プロローグ 2
隊列の最先端で、腕を喰いちぎられた男―7人目は自らの血に塗れながら、死に物狂いの形相で転がるように後ずさった。
片手を捧げた化け物に命までも取られないように、本能的にそうしたのだった。
むせかえるような血の臭いが立ち込めるその場所に、戦士たちの骸を踏みつけるようにして、唸り声を上げる黒い大きな影がたたずんでいる。
力強い前脚、血潮を被って赤黒く変色した体毛。
松明を反射して真っ赤に輝く双眸は、見るものの原始的な恐怖を掻き立てる。
古くからこの地域に君臨する人喰いの魔性にして、この度の討伐行の標的…それは巨きな、巨きな狼の姿をしていた。
・・・・
狼は巨大な顎を開いて、噛みしめていた7人目の肘から先を吐き出した。
ごとり、と音を立てて地面に投げ出されたそれは、本体から切り離された今も手に銀の刃を握りしめている。
『…だから、何度も言っているだろう。私に銀は効かないよ。』
赤黒い血が滴る牙もあらわに、狼は唸り声交じりの人語を発した。
「くそ…よくも!」
深手を負った7人目が命からがら退避するのと同時に、後詰めの戦士が敵を迎え撃たんと前に出る。
しかし次の瞬間、銀の長剣が彼の手元から消え、狼の口元に移動している。
狼を恐れて剣を前方に大きく突き出していたのが災いして、あっさりと奪い取られたのだった。
さらに次の瞬間―後方に並ぶ戦士たちが8番目の悲鳴を聞いた直後―8番目は鎧に覆われていない首筋に牙を立てられる。
…7番目とは違い運悪く急所を噛まれたから助からない。
もう限界だった。後詰めの戦士たちの、ギリギリで持ちこたえていた士気が崩れ去る。
「ひいっ…!」
「もう嫌だぁ!!」 「殺される!」
悲鳴と共に、戦士の列は押し合いへし合いしながら敗走を始めた。