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45.帰校

 ようやく戻ってこれた三週間を一日過ぎた日の昼。




 移動した部屋で神服に着替え、そのまま布団に寝転がった。



 アヤネに会いたいが嫌われている気がするし、何を話そうかな。

 機嫌は直っただろうか。もしかするとアレイと仲を深めている気がする。最悪だ。リリスを置いていけばよかった。









 ようやく戻ってこれたのに悩みが尽きず、ひとしきり悩んだあとにもうだいぶん遅い昼食を取りに向かう。



 船の中ではリリスが付きまとってきたのでほとんど寝れておらず、あくびをしながら食堂に行くと珍しくアヤネが食堂の中心に座っていた。多くの女子に囲まれて。




 こいつ本当に八方美人で人付き合いがうまいよなぁと思いながら、眠いし邪魔する気もないので特に声をかけることもなく奥の席に座った。







 あくびを噛み殺して眠気覚ましにコーヒーを飲みながら新しく出たらしい送られてきた論文に目を通していると向かいに誰かが座った。


 誰かと思えば妹だ。




「なんか用」

「アヤネさんのことで」



 同じくコーヒーの入ったコップを置き、机の上で腕を組みながらそう言った。


 思ってもいなかった言葉に思わず眉をひそめる。




「何?」

「胃潰瘍かなんか出来とるわ」

「は?」

「ルイ(にい)がたぶん腐蝕のなんかした時なんやろうけど、ここまで腐蝕の圧が広がって。それと同時に命の神と時の女神が降りてきたせいで中心の皆が倒れたん。で、起きてたんはアヤネさんだけなんやけど、腐蝕の圧で吐いたみたいで。その後も何回か咳に血混じったり体調不良で倒れとう。保健室に行った様子もないし(にい)に言う気もないと思う」

「またか……」




 アヤネが編入した初めの方、胃潰瘍で倒れて襲われかけていたのを黎冥が助けた。


 それがトラウマになっているかは知らないが記憶には残っているだろう。




 離れすぎたか、無理させすぎたか。




「……気ぃ付けとくわ」

「兄のせいで苦労しとんのやからちゃんと労いや。今集ってる女子たちも元々倍ぐらいおってんで。半分は兄狙いで私のとこにも来たし。一人で捌いたアヤネさん凄いわ」

「それが原因だろ……!」

「んなら余計兄のせいやんけ」

「お前分かってんなら囮になってでも助けろよ」

「私男にも女にも囲まれんのやけど! 女は兄のせいやからな!?」

「知るか」




 謎にキレてくる春纚(はるり)をぶった斬り、ぶった斬られた春纚はコーヒーを一気飲みした。

 頼りにならない兄ばかり。義姉ぐらい頼りになるといいが。





「てかお前なんで来たん。ソラと分校で待っとけや」

「ちゃう、力の確認して今神服待ちやねん。こんな情勢やから家の地位は高くてなんぼやろ」

「お前で上がるってどーゆーことや」

「私黒になれたから」

「……ソラは?」

「赤のまんま」

「使えねー。お前より男が黒なれや」

「兄黒やろ」

「俺の身代わりを用意しろ……!」

「じゃあさっさと子供産んで当主譲らんかい」




 昦瓈(そらり)が黒になったら当主の座はそっちに流せるし、双子の姉が黒なら弟も黒になる可能性はあると思ったが。


 あれが当主になるなら教職も研究も師弟も続けてアヤネにつきまとえるんだけどな。





「黎冥の血引いてんのに黒が五分の二ってなんなん。そのうち赤が二人て。せめて紺に上がれや」

「片親が力なしなんやししゃあない。兄の代で取り返してや」

「……俺がアヤネとどうにかなると思う?」

「思わん。じゃ」




 ずいぶん成長したと言うか生意気になった春纚はコーヒーを飲み干すと席を立ち、それと入れ替わりでリリスが座った。


 もう食欲は失せたのでコーヒーだけでいいや。





「妹と珍しいな」

「まぁ。どうした」

「巫良々の鎖が思ったよりも緩いだろう。まだ締まっている様子がない」

「あいつの体が異常なんじゃなくて?」

「異常だったとしても呼吸が締まる罰になるから関係ない。すぐ接触するんだろう?」

「予定変更。アヤネの体調が崩れたからそっち第一で考える」

「別に構わんが神を怒らせるなよ」

「怒るかどうかは神の勝手だろ」

「それをやめろと!」




 黎冥は足を組んで頬杖を突き、そこからしばらく仕事の話を始めた。


 主に第六十五分校の後処理と腐蝕した大岩の対応。



 亡くなった生徒もいるし、大岩に関しては参拝所なのでしばらく出入りを制限しなければ。


 また忙しくなりそう。











「この神話関係って死の崖に立たされるよなぁ」

「お前らが神と接触しすぎるからだろ。アヤが来るまではこんなことなかった」

「神と接触するのは神聖なことなんだろ。神に愛されてる証拠だ」

「こんな頻繁に接触するなんて歴史上でも異常だぞ」



 それはアヤネがいるから仕方ない。

 アヤネが死の加護を持ち続ける限り、この状況が収まらない限り、この接触はしばらく続く。




「力が廃れる一方のこの時代にアヤネが生まれたんだ。回復の兆しとでも思っておとなしく感謝でもしてろ」

「一人じゃ変わらんだろ」

「祈ったら加護が増えるって分かったのは誰のおかげだ。神石が、愛し子が増えやすくなったのは」




 たしかに問題も多いが、その状況下でも人側にとって有益な情報が出ているのはアヤネの人格あってこそ。



 アヤネが来たのは神が仕組んだことなのだろうが、神にとっては当たり前でも人にとっては生きている間に存在したことすら偶然だ。


 存在を当たり前と思い込んでいては見えるものも見えなくなるし手に入るものも入らない。物であれ、情報であれ。






「せっかく情報源が協力姿勢でいてくれんだから布教役が当たり前のように威張り散らすなよ。アヤネが協力してんのは本人の意思だってこと忘れんな」



 黎冥の鋭く冷たい視線にリリスは小さく頷き、話も終わったのでと黎冥はさっさと立ち上がった。










 部屋に帰る途中、後ろから視線を感じながら歩いていると向かいから巫良々とレチェットが歩いてきた。



 ラムス派からリリス派に寝返り家から縁を切られた元ハクサ家長女、今はリリスの忠実な下僕として巫良々の監視役になっている。





 巫良々の感情が全く読めない重い表情と、その雰囲気から感じられる圧がふっと軽くなった。




「やぁ圜鑒君。おかえり」

「鎖まだ締まらないらしいな」

「まぁ契約には色々穴作っといたからね。ちゃんと護身もしてるよ」

「それは何より。アヤネの体調が戻ったらその鎖解きに行くから」

「分かった。……にしても相変わらずの人気だね」

「ほっとけ」




 二人で一度女子軍の方に目を向け、そのまま静かに顔を逸らした。



 巫良々は苦笑い、黎冥は不服で面倒臭そう。




「アヤネがいないから狙われてるんだろう? アヤネが寂しがってたよ」

「嘘」

「あの子寂しがり屋だから。また時間がある時もない時も構ってあげて」

「無理難題すぎるだろ」

「娘の気持ちを無視する奴に娘をやる気はない」

「あー耳が痛てぇ。親よりも本人がどうなるか」

「希望はあるんだし頑張れ。私も菜弥も圜鑒君なら安心出来るから」

「お前とこんな話したくねぇ……」






 巫良々や女子から逃げるように部屋に戻った黎冥は少し溜まっていた仕事を始めた。


 黎冥たちがいないときを狙ってラムス派が巫良々に何度か接触しようとしていたり、ラムスが何度もルルべリアの当主を書き換えたりしているのでそれの対処。



 やるのは勝手だが周囲を巻き込んで仕事を増やさないでくれ。切実に。















 仮眠と思ってソファで寝た夕方四時。

 起きたら夜中の十二時過ぎだった。



 何故かブランケットがかけられていて、ソファの下ではアヤネがソファに突っ伏して眠っている。可愛すぎか。




 絶対に体が痛くなるであろう体勢で寝ているアヤネを抱き上げ、月明かりを頼りに机のランプだけ点けるとベッドにアヤネを寝転ばせた。



 寝るなら部屋に帰るかベッドで寝りゃいいのに、何故わざわざソファの下という狭い場所で座って寝るのか。向かいのソファも空いていたのに。









 風呂から帰り、面倒臭さと薄暗い怖さの二点から乾かさなかったというか乾かせなかった髪をタオルで雑に拭く。


 変な時間に寝たのであまり眠くないのだが、どうしようか。

 仕事もアヤネと他の神守が代わってほとんど溜まっていなかったし、溜まっていた分は終わったのでやることがない。







 九月も半ば。

 アヤネと離れ離れになっているうちに気付けば誕生日まで一ヶ月弱。


 アヤネの感情が分からなさすぎてもう自分から構いに行くのが少し怖くなってきた。




 春纚がおとなしく従順に育ってくれそうなので、結婚はせずに跡継ぎは春纚に任せるか。




 このまま離れたとして、自分の精神が大丈夫なのか不安になるところはあるがとりあえず何とかなるかもしれない。何とかならないかもしれない。


 言うて依存しては振られてを繰り返しているのでそれ方面の精神は結構強くなっているはず。もしかしたら意外と大丈夫なのかもしれない。





 最近が忙しすぎて歴代の彼女への気持ちが微塵も思い出せないが、頭の記憶にはなくても体の記憶にはある。たぶん。


 不安しかない。







 ソファの肘掛けにタオルを敷いて、高い肘掛けに首が痛くなるのも気にせず天井を見上げて考え事をしていると上からアヤネが覗き込んできた。

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