岩の世界 1
水鏡に映るイドは、女に似ていた。
いや、少女だろうか。
少なくとも、現実の世界に生きる自分の、男の姿ではない。
「見えてきた、出口。今回は長かったなあ」
イドは水鏡から視線をはずし、横へ顔を向けた。
視線の先には、薄暗闇の空間に浮かぶ、黒い石畳の道の終着点があった。そこに出口らしき泉も見える。イドは泉を視野におさめながら大きく伸びをして、小さくあくびをした。
少女の全身は大きな水の泡につつまれていて、黒い石畳の道の上を飛び、終着点に向けて進みつづけていた。泡の表面はずいぶんと薄い。時折ぷるぷるとゆらめいて今にも割れそうだったが、なかなかに割れない奇妙なものだった。その泡の中で大きく伸びをした少女の足の先が、水の泡からわずかに飛びだした。
「わっ、と、危ない!」
泡から飛びだした足を引っ込めて、イドはおそるおそる周囲をうかがった。
大丈夫だ、なにもいない。
いつもなら黒い石畳の道のいたるところにいる怪物たちが、偶然にも近くにいなかった。
すぐ近くに奴らがいれば、先ほどの行為ですぐに感づかれ、襲われていたことだろう。
イドは胸をなでおろし、小さく息を吐きだした。
やがて、道の終着点に着く。
イドは泡につつまれたまま泉のそばまで行き、再びおそるおそる周囲をうかがった。
大丈夫、やはり今は怪物がいない。
今日は運がいいなと、イドは泡を解いて、黒い石畳の上に降り立った。
「急がないと」
黒い石畳に足をつけるやいなや、イドは泉に駆け寄った。右手で泉の水面にふれつつ、もう一度周囲を見る。
まだ、なにもいない。
急げ急げと、イドは水面に何度も手のひらを打ちつけた。すると泉から水の塊が浮きあがり、巨大な水の輪を作りあげた。
「よし。よし。よーし! あ、まずい! 来た! 来たあ!」
イドは泉から現れた水の輪を見て喜びつつ、後ろからせまる複数の足音にぞくりとした。
あわてて泉の淵に足をかけ、水の輪めがけて飛びあがる。
飛びながら後ろを見ると、十数の怪物が走ってきていた。いずれの怪物も、現実では想像もできない奇妙な姿をしていた。
イドの身体が、水の輪をくぐる。
同時に、視界に映る世界が変わった。
さきほどまでは、薄暗闇の中を黒い石畳の道が延びているだけの世界だった。
今は違う。
水の輪の先にあったのは、冷たい石の壁で囲まれた小さな石室だった。
石室の中には、石畳の道の世界にあったものとそっくりの泉があった。泉の上には、先ほど飛びこんだ水の輪が浮いていた。その水の輪から飛びだしてきたイドは、石室の冷たい床にいきおいよく落ちた。
「あ、いた、たたた……」
打ち付けた身体をさすり、イドは顔をゆがめた。
しかし、実際は痛くない。痛いような気がするだけだった。