27.石と箱
アヤネが失明して二日が経過した。
最低限見えるようになるまでは移動は危険ということで今も北校に留まったままだ。
そして今、黎冥を間に北校校長の真惢と本校校長の馬鑼は険しい顔をする。
向かいには縮こまった教師の蝦虎魚とつまらなさそうに頬杖を突いてそっぽ向いた静蘭が座っている。
「蝦虎魚、自分が何をしたか分かっているのか」
「……は、い……」
「分からないからやってんだろ。今分かってても犯行前に分からなかったら再犯する可能性だって百に近い」
黎冥は椅子を揺らして腕を組み、それよりも、と言葉を続けた。
この餓鬼の反省していない態度をどうにかして頂きたい。
間違えて殴り掛かりそうだ。
「静蘭! いい加減にしろ!」
「五月蝿いなぁ……。校長になったぐらいで威張ってんじゃないよ出来損ないが。ただの穴埋めってまだ理解してないわけ?」
「なっ……」
「この場での発言は気を付けろよ。お前の退学と蝦虎魚の解雇は決定。今はその後の話してんだ。黒に対して危害加えたらどうなるか親から教わってんだろ?」
机を向こうに蹴り、腹部と腕を強打した向かいの二人は患部を押さえる。
校長二人まで逃げて行くな。
明らか怒っている黎冥が静蘭に対して罰の候補を挙げ、最も重い罰は何かと様子を見ていると静蘭の母親、馬鑼の妹がやって来た。
「母さん!? なんでここに!」
静蘭は大きく立ち上がり、すぐにそちらを向いたが、瞬間清々しいほどに大きくなった音と共に平手打ちをされた。
おとなしい姿の嵟歩しか知らなかった真惢と馬鑼は唖然とし、静蘭は顔面蒼白のまま頬を押える。
「この恥晒しめ。何故静蘭の品を下げるようなことばかりするのですか。せっかく圜鑒様が庇って必死に保っていた立場だったのに……!」
「嵟歩、それを次期校長から下ろして養子を取るか他人に譲るか選べ」
「は、はい。ありがとうございます」
普通、ここまでの事態になると今すぐ校長を辞めろ、二度と校長の座を名乗るなと言われるのだが、これはアヤネの優しさだ。
優しさというか、単に目立ちたくないだけなのだが、罪は最低限の騒ぎにならない方法でいい。
黎冥の中で最低限は一族の全員を職から蹴落として奈落に落とすことなのだが、校長が変わると大騒ぎになることを悟ったアヤネは当事者本人のみの罰を望んだ。
被害者であるアヤネの意思を尊重すると宣言しているので罰を軽くしておいた。
それでも黎冥側から圧はかけるし好きに動けないよう縛りは縛るが。
問題にならない程度だ。アヤネに悟られることもあるまい。
「……あぁそれから。お前アヤネの寮から盗ったもの返せ。寮荒らした後に盗ってんだろ」
「ただの箱ですけど」
「全部」
「……石だけでしたよ?」
「だから? 盗っていい理由にはならないだろ」
「……黎冥さんってあれの事気に入ってますよね」
「使い物にならない紺以下よりよっぽど価値がある。……早く返せ」
黎冥が片手を差し出すと静蘭は黙り込み、少し躊躇ったまま箱の鍵を渡した。
「寮の棚の中にあります」
鍵を握った黎冥は涼しい顔で微笑み、少し声を潜めた。
「退学だけで済んだと思うなよ。お前を直系の末代にしてやるから」
その場の静蘭の血筋が全員凍り付き、意味を理解出来なかった蝦虎魚は小さく震えた。
「来い」
「……はい」
「三人も」
静蘭の案内でクローゼット型の寮に着いた黎冥は扉を開けさせ、棚を漁って例のベロア生地の黒い箱を取り出した。
軽く振り、中身が複数個入っているのを確認してから寮を出る。
「圜鑒、鼓は?」
「職員室で待ってる」
「真惢、先にそれを処分しておけ。あとから来い」
「分かった」
黎冥と馬鑼で職員室に向かう。
職員室近くの廊下に差し掛かった時、多くの人集りと大きな笑い声が聞こえてきた。
黎冥は溜め息を吐き、馬鑼は少し眉を寄せる。
「稔想、五月蝿い」
「あ、兄さんお帰り〜! この子おもろいね! 校長がなんで選ばれたかって、酒の女神が酔っ払ってって! あははは!」
黎冥と似た口元に凛とした切れ長の目と長い髪を一つで束ねた黎冥よりも幾分か幼いその男は机をバンバンと叩き、腹を抱える。
慧は興味無さそうにそっぽ向き、アヤネはもう何が言いたいのか変なことばかり言っている。
黎冥稔想。
黎冥姉弟が次男、圜鑒の弟であり、縁切り宣言後に海外に飛んでいた男で、先日のアヤネの緊急手術を執刀した眼科医だ。
二十一歳で、自身の兄にのみ懐いている、ちゃんとした場では真面目の犬のような猫のような男。
眼帯を付けているアヤネに学校の疑問を投げ掛けては大喜利の答えで大爆笑している。
「はぁ……。……アヤネ」
すぐに手を出したアヤネの手に箱と、箱とは反対の手に鍵を乗せた。
「何それ?」
「静蘭に盗まれてたものです」
器用に鍵を持ち替えたアヤネは箱の鍵を確かめるとそれに鍵を挿し、それを開けた。
瞬間、稔想は体を震わせ、馬鑼は弾かれたように後ろに逃げた。
慧も、入口の生徒も逃げていく。
圜鑒も口を押え、冷や汗をかいた。
「揃ってるかな」
「アヤネ……それ……」
「え、何」
「なんで……なんでそんな神石! 最上級のやつ! 世界最高峰やない!? しかもこんな!」
稔想は顔が真っ青になるのも気にせず神石に顔を寄せ、目を輝かせた。
たぶん、世界最上品質の神石だ。
これを抜いて最高峰とされているものが中心校に保存されているが、たぶんそれより圧倒的に価値がある。
これを持っているだけで神に常に意識されているようなものだ。
紺の中で最も多い力を持つ最多の稔想でも、同じく黒の圜鑒でさえ目眩がする。
これで平然としているアヤネがまさしくバケモノという証拠だ。
「……ふーん……? 零点、何個ある?」
「……二十四。お前分かってないだろ」
「全部揃ってるし大丈夫かな。……すり替えられたりしてないよね?」
「元々を知らないけど大丈夫だろ。全部神石だし」
「ならいいや」
いや良くない。全く良くない。
これ、中心校に見つかった確実にアヤネをさらっていく。
神石なしにしても新しい最年少の黒で情報が行っているのだ。
さらに神石が加わったのなら分校のこんなところに置いておくはずがない。
神石は神に選ばれたものが授かるものだ。
黎冥も三つ持っているが、そのうちの一つは購入したもの。
違法ではないが望ましくは無いので秘密にしている。
そして、アヤネは二十四の神に目を付けられ、神石を投げられている。
しかも二十四のうち、死の女神が一つと時の女神が二つと星の神が三つ、花の女神と縁の女神も三つずつ、花の女神も海の神も、なんと珍しい。日の神と月の神の石もある。
他にも色々、石や宝石関係なく揃っている。
「……あ、気持ち悪い……」
「アヤネ、閉めろ」
「うん」
閉めろで閉めて、閉まったら力が封じられるのだからその箱も特殊なものなのだろう。
アヤネは鍵を閉め、鍵を上に置いた。
「その箱は?」
「箱も石も父親から貰ったもの」
「えーと……宗教依存だっけ」
「そう。会社立ち上げたって言ってたけど手紙が返ってこなくなったからどっかで野垂れ死んでるかも」
「不謹慎な……」
アヤネはケラケラと笑うと少し不思議そうな声を出した。
「そういや…………花の女神が歌ってたあの歌も知ってたなぁ……。ほら、花びらの時のさ」
「花びら……?」
「あれか。……なんで知ってんだ」
「さぁ。結構……五歳かそのぐらいまでは聞いてたけどそのあとは全く歌わなくなってたから」
つまり、アヤネの父親は信徒関係者、と言うか信徒の可能性が高いのか。
力なしからアヤネが生まれたのなら不自然だが、水色程度の力があるのなら相手や突然異変でバケモノが生まれてもおかしくはない。
可能性は限りなく低いが。
「鼓……鼓……」
「母親の姓の可能性もあんで」
「あー……興味なかったからそういう系は聞いたことなかったけど……。……離婚した時に私の苗字が変わらなかったからその可能性はあるかも。母さんだけ変わった可能性もあるけど……」
「あやふややな。あんま知らんの?」
「興味持つ歳には離婚してその後は男連れ込んで毎晩……だったから声はあんまり覚えてないかな」
「……親失格」
稔想の呟きに圜鑒は同意し、アヤネは苦笑を零した。
「まぁ母親より女の一面が強い人だったから」
「離婚の原因も母親?」
「それは父親が原因な気がする……。元々宗教依存で勝手に教祖になって寺建てて……その費用で喧嘩になって離婚したから。離婚する前も宗教に口出ししたら死ぬ寸前まで殴られてたけど。優しい人なんだけどね」
「それは優しいとは違う気がする」
「いや、裏表が激しいやつ」
「激し過ぎるわ」
ふと違和感を覚える。
なんだろうか。この疎外感。
約五ヶ月間一緒に過ごした圜鑒よりも会って数日の稔想の方が仲のいい疎外感。
なんか腹の立つこの疎外感。
たぶん、圜鑒が聞いたらキレる所まで踏み込んでいるのにケロッと答える。
これ、このままくっ付けていてもいい奴だろうか。
助手を取られた気がする。
弟に対抗心を燃やすわけではないし取られたら取られたで助手としての給料を払っているのは圜鑒なのでたぶん問題ないが、この空気がなんか腹立つ。
「……あそうだ。アヤネ、視力どうなった」
「二、三週間で回復するわ。下手に動かしてなかったからほとんど傷付いてなかったし!」
「らしい」
「その間の給料はなしか」
「……それは困る。物凄く困る」
羽耶と霈霸と会うのに一人無一文になってしまう。
それだけは避けたい。
「だって研究……」
「あ花びら! あれ途中でしょ! 枯れてきてたし!」
「……仕方ない」
「さっきからその花びらってなんなん?」
「花の女神の花びら。花の女神が憑依して本校徘徊したから」
「花の加護がある人じゃないと触れないらしい」
「あ、俺もあんで! てつだっ……」
アヤネに足を踏まれ脛を蹴られ手を殴られた稔想は勢いよく立ち上がったまましゃがみ込み、圜鑒は顔を上げないよう頭を踏んだ。
アヤネは気付いていないが今顔を上げたら確実に見える。
「……兄さん踏まんといて……」
「踏んでんの?」
「踏んでない」
「踏んでる!」
「踏んでない」
「踏んでるって」
「踏んでないって」
そんな単調な会話を繰り返し、これからどうしようかと考えていると稔想が圜鑒の足を掴んで俯いたまま立ち上がった。
「俺の察知能力なめんなよ」
「察知する前に高さと状態で計算しろ。医者だろ」
「察して計算して行動した。完璧や!」
「はいはい」
仲良いなーとそれを聞きながら首を傾げていると、突然誰かが合掌した。
何も見えていなかったアヤネは肩を跳ね上げる。
「驚きすぎだろ」
「視界真っ暗なんですけど!」
「そういやその左目はどうしたん」
「アンモニア水が入ったらしい」
「気付かんかったんか」
アヤネが四年生の事故を説明すると、稔想は至極不思議そうな声を出す。
「そんな大量に入ったん? 顔に傷ないからかかったわけじゃないやろ。すぐに洗い流したら視力低下する程度やけど。……擦った? 医者にはすぐ見せたんやろ?」
「擦ってはない。洗い流して緊急で眼科に行った」
「……おかしいなぁ……」
稔想が眉を寄せ、考え事を始めたのでアヤネは圜鑒を見上げる。
「何」
「仲良いね」
「まぁ……歳近いし同性だし唯一話が合ったから……。あとは共通の敵がいたから?」
「敵?」
「親と姉」




