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ロボ

一人でいる時よりも、私は大勢の中にいる時の方が孤独を感じる。

話し声、笑い声、笑顔、行き交う目線、それらは全て私の外にある。

教室の中で、私の世界は私の中だけにある。


ロボ。

小学生の時、クラスメイトの男の子が私をそう呼んでいたのを聞いた。

お手洗いからの帰り、廊下から教室に入る直前に偶然聞いてしまった。


「あいつ全然しゃべらないよね、笑わないし、ロボみたい。」


その日の給食は揚げパンだった。

私の一番好きな給食のメニューだった筈の揚げパン。

その日は味がしなかったのを覚えている。


小学4年生の時、両親が離婚した。

原因は父の浮気。

父はミュージシャン。

昔から女性関係が派手だったけれど、母は音楽家に女性は付き物だから、とあまり気にした様子はなかった。

私や弟なんて、父、そしておそらく浮気相手の人と一緒に食事をしたり、遊びに連れて行ってもらった事もあるくらい。

今思えば、異常な程に父の行動は奔放だった。

ただ、母や私達に対しても優しく、とても大事にしてくれていたので、不思議にも家庭は円満だった。

ある日、浮気相手の一人に子供が出来た。

普段、父の浮気に理解があった母でもこの事には激怒した。

喧嘩、というか母が一方的に怒鳴る、暴力を振るう日々が続いていた。

そんなある日、母が父の手を傷つけてしまった。

ピアニストである父の手を。

幸い、父の仕事に支障が出る程ではなかったが、その日から母は塞ぎ込んでしまった。


「私はもうダメです。このままではあなたを壊してしまう。私の大好きなあなたのピアノが聞けなくなってしまう。もう、終わりにして下さい。」


リビングで母はそう父に告げ、父は悲しそうに家族を一瞥した後、「すまない」そう言って家を出ていった。

まだ小学4年生だった私はよく分かっていなかったが、『もう帰ってこないんだ…』そう思い、泣いていた。

幼稚園に入ったばかりの弟を抱きしめながら。


その日から母、私、弟だけの暮らしが始まった。

母は、父が出て行ってから、先程までがまるで嘘かのように元気な様子で過ごしていたが、私はその日から段々と口数が減っていった。

元々は明るい性格の私だったが、何だか怖くなってしまった。

あんなに優しく、大事にしてくれた人が急にいなくなる現実。

父がいなくなった途端、あんなに荒れていた筈の母の豹変ぶり。

何を信じ、誰を信じたらいいのかが分からなくなり、怖くなった。


「嘘ばかりだ。」そう頭の中で繰り返していた。


いつしか母にも必要最低限の事しか話さなくなり、友達とも距離を取るようになった。

唯一、私が昔のままでいられるのは弟の前だけ。

小学生の私よりもはるかに小さい手を握り『私が守るから』いつもそう呟いていた。

弟だけには頼れる姉でいられるように。

弟だけは私を捨てない人になってくれるように。

そう願って。


ロボ。

両親の離婚以降、誰とも距離を置いていた私が、密かに想いを寄せていた男の子の言葉。

その日から私は、人間すらも辞めた。


それからは一層誰とも関わる事はせず、会話はほとんど「はい」か「いいえ」で済ましていた。

頭の中ではアレコレ返事は考えていたけれど、私はロボ、決して口には出さなかった。

相手はそれ以上話しかけてこなかった。

それで良かった、傷つくのも、傷つかれるのも嫌だったから。

その内、いよいよ考える事も辞めた私はますますロボと化していった。

そんな日々が高校2年生まで続いていた。


高校1年生の後半に、「このままじゃ来年は部活が潰れちゃう。私達が送った青春の場所が、卒業したら無くなるなんて寂しいから、深雪ちゃん、ごめんだけど文化交流部に入部してくれないかな?次の新入生が入って来なければもう、それは仕方ないからさ、一時の繋ぎでもいいから、お願い、頼めないかな?」青高に進学していた近所に住む里美お姉ちゃんにそう声をかけられ、思わず「はい。」と返事していた。

何年も人との関わりを断っていた私は、単純に頼られた事が嬉しかったのかもしれない。

正直、私が部活を引き継いでも、存続出来る気はしなかったけれど、少しでも引き伸ばせるのなら、と引き受けた。


そして迎えた部活オリエンテーションの日、こんな存在意義の分からない部活なんて、誰も戸を叩いてこないだろう、と諦めながらも、少しドキドキしながら部室で待機していた。


コンコーン♪

「誰かいますかー?」


き、きた…。


コンコーン♪

「ここ文化交流部ですかー?」


そうだけど…男の子…か


コンコーン♪

「入りますよー。」


うそ?!


ガラガラッ

「失礼します!」


えっ?!ちょっと待って…


「あ、こんにちは!僕は新入生の神田です!入部希望です!」


ほんとに?こんな元気そうな子が?なんでこんな目立たない部に??


「………入部?」


「はい!文化交流部ですよね、ここ。僕達は青春しにここに来ました!入れて…くれますか?」


「…ふふっ。」


思わず笑ってしまった。

まさか里美お姉ちゃんの意思を継ぐ人が現れるなんて夢にも思わなかったから。

そしたら…そんな私を見てこの子は、「綺麗」と言った。

ドキドキして、恥ずかしくなった。

だから、矢継ぎ早に廃部の事を告げて誤魔化した。

諦めて早くこの場から出て行って欲しいと思った。

もうこれ以上私の心を乱されるのが怖くなった。

なのに、この子はそんな私に構いもせずにぐいぐいと話を進めていった。

パニックだった。

そして…私の横に、懐いた犬のような仕草で「撫でてみて」って…。

訳が分からなかったが、気づいたら私は彼の頭を撫でていた。

ドキドキと張り裂けそうだった鼓動は落ち着き、まるで弟をあやしている時のように穏やかな気持ちになっていた。

次第に、可愛いくて可愛いくて仕方がなくなっていた。

その後の会話も、楽しくて楽しくて、笑顔が止まらなかった。

彼が部室を後にした後、一人になった私は驚愕していた。

笑っていた、楽しんでいた、心を開いていた、安心していた…。そして、言いようのない寂しさに襲われている自分、明日また会える事を待ち望んでいる自分に、驚いていた。


不思議な子だった。


今思えば、もう、この時から私は彼を愛していた。

愛らしく、一瞬で心を開けた彼は弟だと思い込んでいた。

そんな存在なんて、今まで弟しかいなかったから。


次の日、彼は本当に部員を集めてきた。

昨日一緒に来ていたイケメンと、美少女二人を連れて来た。

南野さんと春野さんはとにかく明るい。

3人共セミ君が連れて来てくれた人達なので、少しは話せるかと自分に期待していたけれど、中々上手く行かなかった。

ただ、何故かそんな私を無視しないでいてくれる。

応えられない私を気にもせずどんどん話を振ってくれる。

誰もが、コミュニケーションを取ろうとしてはすぐに諦める私に…こんな事は今までになかった。

上手く話せないのが申し訳ないけれど、とても嬉しかった。

そして、人生で初めて告白を受けた。

あんな見たこともないようなイケメンが私を好きだと言ってくれた。

信じられなかったけど嬉しかった。

しばらくは全然話せなかったけれど、夏休み登校日の一件からは凄く仲良くなれた。

聞けば、セミ君のアドバイスのおかげだと彼は言った。


セミ君、今の私を取り巻く環境は全て、彼が与えてくれたもの。


正直な話し、恋人である たかくん はいずれ私と離れる未来もあると思う。

考えただけで辛いが、ありえる未来だと覚悟はしている。

けれど、セミ君が私を捨てる事は無い。

無いと思いたい。

それに、もしそのような事があったとしても、私は命がけで彼を繋ぎ留める気でいる。


彼に対して私は病的で盲目的で猟奇的だ。


自覚をしている。


私にとって彼は恩人であり、弟であり神だ。


私をロボから人間にしてくれた神だ。


夏休み明けの登校日、彼は仲睦まじく腕を組んで歩いていた。

申し訳無いが、隣りにいた たかくん は最初目に入らなかった。


殺してやろうかと思った。


父を奪ったあの女のように、私から弟を奪う女が許せなかった。

冗談抜きでそう思うくらいに私の中ではどす黒く、轟々と燃え盛る感情が芽生えていた。


そんな私に向かってセミ君は言った、「僕と同じように可愛がれ」と、そして、「命令」だと。


幸福感しかなかった。


ハッキリ言おう、私はヤバい。

セミ君のためなら何でも出来る。


私は、以前に比べたらだいぶ人間になれた。

そのおかげで、笑う事が出来た、彼氏も出来た。

もうロボなんかには戻れないし戻りたくもない。

それなのに、おかしいよね、セミ君には従順なロボでありたいと思ってしまう。

矛盾もいい所だ。


そして今、私は文字通りセミ君のロボットになっている。

新入部員に上手く挨拶出来ない私を、セミ君はミユキングと名付けて後ろから操作している…


夕「じゃミユキングいくよー、始めましてこんにちは、はい!」


深雪「は、始めましてこんにちは。」


夕「コソコソ…さっきよりは全然よくなったよ。けど、もっと可愛いく言って?両手をね、こーやって差し出してね、上目遣いでね?分かった?コソコソ…」


ちょ♡み、耳元で、やばいよ…やん♡セミ君♡


深雪「うん♡わかた♡」


美咲「何あれ?羨ましくね?私にもミサキングやってよ。」


友紀「ちょ、今部長頑張ってんじゃん。私は後でユキンガーやってもらうけどね、確実に。」


高志「おれ、ミユキング操作出来るだろうか、免許ないんだけど。」


楓「ちょっとうるさいよみんな。今まだ挨拶終わってないから。てか後でカンダールっていう神田家に伝わる合体ロボ見せてあげるわ。神田家、にね。」


遥「…ハルカンダー、うん!いい♡ハルカンダーにしてもらお♡」


夕「コホン。うるさいねほんとに。先生2分無駄にしたよ?いい?じゃーミユキング、発進!」


深雪「始めましてこんにちは♡セミ君の従順なるロボのミユキング、こと藤崎 深雪です♡文化交流部の部長をしています♡今日からお二人ともよろしくお願いします♡」


夕&高志「「おぉ…」」


楓「部長、こんにちは!向井 楓です!今日からよろしくお願いしますね♪」


遥「こんにちは♪部長はとても綺麗な方ですね♡私は水野 遥です!今日からよろしくお願いします♪」


夕「良かった!部長すっごく良かった!めちゃくちゃ可愛いかった!凄いぞ!」


深雪「えへへ♡できた♡できた♡」


高志「み、深雪さんきて!きて!」


深雪「たかくーん♡可愛いかったって♡えへへ♡」


高志「良かったねー!ヨシヨシ。セミ!グッジョブ!」


夕「あはは!楓ちゃん!遥ちゃん!改めて今日からよろしくねー!今日は歓迎会だよ!美咲、例の物を。」


美咲「はーい!じゃーん!鍋セットでーす♪夏だけど、鍋セットでーす♪」


楓「すごーい!これ!これ!ぽい!高校生っぽい!やったー♡」


遥「お母さん、お父さん、私の青春が始まるよ!!神田君、みんな、ありがとー!!」


深雪「あはは!さぁ可愛い後輩達よ、今日は騒ぐよー!!」


「「「「「え?!」」」」」



およそ6年の間、徹底して心を殺してロボを貫いてきた深雪。

自ら選択した生き方ではあったが、幸せを感じた事は一度もなかった。

それ故に、一瞬でそれを壊してみせた夕の存在はあたかも神のように感じていた。

また、先程の挨拶を皮切りに、部活のメンバーには本来の自分を出せるようになっていた。

そんな自分に驚きつつも、楽しさが、幸せがそれを上回った。

また一つ深雪の中で夕の存在が大きくなったのは、夕にとって幸か不幸かはまだ分からないが、この日の帰り、深雪は久々に父のCDを手に取ったのだった。


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