プロローグ 3
「何をしているか!臆病者どもめが!!化け物の首を取らぬ限り、洞窟の外には出さんぞ!」
崩れた隊列を立て直そうと指揮官が唾を飛ばして怒鳴り散らすものの、
恐慌をきたした軍隊にもはや規律はなく、指揮官の権威など毛筋ほどの意味もない。
指揮官はすぐに洞窟の入り口を目掛けて殺到する麾下の戦士たちに突き飛ばされ、踏みつけにされて見えなくなる。
戦士たちは倒れた者を踏みつけ、重い銀の鎧を鳴らしながら洞窟の外を目指しがむしゃらに走った。
だが敗走を選んだ以上、狼に無防備な背中を晒すことになる。だから殿の戦士から続々とやられていく。
前脚の薙ぎで9人目が頭部を跳ね飛ばされ、10人目が腿を引きちぎられて絶叫し、11人目の犠牲者は転んで倒れて後ろから来た戦士に散々踏みつけにされた末、狼に首を喰いちぎられた。
討伐隊の生き残りは、残り10人。狼は戦士たちの鎧が立てる音から正確に判断する。
…まあ大した人数ではないし、逃がしたところで今後大した脅威にはなるまい。
それにこれ以上生き残りを追い続ければ、戦いに不利な地形におびき出される可能性がある。
狼はそう考えて追撃の速度を徐々に落とし、立ち止まった。
『(全く…今回の討伐隊も、他愛ない。)』
心の中で呟きながら方向転換し、その首を洞窟の奥に向ける。
命拾いした討伐隊の残党のたてる鎧の音はだんだん遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
戦士たちが去った今、当然洞窟の中に明かりは一切ないが、狼にとってこの洞窟は長い歳月の間住み慣れた我が家だ。何も見えずとも行動に支障はない。
奥の方にある寝床へ戻る道すがら、狼は返り討ちにした戦士の骸を腹に入れる。負傷して洞窟内に取り残された戦士たちも、息の根を止めたあとで同じようにした。
「贄」が途絶えてもうずいぶん経つが、その代わり定期的に討伐隊が来るようになったから食料には事欠かない。…多すぎて困るくらいだ。
けれど討伐隊の死体は食べずに放っておくと嫌な臭いを発散するので、無理にでも食べるしかない。
眩しい松明の光が去り、平和な暗闇を取り戻した洞窟の中で、ミチミチ、パキパキと骸を齧る音が響く。
しかし肉を千切る音と骨が割れる音の中に、ほんのかすかに別種の音が混じっていることに気が付いた狼は、食事をやめて顔を上げた。
聞き違いではない。肉を食むのを止めてからもその音は聞こえていた。
かつり、かつりと、徐々に近付いてくる。