プロローグ 8
赤ずきんの表情は、フードに隠れて見えない。けれどその体がこわばったのが狼には分かった。
少女は相変わらず頭を垂らしたまま、狼の説得を試みた。
「…ならあなたはこの洞窟の中に閉じ込められたまま、一生を終えるつもりなの?いつか斃されるそのときまで、時折やってくる討伐隊の死体だけを喰らいながら?」
『それしかないだろう。幸い、この洞窟の住み心地はそう悪くない。人間には分からないだろうがね。お前たち人間もまた、今は教会に対し不満をもっていたとしても十数年が経てば忘れて、立派な信徒に生まれ変わるのだろうさ。
さあ、とっとと帰るんだ。人間の勝手な都合で祭り上げられたり攻撃されたりするのはもううんざりさ。
お前の勇敢さに免じて命は取らないでやる。』
赤ずきんは狼の答えを聞いてゆっくりと立ち上がった。
「…人間に理不尽を強いられてきたあなたの言うことは分かる。けれど私は帰らない。」
『私は気が短い。すぐに帰らなければ、命は取らないという言葉を撤回するぞ。』
「私の命は好きにしていい。でも、頼みを聞いてくれるまでは帰らない。帰れないの。」
赤ずきんはゆっくりと、恐ろしい唸り声を上げ続ける狼に向かって近付いていく。ともすれば狼さえも飲み込んでしまうほどの気迫を纏わせて。