プロローグ 4
『何者だ。』
洞窟の入り口がある方向に向かって低く問いかけると、地の底から轟くような恐ろしい声は何重にもなって洞窟中に木霊する。――怖気付いたのか、足音はすぐにぴたりと鳴り止んだ。
つかの間の静寂。
しかし、やがて闖入者は恐怖を克服したようだった。
威嚇を受け流すかのように、何者かは再び歩を進め始める。
かつり、かつり……
…自分の声を聞いても慌てふためいて逃げ帰らないということは、只の迷子ではない。
それに、足取りに迷いがない。洞窟の奥に化け物がいることを承知の上でまっすぐに洞窟の奥を目指しているようだ。恐らく、新手の敵の登場だろう。狼は考えた。
しかし妙だった。化け物退治にやってくる連中はそのほとんどが、兜と鎧で武装して大人数で隊列を組んだ男たちであったが、聞こえてくる足音はたった一人の人間、それも華奢な若い女のものだ。
人間の女一人など、普通なら脅威になり得ない。それでも狼は決して警戒を緩めなかった。
やがて遠くに微かな明かりが現れる。
光で闇が淡い橙色に切り取られた中に、ようやく闖入者の姿が確認できた。
予想通り、華奢な少女だ。
金髪で、きれいな顔立ちをしている。やや吊り上がった瞳は気が強そうだ。
彼女の姿を見て狼は緊張を高めた。正確に言えば彼女の服装に反応した。
少女が着ているのはフリルで装飾された白いワンピースだったが…無論それだけなら警戒に値しない。
問題は少女がワンピースの上に纏っている、いかにもアンバランスなフードつきの真っ赤なローブだ。
使い古されたローブは裾がぼろぼろで、染みや汚れが目立つ。しかし、よく見知ったその禍々しいほどに赤い色彩は損なわれていない。
遠い過去の陰惨な記憶が脳裏をよぎる。
『お前は…赤ずきん!』
驚愕に撃たれて思わず、狼は吠えるように叫んでいた。