俺をイジメてくる幼馴染にはもう耐えられません
俺、藤宮海斗には完璧超人な幼馴染、木之原小春がいる。
才色兼備、文武両道、人格者で人望もあり現生徒会長を務めて学校のアイドル的な存在とされている。
曰く『全国模試は毎回一位を取っている』
曰く『中学時代、短距離走で全国大会に出場している』
曰く『入学一ヶ月で五十人近くの男子から告白された』と。
もちろん多少の誇張はされているだろうが概ね間違いないのだろう、それほどに小春は非の打ち所のないほど完璧な存在である。
俺以外にとっては。
◆ ◆ ◆
「ほら起きなさい豚」
足蹴にされている腹部に痛みを覚えながら目を覚ます。俺の一日はこの一言から始まる。今日も最悪の目覚めだ。
「いつも言ってるんだが、蹴りながら起こすのはやめてくれないか、小春」
「はあ?わざわざ私が起こしに来てあげてるのよ、文句言える立場だと思ってるの?」
別に頼んだ覚えはない。言えばきっと小春の怒りを増すだけだと思い、出かかった言葉を飲み込む。
「一階で待ってるから早く降りてくるのよ豚」
最後にもう一回強い蹴りを食らわせてから俺の部屋を出ていく。
今のやりとりから分かる通り、木之原小春は人格者でも何でもない。要するに俺以外の他人の前では猫をかぶっているだけなのだ。
俺に対しては溜まったフラストレーションを晴らすかのようにまるで奴隷のような仕打ちを行う。
「早くしなさい!!」
階下から怒気を孕んだ声が聞こえてくる。
これ以上機嫌を損なうとまた厄介なことになる、さっさとリビングへと向かおう。
階段を降りた先で待っていたのは、至極不機嫌な顔を浮かべ仁王立ちをする小春と黒焦げになった食パンであった。
「早く食べて学校行くわよ」
「このパンを、か?流石に炭になったパンなんて食べられないんだけど」
「私が用意してあげたご飯を食べられないって言うの!?」
「……分かった。食べればいいんだろ」
声を荒げる小春に、俺は頷くしか選択肢がなかった。
今日の朝は真っ黒になった食パンだったが、昨日の朝は明らかに水分の足りてない白米、一昨日の朝は何を混ぜ込んだかわからないドブ色をしたスープと、嫌がらせのような朝食が毎日俺を出迎える。いや実際嫌がらせなのだろう。
昼食や夕食は小春が用意せずちゃんとしたものを食べられるからまだマシと言ったところか。
こんな食事を続けていたらいつか体を壊すんじゃないのだろうか……。
口に広がる強烈な苦味を気にしないようにし小春に連れられ学校へと向かう。
学校で向けられる視線は、小春には、尊敬、憧憬、好意。一方俺には、侮蔑、嫌悪、憎悪といったところか。
「なんであんな奴が小春さんの隣にいるんだよ」そんな声が聞こえてくる。
譲れるものなら譲りたい。そんな願いは叶うことがないと分かり切ったこと。
何故俺がここまでヘイトを買っているのかと言うと、その答えはとてもシンプル、小春がありもしない悪評を流しているからだ。
下着を盗まれた、だの、寝込みを襲われかけた、だのそんな噂が流れているおかげで俺の学園生活はメチャメチャに荒らされている。
勿論そんな事実はないと弁解した。だが何の取り柄も無い平凡な俺と学園の頂上に君臨している小春の発言、どちらが信用されるかなんて考えるまでもない。
お姉様お姉様、と声のする方に小春が向かう。楽しそうに談笑する姿はまるで異国のお姫様。だが実際に話されている内容はどうせまた俺の悪口。
「おい藤宮付いてこいや」
諦めたような顔で一人眺めていると、小春の信者であろう非常にガタイの良い数人の男が話しかけてくる。
不愉快な笑みを浮かべる男どもは脳内で俺を痛めつけているんだろうな。
想像するのは容易いことだった。
「ゴホ……イッテェなクソ。やりすぎなんだよ」
悪態をつくがその対象は既にこの場を離れており誰にも届かない。
三十発を超えた辺りからもう数えるのをやめた。真っ赤に腫れ上がった腹は激しい痛みを伝えてくる。
教師陣にこの事を伝えたとしてもきっと誰も動かない。
教師陣は俺が虐めにあっていることを把握しているものの、下手に触れると自分の責任問題になるからか虐めに関しては黙認している。
生徒、教師ともにこの学校は腐っている。
「惨めね」
痛む腹を押さえながら立ち上がり、教室へ向かおうとする俺の前に小春が立ちはだかる。
「何でアンタこんなに惨めなのかしら。隣にいる私も評判が下がるじゃない。豚みたいな容姿どうにかならーーー」
ああもう無理だ。こいつとは縁を切った方がいい。これ以上は耐えられない。
垂れ流される罵詈雑言を聞き流しながら、妙に冷え切った頭でそんなことを考えていた。
◆ ◆ ◆
藤宮海斗が木之原小春と縁を切ると決心してから一週間が経った日のホームルーム。
海斗と小春のクラス担任は一枚の紙とICレコーダーを手に教卓に立っていた。
「突然のことですが、藤宮海斗君は転校しました」
唐突な出来事に生徒全員呆気に取られていたが、数秒もすれば教室中は歓喜の雰囲気で満ち満ちていた。それもその筈、藤宮海斗は『学園のアイドルに対し性犯罪を行うクズ』という認識をされていたのだから。
そんな雰囲気の中一人だけ酷く動揺している者がいた。
木之原小春だ。
そして担任はこう続けた。
「えー藤宮君から『絶対にホームルームの時間に読んでくれ』と渡された手紙があるので読みたいと思います」
『皆さん、俺の突然の転校驚いていると思います。いや、喜んでいるでしょうか。皆さんからしたら性犯罪者が逃げるように転校して行ったと思うでしょうね。そんな皆さんにプレゼントがあります』
そこまで読んでから担任はICレコーダーを再生すると小春の声が教室内に響き渡っていた。
それはこれまで海斗に言ってきた罵詈雑言がまとめられたもので、その荒げた声は小春の信仰者にはおよそ想像の出来ないもので全員が困惑していた。
怪訝心の込められた視線の中小春は混乱していた。
(な、な、何で海斗そんなことするの……。私は海斗の気を引きたくてわざわざあんなキャラ演じていたのに。海斗が孤立したら私に頼ってくると思ったから言いたくも無いのに悪口を言ったのに。昔海斗がツンデレの女の子が好きって言ったから……どうしてどうしてどうしてどうして)
小春は自分以外の人たちに対し猫をかぶっている、と海斗は思っていたが、実際はその真逆、海斗以外の人には素で、海斗に対してキャラを作って接していたのだ。
その間違った愛情表現が身を滅ぼしたことに気づくと小春はただただ項垂れるだけだった。
『今までありがとう小春。頑張れよ』
手紙の最後はそう括られていた。