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10.外食⑴

 風呂上がり、皆が私服になり寮に帰る。




 個室風呂から帰ったアヤネが寮に入ろうと扉に手をかけた時、黎冥(れいめい)(ふい)羽鄽(ばぐら)兎童(とどう)の大声が聞こえてきた。




「鬱陶しい! 行かないって!」

「行くんだよー。アヤネちゃんも連れてきてさー!」

「仲取り持ってやるから」

「いっつも行かないので今日は行くんです!」

「離れろしつこい!」





 半ギレの黎冥に慧と羽鄽が腕を引き、兎童が横から説得している。




 飲み会の誘いかなんかかなと無視して寮に入ろうとすると、まさかのこっちに振ってきた。




「アヤネ! 助けて!」




 黎冥の必死な声に静かに手を振るとすぐに寮に入った。


 外から悲鳴と悪魔の笑い声が聞こえるが無視しよう。





 その声を聞きながら恥晒しだなぁと思い本を読んでいると突然叫び声が途切れ、静かになった。



 数秒後、寮の扉が開いていつも通り目の下に隈のある黎冥が覗き込んできた。

 死角から飛んでくる拳を意外と俊敏な動きでかわす。





「アヤネ、準備しろ」

「なんの」

「外食」

「行ってらっしゃい」

「強制」

「嫌だ」

「兎童の奢りだって」

「嫌」




 食べ放題もバイキングも元が取れないし普通に単品でも食べ切れない。

 両親が離婚した小五以来外食には出ていないし人前で食事をするようになったのもここに来てからだ。


 外食など行きたくない。





「大人だけで行って」

「他の弟子も来るから交流会みたいのもん。書類上の弟子なら来い」

「無理」




 二人が睨み合っていると、知らない女子が黎冥の下から顔を出す。



「うわぁすごい綺麗な空間……」

喜春(きはる)、勝手に覗くんじゃない。失礼だよ」

「黎冥先生はいいの?」

「俺は師匠だから」

「師匠でも駄目だろ」



 アヤネのツッコミに喜春と呼ばれた女子は人差し指を立てた。




「他人と同じく駄目な黎冥先生がいいってことは私も大丈夫!」

「良くない。勝手に覗かれてるだけ」

「……君何歳? 生意気だね」



 また増えたもう一人はスクエアの眼鏡の男子で、喜春の上に乗って顔を出す。

 たぶん十七ぐらい。




「十六」

「最年少じゃん。口の利き方には気を付けなよ」

「はい申し訳ございませんでした」

「生意気すぎ」



 迷惑なのはこっちだ。


 男二人と知らない女に家具だが一応寮という部屋を覗かれいきなり罵倒される。



 不愉快極まれり。




「おい早津(さず)(ゆだ)、嫌われんぞ」

「お前が言うな零点」

「師匠に言う言葉じゃないよねそれ。失礼だと思わないわけ?」

「思いませんね。ノックもせず入ってくる男に敬意を払う意味が分かりませんので」

「は? もうちょっと言い方ってもんがあるでしょ」

「そうですか馬鹿なので分かりません」

「お前いい加減にしろよ」





 二人が火花を散らしていると、流石にまずいと思ったのか慧が早津と委を寮から引き剥がした。




 皆が激怒する委を抑えに行ったので黎冥はそれを見送る。




「兎童の奢り。俺も少食だから気にすんな」

「分かってて来たんか」

「助けて。弟子がいなかったら飲まされる」



 どうやら黎冥は下戸も下戸、ビール一口で二日酔いまでなる下戸らしい。


 酒を飲ませられるぐらいならpH二、胃酸と同じぐらいの強さの酸を飲んだ方がマシだ、と。





「……お前が奢れ」

「……はい」

「着替えるから出てって」

「はい」



 私服の何着かは自室に置いてある。


 最近は向こうのロッカーが荒らされるようになったので私服と制服はここに置いているのだ。





 ジャージから私服に着替え、羽鄽(ばぐら)避けに隈を隠して軽く眉と紅だけ引いた。




 あまり待たせるのもあれなので髪は軽く梳くだけで済ませる。






 寮から出ると不機嫌になった委に睨まれた。

 心做しか早津も睨んでくる気がする。



「悪いね、この二人は黎冥大好きだから嫉妬してるんだ」

「……そうですか」



 スニーカーを履き、安心している黎冥を見上げた。




 この顔が嫌いになった気がする。




「いつもこのメンツなんですね」

「入学した時からの仲だからね。同級生と先生で」

「……先生……?」

「兎童は私達の師匠だよ。黎冥以外は解消してるけどね」

「なんで一人だけ」

「校長がね。黒を制御するのに師匠解消の申請を通さないんだよ」




 どうやら学校はそれはもう黎冥に圧を掛けていたので、いつかその仕返しをされるのではないかと怯えて兎童に形だけの手綱を引かせているらしい。


 実際、兎童は黎冥に付くことが多いし弟子が師に逆らうことも可能なので本当に気休め程度だ。





「聞いていいですか」

「なんだい?」

「兎童さんって何歳?」

「えーと、ご……」

「慧! 黙りなさい!」

「五十一」

「黎冥先生!」



 慧に気を引かれた兎童の隙を突いた黎冥に、兎童は眉を吊り上げた。





 兎童の殴りかかってきそうな腕を掴んで無理矢理下ろす。




「人の心はないんですか!」

「黎冥は昔から欠けてるだろう」

「おい慧」

「事実だよ。ねぇアヤネちゃん」

「あったことに驚いてます」

「辛辣すぎだろ」





 学校を出て近場の焼肉屋に向かう。

 美食家の兎童イチオシの焼肉屋らしい。




「五十一なんですね。二十半ばかと思ってました」

「え、そんなお世辞いいわよ」

「いや本当に。肌綺麗ですし二十五、六って言っても違和感ありませんよ」

「え!? ほ、本当……?」

「う……」

「本当本当」



 余計なことを言う黎冥の足を踏み、嬉しそうに笑う兎童をおだてておく。

 実際三十路半ばぐらいだが十ぐらい盛っても本人は気付かないものだ。


 鏡のないのここでは尚更。







「……兎童かわいそ」

「お前が余計なこと言うから」

「アヤネが聞いたんだろ」

「女子と男子に言われるのじゃ大きな差がある」




 五人が話す三、四歩後ろで二人は小声で話す。




 黎冥は理解出来なさそうに首を傾げ、アヤネは何故ここまで言って分からないのかと呆れる。









 十分ほど歩くとそこそこ繁盛した焼肉屋が見え、前日から兎童が予約していたそうですぐに席に着けた。




 襖の個室で七人。


 兎童、アヤネ、慧、羽鄽側と黎冥、早津、委側。



 早津と委が黎冥の隣がいいと言ったのでアヤネは慧と兎童の間に座った。

 何故か黎冥の向かいで。





 大人食べ放題七人を頼み、網に近いアヤネと慧が二人で焼く。



「アヤネちゃん食べてる?」

「食べてますよ」

「さっきから数枚しか食べてないだろ」

「貴方の注意力が低いだけでは」



 委の鋭い指摘を一蹴し、アヤネは小さめのものを一枚食べた。



 たぶんあと一枚は食べれるが大きさと種類によっては胸焼けするので程々のところで止めておく。




 少しすると黎冥も食べ終わり、慧に代わって二人で焼く。







「……やっぱり食べてない」


 委の鬱陶しい指摘に舌打ちをすると黎冥が渡舟を出してくれた。



「さっき夕食食べてたからだろ」

「せっかく気を使って言わなかったのに」

「えぇそうなの!? 黎冥先生なんで誘ったんですか!」

「絶対飲ませてくるだろ。明日仕事だぞ」

「あ、そうだ。慧ちゃん何飲む〜?」




 兎童はメニューを開き、自分と慧と羽鄽に選ばせると黎冥にもアルコールのメニュー表を渡した。

 黎冥は受け取るとアヤネに渡し、アヤネはスタンドに立てる。




「わ〜息ピッタリ!」

「お前もう飲んでんの?」

「飲んでませんよ失礼ですね! 弟子はこんないい子なのに!」

「絶対飲んでんだろ……」





 アヤネは鼻で笑い、黎冥は顔をしかめる。






 それからやってきた定員にお酒を三種類と早津と委のジュース二杯目も頼んだ。




 アヤネと黎冥は胸焼けと胃もたれと嘔吐防止にお茶をほとんど飲んでいない。




「アヤネちゃんもだけど黎冥もまぁ少食だよな。だから身長伸びないんだ」

「俺の場合食べた分だけ太るからな」

「いっそ縦にも横にも太ってから痩せたらいいんじゃないの」

「この歳で縦には伸びないだろ」

「モテなさそう」

「お前はあの人集りを見て言えんのか」





 つまりは顔が全てということか。


 身長はさして重要ではない子の方が多いのか。



「身長に変わるものがあればいいんだろ。黎冥の場合は力と知識と家柄だな。皆玉の輿狙ってる」

「そんな裕福なんだ。意外」

「逆に知らないのも珍しいぞ」

「あっそ」





 たとえ大きな会社だとしてもアヤネは興味無いので知っている有名人の方が少ない。




「黎冥先生は黎冥社の次期社長なんだよ。師匠の事知ろうともしないの?」

「興味無いんで。黎冥社って何?」

「海外にも出てる超有名社! 知らないの!? 今じゃ国民の常識! 黎冥製品使ってない家の方が珍しい!」

「委五月蝿い」

「黎冥先生自社のPR!」

「自社じゃないし社長になる気もない」




 これ以上寄って集られたらストレスで胃に穴が開く。

 社長なんかやる気はないしそんなことをするぐらいなら研究をしていたい。



「えー先生社長にならないの? 女子離れてっちゃうよ。立場なくなったら結婚出来ないよ」

「喜春、失礼過ぎるよ」

「だってさー」





 こいつ、人の事を失礼としか言わない。




 興味のないアヤネが肉を黎冥の皿に乗せていると定員がお酒を持ってきた。




「黎冥先生の父親は二代目黎冥社の社長さんでしょ。お母さんは女優だっけ?」

「女優だけじゃないよ。舞台役者も脚本家も作家もやってるし元ヴァイオリニストですよね! コンクールの金賞全部取ったって言う!」

「そー」





 何故外食に来てまで親の絶賛を聞かされなければならないのか。




 慧がアヤネとの仲を戻すというからおとなしく付いてきたのに騙された。







 アヤネは無心で肉を焼いては黎冥の皿に乗せる。

 もう食べないと言っているのにずっと乗せてくるので静かに慧に渡した。





 兎童は酔ってきて慧とともに笑い始め、羽鄽は突っ伏してアヤネの横顔を眺めている。


 当のアヤネは本当に無表情で思考が読めない。





「五月蝿いなぁ」

「飲んで忘れたら」

「防壁のお前が勧めたら本末転倒なんだよ」

「五月蝿いって言うから」

「飲んでも五月蝿さは消えないからな?」

「へー」




 アヤネが興味無さそうに適当に返事をするとまた委が突っかかってきた。



「もっと人の話に興味持ちなよ。せっかく言ってくれてんのに失礼すぎ」

「この人の親マナー講師かなんか? 人に文句しか言わないじゃん。そもそも他人の会話に頭突っ込んでくんのは失礼じゃないわけ? 肘突いて寄せ箸すんのはいいんですか。行儀が悪いのも同席者に失礼だと思いますけど?」

「アヤネ五月蝿い」

「お前のせいだろ」

「風評被害」

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