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2.案内

「来んな変態!」

「黙れ餓鬼。寮選ぶぞ」



 謎の宗教系学校に連れてこられ、異空間に入れられ、どこのコスプレだと言うほどスカートの短い制服に着替えさせられたあと。





 黎冥(れいめい)に差し出されたのは二種類のドアノブだった。



 一つはよくある握る式の鉄のドアノブ。

 一つもよくあるレバー型の木のドアノブ。



 鉄は普通に銀の鉄で、レバー型には細かい彫り細工と少しの赤い染料で彩られていた。







 二つのドアノブが乗ったお盆を見つめ、眉を寄せる。



「は?」

「何」

「こっちのセリフなんですけど……」



 まだカーテンに隠れているアヤネが不可解そうに黎冥(れいめい)を見つめ、黎冥も何が分からないのか分からないまま首を傾げていると兎童(とどう)がアヤネの腕を掴んだ。



「とりあえず出よう?」

「嫌だぁぁぁ!」

「大丈夫だから! 輝莉(かがり)さんのあとなら尚更!」

「あんな尻軽そうな女のあとじゃなんの安心も出来ない!」

「もうっ!」



 二人が押し問答をして叫んでいると、黎冥がお盆を棚の上に置いて無理やりカーテンを開けた。




 足の先から頭の上まで見上げ、小さく頷く。



「十点」

「黙れ零点男」

「早く出てこい」

「こいつ嫌い……!」




 黎冥の腹ほどの高さにある試着室の床に座り、試着室から降りた。

 今ハシゴをやると見えるか踏んで転けるかの二択だ。




 黎冥はまたお盆をアヤネに見せる。


「どっちがいい」

「なんでドアノブ……?」

「必要だから」

「……じゃあ…………こっ、ち……?」



 そう言って躊躇いながらレバー型の方を指さすと、レバー型のドアノブがふわりと浮いた。


 いきなり変形したかと思えば今まで焦げ茶と赤色だったドアノブが真っ青に変わり、レバーの端から黒い複雑な模様が入っている。




 黎冥にそのドアノブを渡され、おとなしく受け取る。



「なんなのこれ……」

「寮を決めるのに必要なのよ。無人の寮の扉って言うのは基本的にスライドなんだけど、人が住むには外開きにする必要があるから」

「スライド式が外開きになるって事? それ構造どうなってんの」

「さぁ?」



 遥か昔に神が作り出したものだ。

 誰も構造は理解出来ていない。




「そんなことはどうでもいい。行け」

「どこに」

「気の向くままに」

「はぁ?」



 段々説明が雑になっていないだろうか。



 アヤネは眉を寄せ、とりあえず入口直線の道まで戻ってきた。



 辺りを見回し、兎童を見上げる。


「どこ?」

「好きな所でいいのよ。探検だと思って」

「迷う……」

「黎冥先生は全部覚えてるから大丈夫」




 そう言われ、もう躊躇うことも諦めた。



 とりあえず試着の路地から出て、右に行くと入口に戻るので左に曲がり、突き当たりのT字路を右に曲がる。


 先ほどの直線道よりは少し広く、直線が二人分に対してここは三人が余裕を持って歩けそうな幅だった。




 ずっと奥に進むと何百メートルもありそうな程大きい何かにワインレッドの布が被さって隠されており、そこは行き止まりっぽかった。




 しかし左側から光が差しているのを発見し、そちらに進む。



 光を覗くと人一人がギリギリ通れそうなほど細い隙間が空いていた。




 指をさして兎童を見上げると小さく頷かれたので、上の木箱に頭をぶつけないようしゃがみながらそこを通った。


 二人もギリギリで通ってくる。




 それから左右の別れ道を無視して歩いていると、また部屋と言う名の大きな木箱を見付けた。



 扉がスライド式なので中を覗くと、中にいたソレと目が合う。


 そのまま静かに扉を閉めた。




「見てはいけないものを見た気がした」

「気のせい」

「疲れてるんじゃない?」

「……そうかも」



 気を取り直し、同じようなT字路を右に曲がると先ほど見た構造で、右側の突き当たりまで進むと今度は右に穴があった。



 そこを通り、細い一本道を歩く。





 全て木造で、棚も扉も床も見渡す限り全て木だ。ただ、ドアノブだけは銀色の丸いフォルムが目立つ。





 そのドアノブが付いている扉はどれも、掃除ロッカーのように細かったりクローゼットのように平べったかったり。



「ドアノブが付いてるのは全部寮?」

「銀は力を持ってない一般信徒。力のある信徒はそっち(レバー型)

「……選んだ意味なくない?」

「本能的にそっちを選ぶらしい。試したかった」

「……あそ」




 顔を戻して歩き出す。



 進めば進むほど襖のように丸い凹みのスライド式扉が増えてきた。

 これらは全て無人寮らしい。



「好きに開けて見ていいわよ」

「……ここって部屋じゃないよね」

「全生徒部屋じゃない」

「教師は?」

「個室」

「ずる」



 とりあえず、傍にあった襖に手を掛けた。


 たぶん本棚だ。


 静かにそれを開けると、反射的に襖を閉める。




 内蔵的には右側に正方形が三つ立てに並び、左側に二個、縦型長方形の小さな箱があった。


 それだけ。



 本当に、あれは本棚だ。部屋じゃない。断じて違う。異論は認めない。




「……は?」

「生徒は基本こういう系」

「なんで?」

「知らん」

「……え、ここに住めと?」

「他のところもある」

「家具の中に住めと?」

「うん」



 本棚の他に色々な家具がある。


 多くは本棚、クローゼット、シューズボックス、戸棚等。


 ごく稀、本当に稀、千に一つぐらいの確率でちゃんとした部屋があるが、基本ない。




「生徒殺す気? ストレスで精神狂うわ」

「俺に言われても」

「校長サマに頼んで今すぐ建て替えろよ」

「無理。神の箱庭はいじれない」

「箱庭?」




 そう。人は神の操り人形だ。

 ここは神が見守る箱庭の中。



「この学校は生死も恋愛も勉強も全部神様が中心」

「神サマ鬼畜すぎんか」





 アヤネが顔をしかめると黎冥に深く頷かれた。

 兎童は呆れた目で黎冥を見上げる。



「黎冥先生は部屋当ててましたよね」

「奇跡だって」

「まぁ学生時代の運をそこで使い切ってましたからね」

「興味な……」



 アヤネは思い出話に話を咲かせる二人にかき消されるほど小さな声でそう呟くとまた歩き出した。







 無人寮を全て開けて、とりあえず広い空間を探す。





 もう面倒臭くなってきて、どうせ人間の適応能力でどうにかなると思いながら歩いていると入口壁が見えるところまで出てきた。



 そう言えばここも引き戸だったなと、本や木箱に乗っている棚を試しに開けてみた。





 身長より少し低いぐらいの棚は三段に別れており、奥行は少し深いが普通、横幅は足を軽く曲げたら寝転がれる程度。




「あ、ここにする」

「また住みくそうな……」

「靴箱じゃないだけマシ。これつけたらいいの?」

「そうそう。ここの襖に付けてね」




 襖の凹んだところにドアノブの丸い部分をはめるとちょうどハマり、手を離すとドアノブが一回転してから固定された。



 兎童に促され開けてみる。

 外開きになった以外、特に何も変わらないが。





「アヤネちゃんは開けれるけど他人は開けられないようになってるの。……ほら」


 閉まった扉を兎童が開けようとしてもドアノブが動かない。


 本当に不思議だ。






「中は自由に工作してくれていいからね。板全部外してる子とかもいるし」

「工具は技術家庭の(ふい)に頼め」

「食堂は別にあるからね。朝は五時から九時、昼は十一時から二時、夜は六時から十一時。昼の十二時から夜の六時まではスイーツも出るのよ。毎日豪華なスイーツが出てね」




 兎童のスイーツ説明を聞きながら食堂に案内される。





 食堂は職員室の左奥で、中には周りにカウンター席と中央に二つの長机があり、その周りに木造の椅子が置かれていた。



 入口から入った左右には二階の回廊のような吹き抜け席に続く階段があり、吹き抜け席は丸テーブルに四つの丸椅子セットが四つと奥の一辺に二人席が三つほど並んでいた。





 時間になると各席にその日の料理が置かれ、皆が自由に取って食べる式らしい。

 ちゃんと蓋や取り箸はあるよ、と。



「信徒なんて言うから食べる前にお祈りでもするのかと思ってたけど」

「食の女神の信徒はする。他はしない」

「その神って覚える必要ある?」

「必須」



 面倒臭い。






 アヤネは深い溜め息を吐くと食堂から出ようと体を返した。

 瞬間、後ずさる。




 入口の壁から十人ほどの女子がアヤネを睨んだり黎冥を見つめたりしている。

 こういう系のこのパターンか。





 アヤネは静かに二人の間から抜けると兎童の反対隣に移動した。


 振り返った教師二人も溜め息を吐く。

 特に黎冥は。





「……黎冥(れいめい)先生は職員室にいてください。アヤネちゃんは私が責任を持って案内します」

「えー」

「ファンは邪魔になるんですよ」

「俺囮?」

「あんたのファンだろ」






 アヤネが睨むと黎冥はあからさまに口角を下げ、アヤネを見下ろした。






 そのまま何も言わず食堂を出て行く。




「……行きましょうか」

「はい」





 その後、トイレや更衣室、温泉のある大風呂、シャワーしかない個室、地下の体育館と奥の祈祷室、その他の教室や教師寮棟等、昼前から夕方まで少し迷いながらの案内が終わった。




「何か質問ある?」

「外出って自由?」

「基本的に七時から夜の九時が外出可能時間ね。それより前とか九時過ぎたら罰則で書き取りとか掃除とか」

「ふーん……。……出る時はさっきのところ?」



 直線の道まで戻ってきたアヤネが壁を指さすと兎童(とどう)は小さく頷いた。



「あそこでもいいし、基本的に壁で行き止まりになってるところは自由に出入り出来るけどそれぞれ出る場所が違うから気を付けてね。分からなくならないように」

「地図とかないの」

「ないわね」

「……そ」




 アヤネは小さく頷くとゆっくりと歩きながら今度は授業について説明を受ける。






 一応学校なので基礎五教科はある。

 ただ、授業は自分で選ぶ式らしい。


 毎日の受講管理と授業内容の暗記が生徒を苦しめている、と。





「授業スケジュールと内容はそこの……左奥に入ったら広間があるんだけどそこのボードに貼ってあるからね」



 そう言って兎童が指さしたのは入口の左奥で、アヤネの寮からちょうど正面ほどの道だった。




 あそこの奥に行くと毎月一日にパーティーが開かれる広間があるらしい。


 季節のフルーツパーティーらしいが、その熱弁は興味無いので話を戻す。






「毎日同じスケジュールの子もいるけど内容によってちょっと変えないと同じ事を二回やることもあるから……」

「進学に出席日数っている?」

「成績がそこまで悪くなかったらあんまり関係ないけど……」

「教科書は?」

「あ、そうそれも渡さないとね」

「成績ってテスト?」

「そう、毎月月末にテストがあるの。パーティーはそれのお疲れ様会みたいな感じね」




 教科書があって成績で進学出来るなら、内容にもよるが強制出席はいらなさそうだ。





 見たところ基礎五教科と技術、秘学、古文と神話学程度なので暗記も簡単だろう。

 中学の頃よりは確実にマシなはず。





「教科書取りに行きましょうか」

「はい」




 広間から職員室に戻ると職員室前は満員で、女子生徒は黎冥に見惚れ、男子生徒と男子教師は黎冥を睨んでいた。


 女性教師は比較的普通だ。それでも頬を染めているが。





「黎冥先生、アヤネちゃんの教科書下さい」

「兎童に渡しただろ」

「えっ」



 兎童はアヤネを置いて椅子と椅子に挟まれた通路に入り、引き出しを漁る。




 一番下の大きい引き出しを開けた時にダンボールが出てきて、それの封を切るとアヤネの名前が入った教科書が十三冊出てきた。




 基礎一、国語、古文。

 基礎二、数学。

 基礎三、生物、物理、化学。

 基礎四、英語。

 基礎五、地理、歴史、経済。


 副教科一、技術。


 特別教科一、秘学。

 特別教科二、神学。



 計、十三冊の教科書が紐で縛られている。




「ありました!」

「なかったら困る」

「十三……少ない」

「一番分厚いの神学な。その次秘学。全部覚えろよ」

「……はい」



 黎冥が教科書を持ち、アヤネが出ようと体を返した時、入口の女子達がざわめいた。




「黒……!? 黒リボン!?」

「黒信徒だわ!」

「凄い! 黎冥先生と同級よ!?」




 女子の恨みの視線が尊敬の眼差しに変わり、突然の出来事にアヤネは固まる。


 さっきと対応が違いすぎないか。





「早く行けよ」

「説明……」

「人気者になりました。終わり」

「あんた中身も零点だな」





 アヤネが固まっていると兎童が後で説明すると言ってきたので、とりあえず居心地の悪いここから退散するべく職員室から逃げた。









 寮の前に着き、とりあえず教科書を寮の二段目に押し込む。





「リボンとスカートの色はセットね。全部チェック柄。男性はネクタイが基準」

「……あぁ」

「聖なる力の強さによって色が別れるの。力なしの一般信徒はグレー、無し寄りのありは薄水色、普通ぐらいは赤、まぁある方は紺、黒はバケモノ」

「誰がバケモノだ」

「私バケモノじゃない」





 今まで一般人として過ごしていたのだから薄水色でいいと思う。

 そんなバケモノと同類にしないで頂きたい。





「まぁ常軌を逸してるってだけだから、ね」

「それはバケモノと同義だろ」

「リボン変えたい……」

「黒は天才の証よ」

「平々凡々生きていきたい」

「無理よ」



 兎童にバッサリ切られたアヤネは顔をしかめ、寮を静かに閉めた。




「ここって時間分かる?」

「基本腕時計」

「……何時?」

「今は五時半」

「……荷物取ってくる」

「荷物多いなら手伝うけど」

「結構」




 アヤネは私服を持って更衣室で着替えると颯爽と出て行った。



 兎童は手を振って見送り、アヤネが見えなくなると小さく溜め息を吐いた。






「はぁ……」

「裏表が激しい」

「緊張してただけですけど!?」

「うるさっ……」

「類は友を呼ぶって本当ですね」





 あの暗闇に沈んだ、死の崖にいる目は子供の頃の黎冥と同じ目だ。

 黎冥に初めて会った時は怖くて、その後も何かと避けていたが何故か無理やりくっつけられるので何とか乗り越えた結果、黎冥は人並みに話すようになったし兎童も恐怖心がなくなった。




 アヤネの過去を聞く限りかなり凄惨な人生を歩んできたのだろう。

 アヤネは黎冥より手強い気がする。



 夕食食べてやる気出そう。

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