そう思っていたけれど…
高校生活で何をしたかと聞かれれば、私は『恋』と答えます。
それはとても素敵で、甘く、苦いものでした。
「夕君…」久しぶりに彼の名前を呟いてみる。
ふふっ、切ない。
もう5年も前の事なのにな。
大学では法律を学び、今は大手の商社に勤務している。
大学時代の思い出は特にない。
適当に学び、遊び、バイトする日々は、つまらない訳ではなかったけれど、どこか色あせていて、まるで下描きで終えた絵のようだった。
高校時代のあの輝きに比べてしまうと、どうしてもそう感じてしまうから。
今勤めている会社は、翠さんの口利きもあって割とすんなりと就職する事ができた。
仕事、仕事、仕事の毎日だけど、意外にもそれが性に合っていた。
楽しいだけじゃないけれど、余計な事を考える時間が無い方が私にはありがたい。
高校に置いてきたはずの私の恋が少しでも顔を出せば、またあの頃に戻りたくなってしまうから。
彼に、会いたくなってしまうから…。
「もしもし友紀ちゃん?夕だけどー、、、」
そんな彼からの唐突な連絡…。
すかさず私は同士に連絡をした。
……………………
高校生活で何をしたかと聞かれれば、私は『戦い』と答える。
それはとても楽しく、甘く、痛いものだった。
「夕…」久しぶりに彼の名前を呟いてみる。
ははっ、泣きそ。
卒業式であんなに泣いたのにね。
卒業後に進学をしなかった私は、父の経営する建設会社を手伝っていた。
規模は小さいけれど、昔から知る職人達は私を可愛がってくれるし、幼い頃から慣れ親しんだ環境はどこか落ち着いた。
今は、病気を患う父に代わって私が代表を務めている。
男ばかりの環境でしかも社長という立場は、皆から大切にされるし、言い寄って来る人もいたりして気分が良いけれど、ついつい私は彼を探してしまう。
どの背中も、どの笑顔も彼ではないと分かっていながら。
今でも私を熱くさせるのは、心の中の彼だけだから。
「あのさ美咲ー今度さー、、、」
そんな彼からの唐突な連絡…。
すかさず私は同士に連絡をした。
……………………
高校生活で何をしたかと聞かれれば、私は『勉強』と答えます。
それはとても暖かく、甘く、儚いものでした。
「神田君…」久しぶりに彼の名前を呟いてみる。
へへっ、恋しい。
まだ、朝に空を見る度に右腕が暖かく感じるなんてね。
高校卒業後、私はアメリカの大学に進学し、今は日本に戻って放送業界で働いている。
語学力を活かして海外の方々と交渉したり、取材をしたりと充実した日々を過ごしている。
アメリカでは、金髪で青い目の男性と一時お付き合いをしてみたけれど、日本人にはあまり無い愛の囁きも、素敵なエスコートも、どれも私を満たす事はなかった。
彼を忘れるために逃げ込んだ海外の地だったけれど、かえって彼を思い出す日々が増えるだけだった。
日本に帰ってまず感じた事は、同じ地に彼がいるという喜びだった。
「ハロー?マイネームイズユー、あ、あなたって意味じゃないよ?夕方のユーだよ?あはは!そんでねー、、、」
そんな彼からの唐突な連絡…。
すかさず私は同士に連絡をした。
……………………
12月1日。
23年前の今日、お昼頃に僕は産声を上げた。
仕事で地方にいた父が、やっとの思いで駆けつけたのはその数時間後だったらしい。
病室が夕日で紅く染まる中、母に抱かれてスヤスヤと眠る僕を見て、父はポツリと「 夕 」と呟いたそうだ。
その時から僕、神田 夕 としての人生が始まった。
12月1日。
今日私は23回目の誕生日を迎える。
私が生まれた日に、紅く染まった頬が紅葉のようだと、両親が楓と名付けてくれた。
10年程前に大病を患った私は、半年間生死の狭間を彷徨ったけれど、今はこうして純白のドレスを着る事が出来ている。
私は、今日から 神田 楓 としての人生を始める。
……………………
ガラ〜ン♪ゴロ〜ン♪
森に佇む小さなチャペル。
私達は互いの誕生日に家族だけで挙式を行った。
23歳になった私達は今日、晴れて夫婦になる事が出来た。
同じ大学に進学し、夕君が所有していた不動産を元手に、在学中から二人で事業を拡げ、今はなんとか軌道に乗り出した所。
いつ結婚してもよかった私達だけれど、仕事が落ち着くまではと伸ばしていた。
夕君、そして私の夢でもあった自宅を職場とする仕事も、こうして叶った訳で、後はお腹にいる私達の子供が無事に生まれてくるのを待つだけだ。
彼と再開出来た15歳の夏から8年、私はずっと幸せの中にいた。
これからの人生がどれだけ続くのかは分からないけれど、私の隣りに彼がいる限り何も怖い事は無い。
…そう思っていたけれど…。




