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幸せのあるところ

作者: 雨森琥珀

 むかしむかしの遠い国に、白いカラスが生まれました。


 みなさんも知っているとおり、普通のカラスは黒い鳥です。

 けれど、白いカラスは真っ白の羽をしていました。

 目の色も、黒ではなく赤色をしています。

 黒いのが当たり前のカラスたちの中で、白いカラスはいつでも目立っていました。


 白いカラスは、色が違うだけで他のカラスと同じ生き物でした。

 だから、みんなとなかよくなりたいと思いました。

 みんなと同じことをして、みんなと同じものを食べ、みんなと同じことを考えるようにしました。

 それでも、みんなは言いました。


「やっぱりお前は、わたしたちとは違う。おかしい生き物だ」


 かなしくなった白いカラスは、きたない泥水の中に飛び込みました。

 ほかのカラスたちと同じように黒くなれれば、きっとなかよくなれると思ったからです。

 けれど、何度も泥水をかぶっても白いカラスの羽は黒くはなりませんでした。


「ボクはみんなと同じにはなれないんだ……」


 白いカラスは、かなしくてかなしくてポロポロとなみだをこぼしました。



  ◇ ◇ ◇



 大きくなった白いカラスは、カラスたちの群れから飛び出しました。

 この広い世界のどこかには、自分のことを好きになってくれるだれかがいるかもしれない。

 そう思ったからです。



 白いカラスがひとりで飛んでいると、だれかの泣き声が聞こえました。


「そこで泣いているのはだれ?」


 白いカラスが聞くと、小さな声が答えます。


「わたしはカマキリよ」


「どうして泣いているの?」


「弱い自分が嫌いだからよ」


 カマキリは答えました。


「わたしは、卵をうむために、大切な相手を食べないといけないの。

 でも、どうしても嫌なのよ。

 わたしは、みんなが当たり前にできていることが、できないの。

 卵をうまないなんて、許されないのに」


 ぺたんこのおなかをかかえて、カマキリは泣きました。


 白いカラスは言いました。


「それじゃ、ボクといっしょに行かないかい?

 この広い世界のどこかには、キミが許される場所だってあるかもしれないよ」


 カマキリは白いカラスといっしょに行くことにしました。



  ◇ ◇ ◇



 白いカラスとカマキリがいっしょに飛んでいると、だれかの泣き声が聞こえてきました。


「そこで泣いているのはだれ?」


 白いカラスが聞くと、小さな声が答えます。


「ぼくはネズミだよ」


「どうして泣いているの?」


「ぼくは、くやしくて泣いているんだ」


 ネズミは答えました。


「ぼくのなかまは増えすぎた。このままじゃ食べるものがなくなるのも時間の問題だ。

 どこにでも生えている毒のある実を食べられるようになれば、生き残れるのに。

 みんな危険なことはやめろって、ぼくを馬鹿だって笑うんだ」


 青い実をかかえたまま、ネズミはなみだをこぼしました。


 白いカラスは言いました。


「それじゃ、ボクといっしょに行かないかい?

 この広い世界のどこかには、キミを馬鹿にしないひともいるかもしれないよ」


 ネズミは白いカラスといっしょに行くことにしました。



  ◇ ◇ ◇



 白いカラスとカマキリとネズミがいっしょに進んでいくと、だれかの泣き声が聞こえてきました。


「そこで泣いているのはだれ?」


 白いカラスが聞くと、ふるえる声が答えました。


「オレはオオカミだ」


「どうして泣いているの?」


「オレが嘘つきだからだ」


 オオカミは答えました。


「オレは本当にだれも殺したくなんかないんだ。

 殺した相手を食べたくなんかないんだ。

 だけどいつだって、気がつくとオレの口は血で汚れているんだ。

 もうオレの言葉を信じるやつなんか、だれもいない」


 オオカミは赤くぬれた毛皮を抱きしめたまま涙をこぼしました。


 白いカラスは言いました。


「それじゃ、ボクといっしょに行かないかい?

 この広い世界のどこかには、キミを信じてくれるひとだっているかもしれないよ」


 オオカミは白いカラスといっしょに行くことにしました。



  ◇ ◇ ◇



 白いカラスとカマキリとネズミとオオカミがいっしょにいると、いろいろな生き物が色々なことを言ってきました。



「どうしてちがう生き物がいっしょにいるんだい?

 生き物は同じ生き物どうしでいなくっちゃ。それが当たり前で、一番正しいことだよ」

 アリは言いました。


「どうしてオオカミなんかと一緒にいるんだい?

 後ろからぱくりと食べられてしまうかもしれないよ?

 きっときみはだまされているんだよ」

 ウサギは言いました。


「おかしな生き物ばかりが集まって、なにをしているんだ。

 なにか良くないことでも考えているんじゃないだろうね?」

 キツネは言いました。



 それでも白いカラスとカマキリとネズミとオオカミはいっしょにいました。



  ◇ ◇ ◇



 それから何日も何日もたって、やがて冬が近づいてきました。


 カマキリは、白いカラスに言いました。

「もうそろそろ、わたしが生きていける時間は終わるわ。

 あなたは一度も『どうして当たり前のことができないの?』って聞いてこなかったでしょう?

 とっても嬉しかったわ。

 できない理由なんて、わたしにだってわからないんだもの。

 あなたといっしょにいてわたしはとっても幸せだったわ。

 ほんとうにありがとう」


 そうして何日か後に、カマキリは動かなくなりました。



  ◇ ◇ ◇



 また何日も何日もたって、ある日ネズミは言いました。


「ねえ、もしぼくが動かなくなったら、いつかなかまたちに伝えてほしいんだ。

 毒のある実を食べられるようになる可能性はあるんだって。

 きみはぼくに一度も『そんな馬鹿なことはやめろ』って言わなかったね。

 毒があるってわかっていても実を取り上げたりもしなかった。

 ありがとう。おかげでぼくは最後まで実験し続けることができた。

 ぼくはたしかに馬鹿かもしれないけど、きっとこの先この毒を乗り越えることができるって確信できたよ。

 ほんとうにありがとう。

 きみといっしょにいられて楽しかったよ」


 そうして何日か後にネズミは笑顔のまま動かなくなりました。



  ◇ ◇ ◇



 また何日も何日もたったある日、オオカミが白いカラスに言いました。


「もうそろそろお別れだ。

 オレは今までどんなに食べたくないと思った相手も食べちまって、いつも嘘つきって呼ばれてた。

 だけど、こんなオレをおまえは信じてくれた。逃げないでいてくれた。

 オレがどれだけ嬉しかったか。少しでも伝わるといいんだけどなあ。

 信じてくれたおまえのこと、食べたくないからここでお別れだ。

 ああ……これでもう、オレはだれのことも食べないでいられるぞ。

 ほんとうにありがとう」


 オオカミは笑顔を残して、がけの向こうに消えていきました。




 そうして、白いカラスはまたひとりになりました。




  ◇ ◇ ◇




 森で一番物知りのフクロウのおばあさんが言いました。


「白いカラスは不吉を呼ぶんだよ。

 ほらごらん。

 一緒にいたものはみんな死んでしまった。

 白いカラスには近づいちゃいけないよ」





 喜びも楽しさも幸せも

 ほんとうのことは、そのひとにしかわからないのです




欠けたものは欠けたままで、問題は何も解決しなくて、否定の言葉の方が正論で。

だけどそれでも笑えるなら、それでいいんじゃないかと思います。

きれいでなくても、正しくなくても、生きていていいんじゃないかな。



読んでくださってありがとうございました!

感想、評価などいただけると嬉しいです。



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― 新着の感想 ―
[一言] 正しいことは一体なんなのか、考えさせられますね。 その人にとっての正しさや幸せが、他の人にとっても同じなのか。押し付けていいものなのか。 白いカラスと他の動物たちは、一緒にいることで幸せの…
[一言] 正しさって、なんだろう。 普通って、なんだろう。 私たちは、なんだかんだで他者の目を意識し、同調圧力に屈しているように思います。 つまはじきにされることが怖くて、つい日和見な生活をしている…
[一言] 出演している動物や虫たち、誰も間違っていないのにやいのやいの言われて、「普通」の同調圧力とは恐ろしいですね。 けれども「違う」ことを許してくれる仲間を得れたことで、彼らは自分らしい生を送れた…
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