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13.喫茶店

「アヤネ、ちょっとこい」






 黎冥の部屋に自由に出入り出来るようになってから、黎冥が寮に来る時ノックをするようになった。


 初めはノックして返事が返ってくる前にすぐ開けられていたが、アヤネがやり返すとおとなしく返事を待つようになった。



 放置したら勝手に開けられるが。

 それでも十分な進歩だ。





「何」


 隅っこで本を読んでいたアヤネが顔を上げると黎冥に手招きされた。



 最近、黎冥の表情で重要か、助手か、暇人か見分けられるようになってきたので仲もまぁ元に戻ったのではないだろうか。

 元々あまり宜しくはないので周囲から見ればかなり悪いだろうが。





 アヤネは本を置くと寮から出てローファーを履く。



「明後日って何時に行くの」

「何時でも。帰りが遅くなるだけだから」

「夕方に出て移動しながら寝て昼に着くか」

「じゃあそれで」

「適当め」

「着いたらいいだろ」





 入口からの直線をT字路の手前で左に曲がり、いつぞやの試着室に向かう。


 試着室質に向かう道は結構続いているが、奥にも寮がいくつか見える。

 ここは試着室やクローゼットが多い。




「なんで試着室」

「お前神事初めてだろ。神服合わせる」

「制服じゃないの?」

「基本付き添いの弟子は制服だけど。今回は長期だしお前もやるから」

「ふーん」





 アヤネが言われた通り前に手を出すと黎冥はそこに服を重ねていく。



 制服が揃っていたゾーンの左隣で、白いローブやマント、タスキや中の服であろう服が置いてある。



「……とりあえずそれ着てこい」

「はい……」






 何となく躊躇いながら試着室に服を入れて手を使って飛び上がる。

 隣は胸か、それよりも高かったがここはもっと低かった。

 普通よりは圧倒的に高いが。





 制服を脱ぎ、ハイネックのワンピースを着て後ろでリボンを締め、首元がVの字の同じ生地のベストを着ると襟元を整えた。



「上は〜?」

「とりあえず中」

「はい」




 前と後ろを見ておかしなところがないか確認するとカーテンを開けた。



「……裾長いな」

「そうなんだ」

「くるぶしぐらい」

「長い」


 今はギリギリ床に付くか付かないかの長さ。


 ただ、もう一つ短くなるとくるぶし上になる。

 短いよりは長い方、大は小を兼ねるという事で。




「サイズ変えるより端折った方がいいかも」

「裾三つ折りぐらいでいいの」

「そこは適当」

「あそ」



 軽く止めるぐらいならアヤネにも出来る。

 問題なさそうだ。



 と言うかこのくらいなら腰のリボンのところで端折ればいい気がする。




「ちょっと試す」

「え?」





 カーテンを閉め、リボンのところで幅を整えながら裾を上げた。




「どう」

「あ、それぐらい」

「他は問題なし?」

「ない。上巻いて」





 大きなマント。

 真っ白で本当に、一枚の布という感じ。




 それを後ろから巻き、等間隔で並んでいる細いチェーンを三本、落ちない程度の幅で左から右のブローチに巻いた。



「背ちっさ」

「お前にだけは言われたくない」

「それは小さくしてもいいかも」



 黎冥にもうワンサイズ小さいのを貰い、またそれを巻いた。



「マントはそれでいい」

「終わり?」

「まだ」





 あとは靴のサイズとチョーカーも付けられ、全てサイズを合わせた。





「神事の時は髪全部上げる」

「決まり?」

「いや、命の神の時だけ」

「神って案外人間っぽい」

「人間が進化したようなもんだし」




 アヤネは小さく頷くと神服から制服に着替えた。



「これって向こうで着替えんの」

「そう。着替えてから準備」

「へぇ」



 服を畳み、重ねてから寮に戻った。




「他の持ち物は?」

「えーと……特にないけど……命の神石(みせき)があればいいかなぐらい?」

「神石って神の石?」

「そう」




 神が気まぐれで落とす神の力の宿った石。


 土手に落ちている普通の石の場合もあれば宝石や岩石の場合もある。





 神を知らない研究者はその石を聞いた時、隕石を神と崇めていると笑うが実際あるものだ。

 黎冥は生、海、星の神石を持っている。


 他の二つは拾ったものだが、星の神石に関しては一目惚れして数十億で落札した。





「石……」

「まぁあったら気付きやすくなるだけだし。なくてもほとんど変わらないと思う」



 アヤネは軽く頷くと寮の中に入り服を棚に置いた。


「ねぇ着替えとかジャージでいいよね」

「今回二人だからなぁ……」





 腕を組んで悩む黎冥を見て首を傾げる。


「……予備でもう一着か二着あってもいいかもしれない。なくてもいいかもしれない」

「備えあれば憂いなし」

「念には念を。取ってこい」

「人を犬みたいに」





 黎冥に色々と聞きながら神服や祈りに使う紐を準備する。




「何その紐。と言うか綱」

組編(くみあみ)。載ってなかったっけ」

「もうちょっと細いのなら……」




 教科書に載っていたのは指ほどの太さの紐だ。


 黎冥が持っているのは二本か三本ほどのちょっと細めの綱。





「五大伸の場合はちょっと特殊って書かれてなかったか」

「例外ありとは……」

「その例外がこれ」




 命の神の場合はいつどこでどう暴走し始めるか分からない。

 それを牽制する死の女神を呼び出すまでに死者が何人出るか分からないため人を払い、神が外に出ぬよう結界を張る。


 五大神は非常に強力な力を持つため、普通の組編では切られたり破られたりすることがある。

 それが暴走神の二つ名を持つ命の神なら尚更。




「だから五大神用の組編の中でも命の神のは分けられてる」

「暴走神……」

「今度命の神が起こした事故事件調べてレポート提出しろ」

「何枚?」

「最低五枚」

「……はい」






 アヤネは自分の準備が終わったら黎冥の準備も手伝わされ、と言うかただの喋り相手。

 二人は一ヶ月の遠征に出るべく準備を進めた。










 アヤネが更衣室に向かうため道を曲がった時、俯いた視界に人影が見えて足を止める。



「なんでいっつも来れんの?」

「お前に監視カメラあるって言ったら」

「えうっそ」



 詩渚(しいな)の時も父からの手紙が届いた時も花の女神の時も、本当にタイミングが良すぎる。




 素の疑問だったが故に自分の服を見回し、視界の端に映っていた歩行者がもう少し向こうだと思いこみ、ぶつかりかけた時黎冥に肩を抱き寄せられた。



「お前馬鹿か」

「……中身がそろそろマイナスいくぞ?」

「俺顔面満点なんで」

「自己肯定感気持ち悪い」



 最近、黎冥は素の顔の時が増えた。



 アヤネ自身、ガリから普通になって目の下の隈を消せばそれはもう通り過ぎた百人中百人が見惚れるような美人。らしい。

 唯一信用出来る友人が言っていた。




 そのくらい美人なため、美男美女には耐性がある。

 ただ、その胡散臭い笑顔と気障(きざ)な振る舞いが癪に障るだけで。




「あ、今何時」

「おい」


 黎冥の腕を掴んで時計を覗き込み、あと五分で約束の時間という事を知る。





「まずい遅刻する」

「どっか行くの」

「出掛ける。五時には戻るから」

「行ってら」











 アヤネは早足で寮に戻ると私服に着替え、走って学校を出ると近場のカフェに入った。


「いらっしゃいませ」

「待ち合わせです」



 定員に席があることを伝えると友人が待つテーブルに行った。




「遅いよ、アヤ」

「ごめん羽耶(はや)

「ジュース奢り」

「デザート奢って」

「意味ないじゃん」



 アヤネはソファに座るとブラックコーヒーを頼んだ。


「で、話とは」

「一ヶ月島に行ってくる」

「……は……!?」

「詳細は言えないよ。手紙は送れるんじゃないかな」

「し、島? 一ヶ月? 旅行? また男? 新婚?」

「島。一ヶ月。仕事みたいなもん。男とは一緒。結婚はしてない」



 アヤネは久しぶりのコーヒーを味わいながら羽耶のケーキを一口貰う。

 幼馴染だからこそ出来る事だ。



「ここのケーキ美味しいよね」

「……まぁアヤが突拍子もないことするのはいつもの事だからつっこまないでおく。拒食症の方はどうなの?」

「変化なし。でもいっぱい食べても吐かなくなったよ。この前初めての焼肉行ってきた」

「元取れないでしょ」

「奢り」



 羽耶は呆れた表情で小さく息を吐く。



「また遊ばれてんじゃないの」

「そんなんじゃないよ。微塵もない」

「ないことに関しては信用出来るんだよね。依存してないって言うのは出来ないけど」

「ちゃんと別れたよ。今は男より女に恨まれることの方が多いしもうやめてる」

「本当? 良かった」



 ずっと危ない目に遭わないか心配していた羽耶は胸を撫で下ろした。

 アヤネは苦笑いを零す。



「……あ、そうだ。羽耶、黎冥社って知ってる?」

「当たり前! 急に何? 興味持った?」

「何作ってるところ?」

「アパレルブランドと電化製品だよ。元々大手電化製品会社だったんだけど結婚して奥さんが女優とかモデルやってるからそれの衣装を作るのに……。その息子が昔超有名俳優でね。聞く?」

「聞かない」

「急にどうしたの?」

「……黎冥社って有名?」

「そりゃもう常識ぐらいには」




 どうやらあのファンがおかしかったわけではないらしい。




 話題を変えたアヤネが頬杖を突いて羽耶の彼氏自慢を聞いていると、またお客さんが入ってきた。



「あ、見てすっごい美人。スタイル良〜」

「へぇ……」



 モデルか何かかと思いそちらを見た時、その人と目が合った。

 学びました。目が合ったら不運な事が起きる合図です。




「あれ、アヤネちゃん」

「……こんにちは」

「なんでお前いんの」

「そっちが来たんでしょ」



 私服姿の慧に手を振り、後ろから顔を出した変装黎冥を睨む。

 羽鄽もその後ろから勢いよく手を振った。




「アヤの知り合い? 紹介してよ」

「やだよ。私がいたたまれなくなる」

「私のコミュ力があれば」

「相手が悪いよ」




 黎冥が睨んでくるので睨み返し、慧に手を振った。


「また後で」

「楽しむんだよ」

「優しい人だね」

「女性の人はね」

「男性の方も。二人ともさ」

「あの二人と仲良く見えてるならその目腐ってるよ。出よう」

「行きたい喫茶店あるんだけど」





 アヤネは羽耶にドリンクとデザートを奢り、喫茶店を出ていった。





 慧は小さく笑い、黎冥に奇妙な目で見られる。


「アヤネちゃんのアレ聞いたか。仲良く見えるなら目が腐ってるって。とことん嫌われてるね」

「最近は気を付けてんだけどなぁ」

「やったらやり返されるからだろう。やられなくてもやらないようにしないと」

「頭から抜けるんだよ」

「それはただの平和ボケだろ」



 羽鄽の鋭いツッコミに黎冥は息を詰まらせ、慧は呆れた表情でティーソーダをストローで混ぜる。




 黎冥はブラックコーヒー、羽鄽はアイスティーだ。





「一ヶ月行くんだって? ここで嫌われるか平行か変わるよ」

「俺も行きたい〜」

「付いてきてもいいけどアヤネが不機嫌になる」

「それはそれで」

「俺が困る」





 男の意味深な会話に慧は溜め息を吐くと窓から見える横断歩道で他の友人と合流したアヤネを見た。



 あぁしていれば普通の女の子なのだ。

 やはり思春期で男といるのがまずいか。




「そう言えば師匠変更の申請は来たのか」

「来てない」

「勝ち誇った顔するな。環境の変化が嫌なのかな」

「俺を嫌ってないって発想にはならないわけ?」

「あの嫌そうな顔見えなかったのか」

「黎冥嫌われてるもんなぁ」




 黎冥は羽鄽の頬をつねり、不機嫌そうな顔で慧を見た。




「慧にするとあの二人と嫌でも会うようになるからだろ。(ゆだ)と明らかに合ってないし」

「まぁ……それもあると思う。黎冥は嫌ってるし私の所は合わない奴がいるし羽鄽は気持ち悪いし……」

「慧ちゃん俺だけ酷くない?」

「事実だ」



 二人の重なった声に羽鄽は項垂れ、まだ不満が残るような顔でコーヒーを飲み干した。





「帰る」

「来たばっかりじゃないか」

「どうせ遠征の事に口出すためだろ。嫌われたらアヤネが変えるさ」



 黎冥は机に万札を手をヒラヒラと振りながら店を出ていった。

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