岩の世界 4
「やあ。いい景色!」
岩山の頂上で、イドは大きく息を吸いこんだ。
四方はやはり石と岩ばかりだったが、統一された世界というのは清々しいものだ。
見上げると、空にはなぜか五つの太陽があった。
強い光が世界を照らすので、石と岩ばかりの世界は白く輝いて見えた。
「綺麗だな……」
イドはそっと腰を下ろし、しばらく真っ白な世界を見ていた。
白いだけの景色だったが、なぜだか妙に飽きさせなかった。
目をほそめ、より白い場所を探す。
すると、いくつか奇妙なものが見えた。いや、並んでいるというべきか。
なんだろうとさらに目を細めたとき、すぐそばで息が鳴った。
「だれ?」
あわててイドは息が鳴ったほうに顔を向けた。しかし石と岩ばかりで、人の姿はない。
風かなと思って首をかしげた直後、再び息が鳴った。
間違いなく、人の吐息だった。
「そこに誰かいるの?」
「……おや」
イドの問いかけに、誰かの声が応えた。
男の声だ。
「俺が見えるのかい?」
男の声がイドのすぐそばで鳴った。しかし姿は見えない。
イドは正直に頭を横に振ると、男の声がした方で、小さく、長く、息がぬけた。
「……そうか」
「ごめんなさい」
「いいや、構わないよ。君は、外から来た人だね」
「はい」
「珍しいね、君は。外から来た人はみな、この世界を見ると帰っていくから」
男の声は、少しだけ寂しそうだった。
姿は見えないが、しんみりとした雰囲気が佇んでいる。
いくつも夢の世界を旅してきたが、姿が見えない人と出会ったのは初めてだった。もしかすると今まで気付かなかっただけで、これまでも透明な人が多くいたのだろうか?
見えない男を探すようにしばらく眺めたあと、イドは石と岩だけの世界に視線を移した。
「私は、綺麗だと思いましたが」
イドは静かに言った。
お世辞ではない。
このような場所があってもいいと、そう思ったのだ。
「そうかい? ありがとう」
男の声に、かすかな笑いがふくまれた。
お世辞として受け取ったのかもしれない。
それならそうで構わないと、イドは言いなおさなかった。
少しの間を置いて、空にある五つの太陽のうち、ひとつが薄くなり、消えた。
「少し、暗くなりましたね」
「そうだな。前はもっと明るかったんだがね」
空を見るイドに応えた男の声は、寂しさと虚しさをふくめていた。
見えないが、男も空を見ている気がした。
「前は、そう、九つの太陽があったんだよ」
「九つも!?」
「そうとも。ここらはもっと真っ白だった。それに、暖かかった。今はちょっと寒いだろう?」
男の問いに、イドは小さくうなずいた。
殺風景な世界がそう感じさせているのかもと考えていたが、太陽が四つになると同時に、ぐんと肌寒くなったのだ。
「きっと、もう、私は長くない。あの太陽がすべて消えれば、この世界も消えるのだろう」
男の声に、さらなる虚しさが加わった。
絶望しているわけではなく、なにかを諦めたかのようだった。
レナーの叔父は、現実の世界で病に伏せているらしかった。
死を招くような大病ではないらしいのだが、日を追うごとに衰弱しつづけているのだという。
太陽の数は、衰弱に応じて減っているのかもしれない。
「君はもう帰ったほうがいい」
ここにいたら世界の崩壊に巻きこまれてしまうかもしれない。そうなったとき、外から来たイドがどうなるか。大きな力で追いだされてしまうのか、それとも共に消えてしまうのか。