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14.出発から祈りまで

「席どこ?」

「三両目の左一列目」

「ふーん」




 黎冥はアヤネが持つチケットを覗き込み、聞いたくせに興味無さそうな声を出す。



 奥に進んだ左端の出入口が新幹線の駅に続いているため、そこまで歩く。





 二人とも一ヶ月間の遠征とは思えないほど軽装で、リュック一つ分で収まっている。



「また体調崩さないでよ」

「季節が変わらない限り」

「環境変わりますけど」

「……大丈夫」

「不安だなぁ……」





 例え熱が出ても雨が降ったとして休むことは許されないので言ってしまえば必要なのは根性だ。







 素顔の黎冥に集まる視線に居心地の悪さを感じる。


 アヤネは口紅だけなので不釣り合いと思われているのだろう。

 二、三歩離れて歩く。







 二人が駅に続く出口に足を向けた時、その異様な光景に眉を寄せた。




 壁の手前にプレゼントが山のように置いてあり、手紙やお菓子、個包装の袋も大きな箱も、種類形大きさ問わず置いてある。



「人気だな」

「お前だろ。跨いでいい?」

「蹴っていい」

「靴が汚れる」



 私事で履くことが多いので変に汚したくない。





 二人はそれを跨ぐと駅に入った。



「これって他の人に見られないの」

「力持ちがいない限り。力持ちは引き入れるから問題ない」

「神様の御加護?」

「まぁそんなもんだと思う」

「へぇ」





 改札を通って止まっていた新幹線に乗るとアヤネが窓側に座り、黎冥が通路側に座った。




「地獄」

「酔う?」

「いや人が多い」

「引き篭もりが」



 アヤネは鼻で笑うと鞄を漁ると本を取り出す。



 平日の夕方の指定席ということもあり、かなり空いていた。

 二人は黙って本を読み始める。





 今から数時間新幹線で一日船移動になる。

 今が七時前。

 ちょうど真夜中の十二時に本島の最南端に行き、そこから最南端島を経由して最西端島に行く。


 真昼間に着く予定だ。




「てかさぁ」

「何」


 アヤネの突然の言葉に少々驚きながら顔を上げた。





「手綱引かれるために弟子の解消出来てないんでしょ。兎童さんいなくていいの」

「さぁ。ほとんど意味ないしいいだろ」

「暴走神に暴走信徒」

「不名誉すぎる」




 不名誉と言うならやめろという話だが、死の女神に迷惑を掛けたくない命の神が暴走するのとまた同じ。

 不名誉な二つ名は要らないが辞められないのだ。




「本当に人の心がない」

「せめて欠けてるにしろ」

「九割九部欠けてる」

「ほぼないし」

「正解」




 アヤネの足を踏み、くだらないとまた本に視線を落とした。







 結局二人とも新幹線の中で眠ることはなく、皆が寝静まる中で新幹線を降りた。



「新幹線初めて乗った」

「よく席取れたな」

「そんぐらい知ってるわ」





 駅を出て、景色を見渡す。



 駅の道路のすぐ向こうは海で左側に港が見えた。



「あ、あの船だ」

「ねむ……」

「船で寝ろ」

「寝れるかな」

「三徹?」

「倒れるわ」



 だから寝ろと言っている。






 アヤネがチケットを二枚持って窓口で受付をすると、乗務員が案内してくれた。



 空きがなかったので六人相部屋だ。





 二人が案内されると既に三人が円になっており、酒盛りをしていた。


 黎冥は小さく舌打ちし、アヤネは黎冥の背をつねる。


 一日一緒にいるのに問題を起こすな。




「あ、初めましてー。同じ部屋の場々(ばば)です。よろしくお願いします」

「鼓です、初めまして」

「初めまして黎冥です」



 二人は靴を脱いで中に上がると靴を靴箱に入れた。




「黎冥ってあの黎冥社のか!」

「同姓ですけど違いますよ」

「そーかそーか! よぅ間違われるやろ!」

「はい」

「やっぱりなぁ! 同じ苗字の有名人がいると面倒臭いよなぁ! 兄ちゃんも飲むか!」

「下戸なので……」




 真っ白な部屋に二段ベッドが左右にあり、もう二つはベッドの下に埋まっている。


 階段で降りるようだ。




 小さな小窓からは海が見え、部屋の中心には移動させたであろうミニテーブルに酒とつまみが置かれ、一人はベッドに、もう二人は椅子に座っていた。



「ベッドって決まってますか」

「いや全然!」

「右の上借りても?」

「ええよ〜! おやすみ〜」



 黎冥は荷物をベッドに乗せると即寝始めた。



 アヤネはキョロキョロと見回すと黎冥のベッドの最下層、右の埋もれているベッドを指さした。



「ここって空いてますか」

「空いてるよ〜。どうぞー」

「ありがとうございます。気にせず楽しんで下さいね」



 アヤネは鞄を持ったまま階段を降りると、しゃがんでからベッドに入った。




 少ししてもう一人誰か入ってくるが特に興味無いので顔を出さず、そのまま眠りに落ちた。









 翌朝の七時、目を覚ますと少し状況を整理してからそう言えば船だったと思い出す。




 鞄を漁って私服を出すと先に個室シャワーに向かった。



 もう七時なのでちらほら人はいたが、皆十二時に乗った人達なので結構寝ている人が多い。




 温泉は二、三人がいたが個室は全て空いており、一番奥でたぶん唯一のまともな風呂になるであろう風呂に入った。



 頭の中で祈りを復習し、行ってから行うことの整理をしながら乾かした髪を編み上げる。




 そんな複雑な結い方は知らないので左右から編み込み、後ろでねじってまとめると簪を挿した。



 神服には向こうで着替えるらしいので今は私服だ。





 部屋に帰ると既に黎冥が起きており、ベッドに座って大きな紙と睨めっこしていた。



「あ帰ってきた」

「起きてたんだ」

「六時に」

「何見てんの」

「食堂行くぞ」

「はい」



 昨日の夜は何も食べていない。


 アヤネにとっては何も食べない一日だっため、非常に久しぶりに食欲がある。

 まぁパン一つも食べ切れないだろうが。




 ここの朝食はバイキングで七時からだったはずなので食べなくても問題は無いだろう。

 なんならジュースだけでいい。


「……ねぇパン半分ちょうだい」

「いいけど」



 後は水でいい。


 昼に空いていたら軽く食べよう。





 二人は数人がいる食堂に入ると一番端の窓もない角の二人席に向かい合った。


 黎冥は手に持っていたものを広げる。

 どうやら地図だったらしい。



 地形を叩き込めと言われ、アヤネが地図を見ている間に黎冥が朝食を取ってきた。


 パンとサラダとソーセージだ。


 丸パンを半分貰い、二人でかじりながら机に広げられた地図を覗き込む。



 黎冥常備のペンで祠に印を付けた。




「途切れさせたら駄目なんでしょ。何個もあんのにどうすんの?」

「時間決めて一時間ぐらい被る時間を作って交代する。先に組編(くみあみ)の範囲を決めないと」



 組編は全祠に設置するようで、範囲を決めて神と信徒だけの空間を作れるようにしなければならないらしい。



「直径三メートルぐらい?」

「両手広げた時の幅が身長と同じ」

「ちっさいし大丈夫だろ」

「自分に言ってんのか」

「あー……でも力に()てられるかも。四点五ぐらいの方がいいか」

「一応ね」



 祠を囲って印を付け、アヤネが組編の長さを計算する。



「十五点七、約十六メートル必要」

「それが二十四個」

「約三百八十メートル」

「足す二十二」

「四百」

「ギリギリか。……帰って編まないと」

「先にこっち」




 島の外堀から囲うか中心から潰すか。


 満場一致で中心からになった。



 島の中心部に命の神のかんざしがあるため、そのかんざしの祠に降ろす。


 その後に人だけか、神様もか知らないが中心に近い方の祠から転々と祈りを捧げる。




 一人二十五時間。


 黎冥が一日目の零時から日を越えた一時まで、アヤネが二日目の零時から翌日の一時まで、黎冥が三日目の零時から四日目の一時、という感じで必ず一時間は被るようにしておく。


 片方が祈っている間に片方は寝て食べて祈りの準備だ。




 もし何かあれば終わりの三時間前に知らせる事。

 絶対に無理はしないこと。


 無理して倒れて中断しましたでは降ろした努力が水の泡になる。




「結局神石(みせき)はなかったの」

「えーと、はい」




 黎冥はそう言うと服の下に隠していたネックレスを見せた。



 薄紫と桃色の間のような色の小石がガラスのクリスタルに閉じ込められ、チェーンに吊り下がっている。




「友達が持ってたの借りてきた」

「神石って何個もあんの?」

「神が古ければ古いだけある。今のところ、死が五つ、生が一つ、時が三つ、命が五つ、星が六つか七つ。想いと花と日も二、三個ずつある」

「星の神だけあやふや」

「一つは今鑑定中」




 アヤネは金属が付けられないのでネックレスは黎冥に託し、二人は昼食という名の作戦会議を終えると食堂を出て廊下を歩く。


「向こうで着替えるんでしょ。宿とか決まってんの」

「市長が手配してるらしい」

「よくこんな迷信っぽい話信じてるね」

「前市長が祠壊そうとして死んでるからな。工事に携わった人とその家族もほとんど死んでる」

「祟りってわけか」



 祟で死んだので信じるようになったと。

 次代の市長はプレッシャーが重かっただろうに。




「何日間起きてられる?」

「二徹は慣れてる。三はキツイかなー……」

「慣れ……?」

「八歳の頃に不眠症で二、三日間寝れなかった日が続いたから。何となく慣れた」

「波乱万丈だなぁ」

「平々凡々に生きたい」




 過去の放置看病や親の離婚、失明の事故や男遊びの理由を聞いていたらその願いが切実に聞こえてくる。


 人を可哀想と思ったのは初めてかもしれない。



 こんなことを言うとまた人の心が九割九部欠けてると言われるので黙っておくが。




「呼ぶのは二人でな。一番どっちにするか」

「どっちでも。徹夜出来んの?」

「繁忙期に徹夜は当たり前。二徹後は……どうだろ……」

「……一日目は五時間交代でもいいかも」


 三日間かけて呼び出した後、アヤネが五時間祈る。

 その間に黎冥は仮眠。


 黎冥が仮眠後は交代でアヤネが仮眠。



 アヤネは最低五時間寝ればギリギリ意識は保てるので二日目から黎冥、三日間アヤネとするか。




「あ、それでいいや」

「個室取りゃよかった」

「空いてたんだ」

「一等のダブルが一部屋だけ。防犯にと思ったけど」

「傷付いた」

「えぐって引き裂いてやるよ」





 二人は相部屋に戻ると黎冥のベッドに上がり、また地図で位置を確認する。



 中心に大きな山があり、それを囲うように住宅や宿がある。

 祠は山の中に点々とある感じだ。



 旅行経験済みの慧と兎童によると斜面はなだらからしいので問題はないだろう。





「……よし、じゃあ寝る」

「私も寝よ」










 目を覚ましたアヤネはベッドから這い出でると髪型が崩れていないことを確認し、荷物をまとめた。



 胃が痛いと思いながら足を抱え、神服を鞄の外側に出していると鉄の階段に黎冥が座った。




「寝すぎて眠い」

「それはただの馬鹿」

「もうすぐ着くらしい」

「はい」



 鞄を閉めると黎冥とともに甲板に向かった。




「おぉ〜、島」

「それはそう」

「私、こういう旅行したの初めてかも」

「新幹線乗ったことないわけだ」

「船も車もない。バスは一回だけ」

「つまんなそ」



 昔は国外にも全国にも行っていた黎冥は地図と島の地形を照らし合わせるアヤネを手伝い、それから数十分して船が港に到着した。




「市長だ」

「頼むから黙ってろ」

「はい」


 アヤネは口を閉じ、黎冥は母に鍛えられた外面笑顔を貼り付ける。


 アヤネの害虫を見るような視線は無視する。




「では宿へご案内します」

「お願いします」

「な……」

「黙ってろ」




 宿まで開口禁止令が出たのでおとなしく黙り、二人で別々の部屋に案内された。


 アヤネが着替えてから黎冥の部屋に行くことになったのでさっさと着替えて髪を確認し、黎冥の部屋の襖に声を掛けた。



「零点〜」



 返事がなかったので襖を開けると、ちょうど着替え終わったらしく振り返った。



 アヤネと同じく白基調のマントに、黎冥は青と金の刺繍が入っていた。


 詰まった襟にも青と金の刺繍のラインが入っている。



「なんで青」

「生の神の加護が強いから。アヤネは黒と紫な。死と星で」

「帰ったら入れろって?」

「業者に頼んでもいいし自分でも友達でも」

「あそ」



 黎冥は鞄の中から組編を取り出すと腕に掛け、玄関で落ち着きなくしていた市長に声をかける。



「では市民と観光客の立ち入りの制限をお願いします。非常に危険なため絶対に近付かぬよう」

「は、はい。よろしくお願いします……!」



 黎冥はアヤネを連れ、ある程度整備された山道を登る。





 ようやく見えてきた例に漏れず木造の祠の周りに組編を置き、二人が内側に入っている状態で端と端を繋げた。



 余りは傍の木にまとめておき、随時必要な分だけ切って持っていくことにした。



「それじゃ、苦行の始まり」

「祈りの間違い」

「等号で繋いどけ」





 二人は祠に向かって跪く。



「我ら、五大神が一人。命の神に仕ふる者。母なる大地、万物の創元の空作り給ひて此の大地に命の慈悲を。想ひの神と共に今あらぬこと」



 本来なら、これを三日間途切れることなくこれを言い続ける。

 それが正しいやり方で、皆これでやっていると言うのに。





 やはり黒は違うのだろうか。


 過去にも黒が土地神に祈った事はあるはずなのに、稀代の天才と神の寵愛を受けた少女だからか。



 黎冥が首にかけていた命の石が反応し、ふわりと持ち上がった。





 それと同時に項垂れなければ首の骨が折れそうなほど重い圧が掛かり、二人は息を詰まらせる。



『……あ』



 突然聞こえた声に二人は眉を寄せ、二人で視線だけを動かす。




 黎冥に状況を問いているアヤネは黎冥の視線の動きに気付き、自分もそちらに視線を移した。



 頬から細い指先が触れ、そのまま顎まで下がると顔だけ圧がなくなったように軽く上がる。




 目の前にいた人物、否、神物(じんぶつ)は青い目に紫の髪をしており、天女も見惚れるほどの顔立ちをしていた。


 アヤネも思わず息を飲む。




『見つけた……』


 頭に響くような甘い声が聞こえ、何故か鳥肌が立ち背中に悪寒が走った。



『名前は?』

「え…………あ、純音(あやね)……」

『……亜州の方か……?』



 頭に疑問符が浮かび、わけが分からないまま滲む視界で助けを求めて黎冥の方に視線を飛ばした。



 途端に首を掴まれ、首が絞まって目に溜まった涙が落ちる。



『……うん、ミシェルと同じ……』

『アーネスト、扱いを考えろ。死ぬぞ』



 そう注意され、ハッとすると慣れた手つきで気絶したアヤネを抱き上げる。




『祈り続けろ。命を重んじ想いを尊重し、死を恐れ生きた時を刻め』

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