表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

ソロモンの財宝の秘密







               オリオン座


 平成9年8月10日、坂本太一郎は仕事の用で名古屋の栄に行く。車で行くのが便利だが、駐車場難で電車で行く。

 仕事の用事をすませて、ふと、栄の古本屋を尋ねてみようと思い立った。坂本は磯部作次郎のように、多読する方ではない。それでも、一ヵ月に4~5冊は読んでいる。

 古本屋に立ち寄る事はまずないが、磯部家の財宝探しに役立つ本があるかもしれない。そんな思いが心によぎったのだ。

 三越の向かい側の本屋に入る。栄では一番”大手”の古本屋だ。入り口は2間ぐらいしかない。奥が深く薄暗い。本棚には膨大な数の本が並んでいる。ざっと目を通して、店の奥に進む。奥に帳台がある。初老の男が鼻眼鏡をかけて、電卓をたたいている。帳台の周りにも本が山済みにされている。その奥から、初老の男は店の様子を伺っている。

 帳台の奥まで歩いた時、坂本は1冊の本を棚から取り出す。

“オリオンミステリ―”副題に大ピラミッドと星信仰の謎となっている。初版が1995年、それ程古くはない。

 本をペラペラとめくってみる。

――ギザの3大ピラミッドの配置はオリオン星座を模したものである。――

 この一文が坂本の眼を射る。

 坂本の心臓が高鳴る。ギザの3大ピラミッドの配置が常石神社、大善院、神明社の配置とよく似ているからである。

 坂本はこの本を買求めると、帰宅して貪り読む。

 ギザの3大ピラミッドは、クス王のピラミッド、カフラー王のピラミッド、メンカウラ―王のピラミッドである。

 クス王のピラミッドとカフラー王のピラミッドは正確に対角線上に並んでいる。問題はメンカウラ―王のピラミッドが2つのピラミッドの南西の対角線より、わずかに東にずれている。それにこのピラミッドは、他の2基のピラミッドより小さいのである。

 オリオン座の3つの星の内、ゼータ星とイプシロン星は1列に並んでいるが、後1つのデルタ星は僅かに東にずれている。その輝きの、他の2つの星と比較して小さい。

 クス王のピラミッドとカフラー王のピラミッドとメンカウラ―王のピラミッドの距離比率は0・9になる。

 坂本はオリオン星座の3つの星と同じような話が、磯部作次郎の本の中にあった事を思い出す。

 翌日、昼すぎに仕事にケリをつけると、磯部邸に駆け込む。2時間かけて、その本を捜し出す。

 以下、その本の文章。

 星の姿をした海神、住吉大社

 住吉大社には、第1から第4までの宮がある。順番に表筒男うわつつのお中筒男なかつつのお底筒男そこつつのお、姫神(息長足姫=神功皇后)を祀っており、初めの3神は、日本書紀にも登場する海の神たちなのである。

 日本書紀、神代上第5段一書第六は、住吉三神誕生のいきさつを、次のように記している。

 イザナミの神が火神カグツチを産む時に女陰を焼かれて死ぬと、夫であるイザナギが妻を追って黄泉の国までいったところ、妻の体はすでに腐敗していた。醜い姿を見るなというタブーをイザナギが破った事を、イザナミは恨み、泉津醜女8人にイザナギを追わせた。命からがら逃げかえったイザナギは、筑紫の日向で穢れを祓った。

 この時、海の底に沈みすすぐと、底津少童命そこつわたつみのみことと底筒男命が生まれ、少し浮上してみると、中津少童命なかつわたつみのみことと中筒男命が、また、海に浮かんで表津少童命うわつつわたつみのもことと表筒男命が生まれ出たという。底津少童命ら三柱の神が安曇連あずみのむらじの祀る神であり、底筒男の命以下三柱の神が住吉大神であったという。このどちらの神々も、海神わたつみであるところに大きな特徴があった。

 海の神が、そろいもそろって三柱なのかというと、これは”三つ星”と関係が深いとされている。

 住吉三神に共通の筒=つつが、本来”星”を意味している事は、

 万葉集、巻2ー196の柿本朝臣人麿の歌の中に、

 夕星ゆうつつの か行きつく行き 大船の たゆたふ見れば という一節があり、星をつつと呼んでいる事からも判る。

 海神が星とつながるのは、古代の航海において、゛三つ星”が重要な役目を負っていたからである。

 2月上旬、真冬の宵に南中するオリオン座の中央には、三つ星が輝く。この三つ星は丁度天の赤道を走り、真東から昇り、真西に沈む星として知られていた。従って、目標のない夜間の海上の目印として、オリオン座の三つ星は、海人達の羅針盤となっていたのである。

 住吉大社の本殿は西面し、東西に3つ独立して並んでいる。三つ星に擬している事は疑い得ない。

 以上この著者に対して、大和岩雄氏は以下のように反論する。

――神社の本殿は南面しているのが普通であるから、住吉大社の場合は特例の1つである。また神が一座以上の場合は南面して横に並ぶのが普通であるが、住吉大社の場合は東西に縦に並んでいる。西面の理由を、住吉の神は航海神だから海に向けたというのなら、他の神社と同じように西面して横に並べればいい。西面して東西に並ぶのは、まったく異例である――

つまり、大和岩雄は、オリオン星が、単に航海の目印という、それだけの理由で神として祀るだろうかと疑問を呈しているのである。

 この答えは、オリオンミステリーの本の中にある。

”ピラミッド・テキスト”の中に、全ての回答がある。

これは、エジプト第5王朝期に建てられた一基のピラミッドと、第6王朝の四基の内壁に彫られているヒエログリフの文章である。この文章が刻まれたのは、前2300年頃(ウナス王)から前2100年頃(ぺピ2世)の間と推測されている。

 ところが、世界最古の宗教文献であるこのピラミッド・テキストは当時の創作物ではなく、さらに太古に、すでに消滅した原典からの書き写しである事が判明している。

 このピラミッド・テキストは、ここ数十年間、宗教学者や哲学者たちから無視されてきたという事実がある。

 古代エジプトは太陽信仰中心説という、抜きがたい偏見が、学者の間に横たわっていたからである。

 ピラミッド・テキストは、死した王の魂は天に昇って星になるという信仰を述べている。つまり太陽信仰以前は、星信仰が中心であったと述べているのだ。

 ピラミッド・テキストには星やその動きにまつわる寓話が含まれているし、神話や儀式に関する記述に紛れて天文学的要素が隠されている。

 死した王が星として再生する信仰、その魂が天に昇り、死者と復活の神であるオシリス=オリオン座の星の世界に安息の場を見つけるという信仰が、ピラミッド・テキストの主要テーマである。

 何故オリオンなのか、ファラオは死後、天に旅立ち、オシリスになると信じられていた。この考え方に、どんな意味があるのか。

――ウナス王のピラミッドには、死した王をオシリス=ウナスと呼んでいる節が数十行ある。死後ミイラ化されたウナス王がオシリスとなることが強調され、オシリス化した王が星になるとも記されている――

 第18王朝の大臣、セニムトの墓の天井には、輝くオリオン座の3つ星と共に、大股の男の姿が見られる。この人間の姿をした”サフ”とオリオン座が同一されている。

――サフを形成するデカン(星々)に”前腕”と言った名称が付けられている事から、サフは人間の姿として表現されている――

 最古の部類に属する、マリンエムハト3世のピラミッドの頂石に、、サフリオリオンは大きな星を載せた大股の男として描かれている。

――それまで見えなかったオリオン座が南の空に現れる事は、オシリスが”生ける魂”への変貌を遂げた事を示している。このオリオンの第2の姿に死者を変えることが、葬儀儀式最大の目的である。それにより、新たなオシリスである死した王は、後継者の適切な処置を受けて、原初のオシリスの魂と一体化できる――

 シリウスは、毎年6月の末(ユリウス暦では7月中旬)に始まるナイル川の氾濫と関連があるとされている。

 オリオン座のすぐあとから昇ってくるが、これはシリウス星と同一視される女神イシスが、オシリス=オリオンと対になっているからだ。

 ではオシリスとは何者か。オシリス神話によると、

 オシリスは天空の女神ヌートの第1子であった。ヌートには、他に、イシス、セト、ネフティスといった子供達がいた。

 神であり、人でもあるオシリスはエジプト最初の王となり、妹のイシスを妻として迎えた。オシリスは徳のある王となって、マアトを制定した宰相である。

 ”神”トトの協力を得て、オシリスはエジプトに宗教と文明をもたらした。国は繁栄し、人々は平和な日々を送っていた。

 オシリスの弟セトは、兄を妬み、セトは陰謀を企ててオシリスを殺し、死体を切り刻んでエジプト中にばらまいた。

 この事件が起きた時、イシスにはまだ、オシリスの後継者となる子供がいなかった。

 イシスは密かに夫の断片を拾い集め、魔力を用いてオシリスの身体を復元した。これが最初のミイラである。

 オシリスが生き返ったため、イシスは交わることが出来た。オシリスは一時的に命を取り戻したに過ぎないが、彼の子を身ごもる事は可能だった。

 地上での使命を全うしたオシリスは、星(オリオン座)となり、天にある死者の王国、ドゥアトを統合する。イシスはセトを避けてヘリオポリス近くのデルタの沼地に身を潜め、やがてホルスを産んだ。成長して逞しい王子になったホルスは、エジプトの王位継承権をめぐり、セトに戦いを挑んだ。その戦いでホルスは片目を、セトは精巣を失った。決着はつかなかったが、最後には太陽神が若いホルスに有利な判決を下し、ホルスを最初のファラオであると宣言した。

 オシリスの悲劇と王位奪還にかける英雄ホルスの戦いの物語を手本として、エジプトは歴史を築いてきた。

 ファラオはホルスの生まれ変わりであると宣言して、自らの権限を正当化し、神権政治を行った。

 ホルス=王には、死後オシリスとして再生する事、すなわち冥界ドゥアトにいるオシリスと一体化する事が保証されていた。

 このホルスからオシリスへ、そしてホルスへ、という周期的な交替劇が、ファラオ崇拝の核をを成していた。

 この神話があるからこそ、冥界にあるオシリスの王国で再生されると信じられていた。


 この神話は、キリスト教徒が聖書を常識として熟知している様に、エジプトの民の全てが知悉していた。

 モーゼに導かれて”出エジプト”をはかったイスラエルの民も、長い間エジプトにいた。

 バアル信仰(牛頭天王信仰)と共に、3つ星の信仰も彼らの中に生きづいていたのである。

 2月上旬、真冬の宵に南中するオリオン座の中央には、3つ星が輝く。この星は、丁度天の赤道を走り、真東から昇り、真西に沈む星として知られている。

 従って、目印のない夜間の海上や、長い放浪の旅に出たイスラエルの民には、格好の目印になっていた。

 朝鮮半島から出雲に渡り、日本を征服したスサノオ一族にとって、3つ星は神聖視されたが、その真意は失われていく。

 住吉神社の3つの神殿の配置は直線上に並ぶだけとなった。

 話を基に戻して、常石神社と大善院は直線上に並ぶ。

距離も4百メートル程度、ところが大善院と神明社の距離は約8百メートル、常石神社と大善院を南北の直線にすると、神明社は西寄りにずれている。

 坂本太一郎の脳裏には1つの結論が芽生えている。

 磯部作次郎が指摘したように、常石神社=とこなめの名前に、磯部家の財宝の秘匿場所が暗示されている、と見る。

 古社から分かれた3つの社は、偶然、適地があったからそこに設けた訳ではない。古代人は、方位、方角に対しては、実に厳格な見方をしている。

――そこに山があるから、神を鎮座しよう――これは現代人の感覚である。

 そこに神を鎮座させねばならぬ理由があるから社を作るのである。これが古代人の感覚なのだ。


 坂本はここまで謎を解き明かして、伊勢の地に眠る財宝へと、後一歩と迫ったと感じている。

・・・これで珠江さんへの手土産が出来る・・・

 坂本は、お盆休みを利用して、珠江に会おうと考えた。


                 神山


 常石神社、大善院、神明社の3つの地点を、伊勢のどの場所に比定するか。

 伊勢の夫婦岩、ここが常石神社とする。常という字が常世の国を意味するなら、夫婦岩しかないと考えた。

 問題なのは、大善院、神明社の位置をどこに比定するかである。

 明應3年(1494年)に古社が3社に分祀された事は前に述べた通りである。その理由として、応仁の乱後、世の中が騒然としてきたので、神宝の散逸を防ぐためとある。

 当時、磯部家の勢力は大きかったに違いない。

 古社の奥の院に秘匿されていた、紫水晶、伊勢の地に眠る先祖の財宝を記した神宝等が、磯部家に返された。

 世の栄枯盛衰のならい。磯部家とても、いつまでも繁栄を謳歌するとは限らない。神宝が散逸する場合も考慮して、分祀した3つの社の位置を、財宝の秘匿場所としたに違いない。

 ここで、常石神社、大善院、神明社の3社の距離、位置関係を正確に把握しておく。

 常石神社と大善院との距離は3百90メートル。大善院から神明社まで、丁度その倍、7百80メートル。

 常石神社と大善院の方位は約南南西。大善院と神明社を結ぶ線はほぼ西に当たる。

 次に常石神社と大善院を直線で結ぶと,大善院と神明社の角度は55・5度。

 伊勢の夫婦岩を常石神社に比定すると、大善院が伊勢のどこに比定できるのか。

 坂本は伊勢地方の地図を眺めながら、確定できる場所を念頭に置いていた。

 その場所とは、伊勢外宮と内宮のほぼ中間に位置する猿田彦神社である。

 磯部作太郎の資料によると、伊勢の地を最初に開拓したのが猿田彦命である。磯部氏一族が石族と呼ばれていた頃、まず初めに建立したのが猿田彦神社と伝えている。

 猿田彦命は,前述した住吉神社と深い関りがある。

 長門の住吉神社の記録によると、

――穴門は山陰と山陽との接点であり、西海と内海との関門である。住吉大神は瀬戸内海を通じて、朝廷と神朝廷(伊勢)への橋渡しの役を務め,その神徳の中には、”みちびき”の神としての内容がある。猿田彦大神は嚮導の神として知られるが、この大神の功徳と住吉大神の神徳とは相通ずるものがある――

 神戸市東灘区住吉町の本住吉神社。

 この社は神功皇后が摂津へ還って来た時に、最初に住吉大神を祀った所である。現在の大阪の住吉大社の本宮として伝わっている社である。

 この社は戦火で焼失して、昭和36年に完成。戦災以来旧神戸一中の奉安殿としてお祀りしていた神璽を新本殿に奉還した。それまでは住吉大神を祀っていた仮本殿は境内東部に移築して、現在は”猿田彦社”としている。

 新本殿に住吉大神を移した後の仮本殿にサルタヒコが鎮座しているという事実。

 これは住吉大神=サルタヒコを示す事実なのである。

 サルタヒコには塩土翁という別称がある。

 堺市甲斐町に塩土老翁しおつちおじを祀る開口あぐち神社がある。同社の由緒書によると、神功皇后が三韓征伐の帰りに、海路の無事を守った塩土老翁が開口村に勅祭したのが創建とされている。古くから住吉大神と深い交渉を持ち、住吉の奥の院と言われている。

 開口神社が住吉大社の奥の院という理由は、塩土老翁が、三筒男を1つにしてその神徳を現した神、即ち住吉大神の別名同神だと言われている。

 ところで塩土老翁であるが、現在ではしおつちと呼んでいる。ところが丹後国一ノ宮、籠神社の奥宮では、しゅうつつと呼んでいる。

 古代猿田彦は、海洋の神として活躍していた。3つ星=オリオン星座の名前をとって、しゅうつつの神と称した。つつは星の古称である。それがいつの間にか、つつが土に変化する。しゅうは塩に、これは潮の神とみなされて塩と変わったと考えられる。

 しゅうつつの本来の呼び名は、しゅう星=シリウス星=オリオン星座なのであった。

 だからこそ、住吉大神=猿田彦(塩土老翁)=3つ星として信仰されてきたのである。


 話を元に戻して、坂本太一郎が常石神社=夫婦岩として、大善院(中の宮)=猿田彦神社とするのも、3つ星神話の原点としての猿田彦に注目したからである。

 だからと言って、それが財宝探しの目印という確証はない。

 猿田彦神社を大善院に比定すると、神明社に当たる地域が浮上してくる。伊勢地方の地図で調べる。

 伊勢市山添町の一角である。JR東海の紀勢本線のとくわ駅と、たき駅のほぼ中間、明和町のアラタマ教団から約3・5キロ南南西に当たる。

 伊勢の詳細図で調べると、昔からその一帯が神山と呼ばれている事が判明。目的の土地から南東に約5百メートル程行った所に神山一乗院という寺がある。海抜131メートルの小山の上にある。

 坂本は活気づく。この地が、磯部家の財宝の隠し場所という確証はない。ないが、莫大な財宝を隠すとすれば、運びやすく、いざという時に他へ移しやすいという地の利を考慮する必要がある。

 幸いこの地は櫛田川の上流にあたっている。川岸まで1キロ程で行ける。地図で見る限り川幅も広い。この地ならば、船で川を遡り、財宝を隠しやすい。

・・・この地に間違いあるまい・・・

 坂本の脳裏には磯部珠江のにこやかな顔が浮かぶ。

”結婚”の2文字が現実味となって、坂本の胸の内に押し寄せてくる。

・・・珠江さんに早く会いたい・・・

 磯部珠江に会うための”てみやげ”が出来たと歓喜する。あとは、実際にこの地に間違いないかどうかを確かめることだ。

 興奮を抑えきれぬ坂本は、夜10時という時間にもかかわらず、伊勢の磯辺珠江の家に電話を入れる。

 坂本太一郎は挨拶もそこそこに、今までの経過を早口でまくしたてる。

「見つかったのね。太一郎さん、おめでとう!」珠江の感嘆の声が漏れる。その一声で坂本は今までの苦労が消し飛んだ。

 4日後からお盆休みに入る。14日の早朝に常滑を出る。一度現地を確かめてから、そちらによる。詳しい事はその時に話すと言って電話を切る。

 その夜は眠れず、美酒で喉を潤してから床に入る。


 2日後、友人の父親が亡くなる。葬式の手伝いを頼まれる。こればかりは断れない。

 火葬場の関係で、お通夜を14日、告別式が15日と決まった。磯辺珠江に、伊勢に行く日の変更を連絡しようと思ったが、葬式の忙しさにかまけてうやむやになる。一方的に予定を変更して、驚かすのも一興かなと考えたりする。

 16日早朝、5時に自宅を出発する。車は当の友人のを借りる。野球帽を被り、眼鏡にサングラスをつける。半袖のシャツ姿である。夏風邪を引いている事にして、マスクを着用。

 坂本にすれば精一杯の変装姿だ。吉岡刑事からも注意されているが、身辺が監視されていると考えた方が無難だ。

 朝5時に自宅を出るのは、万が一にも尾行されていても、道路を走る車は少ない。尾行に気付きやすい。

 後方に尾行車がないか、バックミラーで確かめながら運転する。

 7時頃に津市内に入る。お盆休みという事もあって、交通量は少ない。

 それでも、四日市から、黒のクラウンが坂本の後をつけている気がする。坂本は思い切って、津市内の繁華街で右折して見る。黒のクラウンはそのまま直行している。尾行車でないことを確かめた上で、本通りに戻る。

 目的地へはアラタマ教団へ行く道を通った方が速いと判る。見知らぬ土地の、近道としての間道を走るのは、かえって危険と感じる。遠まわりでも、判りやすい道路を走った方が安全というものだ。”急がばまわれとはよく言ったものだ”

 国道23号線の伊勢街道に入る。前野という所で、伊勢街道とおさらばする。西に車を走らせると、左手に斎宮址への矢印の看板が見える。それを見過ごして、近鉄の鳥羽松阪線の踏切を横切る。鉄道と並行して走っている。道路を右に回る。櫛田川の櫛田橋を渡る。ものの5百メートルも行くと、左折する。その道を3キロ程西上するとJR東海の紀伊本線に突き当たる。それを超えると、神山一乗院の大きな屋根が聳えている。この山の北側が目的地である。

 磯辺珠江の伊勢の自宅は目的地から18キロ程南東に行った方角にある。車で行っても30分ぐらいのところか。

 坂本は一乗院の北側の山裾に車を駐車する。ここまで来る途中、不審な尾行車には出会っていない。

 ここは南と西が高く、北側が平地となっている。

 櫛田川が近くを流れているので水に恵まれている。見渡す限り、稲の穂が輝いている。

 畦道があるものの車は通行できない。

 田の周囲には、数人の影がちらついている。夏の暑さを防ぐために、姉さん被りに麦わら帽子、もんぺ姿だ。早朝に田の作業にかかり、陽が登りきらぬ内に作業を終えるつもりなのだろう。

 坂本は山裾の高台から遠望する。腕時計をみると8時である。

 この周辺に、磯部家の財宝が眠っているとは思えない。のんびりとした田園風景に、坂本の顔から失望の色が見える。度の強い眼鏡をハンカチで拭く。

 このまま、なにも調べもせずに、手ぶらで磯辺珠江の家に行く事は出来ない。

山裾を降りて、草むしりをしている”おばさん”達に尋ねようと考える。

 畦道を歩きながら、周囲に気を配る。不審な者がいないかどうか、野球帽を取り、薄くなった髪に手をやす。車を駐車した方を振り返る。マスクをはずして、野球帽をズボンの内ポケットに入れる。

 畦道を2百メートルばかり歩く。1人のおばさんに行き会う。

「すみません」おばさんは腰をかがめているので、坂本も腰を降ろす。おばさん、何事かと、手を休めて坂本を見る。

「私、地名の謂れについて、研究している者ですが・・・」坂本はにこやかに尋ねる。

 この一帯は神山という地名と聞いている。どういう理由でこの様な地名になったのか、知っていたら教えてほしいと頼む。

 おばさん、麦わら帽子を取り、姉さんかぶりの手拭いで顔を拭く。

「一乗さんのある、あのお山なあ」彼女は南の方向を指さす。

 小高い山だが、昔から神山と呼ばれていた。その謂れは知らない。戦国時代まで、あの山に大きな祠があったと聞いている。知る人もいなくなり、いつしか、地名だけが残ったという。

「このあたりに、洞窟みたいなものはありませんか?」

 おばさんは怪訝そうな顔で坂本を見る。そんな事聞いてどうするんだという顔をする。

 それでも「そんなもの この辺にはないわなあ」

 もっとも、もっと西か南へ行けばあるかもと答える。

「この辺に、何か、昔からの言い伝えでもありませんか」

「わしゃ、あんまり知らんだがなあ。およしさんなら知ってるかもしれん」

 おばさん、言いながら立ち上がる。

「おーい、およしさんよう」大声で手を振る。

 2百メートル程北の畦道にいた”およしさん”が立ち上がる。おばさん、手招きする。

 およしさんはこちらに歩いてくる。麦藁帽子をとって姉さん被りの手拭いで汗をぬぐいながら、坂本達に近ずいてくる。

「うめさん、なんやね?」

 およしさんは相当の歳のようだ。髪も白い。それでも肉体労働で鍛えてあるのか、元気そうな足取りだ。

「この方がさあ、この辺の古い謂れがあったら、教えてほしいと言っとるだが・・・」

 あんたは人間が古いから、何か知っているだろうと尋ねている。

 およしさんは立ったまま、坂本を見下している。坂本は立ち上がる。卑屈な程頭を下げる。

「この辺は新開地だしなあ、古い謂れなんぞ、ありゃせんわ」言いながら坂本を不審そうに、じろじろ見る。眼の表情が異様なので「何か?」坂本が尋ねる。

「2日前なあ、あんたと同じ事を聞いた人がいたわ」

 驚いたのは坂本の方だ。

「それはどういう事で・・・」委細を尋ねる。

 14日の朝、10時頃、一乗院の麓に黒塗りの高級車を乗り付けた5人の男達がいた。彼らは畦道の奥まで行ったり来たりして、何かを捜しているようだった。

 およしさんは、もう1人の仲間と草むしりをした後、一服して、お茶を飲んでいる最中だった。

・・・この人達、何しとるだあ・・・そう思いながら、男達の行動を見守っていた。

 30分ぐらい経過した頃だろうか、5人の内のリーダー格とおぼしき男が、およしさんに、神山の謂れや、この辺に何か因習でもないかを尋ねた。洞窟か何かないかとも聞いた。

 物腰は柔らかいが、しつこく尋ねた。


 坂本は心臓の高鳴るのをおぼえる。努めて冷静に、その男達の風体を尋ねる。その内の1人の風貌を聞いた時、坂本は身の凍るような肌寒さに襲われる。

 坂本は2人のおばさんにそこそこ礼を言って、その場を立ち去る。磯辺珠江の家にも寄らず、常滑に帰る。

 昼前までに家に到着したものの、食を摂る気にもなれず酒をあおって床に就く。

 14日の朝10時頃に、神山一乗院の現場に行く事を知っていたのは磯辺珠江しかいない。彼女には昼までにはそちらに行けると言ってある。

・・・珠江さんが、一連のこの事件に関わりがあるのだろうか・・・


 坂本の受けたショックは大きい。2時間ぐらいの就眠のあと、起き出してまた酒を喉に押し込みながら、推理を働かせる。

 およしさんの話だと、5人の男の内、リーダー格の男をはぶいては、いずれも屈強な男達だったという。

”現地”に坂本が現れたら、葬り去る手はずだったに違いない。財宝の在り処さえ判れば、坂本は不要の存在なのだ。

 坂本は吉岡刑事に忠告されて、身辺を厳重にしてきた。だが、坂本をつけ狙う者は現れなかった。

・・・現れないのも当たり前だ・・・坂本の行動は磯辺珠江を通じて筒抜けだた。

――珠江さんが、まさか信じられない――

 酒を飲んでも酔いが回ってこない。

・・・心底信じていたのに・・・坂本はあびるように、酒を喉に押し込む。彼の心から”結婚”の2文字が儚く消えていく。したたかに酔いつぶれた坂本の意識は遠のいていく。


              かまなき


 お盆休みの終わった20日、夕方、坂本の自宅に磯部珠江から電話が入る。

 14日の午前中に来ると言ってたのに、連絡がないので心配していたとの内容だ。2~3日前にも磯部の家に居るかと電話を入れたが不通だったという。

 坂本の心は冷え切っている。その言い方がいかにもわざとらしく聞こえる。携帯電話を持っている事は知っている筈だ。

 それでも坂本は表面上、冷静さを装っている。

 14日に行けなかったのは、友人宅に不幸が出来たためと答える。連絡しようと思ったが、多忙で出来なかった。

 16日に現地の下見に行ったが、成果が挙げられず、珠江さんに会うのが申し訳なくて、そのまま帰宅した。

 坂本は岸田洋、磯部幸一殺害の犯人をさそいだすための手を考えていた。磯辺珠江が一枚かんでいるとは、どうしても思えなかったが、現実を直視するしかないと判断している。

 坂本は努めて陽気に受話器に話しかける。

 先日の神山一乗院の現場は当てがあずれたが、これで諦めた訳ではない。むしろこの事で、磯部家の財宝の在り処が見えてきた。1ヵ月もあれば、その全貌がつかめると確信している。その時は必ず連絡すると話して電話を切る。

 確信がある訳ではないが、1ヵ月間の時間稼ぎが出来る。

 坂本は8月一杯は、磯部作次郎の資料や本から離れて過ごす。磯部家も閉めたままだ。

 伊勢から帰ってからというもの、酒浸りの毎日が続いている。8月も下旬になって、ようやく、磯辺珠江に裏切られたというショックも薄らいでいる。


 9月に入る。

 平静さを取り戻した坂本は、磯部邸で寝起きするようになる。建物は締め切っておくと悪くなる。

 主のいない磯部邸は森閑としている。今の坂本にはこの方が心地よい。

 ショックから醒めてみると、またぞろ、磯部珠江が恋しくなる。彼女がおかしくなったのは、伊勢の自宅に戻ってからである。岸田洋が殺されて以来、彼女は一度も常滑に帰ってきてはいない。衣類や日用品などを残したままである。日々の生活費は、磯部土建の給料として、坂本が仕送りしている。

 彼女の夢は乾家の再興にある。岸田洋殺害の犯人が、言葉巧みに磯部珠江に近づき、磯部家の財宝話と、乾家の再興を吹き込んだとする。

 彼女の事だ、深く考えもせず、その話に乗ったとも考えられる。

 もともと磯辺珠江は流れ流れて常滑にやって来ただけだ。磯部作次郎に見染められて結婚はしたものの、未亡人となった今、常滑に未練がある訳ではない。

 坂本太一郎と一緒になれば、経済的に身分が保証される。

・・・多分、そうに違いない・・・坂本の結論はそこに突き当たる。

・・・俺が好きだから結婚しようと思ったわけではない・・・

 坂本は沈痛な気分になるが、珠江が恋しい気持ちに変わりがない。

 こうなれば、犯人を逮捕して、珠江を我が物にするしかない。

 磯部家の財宝の在り処を見つけながら、犯人逮捕の方法を講じようと考えるのだった。


 坂本は常滑市街の地図を眺める。どこに間違いがあるのか、再検討する必要がある。10分、20分と眼を凝らすものの、良い知恵が湧いてこない。

 一旦地図から目を離す。眼を閉じて、亡き磯部作次郎の言葉を思い出してみる。

 ――常滑の地名と、常石神社に謎を解く鍵がある――

 常滑とは常石である事は判った。

 ふと、坂本は眼を開ける。古社が3社に分祀された時、当初、常石神社は高宮と称していた。

・・・常石神社とは何時ごろから呼ばれえるようになったのか・・・


 磯部作次郎の資料の中に、徳川幕府が成立して、約50年程経過した時の事。

 それまで、現在の保示町,山方町一帯が”トコナメ”と呼ばれていた。それが暫時、市場、奥条もとこなめと称されるようになっていった。

 高宮が常石とこなめ神社と呼びならわされるようになったのはその頃だとしている。

 問題なのは、何故常石神社に変更されたのかという事である。

 神明社遷座5百年誌をみると、面白い事実が発見できた。

――江戸末期の嘉永7年(1854年)の神明社の棟札に保示は釜之脇かまなきと記されている――

 現在、釜之脇は真福寺周辺のみを言う。

 もっと厳密に言うなら、保示会館の西に鎮座するオオワダツミ神社を南限とし、北を正住院までの約百メートル四方の地域である。

 それが江戸末期の頃の棟札には、釜之脇という広い地域があって、その中に保示地区が入っていたというのだ。


 頭を切り替えたところで、坂本はもう一度地図に目をやる。

 保示の真福寺の西の正門の西隣りに長田綿屋がある。ここは坂本の母の実家である。

 この一帯が”かまなき”と呼びならわされている。

”かまなき”とはどういう意味なのか、現在では知る者は皆無である。

 釜之脇とは、かまなきの当て字である事は言うまでもない。坂本は小さい頃、母の実家で遊んだことがある。

 母の父、おじいちゃんから、お祭りや天王祭の日に小遣いをせびって、夜店で飴玉を買った記憶がある。

 常石神社の地点に目をやり、保示地区に目を通していて、ふと、奇妙な事に気が付いた。

 坂本は、急いで、常石神社と大善院(中の宮)の地点を定規で線を結ぶ。その延長線上に、保示のオオワダツミ神社が乗っている事実を知る。

・・・これは偶然か・・・

 坂本は明確に否定する。古代人は方位や方角に異常なほどまでに執着する。

 常石神社、大善院、大綿津見神社が直線状に並ぶのは、ある種の意図が働いていると見るべきなのだ。

 常石神社から大善院まで3百90メートル。大善院から大綿津見神社まで8百40メートル。この距離に意味があるのだろうか。あったとしても坂本には謎でzる。

「もしかしたら・・・」坂本は古社の地と常石神社とを結んで見る。古社の真南2百90メートルの地点に常石神社がくる。古社と大善院、大綿津見神社の角度は、丁度30度。計ったように正確である。

 試しに、古社から大綿津見神社への直線距離は、大善院から神明社までの距離の丁度2倍。1キロ5百60メートル。

 ここで坂本はオリオンミステリーの本の一節を思い出す。

――セトは、ヒヤデス星団と結び付けられていた。牡牛座の頭の部分にする、V字型の星団である。オシリスの弟らしく、彼は空でもオリオン座のすぐ近くに位置していた――

 ギリシャ神話では、この星はヒヤデス星団のアルデバランであり、漁師あるいは巨人オリオンの、剣の位置を示すとされている。

 この星はオリオン星から伸びた”腕”とされる。

――紀元前2700年頃、シリウス(オリオン星)が明け方の空に現れるのは夏至の季節である。これはナイル川の氾濫が始まる時期とほぼ一致していた。ナイル川の氾濫によった、その周辺は肥沃な土壌と化す。

 やがてヒヤデス星団(牡牛座)が明け方の空に姿を現す。人々は種を蒔く時期が来た事を知る。

 それ故、エジプトで発生したバアル神は豊饒の神として信仰される。

 バアル神は時代が下ると共に牛頭天王として信仰され、中国から朝鮮半島、日本へと渡る内に、牛頭天王=スサノオとして変化していく。


 常滑市保示町の保示会館側に鎮座する大綿津見神社の主祭神がスサノオ=牛頭天王であるならば・・・。

 坂本はここまで推量して、1つの結論を得る。

 常石神社、大善院、神明社をオリオン星とするならば、大綿津見神社は牡牛座に比定されるのではないか。


 坂本は一息つく。眼を瞑り、幼い日の思い出に浸る。坂本の母の実家は、真福寺の西にあった綿屋である。

 7月になると、大綿津見神社のの東西に走る2百メートル程の道路は、夜店で賑やかになる。

 天王祭、神社前の広場で大人は踊り浮かれる。子供達は夜店で眼を輝かせて、欲しいものを買ってもらう。夜は花火があがる。

 母の実家の北側には、人1人が通れる程の路地がある。保示港を南北に走る県道に抜ける道である。

 10メートル程登坂で、その後県道まで下りとなる。

 路地の北となりが味噌、たまりの醸造元であった。小さい頃、ここで味噌を買って、母の実家で、味噌をご飯の上に乗せて食べたものだ。美味かった事を覚えている。今の味噌はこの様な芸当は出来ない。1年前に、試しに食べてみたが、まずくて喉が受け付けない。

 この醸造元は、今は廃業して、当主は市会議員として活躍している。

 この店の北側は山になっている。山と言っても僅か20メートル足らずであろうか。その奥は正住院の境内地である。

 正住院の本堂が東向きに建ち、境内地の西側にその威容を誇っている。本堂の西側が駐車場になっている。本堂の東側が崖地になっている。高さは20メートル程。明らかに、本堂を建立する時に山を削り取っている。

 崖の東側が墓地になっている。

 往古、この一帯が小高い丘であったことは、古老の話でも明らかである。坂本の自宅も山の上で、西側は崖地である。土管で土留めしたりして、崖地を形成している。

 磯部氏一族が保示の地に腰を据えた当初は、海岸線までなだらかな山裾だったのだ。

――この一帯が”かまなき”と呼ばれていた――


 かまなきとはどういう意味か、知る人は皆無である。坂本の母の実家あたりの古老に尋ねても、首を横に振るばかりだ。昔からこう呼ばれていたと主張するのみ。

 1週間ばかり、坂本はこの問題に取り組む。

 到達した結論は、神奈備かんなびである。

 言語は時代と共に変化する。同時に地域によって、発音が異なるのも、誰もが知っている。

 神奈備という言葉さえ、古代からこう発音されていたという保障はどこにもない。

 かまなき=神奈備が正しいかどうかは、磯部家の財宝が、実際にあるかどうかで、判明する。

 神奈備を百科事典でみると、以下のようにある。

――古代において神霊の鎮まる場所、小山や森のような所と考えられる。

 かんなびの語源について

①神の森の転訛、②神並び、③朝鮮語ナム(木)からおこり神木の意、④神隠かんなばなど。

 かんなび山の名称を持つ山は諸国にあるが、大和の三輪山が最も有名である。出雲(島根県)に多いために、出雲系の神を祀ったものとする説が有力――

 磯部氏の先祖がこの地にやってきた時、まず祀ったのがスサノオであった。大綿津見神社一帯をかんなびとして聖地とした。時代が下るに従い、人口が増え、”かまなき”一体に住居が建ち並ぶ。

 聖地を現在地の古社の地に移し、磯部邸氏の宝である紫水晶や伊勢に眠る財宝の在り処を示す資料も、古社に移したと思われる。

 やがて、信仰の対象が古社の地に移り”かまなき”の地はすたれていく。

 かまなきの地が古代の聖地だった跡がもう1つある。

 保示町の地名である。現在では保示と記すが、昭和51年、常滑市役所発行の常滑市史には”保璽”と記録されている。璽が難しい字のために”示”の文字に変わったと考えられる。

 璽とは、辞書で引くと、天子の印章、天子の玉と出ている。

 磯部家の先祖が常滑の地にやってきた当時”璽”とは磯部家の秘宝の紫水晶しかない。

 保示の保は、保つ、保管するという意味。

 よって、大綿津見神社付近が”かまなき=神奈備”と呼ばれていた頃、この神社に、紫水晶が保管されていた。

 璽を保する場所という事で、いつしか保璽と呼ばれるようになった。

 かまなきという地名は、現在の保示、山方地区一帯を示していた。かまなきと言われる現在の真福寺一帯が、古くは保璽と言っていた。

 かまなき=神奈備は、一般的な名称であるのに対して、保璽はその地域に住む人々の特別な名称であった。

 時代が下るに従って、保璽の地域は拡大される。”かまなき”は大綿津見神社の神域が縮小されるに従い、真福寺一帯のみを指す様になったものと考えられる。


 坂本はここまで考えて、時計を見る。午後11時を過ぎている。寝る時間である。

・・・無理に寝る事もあるまい・・・

 磯部家の財宝の在り処について、常石神社、大善院、神明社の位置が3つ星=オリオン星座に比定されたものと確信した時、坂本は鬼も首でも取ったかのような喜びに浸った。

 だが、問題はそう単純なものではないと知った時、ほぞを噛むような思いにとらわれた。

 保示の大綿津見神社と、千代の古社が深く関わっている。

 この5つの地点が、伊勢の地のどこに位置するのか、坂本は伊勢地方の地図を取り出すと、眼を皿にして凝らした。


             なめ神社


 平成9年10月29日、朝10時、晴天

 坂本太一郎は伊勢の内宮から南に5キロ程登った所に居た。東の方角1・5キロの先に五十鈴川が流れている。川幅も充分にあり、水の量も多い。

 南西方向1キロ先は水穴という地名の名勝の旧跡地となっている。西に鷲嶺の山脈が聳えている。

 伊勢内宮から南勢町に国道21号線が、五十鈴川に沿って走る。

 坂本のいる場所は、伊勢志摩国立公園の中である。北に前山が控えている。周囲を山に囲まれた平原地帯である。国道23号線で内宮まで行く。宇治から21号線に入る。周囲に人家はない。林道があるのみで、車の通行もまばらである。


 坂本は、この地が磯部家の財宝の在り処と確定したのは、いくつかの理由がある。

 まず第一に、常滑の古社の位置を伊勢の二見町にある夫婦岩に比定した事だ。

 夫婦岩は往古、伊勢の地にやって来た磯部氏の聖地として信奉されている事。

古社は、磯部氏一族の聖地であった事。よって、夫婦岩を古社に比定する事で、常石神社、大善院、保示の大綿津見神社に比較できる土地を割り出す。

 ここで問題なのは、古社から常石神社までの距離、2百80メートルそのままをあてはめると、夫婦岩付近に大綿津見神社が来てしまう。

 百メートルを百倍すると、和歌山県に入ってしまう。常識的に百メートルを10倍した距離で当てはめることになる。こうして割り出してみると、常石神社の比定地と、朝熊という地名までを1とすると、比定地と堅神という地名の2倍の距離になる。その北側に近鉄鳥羽線が走っている。

 大善院に比定する位置は、伊勢の内宮から南東に2キロ程行った所、伊勢街道の五十鈴トンネルの出口近くになる。

 大綿津見神社の比定地が、五十鈴川上流約2キロの地点、ちょうど五十鈴川と水穴と呼ばれる名勝跡地の間になる。

 坂本が地図上でこの地こそ、磯部氏の財宝の隠し場所と確定した理由が、神明社の比定地に、宮古という地名がピッタリと重なるからだ。そかも、大善院の比定地から、宮古の地点に線を引くと、伊勢の内宮が、線上に載る事も判った。

 ”宮古”はみやこと読む。みやこは都と書く。都は天皇家が在所し、政治の中心地である。この現象は、奈良時代に定着したと考えられる。

 天皇家の先祖が九州から大和地方に移動する前は、都はその国の大王の所在地を言う。

 伊勢の宮古は、玉城町宮古が正式な住所である。

 磯部作次郎の資料によると、玉城町宮古は、磯部家の先祖、石一族の所在地、政治の中心であった。

 常滑の神明社の位置が、宮古にくるのは、決して偶然ではない。

 坂本が磯部家の財宝の隠し場所を確定した第2の理由は、現地調査に臨んだ事だ。


 平成9年9月上旬、伊勢に赴く。

 朝5時、坂本の自宅から2キロ北に行った所にある、自動車整備工場の社長宅まで行く。

 坂本のクラウンは、数日前から6ヵ月の定期点検に入っている。前日、修理工場に電話を入れて、明日伊勢に行くから、代車を社長宅の駐車場において欲しいと頼んである。ここの修理工場は、自動車の販売も兼ねている。坂本住宅はお得意様だある。多少の無理は聞いてくれる。

 クラウンと代車のカローラと乗り換える。

 坂本は眼鏡用のサングラスをつける。山高帽子を被り、口ひげをつけて変装する。

 社長宅から県道に出る。周囲を注意深く見回す。カローラを名古屋方面に向ける。後をつける車がないかどうか、バックミラーで絶えず確認する。

 朝5時に常滑を出ると、四日市まで約1時間15分、津まで2時間ぐらい。早朝なので、すれ違う車も少ない。尾行されていない事を確かめながら、車を走らす。

 国道23号線は、伊勢の内宮まで続いている。内宮まで約3時間。ノンストップで走る。ここから度会郡南勢町への県道に入る。この道は五十鈴川と並行して走っている。内宮から約4キロの地点で県道を降りる。畦道のような道が水穴まで続いている。水穴まで約2・2キロ。

 水穴は宮川の支流の源流となっている所だ。この近くに矢持という部落がある。戸数数十棟あまりの小さな町だ。この町の真ん中には、外宮方面や南勢町方面に抜ける市道が貫通している。

 町は小さいが、コンビニや喫茶店もある。居酒屋も並んでいる。

 朝9時頃、喫茶店でコーヒーを注文する。伊勢地方は朝のモーニングはない。

しばらくして、坂本は、水穴について詳しい人は居ないか、マスターに尋ねる。店内は座席数が10席程度。約半数が埋まっている。皆常連客らしい。。平日の朝なので、若い人は居ない。暇を持て余したようなお年寄りばかりだ。

「水穴の事なら、わし知っとるし、親父はもっと知っとるがな」常連の1人がマスターの代わりに答える。

 坂本は眼鏡のサングラスを跳ね上げている。

「私、実は・・・」と、地名の起源に興味を持っていて、尋ね歩いていると付け加える。

 常連の1人は立ち上がる。頭は5分刈りでごま塩頭だ。背は高く、がっしりとしていて、ねずみ色の作業服に、長靴を履いている。他の者も同じような服装だ。

 坂本はダブルの夏服を着ている。革靴姿は山高帽が似合わない。

 男はカウンターの上の赤電話を取り上げると10円玉を入れて、無造作にプッシュボタンを押していく。受話器の向こうで声がする。男は一言二言喋ると受話器を置く。

「すぐに来るそうだわ。まあ、座って待ってや。

 余程暇を持て余しているのだろう。常連客は坂本をじろじろ見ている。

「水穴って、かわった地名ですねぇ」と坂本。

「かわっているというより地名そのものだわ」男は甲高い声で喋る。

 水穴は文字通り、洞窟である。沢山の洞窟があり、その底から泉がこんこんと湧き出している。その水が川となり、宮川へ注いでいる。

「この辺は洞窟だらけでなあ」別の1人が口を挟む。

「大きな洞窟はありませんか」

「お伊勢さんがすっぽりと収まるようなのがあるとは聞いた事はあるが。なあ、みんな」

 その男は他の者に同意を求める。

「しかし、そういうのがあるって、噂でなあ、本当のところは、誰にも判らん」ごま塩の5分刈りの男は、その男の言葉を否定する。

「だけどよう、なめ神社跡の洞窟の奥は、でかいという噂だで・・・」否定された男はむきになる。

「あそこは聖域だで、立ち入っちゃならねえだよ」

 5分刈りの男に一喝されて、盛り上がりそうになった雰囲気が静かになる。


 それから10分も立たない内に、カーキー色の作業服を着た、2分刈りの白髪の老人が入ってきた。

 5分刈りの白髪の老人は小声で話しかけると、

「わしら、これから寄り合いがあるもんでなあ」

 常連客全員が席を立つ。

 老人は黙って坂本のテーブルの席に腰を降ろす。歳は80か90歳ぐらい。顔中深い皺が刻み込まれている。腰も曲がっている。少し前かがみになって、出された水を飲んでいる。

 老人が水を飲み終わるのを待つ。

「すみません、私、じつは・・・」常連客に話したと同じ話をする。

「水穴の謂れは、息子が話した通りだがな」

 老人は無口なのか、これだけ言うと、黙ったまま坂本を見つめている。

「水穴、一度見たいんですけど、案内してもらえませんかね」

喫茶店の中で話をするよりも、現地を見ながら質問したほうが良いと思った。ただし、老人がどのように返事するか不安だった。

 「ええよ、別に何もやる事がないから」

老人は気軽に立ち上がる。曲がった腰を真直ぐに伸ばす。

 喫茶店から水穴まで約2キロ。

 北の方角に鷲嶺の山々が聳えている。水穴はその山裾にある。

「この川に沿って上って行けば、嫌でも水穴に行くわな」

 老人は速足でスタスタと歩いていく。普段から山歩きに慣れているのだろう。あまり歩きなれない坂本には、老人の後をついてくのがきつい。

 9月中旬とはいえ、夏の気配が濃い。

 町の中はムッとする暑さだが、坂道を登るにつれて、涼風が吹いて、しのぎやすい。

 川沿いに宏大な平野が広がっている。矢持の町にも近い。眼下を見降ろしながら、坂本は一息つく。

「すみませんが、ちょっと、休憩を・・・」

 老人は無表情で立ち止まる。落ちくぼんだ眼で坂本を見る。

「あそこの平原、キャンプ場でなあ」老人は間の下に拡がる光景を指さし説明する。

 水穴から湧き出す川の水はきれいで、飲み水としても適している。その為に、夏場ともなると、平原一帯はキャンプ場になる。

 10分位休憩の後、出発。

 水穴は人1人が入れる程の洞窟である。周囲には大小のいくつかの洞穴が点在している。

 中に入る。百メートル程行くと、大量の清水が湧き出ている。これが川の水源地なのだ。

「ここから湧き出す水はね、日照りが続いても、関係なく湧き出すのだよ」

 清水に手を入れてみる。身を切るように冷たい。一口飲んでみる。甘くておいしい。この様な水が飲める環境が羨ましい。

 洞穴をでて、坂本はそれとなく、本題に触れる。

「先ほどですがね・・・」

 老人が来る前、喫茶店で老人の息子とその同僚の話の中に”なめ神社跡地”なる言葉が出ている。その近くにお伊勢さんがすっぽり入る程の洞窟があると話している。

 その時、坂本は胸が躍るのを感じた。その中にこそ、磯部家の秘宝が埋蔵されている可能性があるのだ。

 坂本の話に老人は警戒心を抱かない。

「ああ、そこならなあ」

 老人は北東の方向1キロ先を指さす。

・・・やはり、そうだった・・・坂本の胸の高鳴りは最高潮に達する。老人の指さした、はるか彼方には伊勢湾が拡がっている筈だ。水穴の地域は鷲嶺の麓とは言え、矢持の町からみると百メートル程の高さしかない。周囲には山脈が連なっている。それに平行して走る、伊勢と南勢町を結ぶ県道が遠望できるのみ。

「そこ、案内してもらえませんか」

 坂本は腰を低くして頼み込む。

「ええけど、石碑以外、なにもあらせんで」

 老人は不思議そうに坂本の顔を覗き込む。

 山高帽子に付け髭、度の強い眼鏡に付けたサングラス、ネクタイはしていないものの、ダブルのスーツ姿、流行に敏感な者なら笑いだす様な格好だ。老人はぶすっとした表情で坂本を眺めるのみ。

 2人は一旦キャンプ場のところに降りる。細い道が五十鈴方面の県道へと伸びている。坂本が先程車で通った道だ。

「なめ神社って、変わった名前ですね」

 歩きながら、坂本は尋ねる。

「この辺はなあ、大昔、水が溢れていて、岩肌がぬめぬめしてたそうだから・・・」

  

 坂本は矢持の町に入り、喫茶店に入った事が良かったと判断した。見知らぬ土地に行って、1人であちらこちら歩き回るよりも、土地の人間に尋ねた方が速い。 

 現にこうして、この地域に詳しい老人に案内してもらっている。帰りに、喫茶店で老人に食事でも奢らねばと考えている。

「今でこそ、乾いた土地になっているがなあ」

 老人は喋る相手が出来て嬉しいのか、尋ねないことまで話し出す。

 老人の話は以下の通り。

 大昔、この一帯は、あちらこちらで清水が湧き出していた。露出した岩肌も多く、大地は水に濡れていた。

 五十鈴川の上流に近く、大雨が降ったり、台風などがあると、川は氾濫し水が溢れた。川幅も今よりも広く、舟で伊勢湾の河口まで下ることが出来た。度重なる川の氾濫で、この近辺も土砂で埋め尽くされるようになった。

「この辺はなあ、今でも1メートル程掘ると、水が出てくるところだでなあ」

 老人は歩きながら足元の砂地を蹴る。

 水の利といい、地の利といい、本来ならば水耕田に適している所なのだという。

「みてくれや」老人はあちらこちらを指さす。至る所に岩肌が露出している。あれさえなければ、この一帯は恵みを与えてくれる土地柄なのだと嘆く。

 道を歩きながら、老人の背中が丸くなる。

「こっちだ」老人は左手に曲がる。道とは言えないが、草木がなぎ倒されて、人1人が何とか通れる程の道が出来ている。

・・・案の定・・・

 老人が歩く方向は、坂本が探し求めている場所に近い。百メートル程進む。突然、草木を刈り取った百坪程の広場に出る。その北側に石碑が立っている。高さ1メートル程の、50センチ程の大きさの自然石である。

 老人は石碑の前に来ると、深々と一礼する。坂本も見習う。

 石碑は風化が進んでいるのか、苔むして青々としている。それでも正面のみがきれいな茶褐色の岩肌をしている。そこには”石神社跡地”と刻まれた文字が見える。

 「いし神社」坂本は声をあげて読む。

「石と書いて、なめと読むんだわ」老人が答える。

 老人は先程の話の続きをする。

 大昔、この一帯は、今のように土砂が堆積していなかった。五十鈴川の川幅も、もっと広かった。至る所から清水が湧き出していて、いつも岩肌がぬめぬめしてた。いつしか、この地域を”なめ”と称するようになった。

 そんな大昔、磯部氏の先祖”石”一族が伊勢にやって来た。当時伊勢地方には、蝦夷と呼ばれる先住民が住んでいた。石一族は彼らと融合しながら、この地に根を張っていった。

 いつごろかは判らないが、石一族は、ここに守り神としての石神社を建立した。主祭神はスサノオと聞いている。

 ところが、それから百年ぐらいしてから、伊勢の外宮が建立される事になる。同時に、石神社の守り神が外宮に移されて、石神社は石碑だけとなる。

「つまりだな、ここは伊勢の元宮って訳だわな」

 この一帯は、石と書いて、なめと呼ばれるようになる。

「このあたり、草も刈ってあって、手入れが行き届いているようですが・・・」坂本は老人の顔色を伺う。

「そりゃ、当たり前だわな。わしらが1年に一回は、清掃するもんな」

 9月に入ると、矢持の部落の有志が、草刈りに精を出す。その後、月のない夜に、海の幸や山の幸、お神酒を供える。石一族の先祖の遺徳を偲んで一夜を明かす。

「もっともなあ、若いもんは、1年に一回の行事を見向きもせんでなあ」

 この行事は自分や息子の代ですたれるだろうと嘆く。

 息子さんの事が話題に出たので、坂本は石碑の後ろの山中に、お伊勢さんがすっぽりと入る様な洞窟があるのではと切り出す。

 老人は無表情で声を出そうと、ぷっと唾を吐くと、呟くように話し出す。

 彼は小さい頃、石碑の奥にある洞穴に入っている。人1人が何とか、腰をかがめて通れるような穴が下の方に続いている。30分ぐらい降ると、突然巨大な洞窟に出る。湧き水が吹き出しているとみえて、洞窟の底は地底湖になっている。それ以上進むのが怖くなって、引き返したところ、人に見つかって、大目玉を食らった。

「この洞穴には、スサノオ様の御霊が宿っているんだ」

大変怒られて、その日は部落の主だった者が総出でスサノオ命の魂鎮めの大祓いが行われた。以来懲りて1度も洞穴には近づかないという。

「その後、誰か入った事は?」

「いないだろうなあ」老人は天を見あげる。快晴の空だ。カラリとした空気が漂っている。

 老人は石碑に一礼すると、元来た道を引き返す。坂本も後に続く。歩きながら老人は語る。

 一時期、伊勢の皇學館大學から、学術調査の話も出たが、矢持の部落の主だった者が反対したために、立ち消えになった事がある。部落の年寄りたちは、神聖な場所だから、踏み入らないし、若い者は無関心ときている。

「もっとも、今、洞穴の奥を調べたいと言われれば、反対する者はおらんと思う」

「どうして?」

「年寄りが少なくなっちまったんだわ」

 それにと付け加える。時代の波というか、反対の意見が出ても、一時期のように、頑固に主張する程の元気もなくなっている。

「もし、ですね、誰かが洞穴に入ったとしたら、どうしますか?」

「そんな物好きな者、居ないと思うが、まあ、居たとしても、黙ってみとるだけだわなあ」


 坂本は後ろを振り返る。石碑の向こう側は、なだらかな丘となっている。それがそのまま鷲嶺の山脈にと続いている。洞穴らしき場所は樹木で覆われている。

 周囲に繁殖する草木は人の背丈ほどある。五十鈴川に沿って走る県道からは、この地域を見出す事は出来ない。県道を降りて、矢持への、細い道からも石碑の場所は確認できない。

 ただし、洞穴に入れば、誰にも見つからずに奥に行く事が出来る。

 坂本は老人と共に矢持の部落の方へ歩きながら、興奮を隠しきれなかった。

・・・磯部家の財宝はこの地に眠っている・・・

坂本は確信したのである。

”石神社”と書いて、なめ神社と読ませている。常石と書いて、とこなめと呼ばせていた。

 常は伊勢の事。石はなめ神社の地に間違いあるまい。たとえ間違いであっても、坂本には成算があった。

 岸田洋殺しと磯部幸一殺害の犯人をおびき出すことが出来る。

 現地を自分の眼で確かめて、坂本は絶対的な確信を抱いた。

 10月に入る。坂本は伊勢の磯辺珠江に1通のファックスを入れる。

――10月29日、午後10時頃、地図に記した場所に来て欲しい――

 地図には”石神社跡地”までの行程を記す。

約1ヵ月間の猶予を見たのは”犯人”が周囲の状況を調べる時間を与えるためだ。

 矢持の部落や老人にも会うだろう。石神社跡地の奥に洞穴があるのも調べるだろう。あるいは洞穴の中に入るかもしれない。たとえ入った所で、磯部家の秘宝の紫水晶がなければどうしょうもない。 

 坂本は常滑警察の吉岡刑事に、今日までの事情を説明する。伊勢署の応援を依頼。

 伊勢署は三重県警の指図を仰ぎ”犯人割り出しの為に内密に調査に入る。

 坂本が磯辺珠江にファックスを送った日から、石神社跡地の内偵を行う。

 水穴を含むこの地域一帯は伊勢神宮の神域である。

 20年に一度の遷宮の時は、多くの桧材が木曽地方から運ばれるが、現在、木曽の山々から切り出される桧材は良質のものは枯渇状態にあると言われている。

 伊勢神宮では、それを見越して、10数年以上も前から遷宮用の桧材の確保に頭を痛めている。

 打開策として、宏大な神域の山々に桧の樹林が図られている。自前で桧材を確保しようというのだ。

 そのために、樹林の整備に、伊勢市内の有志による枝払いなどが行われている。

 とはいえ、この仕事は重労働であるために、営林署に依頼して、営林署の職員が行っている。

 三重県警は営林庁に協力を要請する。警察署員を営林の職員に成りすますのである。

 こうして石神社跡地を中心として、」警察署員が昼夜見張りに建つ。見張りを悟られないために、石神社跡地の上や、水穴、キャンプ場などに、恋人同士でのキャンピングカーで乗り付けたりする。

 こうして石神社跡地に、10数名の変装した警察官が見守る中、10月10日頃、数人のグループが石神社跡地に姿を現す。警察は望遠レンズで彼らの姿を撮る。

 彼らは約2時間、周囲を徘徊する。その内の1人が、草木で覆われた洞穴を発見する。リーダー格らしき小柄な男に指さして連絡。その草木を省こうとしたが、リーダー格の男が制止する。

 警察は写真を撮った数人の身元の割り出しに動く。


               紅天主教


 10月29日、午前8時半、坂本は石神社跡地に到着。彼のクラウンはキャンプ場に駐車。リュックサックに紫水晶を入れて背負っている。山高帽にワーギングパンツに長靴、ドローコードの付いたねずみ色のハーフコートを着ている。

 ドローコードの中には、懐中電灯、ライターなどの備品が入っている。手には30メートルのナイロンのロープを持つ。

 ここに来る途中、吉岡刑事から超小型のマイクロフォンを持たされている。ハーフコートの内側のシャツに隠してある。

 伊勢署や三重県警の警察官や刑事達は、主に、石神社跡地の後ろ、洞穴のある高台の奥に身を潜めている。

 坂本の声も録音できる体制を整えている。望遠レンズによるビデオの録画撮りも完備している。用意万端の上で”犯人”が現れるのを待っている。

 坂本はキャンプ場から石神社跡地まで歩く。背負った紫水晶が重い。肥満気味なので息が切れる。

 坂本は吉岡刑事との打ち合わせを反芻する。

 犯人が現れたら、岸田殺しを告白させる。洞穴に入る時は、磯部珠江と、犯人グループのリーダー格の男のみとする事。ただ坂本に危害が加えられる恐れがある。それだけが懸念材料だ。

 坂本は、たとえ自分が殺されても、磯辺珠江だけは助けねばならないと考えている。珠江への一途な思いだけが、坂本の心を動かしている。


 午前10時、背の高い草木の中から磯部珠江が現れる。紺のブーツカットパンツにスニーカーを履いて、赤とグレーの縦縞のハーフコートを着用している。髪は後ろに束ねている。広い額が鮮やかだ。眼が大きく、豊かな頬、朱を染めた唇が白い肌に浮き上がって見える。

 久し振りの対面なのに、坂本は磯辺珠江との間には、見えないベールで遮られている様な雰囲気があった。一度は将来を誓いあった仲なのに、2人の間には秋風が吹き抜ける。

「珠江さん、お久しぶり・・・」坂本はこれだけ言うのがやっとだった。

「太一郎さんもお元気そうで・・・」

 磯辺珠江がそれだけ言うと、つっと立ち止まる。その表情には坂本への親しみは感じられない。困惑したような、憂いに満ちたものだった。

 珠江が立ち止まった瞬間、

「坂本さん、久しぶりですなあ」草木の間から現れたのは寺島広三である。浅黒い顔に白い歯をのどかせている。にやついた表情は不気味にさえ見える。臆病で実直な雰囲気は感じられない。

「寺島さん!どうしてあなたが・・・」

 坂本は驚いて見せる。

 坂本の脳裏には、8月16日に伊勢の神山一乗院の裏手に行った時の思い出が去来する。

・・・あの時・・・およしさんというおばさんから、坂本が来る前に5人の男達が来ていた事実を聞かされている。

 その内の1人の人相が寺島広三にそっくりなのに驚愕したのである。

 体が小さく、髪が薄い。浅黒い肌で眼が小さい。

・・・寺島広三に違いない・・・

 坂本はこの時、事件の真相を垣間見た気がした。6月に寺島と向井の3人でみちのく教団に行った。帰りは2人と別れて岸田洋の実家に直行している。

・・・あの時、気付くべきだった・・・

 寺島広三こそが、岸田洋殺害の犯人だと推測した。推測した当時は、磯辺珠江が事件に絡んでいると感じた。その時の坂本のショックは大きかった。

 日がたつにつれて、冷静に判断する。彼女は寺島広三に操られているだけではないかと信じるようになった。

 坂本は寺島広三の出現を予期していた。

驚いて見せたのは、寺島と珠江の関係との関係を知らないふりをした方が得策と考えたからだ。

 もし、寺島の出現を当然のように振舞うと、勘のいい寺島の事だ、警察に見張られていると感づくかも知れない。

 寺島のすぐ後ろから向井純や10名ほどの男女が現れる。寺島の横に向井純が並ぶ。体の大きい向井が小さく見える。寺島の小さい体が威厳を放っている。

 10名の男女は皆若い。寺島を含め、全員が登山服姿に、ヘルメットをかぶっている。

「向井君、君!」坂本は驚いて見せる。・磯辺珠江の方に振り向き「これはどういう事!」大声をだす。

 珠江と向井は俯いたままである。

「坂本さん、2人に詰め寄らないで」

 寺島はにやついた顔で言う。坂本の驚いた表情が余程愉快だったのだろう。

「そうか、岸田君を殺したのは、寺島さん、あんたなんだね」

 ここが坂本の演技の見せどころである。

ここで喋る声は、洞穴の上の高台に潜む警察に筒抜けである。

「寺島さん!、岸田を殺したのは、あなたなんですか!」

磯部珠江が驚いて寺島の顔を見る。

 寺島は相変わらずにやついているが、明らかに事実を肯定している表情だ。

「ひどい、私を騙したんですね」珠江がヒステリックに叫ぶ。

「磯部幸一殺しもあんただね」坂本は寺島を指さす。

「私も殺す気か」坂本は詰問する。

 寺島の顔からにやついた表情が基ある。坂本が見慣れた真面目で厳しい顔つきになる。

「我々の味方をすれば殺しはしない」

「味方?」

「我々というより、珠江様の味方になって欲しい」

「私は・・・」坂本はぐっと息を飲み込む。腹に力を入れる。

「珠江さんが好きだ。だから磯部家の財宝探しに協力したんだ」

「それじゃあ、我々に味方するという事だな」

 寺島は勝ち誇ったように小さな眼を、かっと見開く。

「珠江さんの味方をすると言ったんだ。あなた達に味方する気持ちはない」

「ほう!」寺島は驚いたような表情をする。


 坂本は寺島に面とむかい合う。

 坂本の自信ありげな顔に、寺島や向井は一瞬、不安な表情をする。

 坂本は、寺島とみちのく教団に行った帰りに、不審な車に尾行された事、岸田洋が殺害されて、警察より、身辺を厳重にするように言われている事を話す。

 昨日、坂本は会社の事務員に、30日午前中に、坂本が会社に顔を出さなかったら、常滑警察署の吉岡刑事に渡す様にと、1通の手紙を預けてきたと話す。

 この手紙には、磯部家の財宝の在り処と、今日29日にその現場で磯辺珠江と会う事、岸田洋殺害犯は、みちのく教団やアラタマ教団の信者の中にいる事などが書いてある。

 坂本の話を聞いて、寺島の顔に安堵の色があらわれる。自分の名前が出ていないのに安心したのだろう。

 だが、寺島の表情が厳しくなる。坂本を殺して、その手紙が警察に届けられたら、捜査の手が自分達に及ぶのは必至である。

「ここから電話してもらうって手があるがね」

 寺島の言葉が荒くなる。坂本を威嚇しようという腹なのだろう。

 坂本は笑う。

「私から電話があっても、絶対受け付けるな。明日、私が出社しなかったら、届けろと言ってあるんですよ」

「事務員を脅して手紙を取り上げるって手もある」

「寺島さん、私が手ぶらでここにのこのこ来たと思っているんですか」

 まさか寺島がここに来るとは思っていなかったが、磯辺珠江の後をつけて、犯人がここに来る可能性は充分にあると説明する。

「事務員さんはねえ、今日1日、休暇をとって日帰り旅行を楽しんでいますよ」

 寺島は沈黙する。睨みつけるように坂本を見る。

「珠江様に協力するとあれば、我々はあんたに危害を加えない」

 寺島がこもった声で言った時、

「ひどいわ、私を騙すなんて」珠江が寺島に食って掛かる。

「珠江様」寺島は落ち着いて珠江を見る。

「乾家を昔日のように盛り返したいと希望されたのは、あなたなんですよ」

「言ったわ、でも、岸田を殺すなんて、ひどいじゃない」

 磯辺珠江の柳眉がきりりと逆立つ。しかめた様な顔が妙に艶めかしい。

「坂本さんからの情報を、逐一、我々の知らせて下さいましたな。あなたはすでに、我々に加担されていたんです」

 磯辺珠江は寺島に言い詰められて、言葉を失っている。

「私、どうしたらいいの」珠江は哀れな声を出す。

 寺島はそんな珠江を慈しむように見ている。

「珠江様、あなたを我々、紅天主教の教祖にお迎えします」

 寺島は坂本を見る。

「坂本さんと結婚してください」

 磯辺珠江は、はっとして寺島を見る。

「坂本さん・・・」救いを求めるように、坂本を見る。

「坂本さん、異存はありませんな」

「待ってくれ!」坂本は声をたてる。意外な成り行きに判断の思考が思う様に働かない。

「嫌なんですか」寺島は不思議そうな顔をする。

「嫌じゃない。珠江さんと結婚出来れば、こんな嬉しい事はない。でも珠江さんの気持ちが・・・」

 寺島は呆れたような顔をする。

「いいですか、坂本さん」寺島は子供に言い含めるような口調になる。

 磯辺珠江は磯部家の財宝に関する情報をすべて寺島に漏らしている。今日の事もそうだ。彼女はすでに、寺島に加担している。

「共同謀議って奴ですわ」得意そうな寺島の顔。

 珠江は青ざめて俯いている。

「とは言うものの、私どもは珠江様を罪人に仕立てるつもりはありません。私共の要求に従っていただければね」

 言い方がきついと反省したのか、寺島は真面目な表情になる。

「でもね、坂本さん・・・」寺島は声を小さくする。

 坂本が今日中に常滑に帰らなかったとする。坂本の言う手紙が、坂本住宅の事務員が常滑警察の吉岡刑事に届けたとする。

 当然ながら、警察は、みちのく教団はもとより、アラタマ教団、磯辺珠江らの身辺まで調べるだろう。そうなれば自分達の身の回りも危険になる。

 誰も警察には捕まりたくない。遺憾ながら、磯辺珠江には、この世から消えて得もらうしかない。

 その言葉を聞いて、珠江は、びっくりして顔を上げる。寺島の顔は厳しい。冗談を言っているのではない。

「それじゃあ、このまま、何も無かったことにして、常滑に帰ったら・・・」

 坂本は珠江をかばう様にして言う。

「坂本さんが警察に垂れ込まないという保障は何も無い」

 寺島は、坂本が常滑に帰る時は一緒についていくと言う。

「私、坂本さんと結婚しますわ」

 坂本の背後で、磯辺珠江が蚊の鳴くような声で言う。坂本はびっくりして振り返る。

「私、坂本さんが好きです。それに、一度は将来を誓い合った仲です・・・」

「これで三方、丸く収まったわけですな」寺島は愉快そうに笑う。

 坂本は不愉快そうに寺島を見つめる。

 坂本には寺島の意図が判る。2人が夫婦になれば、2人の中は一層強くなる。坂本は寺島の言いなりになる。いわば、珠江は人質なのだ。

・・・結婚するしないは別として、何としても珠江さんを助けねば・・・

 坂本達の会話から、洞穴の上に潜む警察が今飛び出す事は出来ないと見ている。坂本はおろか、珠江の命さえ危険に陥る。

・・・どうしたものか・・・坂本は思案にくれる。

「ところで坂本さん、どうしてここが財宝の秘匿場所と判ったんですか」

 寺島は、坂本や珠江、向井やその他の者に、その場に腰を降ろす様に促す。

「まだ11時だわ。ようやくここまで来たんだ。洞穴に入るのに急ぐことはない」

 坂本も珠江も仕方なく腰を降ろす。

「磯部幸一と岸田洋をどうして殺したんですか。私にはその事に興味があります」

 その事を話してくれたら、財宝探しの経緯について話そうと、坂本は交渉する。寺島が話せば貴重な証拠になる。

 寺島はしばらく思案していたが

「お2人さんはもう我々の味方だ。話してやろう」

 大見えを切ると、後ろに控える10名の者に「誰かコーヒーかお茶、持ってきているな」

 1人が荷物を解く。紙コップを取り出し、ポットからコーヒーを灌ぐ。1人1人にコーヒーがいきわたる。


「まず、磯部幸一だわな」寺島は熱いコーヒーを、ぐっと飲み込む。青空に目をやる。小さな眼をぱちつかせる。


              磯部幸一殺害


 中村健治こと磯部幸一が殺害されたのは平成9年1月10日前後。場所は三重県久居市鳥木町。

 殺された磯部幸一は、手の指を切断され、体中に暴行の跡があり、まれにみる猟奇殺人事件として報道されている。

「この場所は、わしらの修行の場として最適だった」

 寺島はその場にどっかと腰を降ろす。坂本も珠江も地面にべったりと尻を落ち着かせる。後ろに控える若い男女も腰をおろしている。

 坂本は寺島ののろのろした動作に、却って不安を覚える。

「こんなに落ち着いていていいんですか?」

「坂本さん、何か急ぐ用でもあるんですか?」

 寺島は小さな体を大きく見せ、胸元を拡げてみせる。

「でも、まだここにあると決まった訳ではないだしょう」坂本は答える。

「ここまで来たんだ。まず間違いはないと思うが、万一なかったとしても、坂本さんの事だ。必ず見つけてくれると信じている」

 寺島は坂本を直視する。

「お宝は大事だが、坂本さんがわしらの味方になってくれる事も大事なんでね」

 その為に、自分達の為してきた事を正直に話すんだと、寺島は答える。

「急ぐことはないさ・・・」寺島は空を見上げて呟く。

「しかしだ、坂本さん」寺島は厳しい顔つきになる。

「磯部家の財宝がここにある事を確信しているのでしょう」

 坂本は頷く。寺島達を安心させる必要がある。たとえ間違っていたとしても、その時はその時だ。要は、この場から磯辺珠江を無事救出しなければならないのだ。

「この場所に至った経緯を、後で話してもらいますな?」

 寺島は坂本の返事を聞かずに、磯部幸一と岸田洋殺害について、口を滑らす。その声は朴訥としている。まるで他人の犯した行為を見聞きしただけと言うような冷たさが漂っていた。


 島木町で一軒家を借りたのも、それだけの理由がある。某オカルト集団が無差別殺人を行ったりして、宗教に対する世間の風当たりが厳しくなっている。

 紅天主教という宗教団体は、無名だから世間から色眼鏡で見られる事はないと考えていた。

 だが、万一、名前を出して、大家さんに拒否反応を起こされたら、元も子もない。 

 島木町の一軒家の南側に大きな分譲住宅地が控えているものの、この間には丘がある。大家の久保田良平はこの近くにはいない。家賃を1年分の前払いにすれば安心する筈だ。建物を改造したりして、引き払う時に、そのまま返せば、大家も悪い気はしない。

 久保田良平も安心して貸してくれた。

 平成8年9月に賃貸契約成立。

 寺島達はこれで宗教活動の拠点が出来たと喜んだものだ。それまでは信者の自宅や公民館などを借りて、急場を凌いできた。

 紅天主教は宗教団体とし登録されていない。」もともとは、寺島達数人が始めたものだ。その目的は、ズバリ超能力開発にある。超能力獲得のための技法を教え込む。 

 超能力を得ることで、この世界で生きていく上で必要な物を獲得するのが狙いである。

 世相は混沌としている。世紀末思想の不安も手伝って人々の心に救いの灯を灯そうというものだ。オカルト集団が若い人々の心を掴むのも、その表れである。

 紅天主教も、信者の口伝えで、信者の数が確実に増えていく。閑静で、人目につかないつかない場所として、島木町の借家は好都合の場所だった。行く行くは、大家の久保田良平から買い受ける予定を立てていた。

 紅天主教がこの地に拠点を構えることと前後して、信者の1人が耳寄りな情報を持ちこんできた。

――伊勢の地に眠るソロモンの秘宝を捜している人がいるという話は、当初、誰も信じなかった。初めの内は痴人の戯言としか受け取らなかった。

 伊勢市、松坂市と言った所でそれ程広くない。この噂が、紅天主教の信者の耳に入るのは時間の問題だったのである。

 神道関係者、古代の宗教、特に伊勢神道に興味を持つ者は、伊勢のどこかにソロモン財宝が眠っているという噂は知っている。その真偽は別として、古神道を研究すると、この問題に突き当たる。

 寺島広三もこの事は承知していた。実際に財宝探しをしている者がいると知って「ほう」内心驚きの声をあげた。たとえその話が嘘であっても、当人に会って見ようと思い立った。

 中村健治こと、磯部幸一の所在はすぐに判った。

 島木町の紅天主教の本部に丁寧に迎い入れられる。

 寺島広三は腰を低くして、正直に話を切り出す。

「伊勢の地にソロモン財宝が眠っている事は知っている。私達にも協力させてほしい」

 これに対して磯部幸一は快く承知した。

 紅天主教の集めた、ソロモン財宝に関する資料と、磯部幸一の調査した資料を出し合う事になる。

 紅天主教の信者10数人と磯部幸一が協力し合い、財宝探しに当たる事に事になる。

 ところが、紅天主教の本部に信者がいない時に、磯部幸一がすべての資料を手恵にして、遁走を計ろうとしていた。

 丁度数人の信者が本部に帰ってきた時、玄関先を出ようとしていた磯部幸一にでくわした。手に山ほどの資料を抱えている。

 事態を察知した信者達は、磯部幸一を取り押さえる。全ての資料を取り戻していた。

 この時、磯部は隠し持っていた果物ナイフで信者の1人に切りかかり、その腹を刺した。

 精神修行を行っているとは言え、信者達は血気盛んな若者達ばかりだ。カッとなった1人が、果物ナイフを取り上げる。もみ合いとなり、磯部は激しく抵抗する。

 磯部の手からナイフをもぎ取った時、抵抗する磯部の指を切り落とし、身体を傷つける結果となった。

 それでも激しく暴れるので椅子に縛り付ける。その上で大人しくさせるために、磯部幸一を殴ったり、けったりする。

 この知らせを聞いた寺島広三は急いで帰る。

部屋の有様を見た寺島は唖然とする。床や壁は血で汚されて家具が散乱している。あまりのひどさに、信者達を叱責するが、後悔先に立たず、警察に連絡する訳にもいかず、かと言ってこのまま手をこまねいている訳にもいかない。

 磯部幸一には義理の弟がいる事は判っている。携帯電話で連絡を取り合っている事も知っていた。磯部から弟に連絡が入らなければ、その弟は不審に思って警察に駆け込むだろう。警察の手が入れば、やがて紅天主教に行き着く可能性は無きにしも非ず。

 寺島はせっかく手に入れた紅天主教の本部を放棄する事にした。

 寺島広三が帰ってきた時には、磯部幸一は生きていた。寺島は信者に命じて、磯部の首を絞めて殺害を命じた。殺人事件の手がかりになる様なものはすべて破棄して、磯部の遺体をそのままにして、その場から立ち去ることにした。


 寺島は小さな眼をパチパチさせる。根は真面目なのだろう。淡々と話す口調には、沈みこむような暗い響きが感じられる。それでも、時折小さな眼がギラリと光る。

 その時ばかりは傾聴する坂本も、身のすくむような思いになる。坂本の後ろで、隠れるようにして、磯辺珠江が息を詰めている。

 寺島広三の話が信用できるかどうかは判らない。

人間、自分の都合の悪い事は話したがらないものだ。だが、寺島が信者に命じて、磯部幸一を殺害した事実は判明した。

 坂本の後ろの山の中腹に隠れている警察の録音テープに、この事実が記録されている筈だ。

・・・次は岸田洋だ・・・


              岸田洋殺害


 「寺島さん、よくわかりました。まだほかにも尋ねたい事がありますが、次に岸田洋について、聴かせてもらえませんか」

 坂本は努めて穏やかに尋ねる。

寺島は警戒心を解いている。坂本太一郎と磯辺珠江を完全に籠絡したと信じている。寺島の口調は淡々としているが、重ぐるしさが消えている。


 平成9年5月の中旬にかけて、岸田洋は伊勢の実家にに帰ると言って、常滑を後にしている。

 5月下旬、坂本太一郎は寺島広三や向井純と共に、みちのく教団に赴いている。帰りは、寺島達と別れて、1人で岸田洋の実家に行く。そこで岸田洋が実家に帰っていない事を知る。

 岸田洋殺害を知らされたのは平成9年6月21日。

場所は伊勢市黒瀬町の宇治山田商業高校のグランド前。

 この事件については、私から話した方がよろしいかと、向井純が後ろから寺島に声をかける。大柄な彼が身を小さくして、寺島の機嫌を取るように言う。寺島は鷹揚に頷く。

 向井は寺島の横に出ると、坂本に頭を下げる。坂本と目が合うと、眼をそらす。

・・・何か後ろめたい事でもあるのか?・・・坂本は向井が口を開くのを待つ。

「岸田さんが伊勢に帰ったのは、我々と接触を図るためでした」

「えっ!」磯辺珠江が驚いたように声を出す。

「岸田さんの事をお話する前に、私・・・」

 向井は大柄な体格に似合わず大人しく礼儀正しい。寺島をチラリと見る。寺島は軽く頷く。ここに来る前に話が出来ているらしい。

「坂本さんもご存知のように、私、昔、観音教会の信者でした」

 そこで向井は坂本と知り合った。当時向井は大学生。初対面の時の好印象を、坂本は今でも鮮明に思い出すことが出来る。

 坂本が入信して間もなく、観音教会は信者らにチラシ配りを敢行していて、信者獲得に乗り出す。

 当時教祖の杉山良典は念力で火をつける超能力者という触れ込みで、信者らの信頼を得ていた。信者らも超能力獲得を目指して、教祖についていった。

 チラシ配りのお陰で、信者の数が急激に増えるに従い、杉山教祖の説教の中から超能力の言葉が消えていく。

 家内安全、商売繁盛等の現世利益の面が打ち出される。超能力獲得のための修行も重要視されなくなっていく。

 向井はそんな方針に反発して、教団から去っていく。一時は岐阜の某教団で滝行を試みたが、修行が厳しいために、東京の実家に帰っていった。

 それと前後して、坂本は向井との縁も切れた。

 向井純がアサヒスタンダードの営業社員として、坂本の前に姿を現したのは、平成8年4月上旬。彼はアサヒスタンダード名古屋支店に配属される前は松阪支店で働いていた。この時、向井純は41歳。髪を7・3に分け、眼鏡をかけていた。大柄で真面目な風貌は変わっていないが、長年の営業で培われたのであろう。話ぶりに如才なさが溢れていた。

「坂本さん、私、アサヒスタンダード松阪支店に配属されて、そこで寺島さんを知りました」

 寺島は紅天主教の教祖であるが、信者は親しみを込めて”さん”付けでよんでいる。

 向井は坂本住宅に出入りする内に、磯部土建もお得先とする。当時、磯部土建の面倒を見ていたのは坂本太一郎はだからである。

 その後、寺島広三もアサヒスタンダードの名古屋支店に配属され、向井を通じて、坂本に紹介される。


 坂本は一呼吸おくと、「向井君、1つ聴きたい、磯部幸一殺害の時、君も現場に居たんですか」

 坂本は、背後の山の上に潜む警察を意識している。努めて大きな声で言う。

 向井は不審そうに首をかしげる。磯部幸一が連れてこられた事は知っているが、当時自分はその場にいなかったと答える。

「では本題に戻って、岸田の方から君に接触したというが・・・」

 向井は素直に頷く。

「岸田さんは磯辺作次郎社長が殺される前から、磯部家の財宝については、色々と聞かされていたようです」

 磯部作次郎が死んだ後、その意志を継いだのが坂本太一郎である。1ヵ月に一回は会合を開いて、坂本が調べ上げた資料を展開している。

 会合が約1年続いた後、岸田は行方不明となっている。

「私、岸田さんとは何度も居酒屋で飲んでいます」

 向井はゆっくりと喋る。余程言いにくい事でもあるのか、眼を伏せている。

「岸田さん、いつも不満を漏らしていました」

「不満?」と坂本。

 向井は以下のように答える。

 磯部作次郎が死んで、磯部土建は坂本太一郎が磯部珠江を助けるという事で存続が図られた。

 岸田洋は、本当ならば、伊勢に帰り、人生をやり直す気持ちを持っていた。

 磯部珠江から、これからも磯部土建を助けてほしいと頼み込まれた、一旦決意した気持ちを翻す事になる。

 ところが、磯部家の財宝が発見された時には、坂本太一郎と結婚すると、磯部珠江が宣言した事だ。

「珠江様、岸田さんはね、あなたに恋焦がれていたんです」

 向井は坂本の後ろで控える珠江を伺う様に見る。珠江は顔を上げて向井を見るが、驚いた様子もない。黙したまま、また眼を伏せる。

 岸田は、珠江の側にいるだけでいいと、自分に言い聞かせていたという。

 問題なのは、坂本が行っている財宝探しが遅々として進まない事だ。

「岸田さんは言ってました。モーゼの出エジプトから始まった時には、これはかなわんと思ったそうです」

 向井は坂本を揶揄する。坂本は何も言わずに聞き耳を立てている。

 いつまでたっても伊勢の地に辿り着かない、坂本の財宝探しに、岸田が業を煮やす。

 今年、平成9年5月、向井は寺島の意向を受けて、岸田に接近する。

 彼は岸田に以下のように説得している。

 磯部家=ソロモンの秘宝が伊勢の地に眠っている事は我々も承知している。

実は我々は・・・と、寺島を主とした紅天主教の信者である事を打ち明ける。もっとも磯部幸一殺害については黙秘を続けている。

 紅天主教でも、磯部家の財宝について、資料や古文書を有している。我々と一緒に捜さないか。

 我々としては、財宝が見つかった時には、乾家の当主である磯部珠江をお迎えして、教祖として、新たな宗派を興したい。その時は、あなたに珠江様を支える役をお願いしたいと話す。

「岸田さんはすぐにも乗り気になりましてね」

 向井の眼は真っ直ぐ坂本を見つめている。坂本の脳裏には浅黒い岸田の顔が浮かぶ。

 寡黙な彼は、磯部家の財宝について、坂本が講釈中でも決して口を挟まない。その彼が心の中では激しく動揺していたとは・・・。

 坂本は暗然たる気持ちで向井の話を聞くしかなかった。


 岸田は、今年5月頃、伊勢に帰ると言って常滑を後にしている。責任感の強い彼は、この時期、磯部土建に受注の仕事がない事を承知の上で帰っている。

 坂本も磯部珠江も、岸田が伊勢の実家に帰っているとばかり思っていた。


 「昨年の秋ごろから、紅天主教は、伊勢自動車道の伊勢インターチェンジの近くに本部を置いていました」

 楠部口の住宅街の一角に一軒家の借家が手に入ったので、そこを本部にしていた。伊勢インターチェンジにも近く、動きやすいという利点があった。

 岸田洋が向かったのは、この紅天主教の本部だった。岸田はここで、磯部作次郎から聞いた事や、坂本太一郎の講釈を思い出しながら、ノートをメモする。

 向井は信者らと共に、磯部幸一が残した資料や、紅天主教が独自で収集した古文書を整理して、岸田に見せる。

 岸田は磯部珠江に伊勢に帰ってきてもらうために、必死の努力をするが、これと言った成果が挙げられず、日だけが過ぎていく。

 岸田は焦り始める。もうそろそろ常滑に帰らねばならぬ時期が来ていた。ところが寺島は彼を返そうとはしなかった。むしろ近いうちに磯部珠江をこちらに呼び寄せるから待っている様にと説得する。

 ここにきて、岸田は紅天主教に不審の念を抱き始める。信者達は、部屋に入ると、誰憚ることなく、ヨガの呼吸法を行じたり、意味不明のマントラを唱えたりする。超能力の修行という事で、カードを伏せて、そのカードに書いてある文字を当てたりする。

 岸田はそう言った事にはまるで興味がない。

 彼が向井に諭されて、ここに来たのは、磯部家の財宝を捜し出し、磯部珠江と一緒になりたいからだ。

 寺島や向井は岸田に紅天主教の信者になれと勧める。岸田はきっぱりと断る。もともと寡黙な上に、人の好き嫌いがはっきりしている。彼は他人の事には口を挟まない代わりに、他人が自分に指図するのを好まない。

 初めの内、向井や信者達と協力し合って、資料や古文書を調べていた。その内信者達が岸田の個人的な面に興味を持ち始める。信者になれと言うに及んで、彼は1人で資料を漁るようになる。

 そんな岸田に、寺島達も疑念の眼を向けだす。抜け駆けして、財宝を1人占めにするのではないか、険悪な空気が漂い始める。

 岸田がいくら鈍感でも、その位の事は察知できる。それに1日も早く常滑に帰らねばという焦りもある。だが彼の身辺はいつの2~3人の信者が見張っている。

 平成10年6月21日、夕方、彼は一計を案じる。

 夕食後、岸田は寺島に、今から夫婦岩に行ってみたいがと申し入れる。

――こんな夜に、何故?――彼は明日の朝でもいいではないかと問う。

 岸田は口べたなのを意識して精一杯作り話をする。

以前、磯部作次郎から、夫婦岩は、財宝の在り処に大きな関りがあると聞いている。どうしても今から行ってみたい。それに夜の海の見たいと主張する.

夫婦岩が財宝の在り処に関係がある事は嘘ではない。ただ具体的にどう関係があるかは、岸田には判らない。

 とにかく、ここを出て、闇夜に紛れて逃げるしかない。警察に駆け込めば助かると思ったのだ。

「夫婦岩に行けば、何か判るのか」という問いに、磯部作次郎から聞いている事で気になる事がある。何か判る筈だと断定する。

 寺島は信者の内から屈強な者を3人つけて送り出す。彼らの乗る車が、宇治山田商業高校の近くに来た時、助手席に乗っていた信者の1人が「岸田さん、夫婦岩に何があるんですか」と、振り向いて尋ねる。


 「それ、私です」向井の話を遮るように、寺島の後ろに控えていた大柄の坊主頭の男が礼儀正しく一礼する。

「彼、近藤といいます」向井が自己紹介する。

 近藤は良い意味では面倒見がよい。世話を焼くことが好きで、頼まれれば大抵の事は引き受ける。

 悪く言えば、面倒見がよすぎて、何でもチョッカイを出したがる。

 孤独を好む岸田洋とは、初対面の時からそりが合わない。その彼をあえて同乗させたのは、彼が柔道の2段の猛者だからだ。

 夫婦岩に行きたいという岸田を信じた訳ではない。

 寺島は岸田を疑ってかかっている。途中で逃走される可能性もある。だから腕っぷしの強い者を3人付けたのだ。

 

 近藤は悪気があって質問した訳ではない。夫婦岩と財宝の在り処と、どう結びつくのか、知りたかったのだ。

 だが、岸田は不機嫌そうに俯いたままで答えようとはしない。近藤は2度3度、同じ質問を繰り出す。

「そんな事、あんたたちに答える必要はない!」

 たまりかねたように、岸田の口から罵声が飛び出す。

「穏やかに言ってるのに、何だ、その言い方は!」近藤は堪忍の緒を切る。2人はもともと馬が合わない。岸田も強情な性格である。車中でいがみ合いのケンカが始まる。

「ここで車を止めろ!」近藤は運転中の信者に命令する。

 岸田の隣にいた信者が2人の間に入ろうとする。岸田は危害を加えられると思って、その者の顔を殴る。

 車が停車したのが宇治山田商業高校のグラウンドの前の広場だった。岸田に殴られた信者が、カッとなって、岸田につかみかかる。身に危険を知って、岸田は車の外に出る。続いて3人の信者も車から飛び出す。

 その後の情景については、宇治山田商業高校の管理人の証言通りである。


 坂本は瞠目して近藤の話を聞いている。

三重県警の検死官に話だと、岸田は日常的に拷問を加えられていた形跡があったという。向井や近藤の話にはそれが出て来ない。

・・・真実は警察が突き詰める・・・

 それと、管理人の話だと、岸田は夫婦岩と呟いたという。

――何故だろう――坂本は思案する。

 常識的に考えるならば、紅天主教や寺島、向井の名前を出すべきだろう。

・・・多分・・・

 岸田は夫婦岩が、財宝の在り処の原点、あるいは出発点と把握していたのであろう。常滑の古社、常石神社などの位置と夫婦岩が関係している事を掴んでいたのかもしれない。

 自分が呟いた言葉を、管理人を通じて磯部珠江に伝わる事を切望していたのかも知れない。


 岸田の死後、皮肉にも磯部珠江は伊勢の地から一歩も出なくなった。それを幸いと、寺島達が珠江に近づき、今日に至ったのだ。

 坂本は眼を開ける。

「紅天主教はそこにあるんですか」

 寺島に尋ねる。

 紅天主教の信者はまだ大勢いると思われる。本部の所在さえつかめれば、後は警察が動いてくれる。

 寺島は坂本がそんな意図を持っていいようとは露知らない。鷹揚に頷きながら、「まあ、近いうちにそことも訣別だがな」

 すぐにも真顔になる。

「坂本さん、今度はあなたの番ですな。この場所に至った経緯を話してもらいましょうか」

「時間の方はいいんですか」

 坂本としては、今は一刻も早く洞穴に入って、寺島や向井たちと他の信者とを切り離す。洞穴の中で、磯部珠江を連れ出して逃げる。そんな算段を頭の中で描いていた。

「おっ!もうこんな時間か。近藤君、サンドイッチを出したまえ」

 坂本は腕時計を見る。正午過ぎである。

配られたサンドイッチと牛乳を口にしながら、坂本は、ここまでの経過をかいつまんで話す。

 寺島も向井もしきりに感心する。


             ソロモンの財宝


 坂本の説明も30分ぐらいで終わる。

「ところで坂本さん、磯部家の秘宝と言われる、それ、あなたのカバンにある紫水晶ですが、磯部家の財宝とどういう関係があるんですかな」

 寺島は紫水晶に興味を持っているらしい。

 坂本はここまで来て隠す必要はないと考えた。

 磯部作次郎も坂本太一郎も、紫水晶に財宝の在り処を示す、何か隠されたものがあるのではないかと推測した。紫水晶の細部に至るまで調べ上げた。光りを当てる事で地図のようなものが浮かび上がるのではと考えてもみた。

 坂本が突きあたったのは、聖書の記述の中で、神との契約の聖櫃=アークは、ソロモン神殿に納められたことだった。

 アークの納められた神殿は堅固な岩盤の上にある事。神殿に入れるのは祭司ただ1人だった事。ソロモン大王でさえ、力ずくでも入る事は叶わなかった。紫水晶を持っていたのは祭司のみ。

 坂本は、紫水晶が神殿に入る時の鍵の役目を果たしていたと推測した。

 ソロモンの財宝は各地を転々としている。日本にやってきた時でさえ、出雲、四国の剣山、伊勢と移動している。目印となる物を残す事は出来なかったし、財宝を狙う、時の権力者にいつ襲われるか判らない。証拠となる物を残すことは危険だった筈だ。

 だから磯部家の長男のみに一子相伝で、口伝として語り伝えられていったのである。紫水晶が世に現れたのは、磯部作次郎の時代からだ。

 戦前、戦後の磯部家は毎日の食さえ事欠く程の困窮の極みにあった。そんな中でも、紫水晶を守り通し、秘匿してきた。

「ほう、鍵ね」寺島は感心したように聞く。

 坂本は今はこれ以上の事は判らないと答える。財宝の秘匿場所に行って、紫水晶をどのように使うかを調べるしかない。


 「ところで、もし財宝が見つかったとして、どうやって運び出すのですか」

坂本が尋ねる。

 寺島はにやりと笑う。

「別に運び出さないさ」事も無げに言う。

「えっ!」驚いたのは坂本である。

 眼が小さく、貧相な寺島が大きく見える。


 「ここの土地は、矢持の町内地でしてね」

 なめ神社跡地は矢持が管理しているものの、周辺一帯は個人の所有地だというのだ。

「所有者も持て余している土地なんですよ」

 そこまで調べているのかと、坂本は寺島の用意周到さに舌を巻く。

 矢持町でも、石神社跡地を管理する者が歳をとってきて、敷地を維持するのが困難になってきている。

「乾家の当主がこの地に、神道系の宗派を興したいと、持ち込んだのですよ」

 所有者や矢持町は1も2もなく承知してくれた。石神社を再興し、神社を復興する。同時に、乾家の本家やその他の施設も建設する。

「坂本さん、私の言いたい事判ります?」

 寺島は得意げに、ニヤリと笑う。

石神社跡地の洞窟の前に社殿を作る。社殿の裏手、洞穴囲むようにして、神殿を配置する。

 こうすれば、労せずに我々は洞窟の中に入ることが出来る。その中には大きな空洞があると睨んでいる。

「違いますか?坂本さん」

 どんなお宝が眠っているかは、これからのお楽しみだが、ソロモン大王の秘宝だ。考古学上から見れば、計り知れない価値があると思う。

「それを売りさばくんですか」

 坂本は不動産のプロだが、貴金属、宝石については素人だ。

 寺島はいかにもおかしそうに笑う。

「売りさばくには違いないけど、白昼堂々と市場に持ち込んだら、どうなると思います?」

 たちまちの内に、マスコミが嗅ぎつけて、センセーショナルな話題になる。

「そんな事になったら、お宝の出所を追及されますよ」

 世界各地には、大富豪が大勢いる。彼らは人知れず、骨董品や絵画、考古学上の美術品を買い漁っている。その為の闇市場が開かれる。彼らはそれらの出所を一切追求しない。

 闇市場は会員制のため、世間に知られる事はない。一般のオークションと違い、購入者の氏名など知ることは出来ない。会員同士も、誰が会員なのか知ることもない。

 新聞やテレビの報道で、某金持ちが死んで、長年行方不明だった絵画や彫刻などの美術品が公開されることがある。その金持ちが、それら美術品を闇市場で購入した事など、遺族さえ知らない。

 坂本は驚愕する。寺島という男の底知れぬ奥の深さに身震いさへしてくる。もっとも、この話も警察の隠しマイクで筒抜けだ。

「お宝も、全部売りませんよ。たった1つだけでも数億の値が付くはずです」

 要は乾教の信者の獲得を目指して、大規模な宗教団体として脱皮を図るのが最終目標だという。

「教祖様は珠江様、坂本さんは珠江様をお助けするのが役目です」

 寺島は、どうだ、悪い条件ではないだろうと、1人合点する。

 坂本は後ろに、坂本の背中に隠れるようにして、小さくなっている珠江を振り返る。

 彼女は顔を上げて寺島広三を見詰めている。眼が少女のようにキラキラ光っている。

・・・おや?・・・

 坂本は戸惑う。

・・・そうか・・・坂本は珠江の気持ちを察した。

 彼女は、岸田洋殺害の後、伊勢から出ようとはしなかった。夫の磯辺作次郎が死んで、常滑に居る必要がなくなったと言えばそれまでだが、要は彼女が乾家という名門の出であるという事だ。

 彼女は高校を出ると、磯辺作次郎と結婚するまで、辛苦をなめている。磯部と結婚したのも、自分の将来を託せる人という、現実的な考えがあった。

 磯辺作次郎亡き後、彼女は坂本太一郎に近づく。坂本は色男でもなければ、女に好かれるタイプでもない。

 それでも磯部珠江が坂本との結婚を表明したのは、坂本なら、商売も上手いし、律儀であり自分の将来を託せると見極めたからに他ならない。若い時の彼女の苦労が、現実的な考え方を作り上げていた。

 若い頃は、没落した乾家には興味もなかった。岸田死後、伊勢に戻って、大勢の弔問客に接する。伊勢を代表する名士や財界、政界の実力者がずらりと顔を揃える。

 乾家は今でも名門である事を、磯部珠江はひしひしと感じている。

 持ち前の現実主義が顔をもたげる。常滑という田舎町にくすぶっているよりも、伊勢に居た方が心地よい。警固してくれる刑事も、乾家の当主という事で一目置いている。伊勢市内のお偉方も表敬訪問してくれる。

 そんな時に、寺島広三が坂本太一郎の紹介で磯部珠江に近づく。彼は度々訪れて、乾家が名門である事を吹き込んで、磯部珠江の自尊心を煽り立てる。

 もともと乾家は伊勢神宮との関係が深い。宗教的な雰囲気も漂わせている。

 寺島は将来、乾教という神道系の宗派をたてて、珠江を教祖に押し立てると、持ち上げている。

 多分――、ここからは坂本の推測である。

 乾教を押し立てると寺島が公言しても、具体的な内容は珠江には明示していないに違いない。。

 寺島は乾教を立てる代償に、磯部家の財宝の在り処の情報を求めたと思われる。

 今――、寺島広三は、乾教の具体的な計画を述べている。この地に壮大な神殿を建立する。坂本太一郎を補佐にして、自分が影の実力者になる。

 それが目前に迫っている。彼女のキラキラした眼がそれを物語っている。

・・・珠江さん、あなたの夢は、朝露のように、儚く消えようとしているんですよ・・・

 坂本は悲しい眼で珠江を見つめる。

・・・その代わり、財宝の一部で、私があなたの夢をかなえてあげますよ・・・

 坂本は心中、そう叫んでいた。


 坂本は寺島に顔を向ける。

「1つ、心に引っかかって事があるのでお尋ねしたい」

 坂本は寺島と向井に連れられて、アラタマ教団とみちのく教団に連れて行ってもらった事がある。その帰り、不審なブルバードに追尾されている。

 坂本の質問が終わると、大男の近藤がにこやかに答える。

「それは私共です」

 みちのく教団の門を出た後、坂本の事だ、ひょっとしてお宝探しに、あちらこちら立ち寄るかも知れないと思った。

「私共の尾行はヘタでしたな」近藤は屈託なく笑う。

「ところで」と坂本は磯辺珠江を振り返る。

「先ほど、向井君が、岸田があなたに惚れていたといいました」

 その時あなたは驚きもしなかったが、どうしてかと尋ねる。

 珠江は、岸田が自分を好いていたことぐらいは知っていた。しかし、彼は自分の将来を託せる程の器量ではなかたと、あっさりと答える。

 理想主義者はどちらかと言えばウエット的な考え方をする。現実主義者は、おおむねドライな考え方が多い。


             石神社跡地洞窟


 「さあ、それではもうよろしいですかな」

 寺島が声をかける。

「洞窟に入る用意は出来ている。坂本さんよろしいか」

 寺島は立ち上がる。後ろに控える若い信者達に声をかける。

「寺島さん、チョッと待ってください」

 坂本は立ち上がりざま制止する。

「洞窟に入るのは、私と珠江さん、あなたと向井君だけにお願いしたい」

「ほう、それはまたどうして」

 坂本は答える。ソロモンの秘宝が洞窟の奥に眠っているとして、多分、岩を破壊したり、大勢で大岩を転がしたりするような細工はなされていないと考える。

 紫水晶がカギだとすれば、財宝の在り処への道筋も自然に判明すると信じている。

 それと、私と、あなた達の車はキャンプ場の駐車場に置いてある。もし全員が洞窟に入ってしまうと、車だけ放置してあって人気がないと、不審に思われる。

 ここは信者の方たちにはキャンプ場に戻ってもらった方が良い。我々4人だけで財宝を捜すべきだと思うが・・・。

 坂本は、信者と4人の切り離しを考えていた。

 信者らがキャンプ場にたむろしていれば、警察が捕らえる。洞窟の中だから携帯電話が使えない。

 キャンプ場の信者と、紅天主教の本部にいる信者を同時に逮捕する。警察がそのように動くだろうと、坂本は考えている。

 洞窟の中にお宝があるにしろ、無いにしろ、一旦は洞窟を出る事になる。出たところを、寺島と向井を逮捕する。

 坂本がこんな筋額を描いているとは寺島広三は露知らない。

「成程、そういえますな」寺島は1人合点する。

「君達、今聞いた通りだ。キャンプ場で待機していてくれ」

 若い信者達が立ち去ると同時に、坂本は紫水晶の入ったリュックサックを背負おうする。

「坂本さん、私が背負いましょうか」向井が助け舟を出す。

「おい待て」寺島が向井を制して坂本を厳しい眼で見る。

「寺島さん、この通り、私はナイフのような物は持っていませんよ」

坂本は上着を開いて見せる。

「判った、向井君、君が持て」


 寺島と坂本は、洞穴を覆っている草木の端を切り取る。こうすれば草木は洞穴の蓋の役目をするが、同時に遠目からでもここに、洞穴があるという事が判る。

・・・刑事さん後は頼みましたよ・・・

 坂本に続いて磯辺珠江、寺島広三、最後にリュックサックを背負った向井純が、身を屈めて洞窟に入った。


               地底湖


 洞窟の入り口は直径1メートル程なのに、中に入ると、2メートル程ある。懐中電灯であたりを照らす。

「見てください、自然の洞窟ではありませんよ」

 洞窟はほぼ円形に近い。岩肌を見ると、のみで岩を砕いた跡が見える。苔むした処もあるが、円形状に細工が施されている。

「これは、間違いない。この奥にお宝が眠っているんだ」

 後ろで寺島が叫ぶ。その声が洞窟内に響き渡る。

「この奥に、お伊勢さんがすっぽり入るくらいの地底湖があると聞いています」

 坂本は一歩一歩用心しながら歩を進める。後ろに続く磯辺珠江の息つかいが伝わってくる。

 洞窟は百メートルぐらいはなだらかな下りであった。円形の洞窟の底までで、それを過ぎると、急な下りとなる。

「何があるか判らないから、ここに楔を打ち込んで縄で伝わっておりましょう」

 向井は一度リュックサックを降ろして、登山用の金具を取り出す。随分手際が良いし、手慣れている。

「私、学生時代、登山部に所属してたものでね」


 4人はロープを伝って降りる。4人とも重装備である。懐中電灯がなければ暗闇である。洞窟の岩肌は黒く、ゴツゴツしている。ここからは自然の造詣である事は一目でわかる。

「足元に気を付けて」坂本は磯辺珠江を気遣う。

 足元は苔がはえて滑りやすい。2百メートルも下ると、今度はまたなだらかな降り坂となる。

「随分奥だな」寺島が感想を漏らす。

「多分、水穴の北の鷲嶺の方に続いていると思います。坂本が答える。

「慌てることはない。お宝はもう目の前だ」寺島は自らを励ます様に言う。


 洞窟に入って1時間は過ぎたろうか。腕時計を見ると3時少し前だ。

「風が吹いてますね」向井が言う。

「この洞窟は、何処かにつながっていると思います」

 坂本は10年前に滋賀県の多賀大社に行った事を思い出す。そこから10キロ程東に行くと、近江河内の風穴に行き着く。そこはその一帯でも有名な洞窟である。縄文時代の矢じりが出土している。

 中に入ると、10階建てのビルがすっぽりと収まる程の空洞がある。その巨大さに圧倒される。

 その洞窟を管理する人の話によると、昔、犬がこの洞窟に入ったまま行方不明となった。心配して捜していると、伊勢の方から出てきたという。

 坂本はそんな思い出話を語る。

 暗く、じめじめした狭い空間を黙々と歩いていると、気が狂いそうになる。何でも喋って陽気に振舞わないと気が滅入ってくるのだ。

「とにかく、その地底湖まで行こうや」

 寺島は山歩きに慣れているのだろう、息も切らさず歩き続ける。

「坂本さん、大丈夫?」後ろから珠江が気遣う。

 坂本は少々太り気味で、あまり歩いた事がない。息が荒くなっている。

「いや、頑張りますから」坂本は自分を励ます様に返事する。

「珠江さん、怖くないですか」坂本が尋ねる。

「怖いわ、でも皆さんと一緒だから平気、それよりも早く財宝を見たいわ」珠江は息を弾ませて言う。


 緩やかな下り坂が続く。随分歩いた気がする。足元が悪いので、歩く速度はそれ程でもない。人1人がどうにか歩くだけの空間しかない。

「見てください」坂本が後ろに声をかける。

 百メートル程先で広くなっている。その先に黒いものが見える。そこまで歩くと、畳6帖程の広さになる。足元が平らである。懐中電灯で照らすと、人工的に平地にした跡が歴然と残っている。その向こう、黒いものとみえたのは水である。

「ここが地底湖か、ようやくたどりついたぞ」

 寺島は眼を輝かせて叫ぶ。その声が洞窟内に響く。

「坂本さん、これからどうするのかね」

 寺島の問いに、坂本は紫水晶を入れたリュックサックを降ろしてもらう。リュックサックには紫水晶の他に、重要な物が詰め込んである。

 黄色いビニール袋を取り出す。

「これ何?」磯辺珠江が怪訝そうに問う。

「浮袋です」坂本はビニール袋から、円形のビニールの浮き袋を取り出す。

「この浮袋ね、この紐を引っ張るんです」言いながら、坂本は思い切り紐を引っ張る。

 浮袋はたちまちの内に空気をはらんで、円形の形を整える。

「随分と、手回しがいいですな」寺島は感心する。

「ここを調べた時ね、偶然、昔この洞窟に入った人に会ったんです」

 坂本は地底湖を渡る必要があると思って浮袋を持ってきたと話す。ただ磯辺珠江と2人で洞窟に入ると思っていたので、小さいのを購入した。

「小さいと言っても5人乗りですが」

 同乗するのは4人だが、40キロの紫水晶もある。結構な重さになる。

「これで大丈夫?」珠江は心配そうに浮袋を見ている。

「さあ、どうでしょうかね、私、珠江さんの事しか考えていませんでしたから」坂本は寺島に言い聞かせる。

「ここまで来たんだ。これで行こう」寺島と向井は荷物を浮袋に載せる。

 坂本はリュックサックから、2本のオールを取り出す。プラスチック製で、大人の腕くらいしかない。

「そんなので、漕げるの?」珠江が呆れ顔で見る。

「そういわれても仕方ないですね、これ、レジャー用の浮袋なんですから」


 4人が乗り込み、坂本と向井がオールを漕ぐ。地底湖の入り口の洞穴に、坂本は豆電球用の懐中電灯を似せる。

「この電灯はね、8時間は持ちます」

 こうしておけば、対岸から、帰る時の目印になる。坂本の用意周到さに3人とも感嘆する。

 寺島が懐中電灯であたりを照らす。

「ねえ、見て、ほら天井が私の背丈くらいしかないの」珠江が天井の岩肌を指さす。

「何か、圧迫されているみたいで怖いわ」珠江の声が天井で反響する。

 坂本は昔ここに来たという老人の言葉を思い出す。

――お伊勢さんがすっぽりと収まる様な洞窟で、その下が地底湖となっている――その話と合わない。

・・・もしや・・・

「珠江さん、リュックサックの中に糸と重りが入っています。それを地底湖に垂らしてください」坂本がせっつく。

「深さを測るのね」珠江の反応は早い。

 珠江は重りを垂らす。その様子を寺島も向井も神妙な顔つきで見ている。

「ねえ、太一郎さん、この糸、何メートルあるの?」

「30メートルです」

「見て、すごく深いみたいよ。地面に届かないみたい!」珠江が甲高い声で叫ぶ。

 坂本は老人から聞いて事を話す。

「という事は・・・」と向井。

「ここは巨大な貯蔵湖なんです」

 今年の夏以降から雨が多かった。地下に降った水が、ここ一か所に集まったものと思われる。

「じゃあ、財宝は?」珠江が不安そうに言う。

「さあ?」坂本に判る訳がない。

「お宝の入り口が水の中って可能性が大ですな」寺島は大袈裟に両手を拡げてみせる。

「いや、そうとも限りませんよ」

 坂本は、大昔は水が多かったという老人の言葉を語って聞かせる。大昔は、石神社跡地一帯が水の底ではなかったのかと推測している。だからこそ、早くから伊勢の外宮の方へ、神社が移されたのではないのか。

「成程・・・」寺島が感心する。

「じゃ、財宝の入り口は大丈夫なのね」珠江が目を輝かす。

「いや、それは・・・、とにかく前に進むしかありません」


               洞窟の部屋


 4人を載せた浮袋は静かに進む。水面は死んだように静かだ。懐中電灯で前方を照らすが、反射してくるものが何もない。坂本は時々後ろを振り返る。双眼鏡を取り出してみる。対岸の豆電球の光が、闇に溶け込むようにして、淡く光っている。浮袋は真っ直ぐに進んでいるようだ。

「しかし、随分大きいな。この地底湖、琵琶湖ぐらいあるんじゃないか」と寺島。

「まさか」向井が笑って応対する。

 10分20分と懸命にオールを漕ぐ。

「みて、もうすぐ終点よ」

 珠江の終点という声に、3人は思わず笑い出す・対岸の豆電球は闇に溶けて、見る影もない。

 岸に到着。緩やかな勾配の崖地である。浮袋の縄を岩に縛り付ける。荷物を運び出す。

「ほら、あそこに洞窟が・・・」珠江が叫ぶ。20メートル程右手に、真っ黒な穴がぽっかりと開いている。

「とにかく入ろう」4人は有無を言わずに前進する。

 直径が2メートル程の円形の洞穴だ。

「見てください。この洞穴、人の手で掘ってあるんですよ」

 坂本は懐中電灯で岩肌を照らす。岩肌は鑿で削り落としたような跡がついている。

 なおも百メートル程進む。

「みて、階段になっているわ」珠江の顔が紅潮して、大きな眼がうるんでいる。

「こりゃ、お宝は近いぞ」寺島は浅黒い顔に会心の笑みを浮かべる。

「珠江さん、気を付けて!」坂本は、いたずら好きの子供のように石段を降りようする珠江をたしなめる。この先何があるのか判らない。またどんな仕掛けが成されているのかも不明だ。用心するにこした事はない。

 石段は50段ほどあろうか。降りきると、そこは2百坪程の広間となっている。天井の岩も平らである。三方の岩の壁は磨かれた様ような光沢を放っている。1辺の長さは約10メートル程。よくみると、右手の壁の一部が窪んでいる。地面からの高さ1・5メートル。

「あの窪みに、紫水晶を差し込むのじゃないの」

珠江の声が興奮して上ずっている。

 紫水晶は幅18センチ、高さ45センチ、重さ40キロ、先端が六角形をしている。上の方にパチンコ玉程の空洞がある。

「向井君、紫水晶を入れてみて」

 坂本はリュックサックから紫水晶を取り出すと、向井に手渡す。寺島同様坂本も背が低い。向井は大柄で力もある。40キロの紫水晶を軽々と持ち上げて、窪みにはめ込む。窪みはあつらえたように、紫水晶がピッタリと収まった。

――何が起こるのか――4人は固唾を飲んで見守る。

 1分たち2分が過ぎる。何も起こらない。4人の表情に落胆の色がにじむ。

「何てこった」寺島が地面にどっかりと腰を降ろす。ヘルメットを脱ぎ捨てる。薄い髪があらわになる。

「まだ他に何か仕掛けがあるのでは・・・」

 向井は寺島を慰める。彼もヘルメットを脱ぎ、眼鏡を外して、顔をゴシゴシこする。

「太一郎さん・・・」磯辺珠江もヘルメットを外す。豊かな髪が、解放された様にわっと飛び出す。大きな眼が戸惑っている。

 坂本は山高帽子を脱ぐと、汗をぬぐう。風がないが、ひんやりとした空気が気持ち良い。注意深く岩肌を調べる。

「見てください・・・この岩、切れ目が入っています」

 坂本の声に、3人が懐中電灯で岩肌を照らす。

 窪みを中心に、その周辺の岩に長方形の切れ目が入っている。そこが入り口の役目をしているようだ。

「どうやって開ける?」寺島は小さな眼をしばたたせる。

「向井さん、紫水晶をもう一度取ってください」

 坂本は向井が紫水晶を窪みから取り出すと、その中をくまなく調べる。

 この洞窟が作られて、千数百年経っている。外部と隔離されているためか、土などがほとんどない。壁の岩肌も磨いたようにつるつるしている。

 窪みの中もきれいなものだ。適度な湿り気があるから苔などが生えてもよさそうなものだ。

――紫水晶は財宝の隠し場所を開ける鍵――と信じている。その形は元より、量も関係があるのだろう。しかし、鍵は何の変化も示さない。

 何かある筈だ。坂本は窪みの中を丹念に調べる。岩肌は緻密で黒い。

「これは!」坂本の手に触れた場所は窪みの上から3分の1ほどの高さである。直径5センチ程がざらついている。爪でひっかくと、砂粒が爪についてくる。

 坂本はリュックサックの中からドライバーを取りだすと、その場所をひっかいて見る。固くなった粘土が詰まっているようだ。

 寺島達は坂本の所作を見守っている。やがて穴に詰まった粘土が取り省かれる。その穴を懐中電灯で照らしてみる。穴の深さは15センチ、その奥は良く見えない。

 紫水晶の幅は18センチ、それに15センチを加えると、33センチ。これがこの岩の扉の厚みらしい。

 向井に紫水晶を窪みに入れてもらう。紫水晶の中に、泡のような空間がある。その空間の位置が、ピタリと穴に位置する。

「その穴は・・・」寺島が興味深げに見守っている。

 紫水晶を通してみる穴は大きく見える。

「多分、粘土は故意に埋めたものと思われます」坂本の感想である。

「何のために?」珠江が不審そうに尋ねる。

 そんな事、坂本にも判らない。頭を抱えて唸るだけだ。

 坂本は万策尽きて、その場に立ち竦す。

「一体、どうなっているの」磯辺珠江はイライラしながら、懐中電灯で紫水晶を照らす。

 その時である。

「きやあー」珠江が驚いた声を出して、坂本にすがりつく。

寺島も向井も何事かと顔を上げる。

「紫水晶の、ほら、泡みたいな処、光を照らしたら、穴の奥で、何かが輝いたの」

 3人は紫水晶に近ずくと、穴を覗く。

 確かに穴の奥が明るい。一体何があったというのか。4人が顔を見回した時、地響きのような鈍い音が足元から伝わってくる。

 坂本達の顔に不安と恐怖の色が拡がる。彼らは石段の所まで後づさりする。

「見て!」珠江が悲鳴に近い声をあげる。


              ゾハル


 幅2メートル、高さも約2メートルはあろうか。岩の壁が、地面に吸い込まれるようにして降る。それにつれて、上の方から明かりが漏れてくる。

 4人とも言葉を忘れて、呆然と見守っている。

「何か、天の岩戸開き見たいですな」

 寺島は感に入ったような声で言う。

・・・言い得て妙だ・・・坂本も、天の岩戸の奥から、光り輝く天照大神がお出ましになる様な錯覚にとらわれる。

 岩の壁は紫水晶を収めたところで停まる。

 4人は顔を見合わせるだけで、近づこうとはしない。

意を決して坂本が歩み寄る。3人が金魚の糞のように後に続く。

 岩の壁は50センチ程の高さを残して止まっている。入り口の奥の天井に、まばゆいばかりの光を秘めた”もの”が、鎮座している。岩の壁と”光るもの”との間は約1メートルある。その間に幅1メートル程の橋が架かっている。

 坂本が入り口から中を覗き込む。岩の橋の左右は深い谷底のように暗い。入り口の下が明るい。よくみると岩の壁の反対側にも窪みがある。紫水晶を入れた窪みよりも1メートル程下にある。その中に光る”モノ”が入っている。

 天井に鎮座する光る”もの”の奥は10帖程の広間となっている。周囲は黒い岩の壁である。

「とにかく入ってみましょう」坂本は手で探るようにして岩の橋を渡る。

「珠江さん、気を付けて」後ろに続く珠江に声をかける。どんな仕掛けが施されているか判らないのだ。

 天井の高さは1メートル50センチ程、紫水晶の中の泡の空間と、壁の穴が同じ高さになっている。

「ねえ、みて、この光る石、少しも熱くないわ」

珠江の興奮した声、坂本達も触ってみる、大きさは野球のボールくらい。直視出来ない暗い眩しい。

「ひょっとして、これ、ゾハルじゃ・・・」

 寺島広三が呟く。彼は神秘思想に興味を持っている。

「ゾハル・・・」坂本は胸の内で反芻する。

 ゾハルとは、ヘブライ語で窓という意味だ。

旧約聖書に度々登場する言葉である。

 ユダヤの神秘思想で、天界の窓と呼ばれる。絶対神ヤハウエから与えられた”光輝く石”を意味する。

 ゾハルについては、紀元前千6百年前に作られたウエストカー・パピルスのなかにもあらわれる。

――クス王が、大フインクスの下のトート神の隠し部屋を探し当てた時、”火打石の箱”を発見したと記されている。

 さらにプトレマイオス朝パピルスには、

 ラムセス2世の2人の息子がネクロポリスに隠してあった”火打石の箱”を見つけた時、なかから眩しい光りが放射されていると記している。

 ゾハルが現実に存在するとは、さすがに坂本も思ってもいなかった。古代エジプトやユダヤの神秘思想の中で伝説として語り伝えられるだけだった。

「太一郎さん、この光る石、そんなにすごいものなの?」

「すごいなんてものじゃない。これだけでも大変なお宝なんですよ」


             賢者の石


 賢者の石、秘教的に2つの側面がある。

1つは霊的側面、旧約聖書、創世記第2章9

――また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を上からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせた――

 命の木とは、ユダヤ教カバラによる生命の樹の事である。

 ヘブライ語でカバラとは”授けられたもの、受け取ったもの”を意味する。

 授けるのは絶対神である。絶対神から授かった深遠な叡智=生命の樹の事をカバラという。

 カバラの奥義は生命の樹に凝縮される。エデンの園の命の木の実を食べると、永遠の生命を得ることが出来る。

 つまり、カバラを極めれば、永遠の生命を得ることが出来る事を意味している。

 生命の樹は図形で表現される。樹とあるように、独立した木の幹が樹立して、それぞれの柱を形成している。

 真中の柱を”均衡の柱”向かって右の柱を、”慈悲の柱”左の柱を”峻厳の柱”と呼ぶ。

 柱は神の象徴となる。

 3本柱からなる生命の樹には10個の球体がついている。これを単数形で”セフィラ”複数形で、セフィロト”と言う。

 一番上の球体は中央の柱の頂上にある。ケテルと呼び王冠を意味する。二番目の球体は右の柱の頂上で、ケテルよりやや下がる。コクマーと呼び知恵を意味する。3番目の球体は左側の柱の頂上、コクマーと同じ高さにある。ビナーと呼び、理解を意味する。

 4番目の球体は右の柱の、コクマーの木の下に位置する。ケセドと呼ばれ、慈悲を現す。

 5番目ケプラーは天の柱、ビナーの下、神々しい力を意味する。ケセドと同じ高さにある。

 6番目のティファレトは中央の柱、ケプラーの位置より少し下、美を表現する。なおケテルとティファレトの間にダアトと呼ばれる知識をあらわす球体が位置しているが、番号がない。

 7番目は右の柱、ケセドの下、ネツァㇰと呼ばれ、永遠をあらわす。ネツァㇰと同じ高さにあり、左側の柱には、ホドと呼ばれ、威厳をあらわす球体が配置される。これが8番目。

 ホドのすぐ下、中央の柱には、9番目のイエソドが配置される。基礎をあらわす。イエソドの下に10番目のマルクト、王国が配置される。

 以上が生命の樹の図形である。球体同志は小径でつながっている。これをパスという。

 生命の樹は人間そのものをあらわしている。肉体の周辺をオーラとして取り囲んでいる霊的人間の象徴、それが生命の樹の名である。

 生命の樹をインド哲学のウパニシャッドのチャクラで説明すると判りやすい。

人間の霊体は肉体と重なり合って、お互いに影響し合っている。

 カバラの中央の均衡の柱は、性器から脊髄を通り、頭上に達する気の通り道(気道)=スシュㇺナに比定される。右の慈悲の柱は、ピンガラという気道ナディ、左の峻厳の柱はイダと名付けられるナディである。

 この2本の柱は、性器から脊髄を通じて額まで伸びている。

 生命の樹10番目の球体、マルクト=王国は尾骶骨の中に眠るクンダリニーに当たる。

 クンダリニーは蛇のように自らを巻いて眠っているが、この力が目覚めると、脊髄中のスシュㇺナを通って、頭上まで上昇する。

 それは丁度自身によって地下から多くの物が地表に現れるように、人間存在の無意識の領域から、それについて、人間意識が何も知らない無数の多くの物が、爆発的に溢れてくる。

 クンダリニーは別名蛇の火と言われる。クンダリニーが目覚めると、3本の柱に存在する球体、ヨガで言うチャクラを、蛇がどくろを巻くようにして上昇していく。その時、全てのチャクラが目覚める。クンダリニーが頭上を抜けた時、人は物質世界の束縛を解かれて神に変身する。

 故に洋の東西を問わず、神秘思想家達はクンダリニーの目覚めを促進させようと懸命になる。

 もっとも、目覚めの方法を誤ると、生涯と来世を通じて、取り返しのつかない程の悲惨な状態に追い込まれる。

 生命の樹の9番目の球体イエソド、基礎は、ヨガのムーラーダーチャクラに相当する。尾骶骨に存在する。

 8番目のホド威厳と7番のネツァㇰ永遠がスワディスヌチャクラ、6番目のティファレト、美がへそのすぐ上に位置するマニプラチャクラになる。

 5番目ケプラー神々しい力、4番目ケセド慈悲が心臓のチャクラ、アナハタチャクラに当たる。

 番号のない球体ダアト知識は、喉のブィシュダチャクラになる。

 3番目のビナー理解と2番目のコクマー知恵の球体は眉間に位置するアジナチャクラに相当する。

 最後に、ケテル王冠は頭上のサハスララチャクラになる。

 ヨガでは、チャクラを目覚めさせる開発法があるように、西洋魔術にも、各球体を目覚めさせる方法が秘伝として伝えられている。

 以上が霊体としての生命の樹としての賢者の石。

 物質としての賢者の石も存在する。それがこのゾハルである。

 賢者の石の効用として、一般的に知られているのは錬金薬であろう。これは卑金属を金に変える物質と言われている。これを行う者を古来、錬金術士と呼んでいる。

 現代の科学では、卑金属を金に変換するのは不可能とされている。故に、錬金術士をペテン師と同一視している。

 18世紀イタリアで活躍したカリオストロ伯爵、本名ジュゼッペ・パルサラも偉大な錬金術士であった。

 彼は秘密結社フリーメーソンとの関係が深い。彼の人物評は、一般的に”うん臭い錬金術士にして、オカルト治療師””詐欺師”である。

 1739年、ワルシャワ郊外の別荘で人々が見守る中、カリオストロ伯爵は、大蒸留器を用いて、鉛を金に変えたのである。その時用いたのは、〝赤い粉末”である。その粉末は賢者の石から作られたと言われている。

 ゾハルを身に着けた者は不老長寿をもたらす。

 どんな病気をも治し、若々しい肉体をもたらす。


 「珠江さん、手を触れて見てください」

 坂本は珠江の手を取り、輝くゾハルに触れさせる。

「あら、不思議ね。疲れが飛んでしまったみたい。全身が生き生きして来たみたい」

 珠江が驚くのも無理はない。旧約聖書に登場する預言者はゾハルを身に着けていたと言われる。モーゼが大変な長寿を誇ったのもゾハルのお陰である。

「でも、そんな事、聖書に書いてないわよ」

 珠江が不満そうに、きれいな口を尖らす。

「そんな事、当たり前ですよ」

横から寺島が小さな眼をパチパチさせながら、口を挟む。

「どうして?」と珠江。

「神秘思想はね、闇の部分なんですよ。聖書に出てくるのは表の部分なんです」

 錬金術もそうである。一般には、非常識として省みられない。神秘思想や錬金術を学ぶ者にとっては、その方が好都合なのだ。

「ゾハルの最も大きな効果はね、生命の樹を賦活させる事にあります」坂本は度の強い眼鏡をたくし上げる。

「つまり?」磯辺珠江は不可解な顔をする。

 坂本と寺島は顔を会わせて、微笑する。


 生命の樹、つまりチャクラを目覚めさせるための修行法は、イメージングが主となっている。ヨガは呼吸法が主である。

 どちらもそれなりの効果が期待できるものの、目的を達成するためには、気の遠くなるような時間と、血に滲むような努力と忍耐が必要とされる。

 その修行を極めて短い期間で達成できる方法――ゾハルの利用により、生きながらにして、人は神になる。

 空海が提唱した即身成仏論は、文字通り、この身をもって仏になる方法である。だが空海の即身成仏は理論だけで終わってしまった。空海は即身成仏を達成したかもしれないが、後に続く空海の弟子たちは空海になれなかった。

「ゾハルの具体的な利用法を言いますね」

 坂本は、寺島と珠江を交互に見る。向井は3人から離れて、岩の壁を調べている。3人は光り輝くゾハルの下に腰を降ろしている。

「ゾハルを胸の所に持ってくる。アナハタチャクラのある位置にね」

 瞑想して、ゾハルに意識を集中する。ゾハルの光りの影響で胸の辺りが熱くなってくる。そんな訓練を毎日1時間、約半年続ける。胸が焼けるように熱くなってきたら、今度はゾハルを額に当てて瞑想をする。これも毎日1時間、約半年行う。

 初めの内は、眼を瞑っても目の前は暗いが、やがて霞が消えていくように、目の前が白くなっていく。 

 やり始めの頃はそれは白濁のような感じだが、濁った水が澄んでいくように、目の前が透明になっていく。

 その時はじめて、各チャクラの波動に対応する宝石を思い浮かべる。実際にその宝石を目の前において瞑想すれば、その効果はもっと大きい。

 磯部家の秘宝の紫水晶を例にとると、紫水晶の約3分の2の高さの位置に、パチンコ玉程の泡粒がある。瞑想で透明感を増したら、イメージで紫水晶を思い浮かべる。意識が透明になればなるほど、イメージは生き生きとして、現実的な程リアルになる。

 次に紫水晶を思い浮かべて、その泡の中に、自分がすっぽり入ったとイメージする。その瞑想法を毎日、1時間行う。

 アジナチャクラが目覚め、神との交信が可能となる。


 「つまりね、ゾハルは、人が神に変身するために、なくてはならない道具なんですよ」

 人が神になる。その目的の前には、金銀財宝など塵芥と同じになる。

「さすが坂本さん、全部判っていらっしゃる」

寺島がパチパチと手を叩く。

「でも、ゾハルって、何処にでもある訳じゃないでしょ」珠江はにこりともせずに言う。

「その通りです。でも昔は大量にあったんです」

「昔って?」

「アトランチスの時代・・・」

 珠江は興ざめした顔で坂本を見つめる。

・・・珠江さんは、神秘思想よりも、金銀財宝の方がお似合いだ・・・

坂本は内心で珠江を評価する。

 かと言って珠江が嫌いになった訳ではない。彼女の現実的な物の考え方が、坂本にはたまらない魅力なのだ。

「ゾハルはね、珠江様、人工物なんですよ」寺島が横槍を入れる。


アトランチスの時代に、ゾハルは闇を照らし、趙能力開発の道具として作られた。アトランチスが滅亡してその子孫がエジプトに移住する。

 だがエジプトの原住民の知能程度は低く、ゾハルの製造法を教える事は不可能だった。そこでアトランチス人の指導者、トート・ヘルメスはその製造法を書物にして残した。世にいうヘルメス文書である。この文書はまだ発見されていない。

「ですからね、エジプト王朝初期の頃や、ノアの洪水の時代には、ゾハルは沢山あったんですよ」

 寺島は口が軽くなっている。岩の壁の向こう側には、ソロモンの財宝が眠ってると信じている。だから向井に調べさせているのだ。


             紫水晶の秘宝


 「皆さん、こちらへ来てくれませんか」

 向井純は大きな体を縮こませて叫んでいる。天井の高さが1メートル50センチ程しかないから、小柄な坂本や寺島でも頭がつかえてしまうのだ。

 ゾハルの話は打ち切りとなる。

「向井君、何か判ったかね」寺島が立ち上がる。

 坂本が立ち上がろうとした時、

「ねえ、太一郎さん、ゾハルが光り輝いて、どうして岩戸が開いたの」珠江が尋ねる。

「それは私にも判りません。1つ言える事は、ゾハルは光り輝くと重くなるって言われています」

 紫水晶の重量と、光り輝いた時のゾハルの重さが、岩の戸を開いたと考えられる。その仕組みがどうなっているかは、調べてみないと判らない。

 現代人は古代人を自分達よりも劣っていいると思いがちであるが、古代人の知恵は侮りがたい。

 2人は立ち上がり、寺島の後に続く。立ち上がると言っても天井が低いので腰をかがめている。

「これを見てください」向井は興奮気味に喋る。

 10帖程の広間を遮るようにして、岩の壁が屹立している。ゾハルの光りで、真昼のように明るい。岩は全体が黒い。

 行く手を遮るように立つ岩の壁を、向井は指さしている。ノミで削りおとした、細かい跡がついている。その左端の隅を、向井は指さしているのである。

「ほら、縦に筋が入っているでしょう」

 言われてみて、寺島と坂本は色めき立つ。

「向井君。金槌持ってる?」

 向井は金槌を取り出す。坂本は岩の壁を叩くように指示する。

 向井は壁の岩を叩いてみる。金属音の響きがする。

「ほら、この壁、薄いんですよ」

 坂本の言葉に、3人は成程と頷く。試しに向井は左右の岩を叩いて見る。鈍い音がするだけで、反響しない。

 坂本は内ポケットから、マイナスのドライバーを取り出す。右端の岩の角にドライバーを押し付ける。

「見てください。これ、岩と同じ色をしてますが、粘土ですよ」言いながら、ドライバーで粘土を削り取る。

「ほら、この壁、引き戸になっているんです」

「でも、引き戸なら、取手か、切り込みがあるのが普通よね」と珠江。3人とも同感だ。

 岩を引くなら、そのように作ってあるはずだが、それらしき仕掛けはどこにもない。

 さすがに坂本も考え込んでしまう。

「もしかしたら、それ、押してみたらどうでしょうか」向井が提案する。

 岩の壁は高さ1・5メートル、幅2メートル程のもの。岩の壁の向こうは空洞なのであろう。音の反響で判る。

「よし、やってみよう」

 寺島が気合を入れて、岩の壁にぶつかっていく。彼は体は小さいが、腕力はある。向井も寺島に負けじと挑戦する。坂本も黙ってみている訳にはいかない。

 ・・・私も・・・磯辺珠江も岩の壁に挑みかかる。

 4人の力が1つになる。

「動いたわ!」珠江が叫ぶ。岩の壁は、ごとっと鈍い音を立てる。

「もう一息!」向井純が大きな体に渾身の力を入れる。5センチ,10センチと岩が押されていく。15センチ程押した後、岩の壁が、ごおっという音を立てて、右の方にづれて行く。引き戸がゆっくりと開かれていく。

 人1人くらいが通れる程の空間が出来た時、岩の壁の奥の暗闇が、突然、目もくらむような光を放った。

 岩の壁が1メートル程開いた時、

「みて!」珠江が興奮して叫ぶ。

その向こうには、燦然たる輝きを放った金の盾や盃などが無造作に山積みにされているのが見える。天井には、ゾハルが2列ずつ並んで、真昼の太陽のように、眩しく輝いていた。

 間口が約10メートル、高さ5メートルほど、奥行きは図ることが出来ない程深い。長いトンネルの中に入ったような感じだ。

「これぞ、ソロモンの財宝だ!」寺島広三は両手を拡げて叫ぶ。

 岩の壁が完全に開いても、4人は立ち竦んだまま、呆然と見惚れていた。圧倒するような量の黄金の宝に見惚れて、身動きさえ出来なかった。


              ソロモンの財宝


 旧約聖書、列王記にソロモンが神殿を建てる情景が描写してある。

 3万人の労働者を徴収して、神殿造りに使役する。その他に荷を背負者が7万人、山で石を切る者が8万人あった。

 イスラエルの人々がエジプトの地を出て後、4百80年、ソロモンがイスラエルの王となって4年目の事である。

 ソロモンは宮を建て終わった後、香柏の板で宮の壁の内側を張った。宮の床をいとすぎの板で敷きつめた。

 主の契約の箱を置くために、宮の内の奥に本殿を設けた。香柏の祭壇を造り、周囲を純金で覆った。

 純金でもって宮の内側を覆い、本殿の前に金の鎖をもって隔てを造り、金でもってこれを覆った。また金でもって残らず宮を覆い、ついに宮を飾る事をことごとく終えた。また本殿に属する祭壇をことごとく金で覆った。

 宮の周囲の壁に、内外の室とも皆ケルビムとしゅろの木を、咲いた花の形の彫り物を刻み、宮の床は、内外の室とも金で覆った。

 ソロモンが神殿を建てるのに7年を要した。


 ソロモンが自分の家を建てるのに13年かかった。

 またソロモンは主の宮にある諸々の器を造った。すなわち金の祭壇と、供えのパンを載せる金の机、および純金の燭台。この燭台は本殿の前に、5つは南に、5つは北にあった。また金の花と、ともしび皿と、心かきと、純金の皿と心切りばさみと、鉢と、香の杯と、心取り皿と、至聖所である宮の奥のとびらのため、および宮の拝殿のとびらのために、金のひじつぼを造った。

 こうしてソロモン王が主の宮の為に造るすべての細工は終わった、そしてソロモンは父ダビデが捧げた物、すなわち金銀および、器物を携え入り、主の宮の宝蔵の中に蓄えた。


 ソロモンは20年を経て2つの家即ち主の宮と王の宮殿を建て終わった時、ツロの王ヒラムがソロモンの望みに任せて香柏と、いとすぎと、金を供給した。

 ソロモンはエドムの地、紅海の岸のエラテに近いエジオン・ケべルで数隻の船を造った。ヒラムは海の事を知っている船員であるしもべをソロモンのしもべと共にその舟でつかわした。彼らはオフルへ行って、そこから金4百20タラントを取って、ソロモンの所にもってきた。

 シバの女王は主の名にかかわるソロモンの名声を聞いたので、難問を持ってソロモンを試みようと尋ねてきた。彼女は多くの従者を連れて、香料と、たくさんの金と宝石をらくだに背負わせてエルセレムに来た。

 そして金百20タラントおよび多くの香料と宝石を贈った。シバの女王がソロモンに贈ったような多くの香料は再び来なかった。

 オフルから金を載せてきたヒラムの船は、またオフルからたくさんの白檀の木と宝石を運んできた。

 さて1年の間にソロモンのところに、はいってきた金の目方は6百66タラントであった。その他に貿易商および商人の取引、ならびにアラビアの諸国の代官らも入ってきた。ソロモンは純金の大盾を2百造った。その大盾にはおのおの3ミナの金を用いた。王はこれらをレバノンの森の家に置いた。

 王はまた大きな象牙の玉座を造り、純金を持ってこれを覆った。その玉座に6つの段があり、玉座の後に小牛の頭があり、座席の両側に肘掛けがあって、肘掛けのわきに2つのししが立っていた。この様なものはどこの国でも造られた事がなかった。

 銀はソロモンの世には顧みられなかった。これはソロモンが海にタルシンの船隊を所有していて、ヒラムの船隊と一緒に航海させ、タルシンの船隊に3年に1度、金銀、象牙、さる、くじゃくを載せてこさせたからである。

 このようにソロモンは富も知恵も、地の全ての王にまさっていたので、全地の人々は神がソロモンの心に授けられた知恵を聞こうとしてソロモンに謁見を求めた。

 人々はおのおの贈り物を携えてきた。すなわち銀の器、金の器、衣服、没薬、香料、馬、騾馬など年々定まっていた。――

 

 世界中の富がソロモンの元に集められたと言っても過言ではない。その富もソロモンの死後、周辺の国々に⋮略奪されていく。

 ここにある膨大な財宝も、ソロモンの富の1部でしかない。


 坂本は入り口で呆然として突っ立っていた。

 磯辺珠江は夢から醒めたように、中に駆け出していく。寺島広三も、珠江に負けじと後を追う。向井純は一歩一歩、歩を確かめるように入っていく。

 坂本が中に入った時は、寺島は奥へ小走りで駆け出していた。珠江と向井は入り口から順に物色して奥へ歩いていく。

 実に多くの金の造作物が無造作に置いてある。真中に1メートル程の通路を残して、両端に並んでいる。

 金の盾、燭台、牛の頭、香炉、皿、金の花、盃、その他用途の不明な器、金の延べ板。

 その他象牙、香木、宝石類が並んでいる。それらがゾハルの輝きで眩しく光っている。

 「見て、これダイヤモンドよ!」珠江が興奮して叫ぶ。

見ると珠江の握り拳ほどもある、見事なダイヤが実に無造作に転がっている。

 サファイヤ、水晶、ルビー、紫水晶、アゲイト、エメラルド、オパール、ガーネット、トパーズなど、数多くの奇石、宝石が細工されて、金に包まれて、所狭しと置いてある。

 寺島が奥から小走りで帰ってくる。手に1枚の石板を抱えている。

「見てくれ、こんな石板が何十枚も置いてある」

 坂本が見ても何が書いてあるのか判らない。

「多分、古代エジプトの楔文字と思われます」

「奥まで約5百メートルある」寺島は石板を坂本に手渡すと、また奥のほうに引き返していく。


 坂本は床や天井を見る。

 床も天井も平らであるが、粗削りの地肌そのままである。両側の岩の壁に、天井の板を載せていると思われる。

・・・自然の洞穴を使えば簡単なのに・・・

 何故、天井に岩の板をはめこみ、床もどうやら岩の板をはめ込んであると考えられる。

 こんな狭い洞窟の中で、動員できる労働力は数百人程度であろう。

・・・古代人は苦労をいとわないのだろうか・・・

 幅10メートル、奥行き5百メートルの部屋を造るのに、10年、あるいは20年以上かかっているのかも知れない。実に完璧な仕事を成し遂げている。

・・・もうそろそろ引き上げねば・・・

 ここにある財宝は、国家の宝なのだ。私利私欲で個人が手にするべき物ではない。

 それに三重県警は、紅天主教の信者を捕らえている筈だ。洞窟の入り口には刑事達が、坂本達が出てくるのを待っているはずだ。

 坂本は妖しい光りを放つ宝石に見惚れている珠江に、そっと声をかける。

「もうそろそろ出ましょう」

 警察の事を言おうと思ったが、寺島達に聞かれるとまずいと思い、珠江には黙っていた。

「嫌よ、ここにずっと居たいの」

珠江の耳には坂本の言葉など入らないのだろう。

、、、仕方がない。自分だけ出ようか・・・

 坂本は奥に歩く。向井に声をかける。

「向井君、私はいったん外に出る。信者達を呼んでくる。寺島さんにはそう伝えてくれないか」

 向井は手にしていた金細工を元に戻す。こくりと頷く。奥に走る。彼は寺島の忠実な部下だ。向井と共に寺島が戻ってくる。

「近藤達をここへ呼んでくれるか」と寺島。

「良いんですか、坂本さんを帰しても」向井が心配そうに尋ねる。

「大丈夫だ、我々には珠江様がいる」

 磯辺珠江は自分達の人質だと言わんばかりだ。

「それに、坂本さんは我々の仲間だ」

 寺島は大袈裟に頷いて見せる。小柄な体を大きく見せようとする彼一流の演技なのだろう。

 腕時計を見ると5時である。外はまだ明るい筈だ。

「近藤さん達と一緒に私も帰ってきますよ。今夜はここで酒盛りといきましょう」

 坂本は明るく笑ってみせる。

「それはいい」寺島は破顔する。向井もつられて笑う。

・・・ここへ来るときは警察と一緒だ・・・

 坂本は一礼して、寺島達と別れる。

 途中、宝石に夢中の珠江に声をかける。

「すぐに戻ってきますからね」

 珠江の耳には届かないようだ。


              崩壊

・・・これだけはもらっておこう・・・

 紫水晶は地面の岩の高さと同じ位置にある。手に取るのは造作もない。もっとも40キロの重さがある。腰を痛めないように、そろりと取り出さねばならない。

 紫水晶を取り出す。紫水晶をはめ込んでいた岩の壁が50センチ程せりあがった。坂本はあっと叫ぶ。入り口と中の洞窟を結ぶ岩の橋が持ち上がる。と同時に、その岩が崩れる。床下の暗闇に落ちていく。激しい音響が洞窟内に響き渡る。

「珠江さん、早く出るんだ!」

 危険を察知した坂本は声高く叫ぶ。珠江は入り口から20メートル程奥にいる。寺島と向井は洞窟の奥の方に入り込んでいる。

 岩の橋が崩れ落ちると、地響きのような揺れが襲ってくる。と同時に激しい洪水が、鉄砲水となって、洞窟の床下を叩いている。

 岩盤と見えた洞窟内の床下は空洞のようだ。それを無数の柱が支えているようだ。その柱の一本一本が鉄砲水に叩かれて崩壊していくのだった。

「珠江さん、早く来るんだ!」

事の異常さに気付いたのか、さすがの珠江も顔色を変える。珠江のいる床下も、左右に揺れ出していた。

 珠江は入り口に向かって駆け出そうとする。手には持ち切れぬほどの宝石を抱えている。その為に、上手く駆け出すことが出来ない。

「珠江さん宝石は全部捨てるんだ!」

「いやよ、これ全部私のものよ」

 珠江は宝石を手放そうとはしない。それでも入り口の近くまで駆け寄ってきた。奥から寺島と向井が走ってくる。

「何が起こったんだ!」2人の形相はすさまじい。

 坂本がいる入り口と、珠江がいる洞窟の床との間は約1メートル程の空間がある。下は奈落の暗闇である。岩にはめ込まれたゾハルの光りで、床下に激しい洪水が流れ込んでいるのが見える。床を支える柱が1本、また1本と崩れていく。珠江の足元は揺れている。

 宝石を両手に抱え込んだまま、1メートル程の空間を飛び越えることは、珠江の足では危険である。

「早く捨てるんだよ!」坂本は必至である。

 その時である。珠江の足元がぐらついた。バランスを崩した珠江は、身体の均衡をとろうと、片方の手を離した。多くの宝石が、バラバラと珠江の足元に落ちていく。それらは床下の暗闇に吸い込まれていった。

 それでも珠江は片方の腕に抱えた宝石を離そうとはしなかった。

「太一郎さん、助けて!」

 珠江の白い顔は恐怖に引きつっている。美しいその瞳は哀れっぽく見える。形の良い唇が醜く歪んで見える。

「飛ぶんだよ、受け止めるから」

 坂本は入り口の壁を片手で掴んで身を乗り出す。片方の手を精一杯延ばす。珠江は空いた片手を坂本の方に寄せる。寺島と向井が珠江の10メートル程後ろに迫っている。

 2人が珠江を抱きかかえて入り口まで飛んでくれることを願って、坂本は身を乗り出していたのだ。

 珠江は片方の手を精一杯伸ばす。坂本は身を乗り出して、珠江の手に触れる。

・・もう少し・・・

 珠江の指を握りしめたと思った瞬間、珠江は甲高い声をあげる。片方の腕に抱きかかえた宝石が、パラパラと落ちていく。坂本が握った指が離れる。珠江は万歳の格好をする。

 坂本は、はっとして珠江を見る。珠江の足元の岩が崩れ落ちていく。珠江の表情は恐怖の余りに引きつっている。大きな眼を真ん丸にして、坂本を見ている。

・・・助けて・・・その表情は何ともも言えぬ程哀しいものだった。

「珠江さん!」坂本は絶叫する。

 その声が終わらぬ内に、珠江は奈落の闇の中へ吸い込まれていく。

 と同時に、ソロモンの財宝を載せたまま、岩の壁が次々と崩れていく。寺島と向井は、金の盾に押しつぶされるようにして、落下していく。床の崩壊は奥に行くほど早くなっていく。

 天井の岩を支える両側の壁も落下し始める。天井の岩がくの字に折れて、財宝を押しつぶしていく。

 ゾハルの輝きが消えていく。たちまちの内に、周囲は漆黒の闇となる。坂本は慌てて、床に置いてある懐中電灯を手探りで捜し出す。

 その時である。地面の岩がぐらぐら揺れ出す。

 坂本は必死になって石段を駆け上がる。電灯で地底湖を照らして絶句する。

直径30メートルはあろうか、巨大な渦が坂本の足下に展開している。水位も3メートル程下がっている。

 幸いなことに、紐で岩に括りつけた浮袋は無事だ。坂本は浮袋をたくし上げると、渦から離れた場所まで移動する。浮袋を水面に浮かべて、手で漕ぎ出そうとした時、爆発するような激しい音が響く。振り返って、懐中電灯で照らしてみる。

 坂本が出てきた洞窟が崩壊して、地底湖に没し去ろうとしていた。やがて渦も消える。

 坂本は必死になって漕ぐ。前進しているつもりだが、心もとない。対岸に、豆電灯用の懐中電灯を設置してある。それを目印に漕ぐしかないのだった。

 30分位漕いだときだろうか、遠くの方で、ライトがくるくる回っているのが見える。

「おーい」と叫ぶ声も聞こえる。坂本は嬉しさのあまりに懐中電灯をふる。思い切り叫んでみる。声は洞穴に反響して大きく跳ね返る。


 対岸でライトを回していたのは吉岡刑事だった。坂本の照らす懐中電灯で吉岡刑事の顔が見える。数人の男達がいる。

「おーい」坂本が叫ぶ。

「その声は坂本さんか」坂本は手を櫓の代わりにして、浮袋を漕いでいる。体をうつ伏せにしているので、思い切って顔が挙げられない。


 浮袋が岸に近づく。ロープを放り出して引っ張ってもらう。坂本が岸に上がると「他の者は?」と聞かれる。

 坂本は簡単に事情を説明する。洞穴を出る道すがら、吉岡刑事から、キャンプ場にたむろする紅天主教の信者や紅天主教の本部にいた信者を逮捕したとの情報を得る。

 洞窟を出ると、すでに夕日は西に落ちて、薄闇が周囲を支配していた。

 洞窟を出て、ほっと息をつくと、磯辺珠江の哀しそうな顔が脳裡に浮かぶ。

・・・あれは、絶望の表情だったのかも・・・

 坂本は珠江を失って初めて、彼女への愛が深かったのを、思い知った。

・・・珠江さん・・・

 坂本は眼鏡をとり、溢れる涙をぬぐった。


 平成10年夏。

 坂本太一郎は石神社の石碑の前にいた。

 洞窟は危険であるとの通報を受けて、町の有志によって封印されている。

 石碑に花束を奉納する。

・・・珠江さん、安らかに眠って下さい。また来ます・・・

 坂本は合掌して、深々と頭を下げた。


                   ――完――


 お願い――

 この小説はフィクションです。ここに登場する個人、団体、組織等は現実の個人、団体、組織等とは一切関係ありません。

 なお、ここに登場する地名は現実の地名ですが、その情景は作者の創作であり、現実の地名の情景ではありません。







 





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ