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30.溺水からの救助と蘇生

 九月末日。




 アヤネと黎冥兄が神服を着て海に祈りに来たのを上から見下ろす。





「あ〜甥姪が可愛い。甥も姪も生徒達もその子供も可愛い。いいなぁ会いたい……!」





 叫ぶ火光(かこう)を黙らせる。



 移動した当初から、生前担任をしていたという子達の身の回りを見れるようにした結果、その前から動かなくなった。


 水鏡の前に寝転がり、ずっと眺めているのだ。






 神の加護が外れ、不思議な力を得た世界では霊感どうのこうので見られるわけにはいかないため降りるのは死ぬ気で阻止しているが。





「ほんっと好きだねぇ」

「もちろん。僕が生涯を捧げて見守った子達だからね」

「そんなに?」

「皆を守るために死んだから」



 浩然(ハオラン)もそれを覗き込み、ふと黒髪の女子と目が合った瞬間に顔を跳ね上げた。

 バレた気がする。






「火光火光! そんな事よりちょっと来てぇ!」

「なーにー!」

「これ、海なんだけどぉ……」

「わー綺麗! 海洋汚染のない海本来の姿!」

「うんそうだね」



 もう火光の謎言語にも慣れてきた。





 これから海の神に祈るのだが、妙に嫌な予感がする。


 海の神は幼い少年の姿だが、だからこそ子供のように元気で無邪気で行動に制限がない。





「子供って周りのこと考えないよね」

「子供だからねぇ」

「嫌な予感が的中したら誰かが助けるでしょ」

「……泳げないよ、この子」




 黎冥兄を指さし、浩然が火光を見ると白い目で見下ろしていた。





 黎冥兄も泳げないし、団体も恐怖で泳げないだろう。

 もしかしたら誰かが行くかもしれないが、海の怒りに触れたらそれこそ死ぬのでまたウィリアムを呼ばなければならないかもしれない。


 ちゃんと見張れと、助けろと怒られるのは嫌だ。

 あれは精神がすり減る。






「僕が行けってこと?」

「何かあったらねぇ。妹ちゃんの妖力(ようりょく)を貰った意味がなくなる」

「……仕方ないなぁ。言うて僕も人命救助は二、三回だけだし……水月(すいげつ)の方が泳げるんだけど……」

「いない人の名前出されても」

「分かってるよ。ちゃんとやるから」





 呆れた目で寝転ぶ火光を見下ろしていると、浩然は弾かれたように水面を覗いた。




「当たった!」

「行ってきまーす」




 火光は身軽な動きで立ち上がると、軽く飛び跳ねながら水面に吸い込まれた。









 顔を見られるのは好ましくないらしいが、フードがあったままでは泳げないのでフードを脱いで崖から飛び降りる。





 浩然によると、火光は死者でも生者でもない、時の狭間の住民らしいので意識的に人間に触れることは出来るが無意識の間は基本干渉しないらしい。


 浩然は生きているので絶対干渉、死者は死んでいるのでどう頑張っても干渉出来ない。





 時の狭間の住民と言うのも火光が初めてで、肉体は滅んでいるが魂は生きている状態。

 それは肉体が完全に崩壊しかつ死の概念が存在しない世界でないと出来ない事だ。


 神に見放され、死という道筋が塞がった世界だからこそできたもの。









 海を泳ぎ、神に連れ回されて気絶している少女を見付けた。




 まずい。ここは深海だ。

 生身の人間が耐えれるか。



 火光は死んでいるのでまぁなんとかはなるが、酸素ボンベも付けていない生身の人間が深海から浮上しようとしたら時間を要する。


 時間をかけずすぐに上がったら肺が破裂するし、掛けすぎても溺死する。

 非常にまずい。






 明らか人の速さではない速さで泳いでいく神に死ぬ気でついていっていると、突然海の波が固まった。



 向こうに見える神も少女も固まり、火光も身動きが取れない。





「火光!」

「ヘルプ」

『あわわ! ハオランさん人がいるなら言ってください!』

「ごめんごめん」




 まだ十にも満たなそうな少女に触れられ、時の狭間に引きずり込まれた。


 咳き込み、久しぶりの酸素を吸う。




 血も涙もない体なので酸素はいらないが、呼吸はしているので必要というなんとも不思議な状態だ。





「歯止めが聞かなかったからねぇ、時の女神を呼んできたんだよぅ」

「……僕行く意味なかったくない?」

『見張ってもらえてたので見失わずに済みましたよ!』

「健気だね」

「健気だよねぇ」




 浩然はメイド服を着た女神の頭に手を置くと、少し移動して時の狭間に穴を開けた。




 少女の腕を掴み、ついでに神も引きずり込む。




「ミシェル、お説教しといて」

『エリック様の所に連れていきます!』

「うん」




 女神と神が姿を消し、浩然は少女の動かない胸に手を当てる。

 呼吸をしていない。





「心肺蘇生法が必要だねぇ……」

「神様は?」

「死んでないからさ?」

「そっか」



 死んでないのに生き返るせろというのはおかしな話だ。





 肺に水が入っているわけでもない、どこかに異常があるわけでもない。



 ただ、心臓が止まって呼吸をしていないだけの状態。







「医療に関してはそっちの方が確立してるでしょ。教えて」

「一分百から百二十の速さで胸骨圧迫。五センチ以上凹むように。溺水だから……三十回と人工呼吸二回の繰り返し」

「僕立場的に無理だから頼んだ」

「はいはい」




 どうせ誰も見ていないだろう、と思いながら浩然が心臓マッサージを始めたのでタイミングを合わせ、薄い布の袖を一枚挟んで人工呼吸を行う。







 それから少しして、細く呼吸が戻ってきた。




 浩然を止め、吐瀉物で窒息しないよう横に向けると上側の腕を頭の下に入れる。




「はー疲れた」








 また数分後、少女が目を覚ました。

 と同時に咳き込み胃に溜まった海水を吐き出す。



「起きたねぇ」

「下手に動かすと肺に水が入って肺炎になるよ」

「……そっちの医学が気になるよ」

「同僚の姉が名医だったんだけど」





 嘔吐が終わりぐったりとする少女を抱き上げる。


 魂が存在する世界の時間が止まっているのだから気だるいのは当たり前だ。





「帰してくるよ」

「行ってらっしゃい」





 死者が人前に出るとまずいらしいので浩然に任せる。






 時の狭間から出る寸前に時を動かし、そちらへ向かう。



 ある一定の距離に近付いた時、黎冥兄はハッとこちらを向いた。




「アヤネ……!?」

「生きてるよ、でも医者には見せてね」

「な…………」

「君も、彼女も、死の女神のお気に入りなんだから気を付けなよ」




 フードで隠れて見えない顔を少し近付け、少女を渡した。





「死んでも生きてもらうけどね」

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