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11.外食⑵

 羽鄽(ばぐら)が潰れ、アヤネが酔っ払った(ふい)と兎童に絡まれているとラストオーダーの時間になった。



 七時に来たのにもう八時半らしい。




「あ、生二本……」

「それ以上飲むな。帰れなくなる」

「だいじょ〜ぶ! 生二つ!」

「水三つ」

「少々お待ち下さい」




 アヤネは水を付け足すと慧に行った山盛りの肉が積まれた皿を(ゆだ)の方に渡した。




 委はそれを食べ始める。




「これ兎童さん払えんの」

「最悪後から徴収する」

「まとめて払ってあげればいいのに」

「俺反対派だったし」

「結局は乗ったくせに」

「色々あった」








 結局兎童が払えなかったので黎冥が立て替え、委と早津(さず)で兎童と羽鄽を支えてゆっくりと歩く。




「あー飲まされなくてよかった」

「わざわざ防壁作って飲まされたら意味ないし」

「お前勧めてなかったっけ」

「どうかな」




 やがて慧と兎童が正気を取り戻し、羽鄽だけが潰れた状態で歩いているとどこからか喧騒の声が聞こえてきた。





 どうせ不良のトラブルか酔っ払いの喧嘩なので無視して歩いていると、だんだん声が近付いてきている気がした。




 黎冥と目が合い、小さく頷く。





 学校の入口の隣に空き地があり、よく不良がたむろっているのだがそこからの声だ。



「これ入れる?」

「知らん」

「計算して下さい博士」

「どうやってやれと」



 二人が言い合い、ちょうど空き地に差し掛かった時。




 アヤネは見覚えのあるその男三人から顔を逸らした。


純音(あやね)……!?」

「純音! 誰そいつ!?」

「知り合いか」

「知らない人です……」




 こんなところで会いたくなかった。




 アヤネが早足に立ち去ろうとすると男三人が純音を止めた。


 黎冥は三人を避け、転ばそうと出てきた足を踏みながら横を通る。




「純音! いきなり転校して一言もなし!? 酷い!」

「純音、お前別れて一週間も経ってないのに新しい男!? しかも成人だろあれ!」

「純音ちゃんやり直そう!? 僕が悪かったからさ!」




 もう三人の声が重なり何を言っているか聞き取れなくなってきた。





 圧を掛けてくる三人から離れ、一呼吸置くと自分の所業を後悔する三人を睨んだ。



「話し掛けんなって言ったでしょ。わざわざ謝ってくるなら貸した金返せ。女と別れろ。発信機捨てろ。あんたらが欲しいのは私じゃなくて金と女と殴れるはけ口だろ。自分の都合で私を利用すんな。気持ち悪いし鬱陶しいし存在がストレスでしかない」

「あ、純音……ごめん……! お金は返すから! だから俺と!」

「他の奴らとは本当に何にもないんだって! 話してただけだろ!?」

「ごめん純音ちゃん、君が他の男といるのが許せなくて……!」




 この人間性のねじ曲がった男達はどうあしらうのが正解か。






「あや……」


 泥棒男がアヤネを掴もうとした時、首に腕が回され後ろに強く引かれた。

 その腕はアヤネの肩を抱き締める。




「純音〜、こいつら誰?」

「泥棒と浮気男と暴力野郎」

「元彼?」

「そう」

「ほんと人を見る目だけは育たないよなぁ」



 切れ長の大きな目をしたそこそこ美男な長身男はアヤネの頭に手を置くと、三人を連れて空き地に入って行った。






 アヤネは黎冥の元へ逃げる。



「お前男何人いんだ」

「今はフリーって言ったはず」

「さっきのは?」

「元彼三人と従兄弟。父親の弟の子供」

「狙われてんなぁ」

「いや従兄弟は奥さんいるし」



 アヤネは従兄弟に触られた肩を払い、髪を整えた。




「何歳?」

「二十一。十七で同い歳と出来婚してる」

「……お前の家系って全員同じ性格?」

「あれはただの色狂い。私は保身で付き合ってるだけ」





 彼氏がいると囲んでくる男が明らかに減るのだ。

 なので一番マシそうな奴を選んでいるはずなのだが、何故か全員性根が曲がってしまう。




「これも神様のせい?」

「違うだろ……」

「じゃあなんでよ」

「……お前が駄目にしてる気がする」

「はぁ?」





 アヤネは顔がいいし頭も気前も振る舞いも申し分ないので甘えに出た結果、腐ってフラれる。

 そんな気がする。





 黎冥の言葉の理解を諦めたアヤネは溜め息を吐くと黎冥に時間を聞いた。



「……八時五十七分」

「九時過ぎたら罰則でしょ」

「師弟一緒なら問題ない。罰則決めるの師匠だし」

「あそ。帰ろ」

「放置?」

「日越えるわ」






 アヤネは空き地を見ながら壁の中に入った。

 たぶん見られていないので大丈夫。




「寝よ……」





 散々な一日だった。




 アヤネは寮に戻って着替えると、その日の眠りについた。















 梅雨も半ば、ちょうど暑さが記録を出し始めた頃。

 早朝にアヤネの寮にノックが鳴った。



 灯りをつけて時間を見れば日が昇った朝六時。




「はい……」



 ゆっくり扉を開けて外を見ると、少し困り顔の男性が立っていた。

 確か生咲(きざき)だったか。




「あの、(つずみ)さん。黎冥先生のことなんですけど……」

「ついに女を連れ込みましたか」

「え、いや、違います」





 どうやら一昨日から音沙汰がなく、寮に行っても無視されるらしい。




 教師寮は鍵が生徒寮とは違い普通の鍵なので教員の鍵管理をしている匡火(ただび)に頼めば貸してくれるはずが、数年前に鍵を薬品で溶かしたと言って予備を渡したらしい。

 普通は交換の後にスペアキーを新しく作るのだが、黎冥に関してはそれ以来放置されている、と。




 教師は十分なスペースの代わりに防犯は少し緩く。でも大人なので襲われても対処出来るだろう。


 生徒はスペースが小さい代わりに防犯を確りと。子供なのでも小さな空間で大丈夫。




 神様鬼畜すぎ。





「事情は分かりましたけどなんで私ですか」

「慧先生が鼓さんならきっと開けてくれるからって……。食事もしてないんです。開けるだけでいいのでお願い出来ませんか」

「……分かりました。少し待って下さい」

「ありが……!」



 お礼の途中で扉を閉め、髪を整えると制服に着替えてローブを羽織った。




 扉を開けるとローファーを履いて教師寮に向かう。


 一番初めの案内で行ったので覚えている。





 確か、入口を向かいにした時に左側の細い道。

 その細道をまっすぐ、広間よりも奥に進み、左に曲がってすぐに左側にある螺旋階段を上がる。


 上がった先は左右に一本道で、等間隔に扉があった。





 一つの扉の前に五人が集まっている。

 匡火も加えたら六人。黎冥合わせて全教師だ。



「鼓さん連れてきました」

「ありがとうございます生咲先生。アヤネちゃん、説明聞いた?」

「はい」




 教師の輪の中に入れられ、一つの妙に威圧感のある扉の前に立った。




「お願いします」

「はぁ……。……零点男〜」



 と言うかこんな時間に起きているのだろうか。

 もし体調を崩していたら普通に昼まで寝ていそうだが。




 アヤネが扉を叩いて黎冥を呼ぶと、数十秒してから扉が開いた。




 扉を覗き込み、目が合った瞬間にお互いが動く。






 ジャージ姿の黎冥は反射的に騙されたと理解して扉を引っ張り、アヤネは右手右足を隙間に入れ、左手で壁を持ってこじ開ける。



 非力な二人がやり合っていると呆れた兎童が開けてくれた。




「……何」

「仕事が滞ってるらしい」

「違います。心配で来たんです!」

「心配ご無用ですー」



 黎冥は兎童が話した瞬間を見計らって扉を引いた。

 またアヤネに足を挟まれる。




「やめろ」

「私が来た二日目にお前がやった事だよ。覚えてるか知らんけど」

「……よく覚えてるわ。お前蹴って追い出したな」

「弟子蹴るなよ?」




 黎冥が黙り込み、周りの教師が奇妙なものを見る目で見てくる。

 発案者はきっとこうなることを予想して呼んだのだろう。


 まぁここまでなるとは思っていなかっただろうが。





「お前男に影響されて人間性腐ったな」

「私がこれ頼まれた時、一番に思い浮かんだのが女だったからな。自分の信用のなさを肝に銘じろ」

「お前の頭がおかしいんだろ」

「お前の信用のなさの話だよ」




 二人のオマケ罵倒を含んだ力比べで、結局は体調が悪いらしい黎冥が折れた。








「……何」

「ご飯も食べに来ないし状況も知らせないから心配してたんですよ。慧ちゃんがたぶん体調崩してるって言うから……!」

「ただの体調不良なのでご心配なさらず」

「食べないから治らないんだよ」

「動きたくない」





 もう帰っていいだろうか。


 こんな朝っぱらから喧嘩したら気が滅入る。






「……じゃあそれでいいね。アヤネちゃんもいいかい」

「何も聞いてませんでした」

「そうか、頑張って」

「お前料理出来んの……?」

「出来るわ。なんなら毎日作ってたし」

「信用出来ない」




 拒食症を悪く言うつもりはないが、本当に食べられるものか疑ってしまう自分がいる。



「私がここまで回復したの私の料理スキルあっての事だからな」

「ほとんど回復する要素ないだろ今の量は」

「……慧先生帰っていい?」

「黎冥が下に降りてこないからアヤネちゃんに看病任せたよ」




 アヤネは固まり、脳内に疑問符が浮かんだ。



「……私じゃなくても良くないですか。羽鄽さんとか暇そうじゃないですか」

「アヤネちゃんじゃないと開かないから。予定ありかい?」

「予定……はありませんけど……」

「お願いだよ。黎冥がいないと理科の授業が出来ない」



 羽鄽はいないのだろうか。




 アヤネが首を傾げて聞くと、羽鄽は教師ではなく黎冥の研究者仲間だと言われた。



「アヤネちゃんが全部代わってくれるならいいけど……」

「無理です。……食事運ぶぐらいなら別にいいですけど」

「本当かい」

「使い潰す」

「また嫌われるよ」

「一回も嫌われてない」

「今も嫌ってますよ」


 好いたことはありません。




「それじゃあ頼んだよ」

「……はい」

「じゃ鍵渡しとく。おやすみ」



 黎冥はアヤネの挟まった足を蹴り出すと扉を閉め、簡易チャイルドロックも閉めた。



 レバー式なのでレバーが動かなくなればどうにもならない。

 これは機械マニアの羽鄽作だ。




 ベッドに寝転がり、布団に包まると静かに息を吐いた。





 三十八度まで上がったのは久しぶりで、頭痛と耳鳴りが酷い。

 後は関節が痛いがそれはあまり問題がないので放置だ。




 やがてドアノブの音も収まり、黎冥は静かに本を読み始めた。

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