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愛しい人

10月の後半


体育祭も中間試験も終わり、中休み的な穏やかさが流れる僕らの学校。

今は5時間目、本日ラストの授業、古文の時間だ。


古文よ、悪いが君にはあまり興味がないのだよ、僕は。


過去は振り返らないタイプなんだよね、僕は。


そんな感じで、やる気のしない僕は友紀ちゃんのうなじを眺めながら「いとおかし」なんて呟いていた。

すると、声に気づいた友紀ちゃんが振り返り、小さいチョコをくれた。

えっと…そういう意味ではなかったんだけど…でも、うん「いとうまし」だ。

そして、右側に視線を向ければそこには奥ゆかしきベイビー。

僕に気づくと、小さく笑みを浮かべ『だ・い・す・き』と口を動かす彼女。

愛しい人よ、今日はデートしようね。

あ、古文ではたしか『愛しい』は「かなしい」とも読むんだっけ。

たしか、「いとしい」と読む場合は普通に好きって意味で、「かなしい」の場合は考えるだけで涙が出ちゃう程の想い、とか、切ないほどに愛しい、みたいな意味になるとかならないとか。

もし、これが本当ならば「悲しい」も「愛しい」も同じく「かなしい」と表現しちゃった平安貴族。

ややこしいけれど、凄いセンスだよね、愛に生きてるって感じ。

試しに「か・な・し・い」と楓ちゃんに口を動かしてみると、「なんで?」ってふつーに返された。

そりゃそうだよね。

現代人だもん僕ら。

取り敢えず笑って誤魔化してみたけれど、誤魔化せなかった。

ちょっとイラついてた。

けど、メンドイからうなじを見る作業に戻った。

授業が終わった。


楓「ちょっと、何よさっきの。」


夕「愛だ。」


楓「かなしいが愛?」


夕「そうだよ、切ない愛だよ。僕は悲しいくらいに君を愛してるんだからね。」


楓「なんか素敵。でも、そんなに愛しているのなら、うなじを見るのやめたらどう?」


夕「やめてたまるか!」


楓「おぉ…まさかの強気。」


友紀「ふふふ。楓ちゃん。ふふふ。」


楓「なんか腹立つなー。」


夕「さて、ベイビー今日はデートするよ。」


楓「え?部活は?」


夕「行かない。今日は二人の気分。」


楓「嬉しい!どこ行くの?」


夕「宛のない旅さ。荷物は君と僕だけさ。ウォンチュ。」


楓「果てしなくダサいね!けどまぁいーか♪カフェ行こ♡」


夕「ウォンチュ。」


友紀「いいなー。でも最近は私達に構ってばかりいたもんね!今日は楽しんできてねー♡」


楓「ウォ…うん!ありがと♡」


………………


新学期が始まってから、僕達の周りはいつも騒がしい。

そんな日々も最高に楽しいけれど、ちょっと今日は休憩。

のんびりと、二人だけの時間を楽しむ事にした。

登校はいつも二人だけど、下校はいつも皆と一緒だから、二人だけなのは2、3回くらいしかない。

夕日が朱く染める坂道に、仲睦げに手を繋いだ影が伸びている。


「なんか普通に帰るの久々だね。」


繋いだ手を振ってみたり止めてみたり、動く影の形を目で追いながら彼女は言う。


「うん。なんか嬉しいな。」


「私も嬉しい。」


「ねぇ夕君。」


「なーに?」


「ふふっ呼んだだけ。」


「ははっよくあるやつだ。」


「なーんか呼びたくなるんだよ。」


「二人の時の楓ちゃんはそうだよね。」


「そう。夕君が大人しいから。」


「きっと、甘えてるんだよ、僕。」


「へへっ、実は私が一番好きな夕君なんだよ。」


「そっか。実は僕も、一番好きな僕なんだ。」


「へー…なんか嬉しい。」


「安らぐんだ。二人だと。」


「幸せ。」


そう言って腕に絡みつくように体を寄せてくる彼女。

カーディガン越しに伝わる柔らかな感触と暖かさが気持ちいい。

そんな優しい時間を楽しんでいると、いつの間にか目的の場所まで辿り着いていた。



「もぉーどうしたらいいんっすか?!」

「まぁ落着けよ、な?」

「無理っすよ!浮気ですよ?浮気!しかも相手は俺の知ってるヤツっすよ?!」

「わかったわかった!取り敢えず場所変えるぞ?な?」

「先輩、マジヤバいっすよ自分〜」



……うわぁー…大変だなー。先輩の人も可哀相に…


今、楓ちゃんのリクエスト通りカフェに寄ったのだが…座席に着いた途端に、隣の席から聞こえてきたのはデートにはおよそ相応しくない修羅場チックな話だった。

タイミングよく何処かへ行ってくれたのは良かったけれど、何か変な空気になってしまった。

ホットコーヒーとココアを頼んで、少しの間沈黙があった。


「…大変そうだったね…。」


「…うん…僕は先輩の人が可哀相だったな。」


「だよねー。それにしても知り合いの人と浮気だって、嫌だね。」


「キツイよね。楓ちゃんがもしそーなったら僕どーしよ。」


「そんなの絶対ありえないよ!あははははっ」


「んーでもね、覚悟しとかないとな。僕はね、楓ちゃん、実は…浮気容認派だったりする。」


「えー?!そうなの?!びっくり!!」


「だよね。独占欲はたぶんめっちゃあるよ。けどさ、例えば楓ちゃんが浮気してもさ、僕はさ、嫌いになれる自信がない。これっぽっちもない。ってことはさ、それって僕が悲しいだけじゃない?誰が悪いとか、憎いとか、どーでもいい。だって、僕が好きなんだもんね。なら、する事は一つ、取り戻すために頑張る、ちょー頑張る。戻ってきたら幸せ。それだけだよね。なんか、そう思うんだよね。」


「わっ。傷つきながら頑張ってる夕君想像したら胸が苦しい。浮気とか考えられないけどさ、絶対にしたくないって思った!もう、ずっと側にいたい。」


「うん。僕も。だけど、想像した。ツラい。お腹痛い。」


「ヨシヨシ♡ねぇ夕君、私はね、浮気否定派なんだよ。」


「ん?意外だ。楓ちゃんは大体許しそうだよ。ハーレム部なんて作っちゃうくらいだもん。」


「言ってる事は分かるよ。けどね、中途半端なのは嫌なの。夕君がするなら本気でして欲しいな。隠れてとかはダメ。浮気なんてさ、下らないよ。どっちつかずで、逃げ道があるのは格好悪いもん。ハーレム部もそうだよ。あの子達は私に敵わないだけでさ、ガチだもん。真正面からくるでしょ?だから、夕君が誰かに本気になったら戦うだけ。だからいいの。」


「なんと…楓ちゃん。極道の妻と呼ばれているのはダテじゃないね。惚れ直したよ。」


「ふふ♡その呼び名ね、私ちょっと気に入ってるの。強くなった気がするもん。」


「楓ちゃんは女神のように優しい顔だから似合わないけれど、覚悟がある人って意味ではピッタリだよね。もしかしたら僕はそんな所が好きなのかな。格好いい君が好きなのかも。」


「あっ……実はね、それ悩んでからね、今の言葉すっごく嬉しかった。だってさ、みんな可愛いし、美咲ちゃんは優しくてあの憎めない性格、友紀ちゃんはおっぱいと優しさ、遥ちゃんは見た目とのギャップの可愛らしさみたいにさ、特長あるでしょ?夕君が私にぞっこんなのは分かっているけれど、何でかな?って思ってたの。私、特に特徴無いからね、どこが好きなのかなー?って。そっか、私には覚悟があるんだね。覚悟か、大事にする。」


「うん、うん。なんかしっくりきた。楓ちゃんは弱い所もあるけどさ、肝心な所がブレないんだね。だから格好いいんだね。弱くて強いなんて、本当にロックだよね。僕は今まで自分の好きなタイプを上手く答えられなかったけれど、これからはロックな人って答えるよ。つまり、楓ちゃんのことだ!君は僕のどストライクだったんだ!やったー!」


「なんでそんなに無邪気に、嬉しそうに笑うの?もうほんっとに大好き♡あとね、さっきの浮気の話もそうだけど、情けないこと言ってるようだけど、私の事をどれだけ好きかが凄く伝わるの。痛いくらいに胸がキュンてなるの。前にママンが言ってたけど、格好悪いのが格好良いってのはそんな所なんだと思うな。私のタイプは格好悪いのに格好良い人、つまり夕君なんだね♡もう、虜です♡」


「おぉ…嬉しい。じゃ僕達ってベスト・オブ・ザ・ベストカップルだったんだね。王だね僕達は。泉にはキングと呼ばせよう。」


「うふふ♡王様、後でお姫様抱っこして?」


「いいよ!王妃様抱っこだけど。」


「王様、頭下げて?はい王冠♡」


僕達は互いに見えない冠を被せ合った。

そんな僕らが微笑ましかったのか、他のお客さん達がニコニコして見ていた。

なんか照れくさかった。

それにしても…かなしいかぁ…愛しくて愛しくて悲しくなる、か…やっぱり凄いや平安貴族。

僕は楓ちゃんがかなしくて仕方ないや。

僕も、いつの間にか愛に生きてたのかな。

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