えば圜鑒に先月の給料を貰っていない。
死にかけたのでそれどころではなかったが、とりあえず帰ったら給料を貰おう。
手紙を片手に、アヤネはゆっくり歩く。
手紙と睨めっこをしているうちにふと人の気配を感じ、足を止めて振り返った。
日も暮れ、帰宅ラッシュと外食ラッシュのちょうど間の時間。
街灯が点き、猫が活発になり、風が冷えた頃。
隣にある街灯に照らされ影をのばしたその人は。
「……父さん…………?」




