29.イトコ
ある日の休日。
圜鑒に呼ばれたアヤネが職員室に行くと、席に見覚えのある後ろ姿が見えた。
気付かれないうちに後ずさったが、いつの間にか後ろにいた稔想に止められる。
「兄さん来たで〜」
「帰らせて……!」
「アヤネ、誰か分かる?」
「嫌だぁ!」
黎冥兄弟によって、椅子に縛られている男の前に連れて行かれる。
「あ?……本物じゃん」
「なんでお前がいんだよ……」
これで数多くの女を誑かしたのだろう。
そんな整いすぎた笑みを得意そうに浮かべ、睨み下ろすアヤネと火花を散らす。
「これ解けよアヤネさん」
「私に指図すんなイトコ」
アヤネは腕を組み、表では姫騎士関係の二人の裏の関係が垣間見える。
圜鑒は溜め息を吐き、アヤネの肩を掴んだ。
「匡火さんの推薦で基礎だけ教える事になった。お前の親戚なら可能性は零じゃなかったし」
「なんで私呼ばれたの」
「アヤネちゃん囮にして連れて来てん。だから会わせといた方がいいかなーと」
二人の説明を聞いたアヤネはにこにこと笑っているイトコを見下ろす。
「欛虂、奥さんと子供は?」
「離婚した〜。アイツ二人目流しやがった」
「零点、人体実験したいって言ってたけど」
「じゃあまずはテトロドトキシンと……」
「兄さん!」
稔想の制止で圜鑒は止まり、欛虂は顔を引きつらせる。
そもそも向こうの親は一人目の時点で産むことを反対していたのに、この馬鹿が彼女を洗脳して産ませたのだ。
両親の反対を押し切って産んだためお互い頼れる人はいないだろうに、何が流したから別れただ。
こいつが原因のストレスのせいだろう。
まともな稼ぎもなく、奥さんは子供にお金を使ってまともに食べれていなかったはずなのに流した直後に金が尽きたら死んでしまう。
親にも勘当されているので本当に、子供一人と動かない体でどうしているのだろうか。
こんなやつより元妻の方が心配だ。
「これ卒業の歳超えてるし放置でいいんじゃないの」
「アヤネの親戚だから何が起こるか分からない」
「じゃあ適当にやっといていいよ。存在価値ないから。……出掛けてくる」
寮で着替え、まだ一人行動は危ないので稔想について来てもらいながら欛虂が住んでいた、と言うか元は彼女の家だった家に向かう。
一人暮らしのところに欛虂が転がり込み、アヤネが名義変更を死ぬ気で止めた家だ。
まだ月初なので家賃滞納がない限り住んでいるはず。
アヤネが急いでアパートに向かうと、ちょうど大家さんが彼女と話しているところが見えた。
「今月には払いますから……!」
「もう三ヶ月も同じ事言ってるのよ! こっちだって商売でやってるの!」
「すみません……ごめんなさい…………!」
しゃがみ込み、大家さんが怒鳴っているところに慌てて向かう。
「紗梨さん!」
「……あ、やね、ちゃん…………!」
「誰あの子」
「家賃いくらですか」
「十五万よ。今月も合わせて二十万」
「今月の支払いはまだですよね。とりあえず滞納分だけ払っときます」
「……今月は滞納しないでちょうだい」
大家のおばさんは札束を手に数えると、おとなしく去っていった。
アヤネは稔想の手を借りて紗梨を家まで連れて行く。
痩せ細り、顔が青白く走ることさえままならない状態だ。
「子供は?」
「今は幼稚園に……。……幼稚園を優先してしまって……」
「通えてるなら良かった」
「あの……欛虂とはもう……」
「全部聞きましたよ。欛虂が迷惑を掛けました」
欛虂の両親は欛虂よりも紗梨、紗梨よりもアヤネを気に入っていた。
どうせ親には言っていないのだろう。アヤネが伝える。
「体調はどうですか」
「ひ……貧血が、酷くて……」
「全然食べれてないですよね」
「子供も……蓮杏にも辛い思いさせて……!」
「欛虂のせいですから。大丈夫ですよ」
震える紗梨をさすり、稔想に頼んで軽食を買いに走らせる。
「貧血以外には大丈夫ですか」
「そ、それ以外は特に……」
「なら良かった。たぶんちゃんと食べたら回復しますから。欛虂の両親にも伝えますから、頑張りましょうね」
紗梨は泣きながら頷き、少しして稔想が買ってきた軽食を食べ始めた。
「……ここ本当にボロボロですね。失礼承知で言いますけど」
「欛虂の稼ぎじゃここでも苦しくて……」
「私、前に住んでた家を売ったんです。今は売りに出してるんですけど私が大家ということになってるので、そこに住みません? 別に家賃がなくても生きて行けますし」
四年間も暴走欛虂を繋ぎ止めていたのだ。
アヤネが狙われることが多かったため、紗梨の制御で非常に過ごしやすくなった。
なので恩返しと言ってはなんだが、その腕を讃えて家を貸そう。
「え、あ、純音ちゃんは……」
「私は寮付きの学校に入りましたから。親も出て行きましたし……綺麗なままですよ。交通も便利ですし」
「でも……」
「あれを四年間も繋いでたんです。このくらい安いものですよ」
アヤネが笑ってみせると、紗梨は泣きながらお礼を言い始めた。
「家具はそのままなので自由に使ってもらって構いません。水もガスも電気も通ってますし……庭の手入れは必要ですけど」
「蓮杏が草いじりが好きなので一緒にやります」
「それじゃあ、鍵渡しときます。また時間がある時にでも見に行ってみてください。売り物件は取り消しときますね」
「ありがとうございます……!」
あまり長居するのもあれなのでさっさと帰ろう。
紗梨に見送られ、軽く会釈してからアパートを出た。
「アヤネちゃん優しいなぁ」
「本当に、あのイトコ制御出来る人は貴重だから。親でも親友でも無理だったし」
「でも別れたら無理なんちゃう?」
「……どうだろ。まぁお世話になったことに変わりはないから」
二人が学校へ戻ると、廊下で圜鑒が奪に絡まれていた。
奪は圜鑒と腕を組み、反対の腕には自分の神服を持っている。
圜鑒はガン無視だ。
「まぁたやってる……」
「何が?」
「ほら、奪が兄さんに絡んでんねん」
「あぁ……。……どこぞのバカップルかと」
まだ遠くのものは霞むし輪郭もぼやけているのでよく分からない。
興味のないアヤネが職員室に向かう。
欛虂が腕と足を椅子の後ろで紐で繋がれ、胴を椅子に縛り付けられているが無視だ。
「慧先生、定規ってありますか」
「あるよ。マイクロメートルかい?」
「いや……普通のでいいです」
劣化して折れてしまったので定規がなくなったのだ。
まだ買えていないので慧に借りる。
圜鑒が持っている場所も知っているが使うのがなんか嫌なので慧に借りる。
「何するん?」
「実験レポートの量産」
「……ノートに書かせればええやん」
「一人一人違うと見にくいらしい。別に悪いことはないよ。いい小遣い稼ぎになるから」
アヤネは圜鑒の席に座り、机から紙とペンを出して並べてあるファイルを開き、見本と枚数を確認しながらそれを写す。
一学年は数人だけだが、色や力の有無で分けられる場合のプリントは量が半端なくなるので心を無にして死ぬ気でやっている。
全学年同じ課題のプリントを量産し、お腹が空いたと思いながら線を引いていると圜鑒が戻ってきた。
「そっちでやれよ」
「変な人いるじゃん」
「人なんだ」
「見た目だけ」
そんな会話をする二人を職員室にいる皆がなんとも言えない目で眺める。
内容もそうなのだが、問題は体勢だ。
アヤネが座り、圜鑒が机に手を突いて片手をアヤネの肩に乗せ、横から覗き込んでいる。
これが意図しているものなら微笑ましい、又はイチャつくなで終わるのだが。
本人たちが無意識すぎて見ているこちらが気まずくなってくる。
稔想は慧の元へ逃げてきた。
「二人……兄さんの距離感おかしすぎるやろ」
「全く意識しないアヤネちゃんもおかしいよ」
「眼中にないからこそなんやろうけど……」
慧と稔想の会話が聞こえたのか、俯いていたアヤネがこちらに視線を移してから圜鑒を見上げた。
「邪魔」
「俺の席返せよ」
「ファイル持ち出し禁止にしたのお前だろ」
「答え挟まってるし」
「暗記出来るほど頭いいやついないだろ。頭の良い奴はカンニングしない」
「馬鹿が写したらどうする」
毒たっぷりの会話が繰り広げられているうちにアヤネはファイルを片付けて圜鑒に出来たプリントを渡し、立ち上がった。
圜鑒は席に座るとそれを確認し始める。
「……百十八枚」
「あ、結構……」
アヤネはファイルの裏表紙に書き込み、今月の枚数を計算する。
圜鑒の授業はプリントが少ない代わりに黒板に貼る表を作ることが多い。
本人曰く配るのが面倒臭いらしい。
書くより配るのが。
「……あれ、慧の定規」
「定規折れた」
「あっそう。俺のペン勝手に使うな」
「そこにあったから」
「引き出しの中にあっただろうが」
と言うか圜鑒のペンを使うなら圜鑒の定規を使えばいいのに。
変なことをするものだ。
「あ、アヤネ、神服の中貸して」
「三着目は?」
「終わった」
「先にそっち」
先に夕食を食べに食堂に行く。
「中は三着一緒かマントに合わせるか」
「お任せします」
完全圜鑒好みの刺繍になったため、全て模様は違えど系統は同じだ。
なのでベストもスカートも襟も、そんな奇抜なものにしなければ全て同じでも合うと思う。
が、アヤネがどっちでもいいと言うなら三種類一択だ。
圜鑒にとって、全く同じことを繰り返すという苦行ほど耐え難いものは片手で数える程しかない。
食べ終わった二人は食堂からアヤネの寮に行く。
「他の人も刺繍してんの?」
「俺はやってる。他もちらほら」
自分でやるには面倒臭いし業者に頼むには高いしそんな刺繍大好きな子は滅多にいないし、という事でほとんどの子がやっていない。
前の夏の祈りでも分かったように、やっている子でも裾に少し入れるか肩辺りに少し入れるだけ。
圜鑒がやったように全身に複雑な模様が入っている子はほとんどいない。
それを、絶対でもないのにベストとスカートに入れるなどただの暇人だと思われるだろう。
それが複雑なら尚更。
圜鑒がそう言うと、アヤネが渡そうとしていた手を引っ込めた。
「私暇人じゃない」
「俺も入れてるんだって。師弟で入っててもおかしくないだろ。俺に入れられたって言い回っとけ」
「……そうする」
圜鑒はアヤネからベストとワンピースを三着受け取ると、アヤネも連行して寮へ帰った。




