47.解決
九月も終わり頃、アヤネの体調が整ったので巫良々の鎖を解きに行くことになった。
鎖は多少締まったものの何故か命に危険が及ぶほど締まることはなく、今も飄々としている。
アヤネ、黎冥、巫良々、リリス。
リリスは当主の名に関して色々と聞きたいことがあるそうだ。
アヤネが立ったまま指を組むとすぐに時の死者が降りてきて、黎冥はアヤネを見下ろす。
「祈りは?」
「なんか出来るようになった」
「祝詞は神を呼ぶだけだからねぇ。ずっと見られてるアヤネには本来いらないものだよぅ」
いつも通り大きな杖を持っている時の死者はそう言いながら地面に杖を突いた。
景色が一変し、真っ白な景色に変わる。
リリスはアヤネに引っ付き、巫良々は嫌な思い出があるのか顔をしかめた。
すぐに生、命、星、氣の神が現れ、三人はアヤネを見るのに氣の神は一番に巫良々に目を向ける。
『これは珍しい方が来ましたね』
「鎖を解いてもらいたくて」
『言っておくと死の女神しか出来ませんよ。死の鎖はウィリアムでも触れませんから』
『ルーメルウスは』
生の神が星の神を見上げると、星の神は緩く首を横に振った。
『無理だよ。それついて何日目?』
「えぇと……一ヶ月近くは経っていると思います」
『そんだけ経って締まってないってことはヴァイオレットが締まらないように抑えてる。それに……死んでるから罰なしで解けるのかな……?』
星の神の言葉にリリスは勢いよくアヤネを見上げたが、アヤネは話がややこしくならないようすぐさまリリスの口を塞ぐ。
リリスも巫良々も死の女神が死んでいることは知らないので混乱するのは分かるが、今は口に出すな。
「じゃあ死の女神を下ろしたら方法はどうであれ解いてもらえますか」
『方法を問わないのであれば確実に』
神様の中では氣の神が一番まともな気がするなと話しながら思っていると、一瞬めまいとともにふらついた。
黎冥に背を支えられ、ハッとする。
「どうした」
「ちょ、っと……行ってくる」
「え?」
アヤネは姿を消し、神も使者も分からないのか皆が肩を竦めたり首を傾げたり。
本当にどこに行ったと訝しんだのも束の間、すぐに戻ってきた。中身が変わって。
見た目は変わらないはずなのに、薄く微笑んだ顔はアヤネとは違う別人のように思えて、その風格と圧倒的存在感で息を飲んだ。
『ずいぶん早いご登場で』
『この子本当に体調が悪いんですね。早死しそう』
氣の神は当たり前と言うように声をかけ、唖然愕然としている生の神ウィリアムと命の神アーネスト。
使者も星の神も唖然とした。
『……ミシェルは』
『力の使いすぎで倒れてますよ。日常生活に支障はありませんけど』
『元気ならいいんですが。……四人はどうしたんですか』
珍しく頭の処理速度が追いついていない四人を見ると、一番に理解したのは浩然だった。
「グレイズ……!」
『お久しぶりです。私の体じゃないので触らないで下さいね』
寄ってきた浩然から少し離れ、興奮しながら喜ぶ浩然が五月蝿かったので黙らせた。
氣の神ノエルが口を塞いで連れて行く。
『お嬢様……!』
『精神的に参っているようですね。たった三ヶ月でしょう。困りますね、三年離れても平常心でいてもらわないと』
『生きて離れるのと死んで傍にいるのとじゃ雲泥の差ですよ!?』
『死んでる自覚ありますか!? どれだけ心配していることか……!』
『死を司る私が死ぬわけないでしょう。冗談も程々に』
『事実死んでる子が言えることじゃないでしょ』
ようやく冷静になれた星の神ルーメルウスの声にヴァイオレットは一瞬声を詰まらせたが、すぐにへらっと笑った。
『ちゃんと生き返れるよう対策はしていたでしょう? 死ぬ前から私の力を分裂させたわけを考えて下さい』
『死ぬ前に死なないよう対策してくれないかな』
『無理ですね。見えた未来に対策しただけなので』
『ミシェルが泣いてるよー?』
ヴァイオレットは黙り込み、なんだかんだ嬉しそうなルーメルウスは薄く笑みを零した。
立場が悪くなった死の女神は二度手を叩くと、場の雰囲気を切り替える。
『さて、長居するわけにはいきませんからさっさと終わらせましょう。……まずは鎖から』
一瞬で雰囲気が重くなり、それは圧へと変わった。
死の女神は巫良々へ視線を移し、口角を上げる。
『よくも私の愛し子の体をいじりましたね』
「君の愛し子である前に私の娘だ。子供にあれだけの力を与えたら死ぬのは分かるだろう。死産しなかっただけ奇跡だ」
『彼女が持っている加護は私の力の全てです。腐蝕したら彼女の中でしか戻せない』
「腐蝕に関しては濡れ衣だ。私はあれに力を盗られただけで管理や場所に関しては何も知らなかったからな」
『見付けていたでしょう』
「人間に力を判別する力はついていない」
二人の間に火花が散り、しかしすぐに折れたのは死の女神の方だった。
『まぁ魂が留まっていただけマシです。……生憎この子には力がないのでその鎖を解くことは出来ませんが、罰を私から下します。それで解けたら問題ないでしょう』
「お願いですから今後の対応に影響が出ない罰にして下さい」
『分かっていますよ』
黎冥の言葉に死の女神は軽く頷く。
『これから神の力と全員の記憶に触れることを禁じます。破った瞬間死ぬと思いなさい』
「……分かりました」
『常に見ていますよ』
鎖が喉に吸収されるように消えてなくなり、巫良々はようやく違和感のなくなった喉に手を当てた。
特に体に変化はなく、首の締まっている感覚が消えただけ。
とりあえず問題一つ目解決。
『次。……貴方の質問は?』
「ルルべリアの当主証明書がいつもすぐに書き換えられるんです。どうにかならないかと……思いまして……」
『あぁ、あれ……。困りますよねぇ、私の管轄に何度も踏み込まれては』
口元に手を当て、少し上を向きながら考える。
常に口元だけが笑って何を考えているか分からない。
『ヴァイオレット様、私の方で動いておきましょうか』
『借りを作る気はないのですが』
『では恩返しとして』
『何かしましたっけ?』
『死んだ間に記憶が飛びましたか?』
にこにこと笑って腹の探り合いをする死の女神と氣の神に、星の神が呆れて間に入った。
『こっちで動いておくよ。手伝ってね』
『もちろん』
『頼みました』
そこは従うんだと内心少し驚きながら、リリスは小さくお礼を言った。
死の女神はリリスの頭を撫で、固まったリリスは恐る恐る黎冥の反対側に回った。
死の女神は苦笑し、黎冥はリリスを自分から剥がす。
『時間もないので次に行きましょう。まずは……記憶からですね』
『やはり貴方が目にかけた家系なだけあって人間離れした方が多い。何百人の記憶を溜め込んでなお自分の人格を保つのは普通は無理ですよ』
『その無理を見越してこの血にしましたから』
氣の神は巫良々の前に立ち、巫良々は顔を逸らした。
第八分校を中心に巫良々と関係する者、巫良々と黎冥圜鑒の関係性を知っていた者の記憶を全て奪い取り、自身の中に隠した。
人格の礎となる記憶を約三年間分、数え切れないほどの人数分。
それを自身の記憶に隠し、脳の許容量が越えようと誰にもバレないよう人格を保ち、あたかも記憶をどこかに捨てたような、消したような素振りをした。
普通の人間では絶対に真似出来ない所業だ。
他者の記憶の人格に取られたり他人の記憶と自身の記憶が混じって今が分からなくなったり、精神崩壊する理由は多々ある。
それを神の力なしで耐え続けたのは本当に血で洗練された才能か、その頭脳が故か。
どっちにしろヴァイオレットはこれを見越してアヤネを選んだのだとしたら末恐ろしい。
いや、こうなることを想像して創造主にこの血筋を作らせたか。
始まりの子、思想の子の血を引いた家系を。