岩の世界 2
イドは、夢の世界にいた。
おとぎ話に出てくるような、別の世界のことではない。誰しもが眠っている間に見る「夢の中の世界」のことだ。
幼いころからイドは、眠っている間に見た夢をよく覚えていた。
目が覚めるたびに夢の内容を思い出し、夢を楽しむ癖があったからだ。そうしているうちにイドは、夢の中で自由に動けるようになった。
現実と同じように動き回れる世界。
イドはどんどんと、夢の世界にのめり込んでいった。
夢の世界には、自分だけが持っている個人的な世界がある。
最初のうち、イドはその世界で遊んでいた。
とても面白く、とても楽しかった。
現実では味わえないことがいくつも感じられたからだ。
面白いもののひとつに、魔法があった。
イドは水を操るような魔法を使うことができた。魔法を使って遊んでいるうちに、イドはさらなる好奇心を湧きあがらせた。
――自分以外の世界は、どんなのだろう?
強くなった好奇心に、イドは抗わなかった。
「よし、着いた……!」
イドは立ちあがり、一度だけ泉のほうを見た。
泉の上に浮き上がっていた水の輪は、もうない。泉のかたわらに立つ、白髪白髭の老人がいるだけだった。イドは老人に向かって小さく頭を下げると、老人もまた小さくなずいた。
「行ってきます!」
老人に向かって手をふる。深いしわの中にひそむ老人の目が、かすかに微笑んだ気がした。
夢の世界でのイドは、男でも、女でもなかった。
顔だけは美しい少女のようだったが、よくよく見ると美しい少年のようでもあった。
顔以外の身体には、性別を意識させるものがなにもなかった。細身で、背が低い。髪が長いので、ぱっと見たかぎりでは幼い女の子の姿だった。
別に、現実世界の男の姿が嫌だというわけではない。
イドは、性別に興味がなかった。幼いころから、そうだった。
興味がないので、嫌悪感もない。ただ、周囲の人々が性別に踊らされている様を、奇妙なものと見ていた。
その想いが、夢の世界のイドの姿を作ったのだろうか。
鏡に映る少女の姿を見て、イドは何度も首をかしげたものだった。しかし答えなど分かるはずもない。
そのうちにどうでもよくなり、年齢も見た目も違う、夢の世界での自分の姿を受け入れた。
「今日はレナーのおじさんの夢の世界のはず、だ、けど……」
たどり着いた夢の世界で、イドは左右に首をふった。
右も左も、石と岩だらけ。
建物はもちろん、草一本も生えていない。
これはとんでもないところに来たかなと、イドは不安を感じた。