50.誕生日プレゼント
「アヤネちゃん、出掛けるん?」
「うん。用事」
「今日兄さんの誕生日やで!」
「ふーん」
「あれ、興味なし?」
「うん。関係ないし。じゃあね」
無事にすっかり忘れていた奉仕祭も終わり、遠征から帰ってきたばかりの稔想を通り過ぎて学校を出る。
今日は一人で買い物だ。
買って図書館で本を読んでから帰るつもり。
黎冥からしばらくの間外食禁止令が出されたので、流石におとなしく従っている。
ちなみに今日は警察が解毒薬を受け取りに来ていた。
だから顔を見られないうちにさっさと出てきたのだ。
警察や弁護士、それこそ教師など、信徒はどこにでもいるがその信徒が無関係の前でうっかりバラすと誤魔化しが大変になる。
他人の失敗で迷惑をかけられるのは御免。
その尻拭いをするのは拒否。
電車に乗り、空いた席に座ると本を読む。
今日はメイクをしているので周囲の視線が気になるが、これも慣れたので無視。
お昼前になりだんだん電車が混んできた時、ようやく降りる駅に着いた。
本校最寄り駅から一時間弱。
全国最大級の商店街だ。
あの会の繋がりで友人が経営している雑貨店がここにある。
かなり富裕層の人だったので金銭感覚が狂っていたが、どこか零と似ているかもしれない。
駅から続く商店街に入り、確かどっかの角だったよなぁと朧気な合っているかも分からない記憶でほっつき歩く。
どうせ全て回ったら見つかるだろう。時間はある。
商店街をぐるぐる回り、こんなに歩いたのはいつ以来だと考えながら商店街をキョロキョロと見回す。
髪は編んで流されているし服も自分で言ってはなんだが良いブランドしか着ない。オマケにこの顔と浮いた骨は服で隠れているのでスタイルはよく見えるだろう。
周囲の老若男女がずっと見てくる。いたたまれない。
いつも黎冥と一緒にいて、長らく刺すような視線と一つのまとわりつくような視線しか受けてこなかったので耐性がなくなったかも。
やっぱり楽な道に進むと険しい道には進めないよなぁ。
学校は決して楽じゃないけど。
また三十分、計一時間半ほど練り歩き、全然角じゃなかったと自分の記憶力を叱咤しながら中に入った。
「いらっしゃいま……」
「あ純音ちゃーん! 久しぶりー!?」
「ひ、久しぶり〜……」
店の奥から飛び出してきた店長こそ、サヴァン症候群を患い天才的な発想で全国の注目を集めている女性。
アヤネと出会った頃から既に大人だったが、その頃から店は経営していた。
大抵アヤネを中心として考えられるイベントの発案係としていつも皆に楽しいイベントをくれた、天才サヴァン。
「急に来たね!? どうした!?」
「髪飾りでも見ようかなと思って。久しぶりに会いたかったし」
「ゆっくり見てってね!」
お礼を言い、気分が爆上がりした本麦を見送りながらお店を見ていく。
黎冥が手入れするようになってから、普通のゴムや髪飾りでは滑り落ちるようになってしまったのだ。
今はかなりキツく縛ってあるので大丈夫だとは思うが、それでも緩む時は緩む。
なので髪飾りは縛るよりもピンで挿したりゴムを挟むものが楽かなと、気になったものから手に取って選ぶ。
「純音ちゃん、選んであげようか?」
「えいいの? お店は……」
「店員が優秀だからさ!」
「お、おぉ……。じゃあお願いしようかな……」
本麦は弾むように頷くと、服の系統を聞いてから合う髪飾りを見繕い始めた。
当てては鏡で見せて、それを繰り返す。
「本当に艶々な髪だねー……。お手入れ何してるの?」
「オイルだけだよ」
「えぇ!? ど、どうやって……」
「うーん……知人にやってもらってるから正直よく分かってない」
「お友達!? また聞いて教えて!」
「教えてくれたら手紙出すよ」
本麦は大喜びし、アヤネは気になった髪飾りを手に取る。
深紅に黒と白のチェック模様で、奥の二枚の羽は黒色だ。
足は赤で、普段使いしてもそこまで派手ではないようなリボン。
「お、お目が高い。最新作だよ〜」
「似合うかな」
「うん! あ、でもねぇこっちも悩んでほしい! アヤネちゃんみたいな美人に付けてもらいたいなって」
そう言って開けた棚から取り出したのはパールや綺麗な紫の石が二本連なった髪飾りで、お団子から垂らしたら可愛い感じの簪のような形。
「綺麗……」
「どっちにする……!?」
「ど……どっちにもするってのはあり……?」
「え……なし……?」
「なし……?」
二人が顔を見合わせて首を傾げると、アヤネは両方の髪飾りを手に取った。
「なしでも買います」
「絶対似合う! だって私だから!」
「久しぶりに髪飾り買ったけどいい買い物出来ました」
本麦はそれを受け取ると壊れていないか目を凝らして観察する。
どうしても皆が触るものなので外れかけていたり伝線したり解れが見えたりするのだ。
それを確認するのも仕事の内。
「これだけでいい?」
「もうちょっと見ていい?」
「もちろんもちろん!」
「兄さん、誕生日おめでとう」
そう言いながら向かいの席に座った稔想は読書中の黎冥に紙袋を渡した。
黎冥は本を下ろすと紙袋を見下ろす。
先程、紑蝶から馬鹿でかいプレゼントが届いたので警戒が解けない。
この姉弟は揃って何かやらかすことが多いので、一人やったらもう一人、と続く可能性が高い。
それがたとえ打ち合わせしていないイタズラでも。
静かに袋を押し返し、本を開く。
「なんでぇ!? 受け取ってや!」
「紑蝶から届いたあの箱見た? 信用出来ない」
「言うとくけど俺はふざけてへんからな!? 至って真面目やで!?」
「これでふざけだったら一生そういう人間だって思い込むからな」
「……ちょっと心配になってきた」
「ほらぁ!」
「真面目やけど兄さんが気に入るか分からんねんもん!」
足を抱える稔想の向かいでゆっくり紐を解いて箱を開けた。
真っ白な手のひらほどの重みのある箱に入っていたのは白い時計で、文字盤は歯車や星の形が噛み合った機械チックな時計。
「高級時計じゃん」
「ようやく定職に就けたから収入が安定してん」
「就いたんだ。……もしかしたら付けるかも」
「付けてや」
「言葉を変える。アヤネが時計じゃなかったら付ける」
「アヤネちゃん興味なさげやったで?」
「ねだったから」
「鬱陶しがられそうやな……」
いらないことを言う稔想を黙らせ、箱の蓋を閉めた。
既に羽鄽からと嫁陣達三人組、あと久しぶりに豐霳と悆絢からも送られてきたプレゼントが置いてある。
ちなみに黎冥はアヤネ以外の誕生日は覚えていない。
先日、稔想から誕生日が八月一日と聞いて思い出したばかりだ。紑蝶は何日だったかな。
「兄さんアヤネちゃんに構いすぎやで? いい加減ちょっとは距離取らなほんまに鬱陶しがられる。羽鄽さんの二の舞や」
「羽鄽みたいなヘマはしません」
「失礼やで」
「お前の方が失礼だろ。歳上なのに」
稔想は口をつぐみ、黎冥はコーヒーを口に含んだ。
ちゃんと加減はしている。
羽鄽のようなストーカーも鳴嬪のような執拗な誘いもシュルトのような面倒臭いアプローチも何もやっていない。
ただ、一室で髪を編んだり話したりするだけ。
「兄さんが一番くっ付いとるやん」
「アヤネが如何に気にするかだから。大衆の前で告られるより二人の空間で話す方が楽だろうし」
「読み切ってんなぁ」
「性格は単純なんで」
稔想は頬杖を突いて、黙っていれば品のある黎冥を眺める。
アヤネは会った頃から品のある、礼儀正しい子だと分かった。
その理由も巫砢々だろう。
巫砢々本人、非常に親しみやすく優しい性格をしていた。
それ故に一番初めにリリスを裏切って警戒させたし、自分の子供達の傍にいる人とは親しみ子供達に危害を加えないことを確認した。
アヤネのあのずば抜けた推理力もなんでも出来る才能も、数種の武道も巫砢々が育て習わせたものだ。
自分がいつか捕まることは分かっているしその際に敵対することも分かっていたから強く賢く、人に寄り添える子に育てた、と。
黎冥は黎冥で、稔想もだが、家がこんな名家なので物心ついた頃には既に躾は始まっていた。
礼儀から作法から、芸事、体術、勉強も神に対する忠誠心も。
全て育った環境で植え付けられたものだ。元から生えていたわけではない。いや圜鑒に関してはどうか知らないが。
それでも稔想が物心ついた頃にはいいお兄ちゃんで紑蝶と毎日喧嘩していたし弟達に手を上げる姉から守ってくれた。
それは武道の大会やコンクールの時も一緒で、ずっと一緒にいてくれた。
稔想は幼い頃から髪を伸ばしていたし、黎冥は小六で、今に近い髪型をしているのでそのせいもあったのだろう。
髪でいじめられることが多かった稔想を助けてくれた。
そんな何にも無頓着で、良くも悪くもだいたい悪くも全てに平等で依怙贔屓をしない黎冥と
品があり優しく知的、口の悪さを除けば完璧なアヤネ。
お似合いな二人だ。
アヤネにその気があるかは知らないが。
「何」
「応援してるよ」
「何きもちわるっ……」
「はぁ!?」
黎冥はコーヒーを飲み干すと席を離れ、階段を駆け下りた。
稔想もそれを死ぬ気で追いかける。
「待てなんや気持ち悪って! 撤回しろ馬鹿圜鑒!」
「五月蝿い五月蝿い。自覚したら撤回してやるよ」
黎冥は歩いて家具や道を駆使して逃げ回り、稔想はとにかく走って追い掛ける。
生徒の奇妙な目など気にしていられない。
「兄さん!」
一通り遊び終わった黎冥は食堂に戻り、いつの間にか黎冥達が座っていた椅子に座っているアヤネの向かいに座った。
アヤネのコーヒーを取って飲み干す。
「何やってんの」
「鬼ごっこ」
「兄さん待てや!」
「弟殺気立ってますけど」
「何かあったのかな」
黎冥はあくまでも素知らぬ顔で机に手を突き崩れ落ちた稔想を見下ろし、アヤネは息切れする稔想にたまたま持っていた水を恵んだ。
「アヤネ、誕プレちょうだい」
「んなもんない」
「えー」
「皆から貰ってたじゃん」
「そろそろ被りが出てきた」
「我儘言うなよ」
「ちゃんと受け取ってるじゃん」
アヤネは昼飯代わりのお菓子を食べ、黎冥は未だ意気消沈している稔想を見下ろした。
ずっと膝を突いて崩れ落ちている。
いい加減帰ればいいのに。
「……アヤネちゃん、俺ん時は頂戴な?」
「いいよ」
「なんで!?」
「やったー! 楽しみにしてる〜」
稔想は大喜びで帰っていき、黎冥は椅子に座ると盛大な溜め息をついた。
アヤネは本を閉じると立ち上がった。
「寮戻る」
「冷た」
「弟からのプレゼントで我慢しとけ」
割と本気で凹んだ黎冥はアヤネを寮まで連れて行くと自分も階段を上がる。
螺旋階段の途中から見え始める自分の寮のドアノブ。
小さな紙袋が掛かっていた。
淡い期待を抱きながらそれを取って中に入るとベッドに座る。
中に入っていたのはここ数年でよく聞くようになってきたブランドの時計。
ゴシック風で、やはり黎冥に似合うのか稔想と似た雰囲気の、でも黎冥がいつも付けているような黒い時計。
と、一枚のカード。
プロのような筆記体で
Happy 26th birthday ZERO