48.入れ替え
目を覚まして、見慣れない天井を見上げた。
どこの学校でも船でも新幹線でもない、どこかの建物の中。
広いベッドに窓辺で焚かれたユーカリのお香。
本校に似たランプ、壁には花のタペストリー、棚には謎の置物と医療道具が諸々。
ここどこ。
めまいのする体をゆっくりと起こして、腕に繋がれている点滴を見上げた。
お腹すいたしめまいが酷いが、とりあえずここどこや。
点滴を抜いていると、いきなり襖が開いた。
驚いて顔を跳ね上げる。
「起きた……!」
「おはよぅ」
黎冥と時の使者浩然。
珍しい組み合わせ。
「……記憶が飛んだんだけど」
「ずっと死の女神が入ってたからねぇ。腐蝕してた力が戻るのにちょっとの期間寝てたんだよぅ」
「何日間ぐらい?」
「約一週間」
昔神様を下ろした後に昏睡していた期間よりは短い。
腐蝕していた力も込みで戻したと言ったが、特に体に変化はない。
強いて言うならめまいぐらい。
「ちょっと触るよぅ」
浩然はベッドに膝を突くとアヤネの首筋に手を当て、腐蝕されたまま戻した力が腐蝕を飲み込んでいるかを確認する。
生の神の力を少し混ぜて戻したので腐蝕も消えているし生の神の力も飲み込まれて消えているようだ。
これなら大丈夫。
「ヴァイオレットを生き返らせるために君の力が欲しいんだよねぇ。ヴァイオレットが死ぬ前に君に全部入れたから」
だから赤子の時に自身の力に中られて死んだし死の加護が異常に強い。
もちろんアヤネ本人の力もあるが、今はヴァイオレットの力に押されてほぼないような状態だ。
危険も伴うが、そっちに協力したのだからこちらにも協力してもらいたい。
「力を渡すのはいいですけどそれ私死にません? 力って減りすぎたら死にますよね」
「死なないようにゆっくり取るよ。ヴァイオレットの力を押し返そうとしてるからすぐ増えるだろうし」
「……今の加護はなくなりますか」
「加護も力の量も変わらないよ」
加護はヴァイオレットに選ばれた子だからかけられたもので、その事実は今も未来も変わらない。
力の量に関しても、今は力の種類が違うだけで力は入っているのだ。
広がった袋はそうそう閉じないし閉じ切る前に満ちるだろう。
種類が変わるだけで加護も力量も何も変わらない、今と同じ状態が続くだけ。
「それなら大丈夫です。お好きなように」
「それって何日ぐらいかかります?」
「うーん……力の回復速度にもよるけど二、三日で出来るんじゃないかなぁ」
「案外早い」
「まぁね」
ここは第八分校傍に作られた新しい箱庭。
本校は腐蝕に中られた人達で大変なことになっているし寮は狭いのでここで寝かせてもらっていたらしい。
巫良々は今は家に帰っており、世間は何故か倒れた人達のことで大騒ぎ。
宗教として信仰している人たちもかなりの数が中られたが、生の神が力を吸い取り始めているので直に体調不良者も減るようだ。
「じゃ、君は出てってね。たぶん中られるから」
「終わったあとって意識あります?」
「あると思うけどやってる途中は誰も入れないよ」
「点滴どうするか……」
「……ちょっと待ってて」
いきなり立ち上がった浩然は姿を消し、その二、三秒後にまた戻ってきた。
時間軸が違うのは分かっているが、早すぎる。
「やってる間は意識ないだろうし、もう一人にやらせるよ。医療技術もこっちよりだいぶん進化してる人だから。……そんな怪訝な顔しないで」
「……それじゃあ任せます」
「うん」
火光は医療の基礎の基礎なら出来るようだし問題はないだろう。
早くヴァイオレットを起こして火光の実体を作ってもらわないと、いつまでもローブに全身を包んだままは可哀想だ。
ミシェルが回復するといいのだが。
「じゃ、早速やろうか」
「終わったら声だけかけてください」
「分かってるよ。じゃあ出てってねぇ」
蘇生には必須の力だ。
少しでも取り残したら完全体には戻れない。絶対に失敗しないようにしないと。
浩然は黎冥を追い出すと、アヤネが眠ったのを確認してから火光を呼んだ。
「何すればいいの?」
「この子の点滴替えてあげて。僕その技術はないから」
「了解。……人の構造違うとかないよね」
「同じ人間だよ」
火光は棚の上に置かれた輸液を取り、成分を見ていく。
現代日本よりも遥かにバランスの取れた輸液だ。
この成分なら高血糖や脱水症状にはならないのでは。
特殊な医療器具がない代わりに基礎の基礎が極められているのか。
特殊な医療器具もあるのに基礎の基礎も極めているのか。
後者だとしたら技術的には五分五分な気がする。
「火光は中られないはずだしその辺いていいよ。フードも取っていい」
「やった」