50.告白
「純音!」
大きく名前を呼ばれ、顔を上げると末広に車椅子を押された響華が大きく手を振った。
純音も小さく振り返す。
十月十五日、今日は大学のオープンキャンパス。
夕方に予定があるが、それまでには終わるはずなので昼間は響華と一緒にオープンキャンパスを見に行く。
「髪切ってるし染めたんだね。似合ってる」
「ありがとう。響華がたまに撮影でカラー入れてるじゃん?」
「憧れてくれたの……!?」
「可愛いなぁと思って」
「純音の方が可愛いぞ!」
「やったね」
「そこは謙遜しようよ」
髪をボブに、内側の毛先に明るい緑を、髪の所々の束にグレーのメッシュを入れた。
ブリーチは一回だけだが綺麗に入ってくれたので満足。
相変わらずの細縁眼鏡に、最近顔が割れすぎているので黒いマスクも。
もう学校に荷物は置いておらず、今は家族三人でマンション住みだ。
紗梨達も貯金が溜まって収入源が安定したので別のマンションに引っ越し、屋敷は地域の解放場所として巫良々が経営している。
相変わらず商魂たくましい。
「あとで会の方にも顔出すんでしょ」
「時間あったらね。夕方に用事入ってるからさ」
「……デートか」
「違うけどそうなるかもしれない」
「え……!?」
「早く行こう」
ようやく自分の時計を買った純音は腕時計の時間を見て、三人で電車に乗った。
ここから一駅分電車に乗って、徒歩五分から十分の駅近大学。
電車を降りて道の途中、最近テレビの出演をきっかけに有名になってきた響華は少し俯いた。
「私もマスク付けてくりゃ良かった」
「いいじゃん。可愛いくてなんぼでしょ」
「純音はなんでマスク? 花粉症じゃないでしょ」
「ほら、記者に撮られるから」
「黎冥さんの?」
最近はほとんど会っていないので記事にされることは減ったが、それでも真碧や稔想と二人で会うと何股や浮気と言われたりする。
これだけスクープされて関係が続いているのだからそういう関係じゃないのは普通はすぐに分かると思うが、やはりネタが欲しいのか。
「今はあんまり会ってないんだけどね。密会と思ってんのか色々付け回される」
「末広、頼んだよ」
「命にかけて守ります」
「守られるほど弱くないんで」
響華はケラケラと笑い、末広はなんとも言えない表情のまま何故か頷いた。
「でもほんとに。私より響華守って下さいよ」
「うす」
「私は大丈夫だけどなぁ」
「念の為。私は隠れられるし護身術ぐらいなら出来るから」
「さすがっす」
「後輩を守るのも先輩の役目なんよ」
「よ!」
三人でケラケラ笑いながら大学に向かった。
今日は大学祭で、それと同時にオープンキャンパスが開かれている。
出店や見世物で活気溢れている。
「今日黎冥さんの誕生日でしょ? お祝いした?」
「電話もしてねぇや。まぁ覚えてたらしとく」
「朝一にしないと!」
「さすがに迷惑でしょ」
「いやいやいや! 悲しむよ!?」
「そんな深い仲じゃないよ。早く行こう」
まだぶーぶー言っている響華を連れて中に入り、とりあえずパンフレットを貰った。
約束時間にはギリギリか。
「純音が行ってる学校ってあの宗教のやつなんでしょ? あぁ言う石とかやっぱなんかあんの?」
たぶん信徒ではない生徒が神石でもなんでもない小綺麗な石やアクセサリーをぼったくりで売って、それを何人かが途切れ途切れで買っていく。
全員信徒じゃない、ただのかじっているだけの人間なんだろうな。
「特殊な石はあるけどあれは全部嘘だよ。そもそも普通の人が持った時点で体調不良来すから」
「えっ怖っ!」
「それが神様の力なんよ。行こ」
純音は来年入学だが響華はまだ十七なので再来年入学だ。浪人しなかったら。
かなり頭はいいところなので浪人の可能性は十分有り得る。
ちなみに稔想に言っていたこととは真逆で、しっかり経済学部志望。
「ねーフランクフルト食べよー」
「いいよ。末広さんもいります?」
「それじゃあ一本」
車椅子で人が多い場所は避けた方がいいので、純音が一人で買いに行く。
こうやって単独行動しても叫ばれないように髪も切ったし染めたしマスクもしている。
ここの学校は障害者配慮がかなりされているので響華も通いやすそうだ。
「はい」
「ありがとー! お金お金」
「いいよ、奢ったげる」
「え!? いやいやいや!」
「今日は二人とも私の奢り。わがままに付き合ってくれたお礼ね」
「えぇ!?」
響華の腹の底から絞り出したような声に末広は苦笑いを零し、こっちは聞き分けよく奢られた。
響華もあまりごねては失礼だと思ったのか、すぐにおとなしく頭を下げる。
「誕プレは弾みます」
「それはどうも……」
「それじゃじゃんじゃん食べて誕プレ豪華にしよー!」
「あんまり金かけられても困るんですけど!?」
「私は困らん!」
「おい!」
学長や理事長の話を聞き終わると既にお昼を回っていて、かなり混雑してきた。
とりあえずぶつからないよう体育館裏に避難する。
「黎冥さんの誕生日だからか知らないけど黎冥グッズ多かったね」
「本当に。顔面見飽きるわ」
「純音だからでしょ。イケメンはどれだけ拝んでも拝み足りんのよ……!」
「人の顔なんて目二つに口と鼻付いてたら相当な奇形じゃない限り一緒でしょ。耳もいらんわ」
「それは極論すぎ」
「いやほんとに。知らない人五十人とか同じ髪型同じ服装で並べてみ。全員一緒」
純音と末広は体育館裏の階段に座り、響華は二人の向かいでりんご飴をかじる。
飲み物は炭酸ジュースで。
アヤネはおかずクレープとコーヒー。
末広はホットドッグとこっちも同じく炭酸ジュース。
「午後は校内うろうろしてみようか。エレベーターとかあるのかな」
「スロープとか緩やかだったらいいんだけど」
「早く人混みが収まってくれるといいんですけど」
「午後から体育館でなんかあるみたいですしちょっと少なくなると思います。それまでゆっくりしてましょ」
三人で雑談をしているうちに、少しずつ外が騒がしくなってきた。
純音が少し覗けば、例の偽宗教団体が本当の信徒に怒鳴られている。
普通の信徒でも神石はもっと神々しいものと分かるのだ。神への冒涜と捉えてもおかしくない。
「ちょっと人減ったし行こうか」
「はーい」
「それじゃ押しますよ」
車椅子のロックを外して三人で表を歩いていると、ちょうどその問題の通りに差し掛かった。
邪魔すぎる。
「純音、あれ宗教のだよね」
「邪魔だねー。避けられるかな」
「あっち通ったら行けそうですよ」
「行こうか。響華気を付けて」
純音が先頭を歩き、人混みを避けながら進んでいると。
いきなり肩を掴まれ、肩を震わせながら驚いてそちらを見た。
「アヤネ……!」
「真碧……!? なにしてんのこんなところで!?」
「この喧嘩納めて! 僕じゃ無理!」
どうやら警備員に通報されて宗教関係ということで呼ばれたが、収まりきらなかったらしい。
何故こんな所でも問題に巻き込まれなければならない。
「泣きたいんだけど」
「後でね」
「ひどぉい!?」
「早く」
「……響華見といて」
「うん」
とりあえずマスクを外しながら輪の中に入り、怒鳴っている信徒の肩を叩いた。
髪色は違えど女神様と顔はほぼ同じ。
ちゃんとした信徒ならすぐに分かったようで、すぐにお辞儀した。
「アヤネ様……!」
「一般の人が神石をこんなに集められるはずがないでしょう? これからこういうことも増えるでしょうけど、貴方がいちいち喉を痛める必要はありません。商売人に一つ、邪の神を星の神が諭した時のようにいつか巡り巡って自分の身に降り注ぐと忠告すればそれでいいんですよ」
「は、はい……」
「でも神を冒涜されて苛立つ心は大切ですよ。神の力は人が売っていいものではありませんから」
「はい……!」
なんて薄っぺらいことを言っているが、うちの師匠は石一つに三十億かけているのを知っている。
予定変更、帰ろう。
「真碧、このあと暇?」
「い、一応午後からは私服巡回だけど……」
「じゃあ響華頼んだ。私このあと予定あるんだよね」
「黎冥さん?」
「響華、ごめんね。また学校の雰囲気だけ教えて」
「大丈夫! まおっちもいるし、純音目立つの嫌いだもんね」
「そう。……それじゃね」
「気を付けてね〜」
「また〜」
やはり神が実在すると知らしめてしまうとそれを商売にする人が多く出てくる。
別に関係ないが、アヤネは神話界では黎冥共々顔が知れているというか死の女神と顔が同じなので皆が知っている。
顔がバレると問題解決を頼まれるので、それが少々難点。
だいたいは薄っぺらいこと語るか神話を引っ張ってくれば収まるのだが、非信仰者に関しては激昂してくる場合がある。
神様は暴力沙汰は嫌がるかな。
神様自身血の気が多いので別にいいか。もう神との深い関係もほとんどなくなったわけだし。
「ただいま」
「あれ、早かったね」
一度家に帰り、荷物を置いた。
たまたま脱衣所から出てきた菜弥は目を丸くし、アヤネはため息をつく。
「また問題に巻き込まれたから逃げてきた」
「そう。響華ちゃんは?」
「真碧が警備で来てたから真碧に任せた。お付きの人もいるしね」
「夕方にまた出掛けるんでしょ? 圜鑒君?」
「うん。五時過ぎぐらいには出る」
どうせ遅刻してくるだろうなと思っていたら、まさかの既に待っていた。
お互いマスク姿で、アヤネはマスクを外しながら向かいに座る。
「……髪切ってんじゃん」
「いいでしょ」
「似合うけど勿体無い」
黎冥もマスクを外し、アヤネはコーヒーとケーキを頼んでから黎冥に紙袋を渡す。
「とりあえず誕プレをあげよう」
「直接くれたの初めてじゃない?」
「あげたのが初めてだと思う」
「去年は?」
「は?」
今はマンション住みの黎冥も、今日の夜には実家と言うか本家に引っ越す。
でもこっちにも分家があるので来ようと思えばいつでも来れるし引っ越せる。
「……まぁいいや。おめでとうは?」
「おめでとう」
「おぉ素直」
「大学の学園祭行ったらまた信徒関係の問題に巻き込まれたんだけど。この巻き込まれ体質神様のせいじゃなかったの?」
「当たらないって不評の占い師のところに行ってみたら?」
「絶対意味ないじゃん……」
ミルクレープを頬張り、にこにこと笑って眺めてくる黎冥から少し視線を逸らした。
そこらじゅうから黎冥圜鑒だと確信を持った老若男女が眺めてくる。
「で、話とは」
「分かるだろ」
「質問に答えたまえ」
「今日が期日って話」
「零が生まれたのって何時?」
「知らん」
聞いてみただけのアヤネが時間を見ると、黎冥が目を瞬いた。
「時計買ったん?」
「必要だもん」
「今まで意地でも買わなかったのに?」
「今までは時計役がいたから」
「俺時計役じゃない……」
「誰もお前とは言っとらん」
ミルクレープをすくうと黎冥が口を開けたので一口分け、続きを食べる。
「記憶が戻ってから甘いもん食べれるようになったんよ」
「そんなことあるんだ……?」
「あった。自分でもびっくり」
そんなことより本題を話せ。
「早くしないと帰るよ」
「そんな急かす?」
「周りの視線が痛い」
「んーじゃあ」
黎冥は頬杖を突くと、八重歯が見せながら笑った。
「俺と付き合わん?」