婚約破棄で大混乱!やっちまったぜ・・・
前作『婚約破棄?本気ですの?』でリクエストされました後日談を、王子様視点でとらえてみました。構想を練り直したら、少し風味が変わったみたいです。お気に召しましたら一読を。
なあ、ちょっとばかり付き合ってくれないか。今は夜で、俺たち二人で見張りをしているんだが、向こうのバーデントラスト辺境国が攻めてくるはずないのに、こうして夜番させられるってのはいわばお仕置きの仕事だろ?お前、何やったんだ?
俺か?オレの名前はマクスウェル。以前はマクスウェル・ハイランド・ケルストンだが、今は王族の係累を絶たれてしまい、ただのマクスウェルになってしまった。そのきっかけとなったのが、俺の仕組んだ婚約破棄だったんだ。
え、知ってる?そうだろうなぁ、自分でもバカだったと思うよ。
そのことで、ちょっと愚痴りたいんだよ。あの場にいなかった人間にさ。今夜はいい月だし、時間はあるしで、絶好だろ。ちょっと長くなるが、よろしくな。
言葉が王子様らしくないって?そりゃそうさ、ここへ配属になってからみんなに散々いじられたんだ。いい加減おかしくもなるさ。化けの皮がはがれたって・・・ひどいな。何てったって王子ではあったんだぞ。
ケルストン王国の第一王子として生を受けた俺は、本当に大事にされた。居室にしても日当たりのいい続き部屋だし、身に着けるものも吟味した一級品ばかり。食事時にも専任のコックが付いて、スプーンの上げ下げすら・・・いや、さすがに幼児期だけだが、それくらい気を使われて育ったんだ。
当然のように、俺は唯我独尊で威張り散らしていたさ。でも、それも5歳まで。
変わったのは、誕生日の前日、母上に会ってからだ。
その前から、お付きの侍女があいさつを教えだした。そりゃもう必死な形相で。わがまましていた俺は当然ゴネたが、相手の侍女の様子を見て、固まった。
『お会いになっている間は何もおっしゃらないでうなずくだけで結構ですから!』あの時の悲鳴交じりの声は、そのあとも何度か夢で叫ばれたよ。
あの侍女はおとなしくて、俺のわがままも受け入れてくれていたんだ。それが取り乱して半泣きになりながら言い聞かせてきた姿に、すごい恐怖を感じたんだ。おかしいだろう、俺にとっては母親なのに。
ま、何にしても、ものごごろがついて初めて顔を見たのが5歳の誕生日前日ってのは確定だ。
その時の印象、は、だな。
迫力のあるおばさま、だね。その前の侍女の言葉も影響していたから。
教わったようにあいさつして立ち上がったら、そのおばさま、いや、母上が言ったんだ。『これからあなたに教育を授けます』ってね。
『あなたは第一王子です。国を背負って立つために、学ばねばならぬことが数多くあるのです。のんびりしている暇はありません。各方面から優れた能力を持つ人を教師として選んでおきました。誰にも後れを取るようなことにならぬよう、しっかりと学びなさい』
俺の顔を見て、頭の先から靴の先まで眺めて。何かに頷いてそう言い放った後は、振り返りもしないで部屋を出ていった。
陛下?ああ、父上か。あの人は母上以上に関わってこなかったな。だから今でも父上と呼ぶのが苦手なんだ。陛下の意識は国のかじ取りに集中していたから、母上や俺たち家族のことを気にする余裕がなかったのだと今では思ってる。ケルストン王国がやってこれたのはそのおかげだとわかってるけど・・・国王として尊敬できても、夫として、父親として点数をつけるなら、落第点しかない。
今思うと王族ってのは孤独な生活だったと思う。親子なのに親子らしくないのは、顔を合わせることが少ないからなんだろう。そのあとも、母上とは月に一回しかマナーチェックを兼ねた夕食時にしか会ってないんだ。生まれた時?そんなの、覚えているわけないだろっ。誰だよ、そんな変態は・・・ああ、あいつかぁ。あいつならそうかもしれない。
とにもかくにも、その日から家庭教師がついて、あらゆる分野の知識を俺に詰め込み始めた。でもなあ、俺ってそんなに頭の出来が良くないんだよな。人並でしかないんだ。
教師のみんなは鞭を持っていて、俺の回答が違っていたり返事が遅かったりすると、容赦なく振るってくる。結構痛いし、侍女やら護衛やらが見ている前でやられるんだ、心が折れるって。
それでも、母上に認められるよう、叱責を受けないように頑張った。
努力はしたよ、俺なりにね。貴族年鑑を毎日寝室に持ち込んで眺めたり、周辺地域の諸国の状況だって必要だから、侍女にも手伝ってもらって覚えたんだ。
でも、どうやったってずば抜けた成績は取れない。家庭教師がそろって言うことは『第一王子様はよく努力しておられます』・・・それだけしか言わない、らしい。
教師たちが普段どう言ってるか知りたくて、ある日詰め所の片隅に隠れてみた。
そうしたら、俺の前じゃ誉め言葉しか言わない奴らがぼろくそにけなしてたんだ。
『物覚えが悪い』『何度教えても正解にたどり着かない』『同じ箇所を繰り返しているだけ』『先へ進む気があるのか』『国の未来が危うい』・・・
・・・確かに覚えはあんまりよくないかもしれない。でも、一回しか言わない教師もどうなんだ。
あんまりだったから、月に一回顔を合わせる母上に『復習するためにも、何回か聞きたい』って話したんだけど、その時の言葉が『一度聞いただけで頭に叩き込みなさい。繰り返してもためになりません』
でも、当の母上が何かというと『あなたは第一王子ですよ』としか言わないんだ。繰り返すなっていうならそっちが先じゃないか、と思ったけれど、ああ、この人は第一王子という位置だけが大切なんだ、俺そのものを見てくれてるわけじゃないんだなって気づいたら、もうどうでもよくなった。
俺が努力することは当たり前、でも出来ないと泣くのは許さない。努力する姿勢すら外に出すな、『第一王子だから』出来て当然・・・
家庭教師は適当な進捗状況を伝えるだけ。俺がやってること、やってても上達しないことは決して伝えない。そして、陛下も母上もそれ以上は踏み込んでこない。結果、こうなったって言ったら・・・逃げ、なんだろうね。
まあ、そんな中でやってきた俺なんだけど、15歳まで婚約者が決まってないのが異常だと思ってた。第二王子のヘンドリックが優秀なのは知ってたから、俺はお払い箱かな、と考えてたけど、母上の『第一王子』呪いが続いていたからね、不思議だったんだ。
そうしたら、辺境伯のご令嬢が婚約者で、しかも学園の3年間で絆を作れ、といつもの頭ごなしに命令してきたよ、母上が。
晴天の霹靂ってこういうことを言うんだろうと思ったね。
何せ、あのバーデントラスト辺境伯の掌中の珠、って言われている天才子女を、どうやったら平凡な第一王子の婚約者に持ってこれるんだろうって、いくら考えても分からなかった。本当の出来はどうなのか、学園が始まってからこっそり見ていたけれど、話半分どころかうわさ以上だったのには落ち込んだよ。
コンプレックスをつつかれまくって何も言えなくなったな。
それでも、男のプライドがあるから無様に負けられなくて、居丈高に接するしかできなかった。ほんと、ちっさい人間だったよ。
それがさ、学園で出会ってしまった。シルヴィアラ・カルナ・ランドール。俺の人生の総決算となるきっかけと。
ああ?出会ったとき?よしてくれよ。知ってるんだろ?王都でも劇場仕立てで流行ってるらしいし。
そうだな、最初は門の前だったな。すごい勢いで転んでて、制服から何から濡れネズミだったんだ。だから一部屋用意して着替えさせたんだけど、『とっても優しい人なんですね!』って感謝されたよ。
その次の日に廊下で行き会ってまたお礼を言われたな。『これ手作りなんです』とクッキーを差し出されたんだけど、その時はまだ王族だから、食べ物は受け取れないと断った。
そうしたら、涙をためた目で『王家の方たちは不自由なんですね』って言ったんだよ。護衛の騎士はむかついた顔していたけど、俺や近習候補のサイモン・エリオット・キースタルには衝撃の言葉だった。
何故かって?貴族の頂点にいる王家に向かって『不自由』だと言い切ったんだ。それまでそんなことを言ってくる奴、見たこともなかったからびっくりしたのともう一つ、心の底で納得した俺がいたんだよ。そうか、俺は不自由だったんだ、てね。
それから何回かシルヴィと一緒になる機会があり、俺はシルヴィがどんどん気に入ったんだ。あいつが大きな目に涙をためて、『アリューゼ様にいじめられましたの・・・』と言えば、それが真実だと思い込むほどにな。
そんなことがいくつも重なって、俺たち、俺と近習候補たちが卒業記念パーティで婚約破棄をやらかしちまった。
本当にあったこと、ごまかしだったこと、その区別がつかないほど、俺たちはのぼせ上っていたんだ。それがあいつの作戦だったのかもしれないけれど。ここにいないことが、その証明になる、んだろうな。
もちろん、そんなあやふやなでっち上げがあの令嬢に届くわけもなかった。いつにもまして冷静で、どこかあきれ顔で俺たちを見ていたよ。本来なら口を極めてののしられても仕方ない状況だったのに、特に何か言うわけでもなく、濡れ衣だったことを確認してから淡々と辺境伯領の独立を宣告していた。
・・・王家と辺境伯の同格、か。うん、知っていたかどうかと問われたなら、知識としては持っていたな。ただ、それがどうしたと思っていたよ。建国当時の状況は聞かされていなかったし、普段は陛下も辺境伯もそんなそぶりを見せていなかったしなぁ。
俺との婚姻で統合・・・あれは陛下の思い込みだと思うぞ。アリューゼ・・・様、も不思議そうな顔をしていたな。
でも、バーデントラスト領を統合するってのは大きなメリットがある。それは黒騎士団をはじめとする強力な兵力を手にできるからだ。
俺の護衛騎士、いや、観察者としてだったか、ついていたゴードは近衛騎士が何人かかろうと勝てないほどの技量を持っていた。副団長だったらしいが、あんなのが率いる騎士団が弱いはずないだろ?あれだけは俺も惜しいと思ったな。
ま、そんなこんなで俺は今、ここにいる。陛下にも母上にも見放されて、最下級の一般兵士として雇われ、夜の当番をしているってわけだ。
付き合ってくれてありがとう、だな。愚痴なんて誰でも聞きたくないだろうに、よくまあここまで聞き通してくれたよ。俺もちょっとすっきりしたかな。
だからさ。
もういいぜ。
こうして、前を見ているうちに、やってくれよ。
その、致死毒付きの短剣でさ。
ん?どうして分かったかって?俺は元王族だって言っただろうが。王族の人間は毒物に精通してるんだ。耐性も付けさせられる。でも、その毒には抵抗できないな。暗殺専用のものじゃないか。
お前が陛下か母上からの依頼で来てるなら、伝えといてくれ。
『俺はバカだったが、お前らは親失格だ。ヘンドリックをつぶすなよ』てな。
そうでなかったら、忘れてくれて構わない。
ああ、全部言い切った。いい気分だ。
このまま逝かせてくれよ。頼むぜ、親友。
・・・シルヴィの顔が見れないことがちょっと寂しいが、な。
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